違反
煌と和彦が戻って来ると、扉にくっついていた正志が振り返った。
「やっと戻って来た。なんか紙をめくってる音がめっちゃし始めて、何事かって。あいつ、何か変なこと考え付いたのかも知れねぇぞ。」
煌は、言った。
「急ごう。」
和彦は頷いて、蝶番に取り掛かり始めた。
ガッツリとハマっているように見える蝶番も、コツがあって案外に簡単にカバーが外れ、中が剥き出しになる。
和彦は、それこそ慣れた手付きでキッチンから持って来た果物ナイフや栓抜きのコルク抜きなどを使い、さっさと分解を始めた。
扉は、下の一つが外れただけで、少しガタンと音を立てて何かがずれた感じがした。
「…よし。これで全部外したら、多分枠からズレるから、そこをちょっと持ち上げて嵌まってる棒を引き抜いて開けられるんじゃないか。」
煌は、感心した顔をした。
「ほう。中身はこんな感じなのだな。思っていたより凝った造りになっていたよ。」
和彦は、笑った。
「これでも昔の蝶番で。今のはもっと凄い。多分、こんな感じに外せないと思うぞ。これは、昔の高級なホテルとかで使われてたヤツだ。まあ、こんな洋館だから、金持ちが建てたんだろうしなあ。」
正志が、言った。
「…音が聴こえなくなった。扉をなんとかしようしてるのを、気付かれたんじゃねぇか。」
煌は、眉を寄せた。
「…急げ。」
和彦は、頷いて作業の続きに取り掛かった。
中では、直樹がガタン、と音を立てた扉のほうをビクリと振り返った。
…扉…?
すると、今まで聴こえなかった、ボソボソと何かを話しているような、男声が聴こえて来た。
え…!扉が、ズレてる?!
直樹は、思わず立ち上がった。
急いで扉に駆け寄ると、正志の声が間近のようだが小さく聴こえて来た。
「…音が聴こえなくなった。扉をなんとかしようしてるのを、気付かれたんじゃねぇか。」
直樹は、慌てて扉から飛びすさった。
…扉を壊そうとしている…!!
直樹は、回りを見回した。
ルールブックは、いろいろなことを禁じていたが、ここでできることは限られている。
備品を壊したり、ゲーム続行を拒否したりしたらルール違反で追放、なのだ。
ルール違反…!ルール違反だ…!
直樹は、急いで机に駆け寄ると、その上にあった金時計を勢い良く落とした。
金時計は音を立てて床に落ちて、その回りを囲っていたガラスが割れる。
しかし、追放される様子はなかった。
直樹は、もうやぶれかぶれになって叫んだ。
「…こんなゲームをやってられるか!オレはゲームなんかしない!しないぞ!」
ルール違反になると賞金はもらえない、という項目を、その時の直樹はすっかり忘れてしまっていた。
外では、その音が正志どころか煌にも和彦にも小さく聴こえた。
どうやら、扉がズレているのは間違いないようだった。
「…まずい!」煌が言った。「急げ!和彦、手遅れになる!」
中からは、直樹の声が小さく聴こえていた。
どうやら叫んでいるようだった。
正志が、扉に張り付いて言った。
「…まずい!マジでまずい、急げ!腕輪が…何か言ってるぞ!」
和彦は、額に汗を滲ませながら必死に蝶番と戦っている。
直樹は、叫んだところで、腕輪がこう問うのを聞いた。
『…No.12は、ゲームを放棄しますか?』
来た…!
直樹は、それに答えた。
「放棄する!こんなのやってられない!」
その瞬間、直樹の目の前は真っ暗になった。
何が起こったのか、認識する暇さえなかった。
「まだか!」
煌が叫ぶ。
和彦は、必死に手を上げて一番上の蝶番に手を掛けて作業していた。
「待ってくれ、もう少し…!!」
正志が、煌を振り返った。
「…駄目かもしれない。」
煌は、正志を見た。
「何が聴こえた。」
正志が答えようとしたその時、和彦は一番上の蝶番を外し終えた。
「よし!重いぞ、こっちへずらして、横へ引っ張って抜くんだ!」
正志と煌は、和彦の指示通りに扉のノブを持って引っ張り出すと、斜めになった扉を三人でせっせと引きずり、閂が刺さっている側の扉の端を引き抜いた。
そして、正志と和彦が壁へとそれを立て掛けるのを後目に、煌は急いで部屋の中へと駆け込んだ。
「…直樹!」
床の絨毯の上には、金時計のカバーのガラスが割れて飛び散っていた。
金時計自身も、倒れて動いてはいない。
その脇に、直樹が目を見開いたまま、手足を投げ出して倒れていた。
「…遅かったか…!」
煌は、直樹を見下ろして舌打ちをした。
これで、直樹の色が分からなくなったのだ。
だが、こんなことをするのは人外でしかないだろう。
それとも、死への恐怖で混乱してこんなことをしでかした真霊媒なのか…?
