奴隷救出作戦
「本題?」
アンジェの言葉にクリムが首を傾げる。
「あ、あぁ、そうだった。実は俺達、奴隷として捕まったあの獣人達の救出に来たんだ。それでな……。」
「やるっ!手伝うっ!何すればいい?あの嫌らしい目つきをした奴隷商を殺せばいい?」
まだ何も言っていないのに、クリムが食いついてくる。
「いや、あのな、……ちょっと落ち着け。」
流石に、唇が触れそうなぐらい間近まで顔が迫ってこられると少しばかり困る。
本人も言われて気づいたのか、さっと飛び退き、赤くなった顔を俯いて誤魔化す。
「まだ何も言っていないんだが?」
「言わなくてもわかるよ。あれでしょ?獣人達を助けるから手伝えって。当然手伝うよ。あんな可愛いケモミミ達をヘンタイ親父共に売るなんて、神が許してもこのクリムが許さないわよっ!」
「……いや、明日の晩、獣人達を連れて逃げ出すから、騒がず大人しくしててくれってお願いしようとしたんだが?」
本当であれば、何も告げずに、こっそり救出作業をすることも考えたのだが、クリムが転生者だという疑いがあり、もしそうならば、アンジェの催眠誘導が聞かない可能性もあり、獣人達を連れ出す時に騒がれる恐れがあった。クリムは俺の事を奴隷商の一味だと思っているからな。
俺がそうであるように、転生者であれば耐性を持っている可能性があるということを念頭に置いたうえで、計画に修正を入れる必要があった。
それが「本当のことを話して味方に引き入れる」というものだった。そして、味方だから邪魔しないように、と言いたかっただけなのだが……。
「何でよぉっ!私にも手伝わせろよー。助け出した後、お礼にってモフモフさせろよぉ。」
本音が駄々洩れだった。そして、その気持ちはよくわかるため、無下に断ることも出来なかった。
「まぁ……じゃぁ手伝ってもらおうか……って何が出来るんだ?」
「魔法が使えるよ?転生特典に魔法使いを選んだから。」
「おー、それは凄いっ!」
この世界で魔法が使えるものは一部の魔族を除いてほとんど皆無だと聞いたばかりだ。しかし、その失われた秘術・魔法を使える少女が目の前にいる。魔法使いがいれば、陽動にも追手を振り払うにも、色々と戦略幅が広がる。
「じゃぁ、作戦開始と同時に、クリムには派手な魔法を使ってもらって陽動を……。」
「あ、それ無理。」
「は?」
「この隷属の指輪のせいで、ちょっとした水を出したり、ライター代わりに火種を作ったりする以上の魔法が使えないんだよ。」
「ってことは陽動や、追手の撃退は……。」
「無理だねぇ。というか、出来るならこんなところさっさと逃げ出してるよ。」
てへっ、と可愛らしく舌を出すが、俺はそんなのに誤魔化されないぞ。
「つまり、足手まといだと……。何もせず大人しくしててくれ。」
「何でだよぉ。私だって、何か出来るはずだぁ。手伝わせろよぉ。」
ジタバタと暴れるクリム。まるで駄々っ子だ。
「あーハイハイ。じゃぁ、獣人達に『明日の夜更け、助けが来るから寝たふりをして待っていろ。決して騒ぐな』ってこっそり伝言を回してくれ。これはお前にしかできない重要な任務だ。頼むぞ。」
「私にしかできない……私だけが頼り……私がいなければ何もできない……うん、わかったよ、任せておいて!」
「お、おう……。」
何やらおかしな風に解釈したみたいだが、取り敢えずは放置しても問題はないだろう。
そして翌日、深夜を大幅に回ったころ……
「ソーマお待たせ。」
「お疲れ、アンジェ。首尾は?」
「勿論上々よ?今頃はエッチな夢を見て快楽に溺れているわ。」
「そうか。……しかし、奴ら夢とはいえ、アンジェを抱いてあんなことやこんなことさせてるんだろ?チキショー。」
「まだ言ってるの?それに夢で何してるかなんて、その人の欲望次第だから判んないわよ。」
「くぅっ!でもでもっ!」
「何なら今から抱く?私はいいわよ?」
「くぅっ……この誘惑に負けたら、作戦がぱぁになるじゃねぇかっ!しかも、途中で死ぬしっ!」
「そんなこと私に言われても。」
「コホン……。まぁ、とにかく、だ。クリムがそろそろ動いている筈だから、俺たちも移動するぞ。」
昨晩、色々ごねるクリムを誤魔化しながら練った計画はこうだ。
まず、俺が父親である貴族からの差し入れと称して、高級酒を奴隷商の一味と護衛に振舞う。
中身はもちろんただの……というか、その辺りで汲んできた泥水なのだが、アンジェの魅了に掛かって思考誘導されている奴らは、それが滅多に口にすることのない高級酒だと勘違いさせられる。
そして、ある程度たったところで、サキュバスの催眠誘導により、自分たちは可愛い女の子(アンジェの幻影)と一夜を共にするため、それぞれの部屋へ籠り淫夢に耽る。これで朝まで目を覚ますことはない。
まぁ、アンジェには自重せずに、吸い尽くしていいと言ってあるので、二度と目を覚まさない可能性もあるが。
ただ、アンジェの話では、夢を通しての精気吸収は、よほどのことがない限り相手の精気を吸収しつくことはないそうだ。
