ハーレム王への長い道のり
……はっ!
俺は飛び起きる。
いやな夢を見た。生き返ったばかりの俺が、ゴブリンにまた殺される夢だ。
「ハハッ、夢見が悪いったらありゃし……な……い!?」
前方に転がっているゴブリンの姿を見て、俺の思考が一瞬途絶える。
「夢じゃないってか。そしてまた生き返ったってことは、この能力も夢じゃないってことで……。」
俺はゴブリンの死骸に近づき、その手にしている小剣を取り上げる。
刃先にドロッとした何かが塗られているのが分かる。
「やっぱり毒か。何かのラノベでは、ゴブリンたちは自分の武器に、ゴブリン毒とかいう、お手製の毒を塗っているっていうのがあったよなぁ。」
俺は、ほかに何かないか、ゴブリンの死体を漁る。
腰のあたりに革袋があるのを見つけた以外、他に何もなかったので、その死体を火にかける。
肉の焦げる嫌な臭いがしたが、死体をそのままにして腐らせるよりは余程マシだろう。
俺はゴブリンから奪った革袋の中身を検めることにする。
出てきたのは、何かの皮の切れ端、光る石のかけら……水晶だろうか?それから、ピカピカに磨かれた何かの金属の欠片、そしてくすんだ銀色のコイン。
見事に光モノばかり……カラスかよっ!
とりあえず俺はコイン以外のものを捨てる。コインはひょっとしたら通貨かもしれないので、一応取っておくことにした。
そして、一度捨てた皮の切れ端を再び拾い上げる。小剣の鞘代わりに使えないかと思ったのだ。
とはいっても、ただの切れ端を加工する道具などないので、刀身に皮を巻き付けただけ。これでも一応間違って刃先に触れて、毒を食らう危険は軽減されるはずだ。
「ブモッ!」
そんなことを考えていたら、いきなり茂みからビックボアが顔を出す。
体長5mぐらいの巨大な猪。その突進をまともに受ければ、俺なっか一撃で死んでしまうこと間違いはない。
奴はどうやら、ゴブリンを燃やす臭いにつられて出てきたらしく、しきりに辺りのにおいをかいでいる。
そして俺と目が合う……ヤバい。
逃げるのは不可能。奴のほうが足が速い。背を向けた途端に、突進してきて、あの牙に貫かれるか、大空へ投げ飛ばされることだろう。
だから戦うこと一択。だけど、まともにやりあえば死ぬ。だから、奴の動きを見極め、突進を躱しながらナイフで切りつけるしかない。
そこまで考えて、ふと手にした小剣を見る。この小剣にはゴブリン毒が塗布されている。
だから最初の一撃を躱してこの剣を突き立てるか、切りつけるか出来れば、あとは毒が回って倒せるのでは?
俺は小剣を構えてビックボアと対峙する。
奴は俺に向かって突進してくる……速いっ!
辛うじて躱せたものの、俺は足元のバランスを崩して倒れてしまった。
ビックボアは、突進の速度が落ちたところで急展開し、こちらに再度狙いを定める。
相手の攻撃が直進的であればやりようはある。現代日本人の知恵を舐めんなよ。
俺はジリジリと体の位置をずらしていく。
ビックボアは、突進する前に溜めが必要みたいで直ぐに飛び掛かってはこない。しかし、その眼は確実に俺を捉えている。
俺は目的の場所まで移動すると、「来いやぁ!」と大声で叫ぶ。
その声に触発されたのか、ビックボアが飛び込んでくる。
奴は、突進を始めたら一直線。急に角度を変えたりはできない。それだけわかっていれば躱すのは容易だ。飛び出した瞬間、横に避ければいいのだから。
しかし、理屈で分かっていても、身体が思うように動くかどうかは別だ。
今の距離では奴が突進を始めてから俺のところに来るまで約1秒。つまり奴が動いた瞬間に避けなければ、避け切れない。かといって、動くのが早ければ、奴は突進先を修正して飛び掛かってくる。早くても遅くてもいけない、絶妙なタイミング。
そして俺は、ギリギリのところで躱すことができた……。もう一回やれって言われても成功する確率は非常に低いと思う。
俺が奴の突進を躱すと、奴はそのまま、背後にあった岩壁にぶつ買って、動きを止める。
俺は、ふらつく足に必死に力を入れて、奴に近づき、ゴブリンの小剣を突き刺し、そのまま、予め見つけておいた樹の上へよじ登る。
ビックボアは、突き刺された痛みと、身体に回り始めた毒のせいで苦しみ暴れまわる。