後ろから、和彦と正志も駆け込んで来て、その惨状を見て、足を止めた。
「…死んだか。」
正志が言う。
煌は、頷いた。
「ゲームをしないとか叫んでいただろう。ルール違反を取られたのだ。」
正志は、ため息をついた。
「だろうな。最後に聴こえた腕輪の声が、『No.12は、ゲームを放棄しますか?』だったんだ。直樹は放棄すると答えてた。だからこうなったんだろう。」
煌は、屈んで直樹の腕輪を開いた。
その液晶には、『ルール違反で追放されました』と出ていた。
和彦は、顔をしかめた。
「これって…ここまでするっていう事は、直樹は黒だったってことか…?投票しないだけならまだしも、わざとルール違反になって追放されたわけだろう。」
正志は、言った。
「そうとは限らないぞ。色を確定させない方が、陣営勝利に貢献できると思ったんじゃないのか。そうやって、黒かもしれないって悩む未来が見えるから。ってぇか、知らせに行くしかねぇな。下じゃ、グレー精査をしてるんだろうが、今夜は誰になりそうだった?」
煌は、答えた。
「恐らく詩子さん。」和彦が、驚いた顔をする。煌は続けた。「君がキッチンへと入っている間に、議論の流れを聞いた。その上で、私の意見を求められたので、昨日の投票結果から圧倒的に票が少なかった詩子さんを人外と見てそこを吊ってみるのが正着だと言った。海斗も詩子さんを推していたらしいので、海斗は白いと感じた。諒が、直樹がこんなことをしでかして、もしグレーの中に狼が居るのなら、首を絞めているのでいないのではないかという論を提唱したようだったが、私は直樹が仮に狐であっても狼の首を絞めるのは当然だろうと思うし、そもそもそこまで考えてやっているのか疑問だからグレーからで良いと答えた。それから、議論がどうなっているのか分からない。こちらへ来たからな。」
煌は、言うだけ言うと、さっさと外した扉から出て行く。
和彦が、慌てて言った。
「おい、このまま転がしとくのか?」
正志は、急いで扉へと向かいながら言った。
「いいって。こいつは自分でこうなったんだし、とりあえず皆に知らせるのが先だ。下へ行こう。」
和彦は、目を開いたまま転がっている直樹を振り返ったが、仕方なく二人を追って、階段へと向かったのだった。
裕馬は、議論はするが、今日もし直樹が投票に来なかったら、真希、諒、詩子、海斗の四人の中から投票して欲しい、と皆に言い渡した。
誰か一人を指定してしまうより、そうした方が良いと思ったのだ。
裕馬としては、やはり煌がとても白く感じてしまっているので、煌の意見を聞いて詩子に投票しようと思ってはいた。
何しろ、もし煌が狼ならば、あんなに直樹の色が分からなくなることを懸念して、それを回避しようと一生懸命にはならないと思ったし、何より村の進行を、清のように整えようとしてくれているように見えていたのだ。
とはいえ、それは直樹を引っ張り出せなかったらという事なので、グレーで指定されているからと特に皆、必死になっているわけでもなかった。
だがそこへ、三階へ上がっていた三人が速足に戻って来た。
三人共、険しい顔をしている。
裕馬がその顔に嫌な予感を覚えて黙っていると、清が代わりに言った。
「…どうした?扉は?」
煌が、答えた。
「扉は和彦が外してくれた。」
扉は外れたのだ。
裕馬は、キョロキョロした。
「え…じゃあ直樹は?」
それには、正志が答えた。
「…それなんでぇ。ちょっとみんなで来てくれ。見てもらわなきゃならねぇ。」
全員が、緊張した顔をした。
直樹は、いったいどうなったのだ。
嫌な予感しかしないが、しかし皆は黙って正志達に従って、三階へと上がって行ったのだった。