だから、多くのサキュバスは夢を通して精気を吸い上げるらしい。その方が目につけた獲物を殺さず長く搾り取れるから。
「じゃぁ、アンジェはクリムの方の誘導を頼む。俺は馬車を取ってくるついでに仕上げに掛かるから。」
「うん、ソーマも気を付けてね。」
「了解。」
俺はアンジェと一旦分かれて、奴隷商の拠点になっている小屋へと向かう。
小屋の中に入ると、そのままザコビッチの寝室へ。
部屋の中では、だらしなく、にやけた顔で寝ているザコビッチの姿がある。
「夢とはいえ、勝手に俺の女に手を出すんじゃねぇ!」
手にした短剣をザコビッチの胸に突き立てる。
一瞬ビクッと震えた身体は、そのまま動くことはなかった。
「チッ、胸糞悪い。」
当初はここまでするつもりはなかった。
ただ、昨晩のクリムとの話に出てきた隷属の指輪、あれがいけなかった。
隷属の指輪は、奴隷を使役するためのマジックアイテムの一つで、それを装着している者の力を押さえ、生命力や魔力などの流れをマスターは自在に操ることが出来るというものだった。
獣人達はたとえ女子供と言えども、人間の大人より力を出すことが出来るため、脱走や反乱阻止に適したこの指輪を、捕らえた獣人達に装着させていた。
この指輪がある限り、上手く逃げ出したとしても、ザコビッチに命を握られていることには変わりがなく、この指輪はマスター以外には外せないようになっている。
唯一の例外はマスターが死亡した時。この場合は、次のマスターが決まるまでの間であれば外すことが出来る。だから、ザコビッチにはこの段階で確実に死んでもらう必要があったのだ。
「さて、さっさとずらかるか。」
俺は、目につく金目のものを片っ端からアイテム袋に突っ込むと、小屋に油をまき、火をつける。
そして、馬を近くに止めてあった馬車につなぎ、あらかじめ決めてあった合流地点へ急ぐのだった。
◇
「あ、来た来た。おーい。」
合流地点の丘に近づくと、馬車の姿を見つけたクリムが大きく手を振っていた。
「みんな無事か?」
「うん、みんないるよ。怪我している人もいないし。」
御者台から降りた俺にクリムが寄ってきてそう教えてくれる。
「そうか、ありがとな。」
俺はクリムの頭を軽く撫でてから獣人達に向かって言う。
「俺は、おばば様より命を受けてきたものだ。集落ではみんなが心配している。だから早く戻りたいと思う。色々気にはなるだろうが、今はとりあえず俺を信じて馬車に乗って欲しい。」
そういうと、獣人の皆は顔を見合わせながら、恐る恐る近づいてくる。
俺はそんな彼女らの手を取ると、その指から隷属の指輪を外して、あとはアンジェとクリムに任せる。
最初は不安気だった彼女らも、隷属の指輪が外れたことで、ある程度は信用してくれたらしく、大人しく誘導に従って馬車へと乗り込んでいった。
「これで最後だよ。」
最後の獣人を馬車に入れてクリムがそういってくる。
御者台にはアンジェが座っていて、すぐにも出発できるように準備していたので、俺はアンジェに馬車を走らせるようにお願いする。
「モフモフしに行かなくていいのか?」
しばらく走って、落ち着いたところで、俺はクリムにそう声をかける。
「あ、うん、今は人間の私の姿を見たくないかもしれないし。」
クリムが寂しそうにそう笑って、髪をかき上げる。
……そう言えば、クリムの指輪……。
その指に光るものを見て、まだクリムから隷属の指輪を回収していないことを思い出す。
……まぁ、あとでいいか。ザコビッチが死んだ今、あの指輪はただの飾りだし、自分でも外せるだろ。
「ソーマ、魔獣が追ってきている。」
アンジェが幉を操作しながらそう言う。
「なんだって?」
「どうやら縄張りに踏み込んだみたい。追ってくるのはビックボアよ。」
アンジェが気配感知で受けた情報を教えてくれる。
「……この先の獣道まで逃げれそうか?」
「無理ね。この馬車が通れる道なら十分追いかけてこれるわ。」
「チッ、じゃぁ足止めするしかないか……。」
「ここは任せてっ!」
俺が剣を掴んで降りようとすると、それを遮るようにクリムが飛び出した。
「あんなの、私の魔法で余裕よ…アイシクル・ランス!」
クリムが突進してくるビックボアの正面に立ち、片手を前に突き出して魔法を唱える。
「って、あれっ?何で魔法が?あれっ?、あれっ?」
クリムから魔法は発動されず、本人は何が起きたかわからずにパニックを起こしている。
……マズいっ!
俺は考えるより早く体が動き、飛び出し、その身体を突き飛ばす。
そして、迫るビックボアの巨大な牙。
「ソーマぁぁぁっ!」
ビックボアの牙に貫かれながらも、その急所である眉間に剣を突き立てる。
ビックボアが倒れ込みその動きを止めるのを確認した時、俺の生命活動も時を止めた。
「ソーマぁっ、いやぁぁぁっ!」
明るくなりかけた空に、クリムの叫びが響き渡った。
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