夕方の休憩
そこまで話をすると、もう夕方6時半を過ぎてしまっていた。
このままでは、8時の投票までに夕飯を食べられないからと強制的に会議はお開きになり、皆がキッチンへと向かう。
それぞれが冷凍食品を解凍したり、カップ麺にお湯を入れたりと夕食の準備をする中で、祈は昼間に作っておいた煮物や、酢の物、おひたしなどを並べて、魚の切り身を焼いた物と共に、煌の前に出した。
煌は、煮物を祈と共につつきながら、機嫌良く食事をしていたが、そこへ真希も近付いて、自分が作ったサーモンのマリネを持って来て、置いた。
「たくさん作ったので。一緒に食べませんか?」
煌は、眉を寄せる。
だが、祈は言った。
「あらおいしそう。でもごめんなさい、私は二人分しか作っていないから…。」
もう、煮物は皿にほとんど残っていなかった。
何しろ煌が、物凄い勢いで箸を進めていたのだ。
「良いの。戴こうと思ったのではないから。」
だが、煌は首を振った。
「まだ酢の物もおひたしもあるし、私はこれで満腹かな。」と、祈を見た。「君はもらうといい。」
祈は、頷いた。
「はい…でも、私も投票のことを考えるとあまり食欲がなくて。」
煌は、箸を置いた。
「食欲がない?大丈夫なのか、胃腸の調子は?」
祈は、苦笑した。
「大丈夫ですわ。こういう特殊な環境下ですから、自然食欲も落ちるだけかと。」
煌は、深刻な顔をした。
「私は医師なのだ。」え、と皆が驚いた顔をした。煌は続けた。「思い出したのだがね。どうやら研究医であったように思う。何しろ、人体のことに関してはかなりの知識が沸き上がって来る。細胞や細菌のことも…詳しいことは出て来ないのだが。だが、診察ぐらいはできると思う。後で診てみよう。」
祈は、首を振った。
「そんな、大層なことではありませんわ。診て頂いてもお薬も戴けませんし。」
煌は、それでも言う。
「必要な薬は、どうせこんなことをさせている連中は見ているのだろうし、宙に向かって叫べばくれるだろう。追放されるまでは、奴らも我々を生かしておかねばならないからな。私が処方するので、心配することはないのだ。」
海斗が、言った。
「へぇー助かるね!だったら、具合が悪くなったら、煌さんに頼もうっと。」
正志が、顔をしかめた。
「どんな薬を出されるのか怖いけどな。オレ、なんか医者は苦手みたいだ。」
直樹も、頷く。
自分も痛いことをされるかも、と病院が苦手だったような気がする。
真希が、言った。
「それなら診て頂こうかな。昼頃から、頭が痛くて。胸が苦しいような気がすることがあるんです。」
煌は、答えた。
「君の場合、議論で皆に詰められたり、ゲーム以外のことで責められるから心因性のものだろう。一過性のものだと思われる。今夜寝たら治まるのではないかね。」
明らかに、祈と真希の扱いが違う。
祈は、急いで言った。
「では、お食事はもうお済みですか?片付けますわ。残りは冷蔵庫に保管しておいて、明日の朝にでも。」
煌は、頷いた。
「頼む。」
それは、明日の朝も頼むということだろう。
とはいえ、煌から祈に対して、恋愛感情のようなものは感じられなかった。
煌にとっては、とりあえず食事なのだろう。
真希はむっつりと黙ってしまっていたが、祈はそれに気付かないふりをして、食器を片付けて洗い始めた。
煌は、食器を運ぶのを手伝いながら、言った。
「食洗機がある。これを使えばいいのだ。」
祈は、首を振った。
「少ないですし。これぐらいは洗いますわ。」
煌は、それでも食洗機を引き出した。
「手が荒れたらどうするのだ。そんなことで君が食事を作れなくなっては困る。」と、水に流しただけの食器を次々と投入した。「ここは私が。君は座っていろ。作るのが君の仕事であって、これは違う。」
祈は困った顔をしたが、押しの強い煌に、仕方なく従った。
テーブルへと戻ると、真希が祈にだけ聴こえる小さな声で言った。
「…ダンナが居るくせに。」
そして、立ち上がってマリネを持って冷蔵庫へと行った。
