投票
直樹が、最初に座っていた小さなソファへと集まって、番号順に並んで座るように促していた。
その時点で、モタモタと全員が思い思いの動きをするので、投票までもう、10分しかないのが見える。
和彦は、言った。
「おい、もたもたすんなよ!なんだって女子はそんなにキッチンから出て来るのに時間が掛かるんでぇ!オレ達は投票対象なんだぞ、危機感が無さ過ぎる!」
和彦は、イライラと怒鳴るように言った。
直樹が何度も言っているのに、何やら話していて立ち上がるのもゆっくりだしで、全員の動きが遅い。
おまけに、トイレに行っておくとか言い出して、そこからまた揃わないのだ。
役職に出ている咲子と美智、最初から居た祈は早くからそこに居たが、どうやら他の女子達の、危機感は乏しいようだった。
天井から吊り下がっている、モニターには大きくデジタル表示が出ていて、今は5:58だ。
これが残り時間で、後5分58秒後に投票なのは、どんどんと秒の部分が減って行くので分かった。
「あと5分だよ!」海斗が言う。「さっき裕馬が言ってたのは、誰と誰と誰?」
裕馬は、言った。
「真希さん、諒さん、和彦さん、詩子さん、亜由美さんの5人なんだが…」と、トイレから戻ったばかりでまだ隣り同士でハンカチがどうのと落ち着かない女子達をイライラと見た。「今夜の指定は、真希さん、詩子さん、亜由美さんの3人から投票してくれ。」
え、と言われた3人は裕馬を見た。
そして、何を言われたのかやっと分かった真希が、血相変えて言った。
「私は白だわ!男性は?!どうして女性ばっかり3人なの?!」
詩子は、ブルブルと震えている。
亜由美も、悲痛な声で言った。
「そうよ!どうして私達なの?!そこまで怪しい事言った?!」
裕馬は、言った。
「自分達が吊られないと思ってるのか?なんだよ、そのやる気のないのは!こっちでとっくにオレ達はいろいろ話し合ってたんだぞ?!男性達の意見は聞いたが、君達の意見は聞けてない!直樹が呼びに行っただろうが、それなのにもたもたして。トイレは仕方ない、でも急ごうという気持ちが全く感じられないんだ!村の議論を妨害しようとタイムイートしているようにしか見えなかった!現に役職者の咲子さんと美智さんは、同じようにキッチンに居たのにきちんとここに座って議論の体勢を取ってたんだ!」
最後は、結局共有の私情か。
直樹は思ったが、この中に狼は居るのだろうか。
咲子が、言った。
「…安易じゃない?本当にこの3人からでいいの?」
だが、海斗が言った。
「見てて思わないの?君と美智さんは先に来て待ってたのに、他の人達は何してた?男の人達の話はもう聞いたからね。僕はそれでいいと思うよ。」
すると、モニターが言った。
『投票1分前です。』
腕輪のカバーを開けて、煌が言った。
「間違えるんじゃないぞ。自分が投票する相手の番号を入れてから、0を3つと言っていた。真希さんは2、詩子さんは13、亜由美さんは16だ。」
全員が、その冷静は声に頷いたが、投票対象の3人は違った。
「どうして私達が…!」
『投票してください。』
声が、無情に告げた。
全員が、必死に腕輪の画面を見て番号を打ち込む。
とにかく、投票しなければ自分まで追放になってしまうのだ。
…真希さんが白かった!
