二日目の朝
それぞれの夜が更けて行き、朝になった。
直樹は、昨日の夜10時にガツンと閂が嵌まる音を聞いてびっくりさせられてから、朝の6時をびくびくしながら待っていた。
眠りが浅くなってしまって、何度も目を覚ました末に、朝は5時から扉の前で待機していたのだ。
思った通り、また同じようにガツンという音がして、時計を見ると、机の上の金時計は6時を指していた。
…よし!
直樹は、意を決して扉を開いた。
直樹の部屋は12号室なので、目の前には18号室があって、その隣りは17号室だ。
その17号室の裕馬と、目が合った。
「…裕馬。」
名前を呼んだだけだったのに、裕馬は別の事を思ったのか、手を上げて言った。
「ストップ。」え、と直樹が黙ると、直樹は続けた。「結果はまだだ。みんなの前で全員一斉に言ってもらいたいんだ。」
結果を言うと思ったのか。
だが、直樹はそんな自殺行為をしようとは思っていなかった。
何しろ、他の二人が生きていたら、自分だけ結果が違って破綻する可能性が高まるのだ。
二人の生存確認をしてからでないと、結果を自信を持って口にできる状況ではなかった。
だが、上手い具合に誤解してくれているので、直樹は黙って頷いた。
「おい、みんな生きてるか?」隣りの和彦が言った。「この階には昨日、亜由美さん以外の8人が居たよな。」
裕馬が、頷いて皆を見た。
「おーい、みんな居るかー?」
向こうの方から清の声がした。
「こっちは居るぞ。海斗、咲子さん、オレ。そっちは?」
裕馬が、慌てて確認した。
「ええっと、和彦、直樹、詩子さん、オレ…」と、ハッとした。「あれ。18号室って誰だっけか。」
清が、あちらから走って来て、言った。
「…徹だ!」え、と裕馬は顔色を変えた。「狩人の三択が外れたか…!!」
…狼は賭けに勝った!
直樹は、心の中でガッツポーズをした。
狼が噛んだのは真霊媒師だ。
そして、狂人の自分が生き残っているのだ。
だが、わざと驚いた顔をして、直樹は言った。
「え?!おかしいよ、だって徹は狂人だったと思うのに!悟さん達と集まって話してたんでしょ?」
清が、イライラと扉を開いて、言った。
「だから狂人から狼が分からないんだから、一緒に話しようがないって昨日言ったじゃないか!」と、中へ向かって叫んだ。「おい、徹?!生きてるなら出て来い、みんな起きてるんだぞ?!」
だが、部屋の中はシンと静まり返って何も聴こえない。
清と裕馬は、顔を見合わせた。
「…見に行くか…?」
後ろから、海斗が言った。
「もう!早いとこ徹さんがどうなってるのか見ないといけないんでしょ?僕が行くよ!」
海斗は、サッと脇からすり抜けて中へと入って行く。
裕馬が、慌ててその後を追った。
「待て、海斗…、」
部屋の中は、他の部屋と全く同じ設えだった。
大きな天蓋付きのベッドの上で、徹は横を向いて丸まったまま、じっと動かずに居た。
「なんだ、寝てる?」裕馬が、ベッドへとため息をついて歩み寄った。「おい、徹、朝だぞ。」
「待って、」
海斗が言うより先に、裕馬はシーツをめくっていた。
そして、その肩を掴んだ。
「ほら!結果を聞かせてもらわないと…、」
そこまで言った時、裕馬はハッとその手を放す。
海斗が、ため息をついた。
「…死んでるんでしょ?」海斗は、言った。「だって、寝てるにしては呼吸の動きも全くなかったもの。」
「ええ?!」
直樹は、思わず声を上げる。
同じように声を上げていたのは、隣りに立つ和彦だった。
裕馬が、言った。
「…冷たい。昨日の亜由美さんは、まだ温かかったのに。」
清が、苦し気な顔で頷いた。
「多分、昨夜だからだろう。」
するとそこへ、正志の声が割り込んだ。
「おい。」振り返ると、二階の人達も大勢廊下へと来ていた。「昨日は徹か。」
裕馬が、頷いた。
「…襲撃された。狩人の三択が外れたんだろう。昨日の時点で、直樹は後から出たし、徹は上で話してたことで怪しまれていたし、高広だけ情報がなかった。護衛が入って無さそうな所を噛んだんだろうが、見事に当たったわけだ。」と、二階の面々を落ち窪んだ目で見て、言った。「それで、二階は?誰か居なくなってないか。」
それには、煌が答えた。
「皆出て来た。全員居る。」
ということは、呪殺は出なかったのだ。
裕馬が、がっくりと膝をついた。
「昨日、直樹が出て来た時、言わなかったけど猫又が混じっててくれたら、と思ったんだよ。そしたらそこを噛んで、道連れにしてくれるかもしれないって。でも、違った。」
清が、言った。
