ハーレム王とリィズエリア 5
「逃げるって……どこへ?」
最初のショックから立ち直ったアリスがそう聞いてくる。
「ここだよ。」
俺は空中に近隣の地図を表示させる。
そして俺の拠点……ターミナルの近辺に大きく丸を付けてみせる。
「詳しい事は言えないが、この辺り一帯には瘴気遮断の加護が存在する。」
「ロストエリアか……こんな所にあったなんて。」
「しかし、餌場の森の向こうか……。」
ゲイゼル代表とアベルが呟く。
ロストエリア?餌場の森?何のこと?
俺が頭をかしげていると、アリスがそっと教えてくれる。
「ソーマ様。ロストエリアというのはですね、現在見つかっていない、人族が住める土地を指すんです。餌場の森というのは、このエリア南方に広がる森の俗称ですね。入ったら確実に魔獣の餌になることからそう呼ばれています。」
「そうか、ありがとう。」
まさかそんな風に呼ばれているとは……帰ったらビャクレンに教えてやろう。
「無理だ。数人ならともかく、エリア全員……500人を引き連れて餌場の森を抜けるなんて自殺行為だ。」
「……別にそう思うなら構いませんよ。元々リィズエリアを救うっていうのが無理な話ですしね。俺はアリスに頼まれたから現状で出来うる次善の策を出しただけです。あ、安心してください。あなた方がどういう結論を出そうとも、アリスだけは貰っていきますので。」
俺は淡々とそう告げる。
実際、今できるのは逃げる事だけであり、今であれば、500人引き連れて逃げ出す勝算もある。
だけど、それが信じられないというのであれば、それ以上のおせっかいは出来ないだろう。
アリスの事も、貰っていくとは言ったが、本人が拒否するのであればそれも致し方がない。
正直なところ、拠点エリアに500人もの人間を連れて行くのは、俺としても本意ではないのだ。
あくまでも、俺は俺の大事なモノを護る……この優先順位を曲げるつもりはないが、そこに少しだけ目を瞑って、この提案をしたのは、アリスの為なのだ。
そのアリスが、提案の受け入れを拒否し、俺についてくるのを拒むのであれば、そこまでの縁であり、それ以上踏み込む気はない。
「ソーマ様……500人を無事に新しき場所へ導くことが出来ますか?」
アリスが敬意を込めた眼で俺に問いただしてくる。
紅い右眼と蒼い左眼……普段は気にならない程の薄い色が、今は鮮やかに煌めいている。
「条件次第だな。道中無事に過ごすには、どんなことでも従ってもらわなければならないし、何より、安全を脅かすような存在を連れて行く気はない。」
「……分かりました。私達がどうすればいいのか指示をお願いします。」
「アリスフォーゼッ!」
そう答えたアリスにゲイゼル代表が声をかける。
「何ですかお父様?あたしは私が信じたソーマ様を信じます。何かおかしいですか?」
「……いや、おかしくはない。」
何かを言いかけたゲイゼル代表は、アリスの瞳を見て押し黙る。
「お兄様もいいですね?」
「……あぁ、従おう。」
アリスが睨みつけるとアベルも力なく頷く。
「という事で、ソーマ様、ご指示をお願いします。」
再度俺に向き直ったアリスが笑顔でそう言った。
「あぁ、じゃぁ……。」
◇
「急いでください。でも慌てないで落ち着いてっ。」
アリスの声が広場に響く。
500人からの逃避行だ。そう簡単に事が進むわけがない。
そう思っていた俺は、まだまだアリスという少女を見くびっていたようだ。
リィズエリアの規模が小さいというのも幸いしたのだろうが、それ以上にリィゼル家に対する民の信頼は厚かった。
特にアリスの人気は高く、現在リィズエリアが狙われていること、戦っても勝ち目はなく、逃げるしかない事、逃げるにあたり、どのような理不尽と思えるような事でも、黙って従うことなどをリィズが告げると、集まった人々は、「リィズ様がそうおっしゃるのならば黙って従おう」と、黙々と作業をこなしていった。
あれから三日たつが、一番時間がかかる避難誘導がスムーズに行えているのは嬉しい誤算だった。
俺の目算では、全員がエリア外に避難するまでに早くて5日、下手すればもう1~2日かかるだろうとみていた。
だから、ディゲル軍がここに到着するのが早ければギリギリになると不安で一杯だったのだが、この様子では、明日には、エリアの中に人っ子一人いなくなりそうだ。
