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超会!  作者: シクル


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9/30

鈴が鳴る(調査編)

 まるで逃げ出すかのように、理安は俺を連れて超会本部の外へ飛び出した。

 玄関に置いておいた傘をさし、無言のまま理安と歩いて行く。

 青い、母が安値で買って来た傘をさす俺の隣では、ピンク色の傘をさし、どこか不安気な表情でクルクルと傘を回す理安の姿があった。

 超会本部から離れ、未だに聞こえる鈴の音を頼りに歩いて行く。

「なあ、理安。さっき詩安は……俺に何を言おうとしていたんだ?」

 ――――聞いてはいけない。そんな声が、俺の中で聞こえた。異常な程に動揺していた皆のことを考えれば、これはするべき質問ではない。が、どうしても知りたかった。

 俺の知らない何かが、「超会」にはあるのかも知れない。それがすごく不安で――――悔しかった。まるで仲間外れにされているような……そんな気分だった。

「ああ、ひろっちの守備範囲が広くなったって話だよ。七十歳から二歳までいけるんだっけ?」

「いけねえよ! 広過ぎだろ守備範囲! 特に上に!」

「じゃあ、二歳から……生後四ヶ月?」

「縮まった! 確かに縮まってはいるがそんなに狭くねえ!」

「二歳から妊娠二ヶ月?」

「下に広くしてどうする!? 何で上限が二歳なんだよ! っつか妊娠二ヶ月ってまだ人の形ですらねえよ!」

「じゃあ、受精卵の段階?」

「どんなフェティシズムだよ!」

 クスリと。先程まで不安気だった表情を、理安は緩めて微笑んだ。

 俺の質問は、はぐらかされたようだ。

 やはり、聞くべきではないのだろうか。理安も、ボスも、恐らくシロも……このことについて話したがっていない。唯一詩安は俺に話そうとしてくれたみたいだが……。

 嘆息し、苦笑する。

 無理に聞く必要はない……か。心の内で呟き、理安の表情を見る。

 先程まで不安気だった表情は既になく、何か新しいボケでも考えているのか考え込むような表情をしている……楽しそうに。

 俺がしようとしている質問は……俺が聞きだそうとしている話は、今の超会の雰囲気を著しく変える危険性があるかも知れない。そう考えれば、聞くべきではない。

「なあ、理安」

 それでももう一つだけ気になることがあって、俺は理安に問うた。

「どうしたの? ひろっち」

「俺、超会にいても……良いのかな」

 理安の表情が一気に歪み、信じられない言葉を聞いた、といった表情になる。

「何で……そんなこと、言うの?」

 うつむき、小さく理安が問う。茶色い前髪が理安の目を隠し、どんな表情をしているのか上手く読みとることが出来ない。

「お前らさ……。俺に何か隠してること、あるだろ?」

 俺の言葉に、理安は口籠る。

「無理に聞こうとは思わない。お前らが言いたくないなら、俺は聞かない。だけど……隠されなきゃいけないようなことがある俺が、皆と一緒にいて良いのかな……って。もしかしたら俺は……仲の良い皆の間に、割って入ってるだけなんじゃないか……って思ってな……」

 ――――ズルい。

 俺の言っていることは、ズルい。

 聞かなくて良い。そう思っていたというのに、それでも心のどこかで聞きたくて。はぐらかされないような、こんな話の振り方をした。遠回しに、話してくれと頼んでいるようなものだ。

 だが、嘘ではない。今理安に言った言葉は、本当に俺が感じていることでもある。今思ったのではない……超会に入って少ししてから、ずっと考えていたことだ。元々仲の良かった皆の間に、好意に甘えて割り込んでいるだけなんじゃないか。余所者の俺が――――皆と一緒にいて良いのか。