こちらに居た皆にはそれは聞こえなかったが、正志が言った。
「…あのなあ。オレは耳がめっちゃ良いの。めんどくさい。」と、祈を見た。「祈さん、リビング行こう。気にするな。」
隣りの清が、え、と正志を見上げた。
「なんだよ、なんかあったか?」
正志は、ゴミを捨ててからキッチンの扉に向かって、祈を促しながら答えた。
「…真希さんだよ。オレ、ほんとに耳がいいから、小声で話しても聴こえるんだっての。」と、祈の肩を抱いた。「さ、行こう。」
煌が、振り返って眉を寄せた。
「…何をしている?祈?」
呼び捨てだ。
祈は、苦笑した。
「先にリビングへ出ておりますわ。」
そうして、二人は出て行った。
和彦が、小声で言った。
「…なんか嫌みでも言ったのか。」
皆は、頷く。
真希は、そんなことは気にしていないように言った。
「煌さん、コーヒーでもいかがですか?」
煌は、それどころではないらしく、答えもせずにさっさと二人を追って出て行った。
残された皆は、ため息をついたのだった。
リビングへ出ると、窓際のソファへと歩きながら正志は祈に言った。
「祈さん、黙ってたらダメだ。めんどくさいのは分かるけど、あの女は本気で煌の奴に惚れてるんだろう。やたらと煌が祈さんにまとわりついてるから、祈さんは何も悪くないのにこんなことに。」
祈は、ため息をついた。
「分かってる。でも、何を言っても無駄な気がするのよ。やり過ごすよりないわ。煌さんは私の作るご飯が気に入ってるだけなのに。困ったこと。」
二人は、向かい合ってソファに座った。
そこへ、煌が何やら血相変えてキッチンから出て追って来た。
「なんだ?何事だ。どうして正志が彼女の肩を抱いて行くのだ?」
正志は、煌を睨んだ。
「あのな。お前、立場ってのを考えろ。お前がモテるのは勝手だが、祈さんまで巻き込まれるんだっての。あの女は質が悪そうだし、お前が祈さん祈さん言うことで、恨まれるんだぞ。ゲームにも影響する。嫌み言われてんのに気付いてもないだろうが。」
正志は、かなり年下なのにこの威厳のある煌にため口だ。
年上の他の人達ですら、煌には敬語なのにだ。
ハラハラしながら祈は見ていたが、煌はそれには気にする様子もなく、言った。
「…嫌みを?聞こえなかった。」と、祈を見た。「祈、私が悪かった。これからは食事の時間をずらそう。」
祈は、またため息をついて頷く。
正志が、言った。
「それ。」何の事だと眉を寄せる煌に、正志は続けた。「いつから呼び捨てなんだ?別にいいけど人前ではやめておけ。めんどくさいことになるの。煌、お前は祈さんが好きなのか?お互いにもしかしたら結婚してるかも知れないのに?」
煌は、驚いた顔をした。
明らかに、今の今までそんなことは考えてもいなかったようだ。
「私が?」と、祈を見た。「…わからない。だが、私は…確かに…。」
煌は、考え込む顔をする。
正志は、ため息をついた。
「まあいい。でもな、真希さんが他の女子達に変なことを吹き込んでも祈さんが困るだろ。このゲームは投票が全てだ。早々に祈さんが追放になる可能性だってあるんだからな。そこは、上手いことやれ。それともお前達は、同陣営の人外か?」
煌は、それには正志を睨んで首を振った。
「私は人外ではない。祈も違うと思う。」
「だろうな。」正志が言うと、二人は驚いた顔をする。正志は続けた。「二人とも発言がしっかりしてるし白先だ。そもそも人外なら、お互いに分かってるから絶対皆の前でずっと一緒に居ることなどあり得ない。特に煌、お前の考察力では絶対な。どっちかが人外は、もしかしたらあり得るかもしれないが、両方はないだろう。とにかく、気を付けろ。村なら特にな。オレは、勝ちたい。死にたかねぇ。」
二人は頷いたが、煌は気遣わしげに祈を見た。
祈は、微かに微笑んで目で大丈夫、と言っているようだ。
煌は、何かを考えているような顔をして、祈に頷いてその手を握り、すぐに離したのだった。