尚、500人からの人族を受け入れるにあたり、ビャクレンに場所の選定をお願いしないと、と連絡を取った時に、ビャクレンから拠点の北部エリアから北西部エリアの整地が住んでいる、現在、仮住宅設営に必要な材木を伐採中だ、と言われた時には驚いたが、どうせアンジェの差し金に違いない。
「ゲイゼル代表、ここは任せても構いませんか?」
「あぁ、ここは儂に任せて、其方は其方の為すべきことを成されい。」
「了解です。ここは任せます。最後の民の誘導が終わったら、代表たちもそのまま脱出してください。民たちの殿をお任せいたします。」
「あぁ、言われなくてもそのつもりじゃ。」
アベルは先頭に立ち、すでにエリアを出た民を率いて、拠点に向かっている。護衛にクロをつけているので、魔獣の襲撃にも安心できる。
500人からの長蛇の列になるので、ゲイゼル代表の奥さんや、マリヤを始めとしたアベルの奥さんたちを途中途中に配置して、スムーズな指示だしと、民たちの精神の安定を図るのに役立ってもらっている。
殿は代表のゲイゼルさん。この布陣であれば、民たちが黙って従っている限り、道中は心配ないだろう。
そして俺は、アリスと共に、エリアの中核目指して走っている。
リィズエリアのエリアストーンを確保するためだった。
俺が今回建てた作戦は二つの思惑がある。
一つは、現在進行している住民のエリアからの脱出。
何はともあれ、これが第一優先だったが、先に述べたとおり、予想以上に順調に進んでいるため少しだけ肩の荷が下りた。
そしてもう一つは、ディゲル侯国の撃退。
今は時間の関係上逃げるしかないが、このような時代に、人間同士で争い、狭いエリアを奪って喜んでいるような、器の小さい奴らが、近くに居られるのは鬱陶しい事この上ない。
だから、今はリィズエリアを明け渡しても、近いうちに退場してもらう。その為の布石を打っておくのだ。
その両方を成し遂げるために、エリアストーンの存在は必要不可欠であり、今回の作戦の条件として、エリアストーン使用の自由裁量権を求めた。
まず、今回の脱出口において一番の問題なのは、500人からなる一般人をどうやって外界を移動させるか?という点だった。
魔獣の襲撃はもとより、何より瘴気の問題があった。流石に500人分の瘴気遮断装備をすぐには用意できない。
それらを解決するのにエリアストーンを使うというのが俺の作戦の肝だった。
簡単に言えば、一時的にエリアストーンの加護を、このエリアを覆う形ではなく、一本のトンネルになるように変化させる……つまり、リィズエリアとターミナルのエリアを加護のトンネルでつなぐという事だ。
このトンネル内を通る限り、瘴気の影響を受けず、魔獣の襲撃を心配せずに済むという訳だ。
勿論こんな無茶をすればマナの消費はかなり激しいのだが、幸いにも必要十分なマナをため込んでいたおかげで、問題はなかった。
ただ、エリアストーンの加護がトンネルに変わったため、他の場所の加護が薄れて来ていて、このまま放っておけば1両日中には魔獣たちが侵入してくることは間違いなく、またこちらに向かっているディゲル軍にも異変を知らせることになってしまう。
そうさせないためにも、エリアストーンの補佐をする媒体が必要だった。
とは言っても、エリアストーンを持って逃げても、その代わりになるモノを置いて行ったのでは、エリアストーンを持っていく意味がない。
なので、使い捨てのフェイクコアを急遽作成した。
素材も機材もロクにない状態での作成なので、質も格も著しく低いのだが、今回に限ってはその方が都合がよかった。
要は、俺達が逃げ出す時間が稼げればいいのだから。
最初は渋っていたゲイゼル代表ではあったが、詳細を説明したら納得してくれて、アリスと一緒に行くといいといってくれた。
何故ここでアリスなのか?と訊ねた時、代表は「アリスがエリア守護者だから」と笑いながら言った。
その時の俺はよほどおかしな顔をしていたのだろう。。ゲイゼルさんの笑いは暫く止まることは無かった。
コアルームに入ると、中央に鎮座しているエリアストーンをアリスが取り上げる。
警告の為のアラートが明滅するが、俺がフェイクストーンを代わりに置くと、すぐに静まる。
「これはソーマ様がお持ちになられますよね?」