「結果を聞くか?今ここで。」
直樹は、今だ、と急いで叫んだ。
「黒!亜由美さんは黒だったんだよ!だから知らせたくて…!」
え、と高広は目を見開いた。
「何を言ってる?白だったぞ、亜由美さんは村人かあって狐だ。狂人もあり得る。」
裕馬は、息をついた。
「…直樹が、起きていきなりオレの顔を見て結果を言い賭けたのは知ってる。それを止めたんだ。だから、黒を見たというなら分かる。だが、白であった可能性もあるしな。こうなって分かったが、結局、徹は真霊媒で、悟さんの部屋で集まってた人達は怪しくないと言うことだ。」と、悟を見た。「で、誰を占って結果は?」
悟は答えた。
「オレは煌さん。黒だったら怖いし。白だった。生きてるし狐でもない。あって狂人。」
裕馬は、頷く。
「真悟。」
真悟は言った。
「オレは正志白。発言力がありそうだったから先に占っておこうと思った。」
咲子が、促される前に言った。
「私は清さん。落ち着いてるから疑われずに最後まで残ったら怖いと思った。白だったわ。」
美智が口を開いた。
「私は和彦さん。一緒に諒さんの色も分かるかと思って。結果は白だったから、同じ意見の諒さんも白だろうなって思ったわ。」
全部の結果が出揃った。
裕馬は、難儀そうに立ち上がって、言った。
「…その結果を元に話し合いだ。とりあえず、準備してリビングへ降りて来てくれ。徹が真霊媒だった…どんな結果を見ていたのか、知りたかったよ。」
海斗が、頷いてベッドの方を見た。
「寝てるみたいなのにね。もう冷たいなんて。」
それを聞いた煌が、眉を上げた。
「冷たい?」
裕馬は、頷く。
「多分狼が入力してすぐに死んだんだろうな。知らずに肩を揺さぶったら、冷たかった。」
煌は、眉を寄せて徹に歩み寄った。
そして、こちらを向けている背中の真ん中に触れ、そして上向きにして下になっていた肩の方にも触れた。
その上で上着をグイとまくりあげて、女子が思わず小さくキャッと声を上げるのを聞いた。
煌は、構わずあちこちじろじろと調べるように見ている。
清が、堪らず言った。
「おい、そこまでやることないだろうが。死んでからみんなに裸を晒したくないだろうに。」
煌は、言われて徹の上着を降ろすと、シーツを掛けて言った。
「…死んでいない。」
え、と皆が目を丸くする。
正志が、言った。
「どう言うことだ。明らかに死んでるじゃねぇか。」
煌は、言った。
「その通りだ。死んでいる。だが、体は冷えきっていて死後数時間経っているのは明白だ。それなのに、死後に起こるはずの変化が全くない。瞳も綺麗だし粘膜も何の変化もない。明らかに死にたてホヤホヤ…だが、体は冷えていてそんなことはあり得ない。つまり、見た目は死んでいるが、死んでいないのではないかというのだ。」
死んでない…!
直樹は、心の中に光明が灯るのを感じた。
昨日の亜由美は、目の前で死んだので体はまだ温かかったし、煌も何も言わなかった。
だが、徹は恐らく昨夜死んでいるのに、何時間も経った今でも、体温こそ失っているが、死後そのままなのだ。
それはつまり、仮死状態なのではないのだろうか。
やっぱり、勝ったら戻って来られるのではないか…?
「…もしかしたら、戻って来られるのか?」裕馬が、言った。「仮死状態なのか。」
煌は、ため息をついた。
「わからない。計器も何もないからな。私に言えるのはここまでだ。数時間経っても、今死んだような様なのだ。」
諒が、言った。
「なら、亜由美さんの部屋に行ってみよう!」諒は足を扉へ向けた。「亜由美さんも同じかもしれないぞ!そうしたら、間違いなく勝ったら戻って来られるかもしれないと思えるじゃないか!」
しかし、それには詩子が後ろから言った。
「…亜由美さんの部屋、鍵が掛かってた。」皆が詩子を見ると、詩子は続けた。「みんなが騒ぎ出した時に、咲子さんと亜由美さんはやっぱり死んでるのかって、確かめようと部屋のノブを回したの。でも、鍵が掛かってて入れなかったわ。確認はできないのよ。」
分かっているのは、今目の前に居る徹だけ。
正志が、息をついた。
「…とにかく、追放なんだ。同じ追放だと考えたら、きっと亜由美さんも変わらないんだろう。どうせ今夜もまた、誰か追放しなきゃならねぇし、明日も朝犠牲は出るだろう。明日以降から、また確認して行くしかねぇ。」
死なないかもしれない。
皆の心に灯った光は、なんとしても勝たなければという想いに変わって、皆は険しい顔でそれぞれの部屋へと、議論の準備をしに戻ったのだった。




