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小さな村の……1

グガァッ!


目の前の地竜がその巨大な咢を大きく開け、迫り来る。


逃げないとッ!とは思うが、先程の攻撃で足を痛め、その動きはかなり鈍くなっている。


襲い掛かるその首を何とか躱すことは出来たものの、地竜はすでに次の攻撃態勢に入っている。


……ここまでか。できれば、誰かの子供、産みたかったなぁ。


冒険者、エレーン。今年で22歳になる。


世間一般では既に行き遅れと言われ始める年ではあるが、冒険者をやっていると、自分ぐらいの年齢で第一線で活躍している女性は沢山いるため、あまり結婚願望はなかった。


それでも、こうして命の危機に瀕すると、生物の生まれ持った本能がそうさせるのか、自分の遺伝子を残したい……そう思うのだった。


……あーぁ、こんな事なら、ミカルの誘い断るんじゃなかったなぁ。最後に思い浮かぶのがあんな奴の顔なんて、私って不幸な女よね。


エレーンは、昨晩しつこく声をかけてきた男性冒険者の顔を思い浮かべ、あまりにもの情けなさに溜息をつく。


結構長い時間そんな事を考えていたと思うのだが、実際には1秒も経っておらず、目の前に迫り来る、鋭い爪をもつ地竜の前足。


今の自分にあれを避けるだけの力は残っていない。


私の冒険はここまでね。……エレーンは覚悟を決めて目を瞑り、来るべき時を待つ。


しかし、いくら待っても、命を刈り取る一撃が来ない。


……ここに来て焦らしプレイ?やめてよね、せっかく覚悟決めたのだから。


そう思いながら、薄っすらと目を開けると、そこには思いもよらない風景があった。


自分を襲おうとしていた前足を伸ばしたまま、地に横たわる地竜。


そしてその身体の上、首元辺りに立つ、地竜の血に塗れた剣を持つ男。


自分は助かったのだ……そう理解するまでに、しばしの時が必要だった。



「「「「かんぱーい!」」」」


グラスが合わさる甲高い音が、店一杯に広がる。


しかし誰も気にした様子はない……なぜなら、店内のあちらこちらで、似たようなことが繰り広げられているからだ。


「いやぁ、今回ばかりは、もうだめだと思ったぜ。」


髭面の巨漢……ゲイルがそういうと、隣にいたマッチョなモヒカン漢……マイクもそれに追従する。


「ホントだぜ。ポーションやら何やら使い切って、今日はもう帰ろうってところに地竜だもんなぁ。」


「いや、でも、ホントよく倒せたよなぁ。あー、俺は信じていたよ、お前らならやれるって。」


そう、調子のいいことを言うのは、パーティの斥候役のトム。


彼は、事前に情報を集めたり、迷宮などでは道案内や、トラップの発見・解除、など、多岐にわたって有能な技量を披露してくれるが、その分戦闘ではあまり役に立たない。


ヤバいと思ったら、一人だけ安全圏に逃げて様子を窺っている……そんな男だが、持ち前の陽気さと、その人懐っこさ故か、それでトラブルを起こしたことはないという奇特な性質を持っている。