そう言ってエリアストーンを差し出してくるアリスに俺は頭を振る。
「今は権限譲渡をしている暇もないし、ターミナルに着くまではアリスが持っていたほうがいい。」
俺はそう言って、アリスの手にするエリアストーンを一度受け取り、マナの凝縮と形状変化を使って小指の爪ぐらいまで小さくする。
「これだけだと、落としそうだよな?」
「そうですね。小さくなったのはいいですが、無くしてしまいそうで怖いです。」
「……しょうがないか。フェイクコアもあるし何とかなるだろう。」
俺はそう言って細工キットを取り出す。
本来なら時間をかけて緻密に作り上げていくのだが、今は時間もないから、定型のモノで我慢してもらおう。
いくつかの素材とエリアストーンをまとめて調合釜に放り込むと、俺はフェイクコアからマナを抜き出して、イメージと共に釜にマナを注ぐ。
釜が光り輝き、しばらくして光が消える。
俺は釜の底に残ったものを取り出し、アリスに渡す。
エリアストーンを冠した指輪だ。
「ありがとうございますっ……あのぉ付けていただいて構いませんか?」
アリスはそう言って指輪と左手を差し出してくる。
その自然な動作に、俺は深く考えもせず、差し出された左手の薬指に指輪を通す。
アリスは何が嬉しいのか、指輪をはめた左手を眺めてはニヤニヤしていた。
「これで後は私達も脱出するだけですねぇ。」
ひとしきりニヤニヤした後、アリスがそう訊ねてくるが、俺は首を横に振る。
「もうひと仕掛けしていくさ。折角遠路はるばる訪ねてくるんだ。歓迎してやらなきゃ悪いだろ?」
「わぁ、悪魔でも引くような悪い顔、初めてみましたぁ。」
「いいんだよ。呼ばれもしないのに他人の家に入ってくる奴には、それなりの歓迎ってのが必要なんだ。」
そして俺とアリスは手分けをして歓迎の準備をするのだった。
◇
「ソーマ様ぁ、どうですかぁ?」
「あぁ、奴らはあと半日の所で止まった。どうやら今夜はあそこで夜営をして、仕掛けてくるのは明日だな。……っと、先行してくる奴がいるな。」
「おそらく先ぶれの使者ではないかと。」
「はぁ、律義なもんだ。」
暫く待っていると、城門の近くまで来た男が声を張り上げる。
『我は、神聖・ディゲル侯国軍の使者である。黙って降伏されるか、あくまでも逆らい蹂躙されるか、お好きな方を選ばれよ。」
ビュン!ビュン!ビュン!
城壁の上から無数の矢が使者に向かって放たれる。
幸いにも、矢があたることは無かったが、矢を射かけられた使者は真っ赤になって怒り狂う。
「ぐぬぅ、使者に対しての乱暴狼藉!もはや降伏など許さんぞっ!」
「尻尾を巻いて、きゃんきゃん泣いて帰るなら見逃してやるって、お前らの大将に伝えなっ!」
「ぐぬぅ、言わせておけばっ、明日を覚えているがいいっ!」
そう言って、立ち去っていく使者を見送りながら俺は呟く。
「戦うのが明日って誰が決めたんだ?」
その夜……。
「わぁ~っ!敵襲だっ!夜襲だっ!」
「本陣が狙われてるぞっ!」
「急げっ!賊は味方の振りをしているっ!」
様々な怒声と流言が広がり、ディゲル軍の陣内は混乱の極みにあった。
明日に備えて、と英気を養うための宴会。
夜も更けると、従軍させている女を抱く兵士たち。
いくらなんでも気が抜け過ぎていたがそれも仕方がないだろう。
自分たちは、魔獣除けの加護に守られていて、相手の加護を打ち消す魔道具がある。
そうなれば後は単純に物量の問題であり、自分たちは3万という大軍だ。
兵士たちの頭の中にある懸念は、明日の戦のあと、どれだけ略奪できるのか?という事だけだった。
3万からの大群ともなれば、略奪品にも限りがある。実際前回のチセエリアで略奪の恩恵に与れたのは先行した極一部の者だけだったのだから。
そんなところに、『夜襲だ!』の叫び声と共に、あちこちから火の手が上がっては、混乱しても仕方がないだろう。
結局、混乱が収拾し、体勢を立て直せたのは、東の空が明るくなりかける頃だった。
そして、その混乱を仕掛けたのがたった一人の男だという事に、ディゲル軍の兵士は誰一人として気付くことは無かった。
ご意見、ご感想等お待ちしております。
良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。