直樹は、そう思って急いで2と0を3つ入力した。
『投票を受け付けました。』
直樹が、自分の腕輪から声が流れてホッと顔を上げると、煌が隣りの祈が打ち込むのを、心配そうに見ていた。
こうして見ると、確かにあの二人はお似合いだし、もう付き合ってますと言われても、皆が信じたかもしれなかった。
モニターからの、声が言った。
『投票が終わりました。結果を表示致します。』
真っ青なモニターには、ババババと上から白い文字で、投票先が並んで出て来た。
1 悟→16
2 真希→16
3 美智→16
4 高広→2
5 正志→2
6 玉緒→8
7 真悟→16
8 諒→2
9 煌→2
10祈→16
11和彦→16
12直樹→2
13詩子→16
14海斗→2
15清→16
16亜由美→2
17裕馬→2
18徹→16
19咲子→13
悟、真希、美智、真悟、祈、和彦、詩子、清、徹の9人が亜由美に入れている。
そして、高広、正志、諒、煌、直樹、海斗、亜由美、裕馬の8人が真希に入れていた。
その他は、玉緒は8の諒、咲子が詩子だ。
目立ったのがその二人で、その他はきっちり二分した形だった。
モニターに、大きく16と出る。
直樹が、茫然としていると、亜由美が叫んだ。
「嘘!私なの?!」
『№16は、追放されます。』
亜由美は、ソファに座ったままあちこち見た。
「え、え、どうなるの、」
と、そこまで言ったかと思うと、いきなりカクンとスイッチが切れたように動きを止め、ソファの背へとぐにゃりと倒れた。
「うわ!」
隣りの、裕馬が叫ぶ。
反対側の隣りの、清が目を開いて天井をじっと動かず見ている、亜由美の顔を覗き込んだ。
「…亜由美さん?」亜由美の瞳は、全く動く様子がない。「…やばい。息をしてない気がする。煌さん、見て欲しい。」
煌が、椅子から立ち上がる。
皆が息を飲んでじっとそれを見つめる中、お構いなしにモニターが言った。
『№16は、追放されました。夜時間に備えてください。』
だが、それどころではない。
皆がおののく中で、煌は慣れたように亜由美の脈を取り、そして瞳を見つめた。
そして、首を振った。
「…見たところ、死んでいる。が、計器がないので正確にはどうなのか分からない。恐らく死んでいるだろうという状態。」
清が、茫然と煌を見上げた。
「え…そこに、座ってただけだったぞ?いったい、どうやって?」
皆が、男性でさえも恐怖に目を潤ませている。
煌は、ため息をついた。
「分からない。私にも分からないのだ。ただ、分かっているのはこれを主催している者達は、本気で私達を殺しにかかっているということだ。遊んでいる場合ではないぞ。命が懸かっているのに、他の事に気を取られたり、話し合いに参加しなかったりしてはならない。しっかり考えて、人外を追い詰めていかないと、我々もこうなる。もしかしたら、勝利陣営であったり、対価の100万円を支払っている者達は書いてある通り戻って来るのかもしれない。だが、君達は負けた時の対価を支払っていると自分達で思うのかね?」
皆が、黙り込んだ。
恐らく、支払っていないからだ。
ここまで、ほとんどの人が金に困っていたという事実を思い出して知っている。
いきなり、100万円などという大金を、支払っているとは思えなかった。
「でも…でも、どうやってこんなことを。」
終始落ち着いていた清が、取り乱す一歩手前のような動揺した様子で言う。
いきなり、モニターから追放します、という声だけで亜由美を殺したことになるのだ。
「…私が思うに、これ。」と、左手を上げた。「これしかない。この銀色の箱のような部分に、何か仕込まれているのではないのか。どこかからリモートコントロールしていて、あちらからの操作で何かの薬品が注入されるのだと思うと合点が行く。とはいえ…一瞬だった。亜由美さんは死んだことすら気付いていないのではないかと思うぐらいだ。そんなに即効性のある薬品を、私は知らない。少なくとも、今の記憶では。なので、あくまでも予測だがね。」
この腕輪か…!
直樹は、それを恨めしげに睨んだ。
ぴったりとくっついていて、とても外れそうにない代物なのだ。
このままでは、自分もわけのわからない薬品で、殺されることになる…!
「嫌よ!」真希が叫んだ。「私は死にたくないわ!私だったかも知れないのよ?!村人なのに、安易に吊るとか言って!亜由美さんだってそこまで怪しい所なんかなかったのに!こんなことになるなら…!」
同じように指定に入っていた、詩子が涙を流している。
正志が、怖いほど冷静な声で、言った。
「こんなことになるなら?投票しなかったって言うのか。」真希は、正志を睨む。正志は続けた。「それでもいいぞ?それも君の選択だ。投票しなきゃ追放だ。君は他を犠牲にするぐらいなら死ぬと決めた崇高な意思の持ち主なんだと少しは覚えていてやるよ。なんなら、今夜からどうだ?部屋に入らなければ追放になって明日の投票はしなくて済む。そうしたら良いんじゃねぇか?」
真希は、それを聞いて下を向いて黙り込む。
全員が、同じように視線を落としていた。
助かりたければ、ゲームを続けるしかない。
他を犠牲にしないと、生き残ることができないのだ。
「…亜由美さんを、運ぼう。」和彦が、言った。「とりあえず皆が無事でいられるのは、亜由美さんが犠牲になってくれたからだ。色はわからないが、ここに置いておくのはかわいそうだろ。部屋に寝かせて来よう。」
皆がバラバラと頷いて、そうして亜由美は、上へと運ばれて行った。
手伝った直樹が触れた亜由美の体は、まだ温かかった。