「本気で、そう思ってる?」

 顔を上げず、理安は俺に問うた。理安の問いに、俺は答えられなかった。

「ひろっちは勘違いしてるよ」

「……勘違い?」

 俺が問うと、理安はコクリと頷き、顔を上げた。

「理安も、お姉ちゃんも、ボスも……勿論シロだって、ひろっちのこと――――大切に思ってる」

 気付けば、うつむいて目を反らしていたのは、俺の方だった。

「言葉にはしないけど、皆ひろっちがいてくれて嬉しいって、思ってる」

 馬鹿だ。俺は。

「ひろっちがいなきゃ、今の超会はあり得ないよ。ひろっちが来るまでの超会は……こんなに楽しくなかったから」

 何であんなつまんないこと、俺は聞いたんだ。

「理安はひろっちのこと、大好きだよ。変な意味じゃなくて、純粋に。それは勿論、お姉ちゃんもボスもシロも、ひろっちのことは大好きなんだ」

 ちょっとしたことで勝手に疎外感を感じて、勝手に独りになったような気がして、皆と自分に――――距離があるような気がして。


「だから、『皆と一緒にいても良いのか』なんて質問は、もうしないで」


 皆は――――皆は、手を伸ばさなくても届く程近くにいるのに。

 傘が、力の抜けた俺の手から離れた。

 雨が、俺の髪を、顔を、濡らした。

「わかった? ひろっち」

「……ああ」

 顔を上げて、暗雲に囲まれた空を見上げると、先程までより勢いよく、俺の顔へ雨粒が降り注ぎ、濡らした。

「泣いてるの?」

 理安の問いに、俺は答えなかった。



 鈴の音はまだ鳴り続けていた。チリン、チリンと、一定のペースで慣らされ続けている。

「それにしても『鈴鳴らし』って……何が目的なんだろうな」

「う~ん……」

 俺の言葉に、理安は考え込むような仕草をした後、何かを思いついたように胸の前で手を叩いた。

「交尾の時期だから、鈴の音で雄を引き寄せてるんじゃない?」

「『鈴鳴らし』は蝉か何かか!?」

「じゃあ、鈴を身に着けたままタップダンスの練習……かな?」

「そんな軽快な鳴り方はしてねえよ!」

「あ、わかった! 鈴を身に着けたままタップダンスの練習をしてるんだ!」

「それはさっきも言っただろ!」

「大事なことなので、二度言いましたよ」

「全然大事じゃねえよ! どこのもんただお前は!」

「みの・Rりあん・もんた・クラウザーⅣ世です」

「理安はミドルネームだったのか!? ってかクラウザーⅣ世ってクラウザーさんから二代も先のクラウザーなのか!?」

「うるさいよひろっち! SATSUGAIするよ!?」

「俺は地獄のテロリストー!」



 危うくSATSUGAIされるところだったが、なんとか回避することに成功。

 鈴の音を頼りに歩いて行くと、超会本部からそう遠くない交差点まで辿り着いた。雨のせいか、時刻的にはまだ夕方くらいだと言うのに走り去って行く車以外には誰もいなかった。

 今までより一層強く、鈴の音が聞こえている。

「ここ……かな?」

 そう言いながら、理安はキョロキョロと辺りを見回している。

「かもな……。『鈴鳴らし』が霊の類なら、シロを連れてきた方が良かったんじゃないか?」

 俺の言葉に、理安は嘆息しつつそうだねと同意する。

「あ、ねえあそこ!」

 理安が指差した先は、交差点の向こう側だった。そこには黄色い雨具を着た女の子が、うつむいたまま何かをつまんでいる右手を前に突き出している。

「まさか……」

 俺が呟くと同時に、少女の右手が少し揺れる。

 そして辺りに響く――――鈴の音。

「『鈴鳴らし』……!」

 隣で理安が本当にいたんだ、と驚嘆の声を漏らしながら少女――――「鈴鳴らし」を凝視している。


 話しかけられると……死ぬ。


 ボスの言っていた言葉が俺の脳裏を過った。

「ひ、ひろっち……どうしよう?」

「危険かどうかを……確認すれば良いんだよな?」

「でも、確認するってことは……」

 話しかけられなければならない。だが、話しかけられれば……死ぬ。だがそれは信憑性の欠片もない、ただの噂だ。

 そうだ。俺は……俺達は、いつもそれを確かめに来ているのだ。だが、「死」というリスクはあまりにも大き過ぎる。

 信号機が、赤から緑へと変わった。歩道の前で車が止まり、歩行者が歩くためのお膳立てが揃う。

 だが、進めない。歩道を渡ることが出来ない。

 ただの噂だと。頭の中ではわかっている。「鈴鳴らし」はただ鈴を鳴らすだけ……話しかけるだけで相手を死に至らしめるようなことはない……ハズだ。

「噂は噂。ですが、所詮は噂と侮ってはなりませんよ」

 突如隣から聞こえた男性の声にハッとなり、俺は素早く声のする方向へ視線を向けた。

 そこに立っていたのは、まるでモデルのようにスタイルの良い、長身の男性だった。この雨の中傘を指していないため、彼の短い金髪は雨に濡れている。

「噂は――――人々の思念です。思いなのです。人間の思いというものは、貴方達が考えているよりも随分と強い物だ。人の思いが――――我々を変質させることさえあり得る」

 男が何者なのかを聞くことよりも、俺はこの男の言葉の続きが聞くて、どういうことだ? と問うた。

 男は微笑し、言葉を続けた。

「貴方が引く福引が、ハズレのティッシュになる運命だったとします。ですが、貴方はどうしても一等のテレビが欲しいとします……その場合、貴方はどうします?」

「福引だから、どうしようもないだろ。でもまあ、一等当たれ! って祈るくらいだな」

 俺の言葉に、男はその通りですと答えた。

「祈るのです。願うのです。こうなって欲しいと、強く強く……ね。願うことで、思う事で、結果が変わることだってあり得るのです。運命や私達のようなあやふやな存在は、いくらでも変質し得るのですよ」