そして俺が樹の上にいるのを見つけると、何度も何度も体当たりをしてきた。
俺は振り落とされないように、揺れる樹の幹をしっかりと掴む。
何度目かの体当たり、樹が衝撃で倒れるのではないかと心配になってきた頃、ふいに体当たりが止まる。
恐る恐る下を見ると、ビックボアが倒れていた。
俺はすぐに下りてはいかず、しばらく様子を見る。
30分ほど様子見をして、全く動かないことを確認してようやく樹から降りることができた。
「とりあえず、食料確保?……なのか?」
俺はわずかな知識を総動員してビックボアの死体の処理を始める。
「えーと、まずは血抜きというのをするんだよな?」
蔦を探し出してきてビックボアの後ろ足を縛り、木の枝につるし上げる。
それから、苦労してその首を切り落とす……ゴメンナサイ、見栄張りました。切り落とせてないです。
首の骨が硬くて無理……。何度も何度も切った首からぽたぽた血が落ちているから、それで良しとしてください。
「で、内臓を取り出すんだっけ?」
腹を切り裂くと中身がドロッと零れ落ちてくる……グロい。
その内臓をその場で穴を掘って埋める。
こんなグロいモノを食べる気にはならない。そもそも、ホルモン系って苦手なんだよね。
あとは適当に肉を切り出して、焼けばいいのか……。
解体と呼ぶのも烏滸がましいほど稚拙ではあったが、とりあえず肉の確保ができたのは喜ばしい。
こっちに来てから、わけのわからない草以外口にしてなかったからな。
「……そういえば、俺、こいつを毒で倒したんだよなぁ?肉に毒って回ってるんだろうか?焼けば大丈夫なのか?」
普通に考えれば、毒は血液に混ざって体中を流れる。内臓はヤバそうだけど、肉までには浸透していないのかもしれない。
しかし、試しに切り出した肉は血まみれだ……。
俺は肉片を片手にひたすら悩んだ。
◇
「……不味い。」
結局俺はビックボアの肉を焼いて食べることにした。……いくら悩んでも空腹には勝てないのだ。
それに毒があったとしても、俺は死なない……というか生き返ることができる。もっとも、毒が回ると地獄の苦しみなので、死なないから、と安易に口にしたいわけではない。
しかし、空腹で餓死したとしよう。しばらくすれば復活できるとはいえ、死ぬほどの空腹状態が改善されるわけではない。
だとしたら、当然すぐに餓死するわけだ。そしてそれが永遠に繰り返される……ないわ~。
だったら、毒死したとしても、空腹じゃなくなるだけマシではないか?という結論に至ったわけだ。
で、焼いて食べているわけだが、今のところ毒の影響はない。しかし、おいしくない。
塩や胡椒といった調味料、香辛料というのは、偉大な存在だと改めて気づかされた。
「さて、これからどうするかなぁ。」
不味くても、腹が膨れれば精神的な余裕が出てくる。
だから俺はこの先のことについて思考をめぐらす。
とにかく、人のいる場所へ出ることを最優先にしたいが、森の中をかなり歩き回っても、出口を見つけることは出来ていない。
そこで思いついたのが、あのゴブリンどもを見つけて利用すること。
奴らは女性を襲っていた。ここはかなり森の深い場所と予想されるので、あの女性が一人で森の中を彷徨っていた可能性より、どこかの村を襲ってさらってきた可能性のほうが高い気がする。
ということは、奴らは、また村を襲いに行く可能性があるわけで、奴らの動きを観察していれば、人のいる場所が分かるかもしれない、と俺は考えたのだ。
もっとも、奴らを素直に人のいる場所へ行かせる気はない。
奴らの動向を探りながら、隙を見て1匹づつ仕留めていく。
この小剣があれば、1匹なら奇襲すれば倒せるはずだ。
俺は、あの女性の無残な姿を忘れない。俺を殺し、切り刻んだゴブリンどもを許せない。
今はまともにやりあえないかもしれないけど、弱者には弱者の戦い方があるということを、人間に手を出せば手痛い目に合うということを、奴らの魂に刻み込んでやる。
そのためにも、今は力を蓄えるべきだ……。
そんなことを考えているうちに、俺の意識はいつしか、深い闇へと落ちていった。
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