そして治療術師であるエレーンを加えた4人が、いつものパーティメンバーなのだが、今回はもう一人パーティに加わっていた。


「オイ、ソーマさんよぉ。飲んでるかぁ?今回のヒーローはお前さんなんだから、遠慮するんじゃねぜ。」


「あぁ、飲んでるよ。」


そう言いながら、彼のグラスの中身がほとんど減っていないことに気づいたエレーンは、彼の横に行ってしなだれかかり、「ほらほらもっと飲んでよぉ」と追加のエールを注ぐ。


「しかし、お前さん、どこにいたんだよ。戦闘中、いつの間にかいなくなったと思ったら、最後の美味しいとこだけ搔っ攫っていきやがって。」


トムがソーマに絡む。言い方はあれだが、彼自身ソーマに感謝していることは間違いなく、そのことがしっかりと伝わっているのか、ソーマも苦笑しながら受け答えしている。


「いや、普通に戦っていたんだけどなぁ。どうやら影が薄いみたいで、あの地竜にも無視されてたんだよなぁ。」


「影が薄いって、おまっ!」


ソーマの言葉に、その場の皆がゲラゲラと笑いだす。


更には、そこから様々なネタに話が飛び、場が大いに盛り上がるのだった。



「ねぇ、上に行かない?」


場が盛り上がり、大いに飲み食いをし、周りを誰も気にしなくなった頃合いを見て、エレーンはそう、ソーマに耳打ちをする。


この手の酒場は、2階が連れ込み宿になっている。……つまりは、そういう御誘いだ。


実際、すでに何組かの男女が2階へと姿を消していた。


ソーマが、言葉に詰まりながらも、チラッとエレーンの胸元に視線を落とすのがわかる。


ごくッと思わず喉を鳴らすのを見て「あら、意外と初心なの?」と、少し可愛く思えてくる。


「ねぇ、焦らすものじゃないわよ。」


エレーンは彼の腕を自分の胸で包むように腕を絡める。


「あ、あぁ。そうだな。」


彼とともに立ち上がり、店主に対して、上を視線で示しながら銀貨を渡すと、小さなカギを代わりに渡してくれる。


そして、彼と共に2階へあがろうとするのだが……。


「ハイそこまでぇ~。」


「時間切れだよぉ。」


突然背後から聞こえてきた、このような場所にそぐわない可愛らしい声。


振り返ると、成人しているかしていないかという位の少女が二人、にっこりと笑いながら立っていた。


「えっと、お嬢ちゃん。どうしたのかなぁ?ここは子供が来るような場所じゃないわよ?」


エレーンは優しく宥めるようにそう言う。


「ハイハイ、おばさんは退いてね。」


「お、おばっ!」


髪が白い方の少女が、そう言って、ソーマからエレーンの腕を振りほどき、代わりに自分の腕を絡める。


「あ、ズルいっ。私もっ!」


金色の輝く髪の少女が、慌てて、逆側の腕を取る。


「じゃぁ、ソーマ様、帰りますわよ。」


二人の少女に両側から腕を取られ、半ば引きずられるようにして、酒場から出て行くソーマ。


後には、ぽかんっと、あっけにとられた酒場の客たちが残されるのだった。



「もうっ!私たちが止めなかったら、あの女と何をする気だったのよっ!」


「何ってそれは……。」


「おにぃちゃんの浮気者っ!リズというものがありながら浮気ですかっ!やっぱり、おっぱいですかっ!おっぱいがいいんですかっ!私だって負けてないですからねっ!」


そう言いながら、掴んだ腕を自らの胸にギュッと抑え込むリズ。……うん、柔らかい。


「わ、私だって……。」


オロオロしながら、自分もやるべきかどうか葛藤しているクリム。そんなことで悩まなくても、腕を抱え込んでいる時点で、自分の胸が当たっていることに気づかないあたり、クリムはまだまだ子供だな、と思う。……子供というにはかなり発育がいいけどね。


「えっと、ところで二人はどうしてここへ?」


俺は依頼を受けてくると言っただけで出てきて、何の依頼を受けるとか、いつ戻るかだとかは一切話していなかったはずだ。


「浮気レーダーにピピッと反応があったの。」


「キーラとケーラに見張らせておいたのよ。」


「怖えぇよっ!」


ストーカー予備軍がここにいました。……ってか、浮気レーダーってなんだよ。


「あのなぁ、俺だって、健康な男なんだ。毎晩毎晩お預け喰らっていたら、……わかるだろ?ってか分かれっ!」


「結婚するまでダメなのっ。」


「今の段階で、結婚すると、後々問題が出てくるの。」


「だぁっ!もうっ!」


見ての通りとても可愛い美少女二人は、大変身持ちが堅い。なのに、毎晩同じベットで身を寄せ合って寝てるんだぜ?


そして、手が出せない。一度、理性が吹っ飛んで本能の赴くまま襲ったことがあったのだが……。


クリムに反撃され、1週間ぐらい氷漬けにされてからは、無理やりな衝動は押さえることに……。これでアンジェがいなければ、俺の気はとうの昔に狂っていたに違いない。



「あ、ソーマ様だぁ。」


「二の姫様、リズちゃん、おかえりぃ。」


「ソーマ様、やっぱり浮気だったの?」


二人に抱えられ、村へ帰ると、まだ起きていた子供たちが駆け寄ってきて口々に話しかけてくる。


「何で私だけリズちゃんなのよっ!クリムより年上なのよっ!」


「わー。リズちゃんが真っ赤っか~。逃げろ~。」


子どもたちがはやし立てながら各地へと散らばる。リズはこの村の子供たちの人気者なのだ。


「って言うか、もうかなり遅いのに何であいつら起きてるんだ?」


「お祭りが近いからじゃない?」


俺の疑問に、クリムがそう答える。


まぁ、興奮して寝付けないってところか。気持ちはわからんでもないが、明日の作業もあるだろうし、寝不足はいかんぞ。と近くに残った子供たちに注意を与える。


俺たちがここに住みだして1年が経とうとしていた。


この一年、環境が目まぐるしく変わり、ようやくこの場で落ち着けるようになったばかりだ。しばらくはここでぼーっと出来れば……って無理かなぁ?