 つまり何が言いたいのかと、俺は問うた。すると男は再度微笑した。

「つまり、人の思いは存在を変質させる力があるのです。見えますね、交差点の向こうにいる彼女の姿が」

 男の指差す方向には、変わらず鈴を鳴らし続ける「鈴鳴らし」の姿があった。

「貴方達が彼女を危険だと思えば思う程、危険な存在となり得るということです。ここまで言えば、意味がわかりますね?」

 ――――思いは、存在を変質させる。

 元々鈴を鳴らすだけだった「鈴鳴らし」。だが、誰が流したのか「話しかけられると死ぬ」などという噂を流した結果、沢山の人々が「鈴鳴らしに話しかけられると死ぬ」と認識しつつある。その結果、「鈴鳴らし」は危険な存在になり得ると――――男はそう言いたいのだろうか。

「まだ間に合いますよ。まだここには、彼女が危険ではないと半信半疑ながら思っている人間がいる。違いますか?」

 男の問いに、俺は首を横に振った。すると男は微笑し、俺に背を向けた。

「アンタ、何者なんだ?」

「インキュバス……とでも思っておいて下さい。しがない淫魔です。我々のような妖怪と呼ばれる存在も、この世にはいるのですよ」

 男はそれだけ言い残すと、ゆっくりと歩き始めた。

「なあ、今の奴……」

 理安の方へ視線を移し、話しかけるが理安はキョトンとしている。

「ひろっち、何してたの? 何もないとこなんかじーっと見つめて」

「……え?」

 理安の言葉に、俺は言葉を失った。



 もう一度信号を待ち、俺と理安は交差点の向こうへと向かった。「鈴鳴らし」は、まだそこで鈴を鳴らし続けている。

 ちなみに男――――インキュバスのことは、理安には話していない。

 どういう訳か理安には見えていなかったようだ。


 思いは――――存在を変え得る。


 インキュバスに伝えられたことをしっかりと頭に刻み込み、俺は「鈴鳴らし」へと歩み寄った。

 身を屈め、「鈴鳴らし」と目線を合わせ、うつむいた顔を覗き込む。

「お前……」

 うつむいた「鈴鳴らし」の顔は、涙と雨でびしょびしょになっていた。

 そっと。「鈴鳴らし」の頭に触れる。

 すると、鈴の音と共に「鈴鳴らし」の思いが……鈴の音を通して俺達に伝えようとしていたことが――――映像として俺に伝わって来る。


 母親に買ってもらった鈴を、大事そうに持つ「鈴鳴らし」……。

 肌身離さずその鈴を持ち歩き、雨具を着て母親と共に雨の中、商店街へと向かう「鈴鳴らし」……。

 止める母の言葉も聞こえぬまま、赤信号の交差点へと走る「鈴鳴らし」……。そこで、映像はピタリと途切れた。


「……どこ?」

 か細い声で、「鈴鳴らし」が呟いた。

「お母さん……どこ?」

 ――――探していたんだ。

 もう何年も、この交差点で。母親を……。買ってもらった鈴を鳴らしていれば、いつか見つけてもらえると信じて……。

「お母さんは、きっと迎えに来るよ」

「……ホント?」

 俺の言葉に顔を上げ、小首を傾げて「鈴鳴らし」は俺へと問うた。

「ああ。だから、先に行って待っててあげてくれ」

 優しく、俺は「鈴鳴らし」へ微笑んだ。すると「鈴鳴らし」はニコリと微笑んだ。

「……ありがとう」

 その言葉と同時に、「鈴鳴らし」は姿を消した。


 ――――それから、雨の日の蝶上町に、鈴の音が響くことはなかった。



 帰ってから調べてみると、あの交差点で何年も前に交通事故で小さな女の子が亡くなっていたらしい。

 黄色い雨具の、鈴を持った女の子。

 このことを全て理安に話していると、どこか切な気な表情でひろっちは良いことしたよ、と微笑んでいた。



 鈴鳴らし事件、解決。

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