俺はこの一年の出来事を思い出しては、そっとため息をつくのだった。



「一姫様ぁ。おはようございまーす。」


「二の姫様ぁ。見て見て、今日の収穫だよぉ。」


「リズちゃん、今日は何して遊ぶのぉ?」


「だからリズちゃん呼ぶなぁっ!」


表が騒がしい……。


あぁ、もう朝なのか。


俺は起き上がると窓を開け、外の様子を見る。


そこには、村の子供たちと戯れる、俺の嫁?達がいた。



アンジェ……サキュバスの娘。


ぱたぱたと背中の羽を震わせ、空に浮かんでいる。そしてその頭に生えている角。どう見ても魔族だと丸わかりなのだが、子供たちは気にした風もなく「一姫様」と呼んで戯れている。


クリム……白い肌に白い髪、そして紅い瞳。人間ではあるが、アルビノと呼ばれる、突然変異体。集団において、その特異性はどうしても目立ち、大半は排除しようとするか利用しようと考えるのだが……。やはり子供たちは気にした風もなく「二の姫」と呼んで親しんでいた。


ちなみに、一姫とか二の姫というのは、俺の一番目の嫁、二番目の嫁という意味らしい。


そしてリズ……三人の中では、ごく真っ当な人間族の娘。どこにでもいるような明るく聡明な娘だが、その正体は、今は亡き、メルクリア王国の第4王女。他のメルクリア王国の王族の安否がわからない今、唯一の存在が確認されている王族だ。もっとも、そんなことはこの近辺の誰もが知らない事実ではあるが。


そして、アンジェ、クリムに倣うのであれば「三の姫」と呼ばれるはずなのだが、なぜかみんなからは『リズちゃん』と呼ばれていた。


まぁ、それだけ親しまれている証拠ではあるのだが、本人としては自分だけ姫呼びされないのが気に入らないらしい。時々、寝室の片隅で「お姫様なのにぃ、本物なのにぃ……」と、呟いていることもあるが、心優しい俺は見なかった振りをしてスルーしている。


そんな俺たちが今いるこの村は、メルクリア王国の南端、国境を越えたすぐにある大山脈のふもとにある。


まぁ、村と言っても、元々何もなかったところに、流れてきた人々が集まって、人が住めるように建物を建て、ささやかな農地を耕して、何とか「村」という体裁を保っているのに過ぎないのだが。


そして、俺達が何でここにいるかというと……色々あったのだよ。


ベスパの街から逃げ出してからすでに1年が経とうとしている、その間に、本当に色々あったのだ。……俺の想像と予想をはるかに超えた出来事が。


というか、絶対に、あのロリ女神の嫌がらせだろ。と思うほどに、俺が思いもよらなかったことが次々と起きたのだった。


まず、俺が立てた作戦その一。


「ほとぼりが冷めるのを待って、近くの街にさり気なく潜り込むか、国境を越えて、適当な街に住み着く」というもの。


これは、どっちにするかはリズの判断に任せるつもりだった。


当初、リズ達は、クーデター軍を倒して王権を取り戻すために、近くの領主を取り込むことを考えていたようだったが、それは俺が止めた。


クーデターが起きた経緯から考えて、今リズが動いても、碌な結果にならないと考えたからだ。


クーデター軍の主張は「私腹を肥やすことしか考えていない貴族たちの悪行。それを知っていながら見過ごす王族。そんな奴らに国を任せていては、近いうちに国が亡ぶ、そんな事を座してみているわけにはいかない」という、まさに憂国の士たちの心の叫びを掲げたものだった。そしてその主張はそのまま、虐げられていた民衆の叫びでもあった。


つまり、そんなところに王族であるリズが現れたら、捕らえられるか、いい様に利用されるかのどちらかでしかなく、当然、リズをそんな目に遭わせるわけにもいかない。


さらに言えば、俺的にはクーデター軍の主張に納得をしていたから、今更復権を企む悪徳貴族に力を貸す気にはなれなかったという理由もある。


だからと言って、リズが犠牲になっていいはずがなく、俺としてはしばらく市井の間に潜んで暮らし、リズには、その眼で民の暮らしの実態を知ってもらうと同時に、クーデター軍がこの先どう動くのかを見極めた方がいいと、リズ達を説得した。


国の運営は、綺麗事だけではいかないのはよく知っている。その上で、クーデター軍がどう動くのか?それを見極めてから動いても遅くはないというと、リズ達はようやく納得してくれたのだ。


まぁ、俺の本音としては、市井に紛れて生活しているうちに、王女だってことを忘れて、ごく一般的な娘として、俺のハーレム入りしてH三昧の生活を送って欲しいというのがあった。


だって、王家復興を掲げる流離の姫君、だなんて、ヒロイックファンタジーの主人公ならともかく、ハーレム願望しかない小市民な俺には荷が重すぎるだろ?


ま、俺の思惑は置いといて、とにかく、俺の言い分に納得してくれたリズ達とともに、国境近くの森に潜んでほとぼりが冷めるのを待っていたのだが……。


超えてきちゃったんだよ。隣国の兵士たちが、国境を。

ご意見、ご感想等お待ちしております。

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