血を啜る者(出会い編)
超常現象解決委員会活動記録No.017
記録者:河瀬詩安
詩安です。
今回の件、家畜が相次いで血を抜かれて殺害される事件……通称「チュパカブラ事件」についての報告です。
チュパカブラは存在し、確かに家畜の血を吸っていました。思い出しただけで寒気がします。
それに、何だか今回の件、気持ち悪いです。今までの超常現象とは何か違う気がします……。勘なんですが。
それはそうと、今回の件を通して超会に新しいメンバーが増えました。何だか面白そうな人で良かったです。
これからよろしくね、久々津君。
これにて、活動報告を終わります。
超常現象……そんなものは、絶対にこの世に存在しない。科学で証明出来ない現象なんて、絶対に起きるハズがない。
それが幼い頃から科学者である祖父にずっと言われ続けていた言葉だ。
俺はそれを真に受けたし、微塵も疑っていなかった。
だからニュースで「般若さん」だの「未確認飛行物体」だのと報道されていても、俺はちっとも信じていなかった。それどころか「どうせ作り物だ」と鼻で笑ってさえいた。
今だってその考えは変わらないし、変えるつもりもない。
だから、俺の友達に家が酪農家の奴がいて、そいつの家の牛が「チュパカブラ」だとか噂されている珍生物に血を吸われて殺された、なんて話を聞かされても怯えるどころか「そんなモン変質者の仕業だ。俺が犯人をとっ捕まえてやるぜ!」などと意気込んだりした。
その結果、俺の考えを丸っきり変えるような現象に出会うことになるなんて、俺は微塵も予想していなかったんだ……。
その牛の身体は、穿たれていた。
そのままの意味で、牛の身体には数か所の穴が穿たれていた。血は一滴もこぼれていないらしく、穿たれた穴の周りには染み一つついていなかった。
「なんだこりゃ……」
ジッと。その牛を眺めつつ俺は呟いた。
「酷いだろ……。他の牛も同じように殺されてるんだ……」
俺の隣で同じように牛の死体を眺めつつ、俺の友人の父親である中年男性――――山中さんは呟いた。
この小さな家畜小屋の中を見回すと、確かに他の牛も同じように倒れているのがわかる。近づいて確認するまでもない、山中さんの話から察するに、全て同じ殺され方だ。
「この事件、二件目ですよね?」
俺の問いに、山中さんはコクリと頷いた。
「ああ。この間は日比野さん所の豚がやられたみらいだね……」
日比野さんと言えばよく未確認飛行物体を見たと大騒ぎする老人のことだろう。確かにあの人の家は養豚やってたな……。
日比野さんの家の近くには謎の建物、エリア21が存在する。エリア21というのは数年前に建てられた謎の建物で、その全容は明らかになっていない。正式名称すら明らかになっておらず、エリア21というのは町民がアメリカのエリア51(正式名称はグレーム・レイク空軍基地)にちなんでつけられた俗称である。何故21かはよくわからないが……。
そのエリア21はよく未確認飛行物体が観測される。それ故、「宇宙人の秘密基地」だとか、「政府が極秘裏に造った軍事基地で、宇宙人が関わっている」だとか突飛な噂が飛び交っている。個人的にはどれも信じないし、信じる気もない。
一瞬、エリア21から逃げ出した実験動物が、一連の事件の犯人なのではないかと仮説を立てたが、俺はすぐに首を横に振った。
あり得ない。こんなちっぽけな町に建てられているだけの建物の内部で、実験動物なんかが造られているハズがない。
「変質者の仕業……じゃないですかね」
「私もそう思うんですが――――」
山中さんが言いかけた――――その時だった。
勢いよく家畜小屋のドアが開かれ、二人分の人影が俺の視界に入る。
「変質者の仕業? そんな一般的な考え、この町の中では捨てなさい」
そう言いながら家畜小屋の中に入り、俺達の元へ歩み寄って来たのは一人の女性と、一人の少女だった。
女性の方は長身で、俺より身長が高そうだ。そして何より特徴的なのは、真っ赤に染められたシャギーボブの髪型である。
少女の方は、見たことがある。同じ高校だし、彼女が来ている制服もうちの高校の物だ。
どこか大人びた外見で、長く美しい黒髪が印象的だ。女性の隣で、興味深げに牛を眺めている。
「じゃあ、何の仕業だって言うんですか?」
俺が問うと、女性は一瞬考え込むような仕草をした。
「ゴルゴムの仕業?」
「何でそうなるんですか!? 強引過ぎです! どこの光太郎ですか!?」
「じゃあ何の仕業よ?」
「俺の台詞だー!」
何だこの人。
「ボス。これ、さっき見た資料の画像とそっくりですよ」
不意に、少女が牛を指差し言う。ボスと呼ばれた女性はコクリと頷き、身を屈めて牛に顔を近づけた。
「血が抜かれているようね……」
「これってやっぱり……」
「「チュパカブラ」」
同時に、二人が呟いた。
山中さんは「チュパカブラ?」と首を傾げ、俺は「あり得ない」と首を横に振った。
「チュパカブラなんて生物、存在する訳ないじゃないですか」
「あらどうして? 何を根拠に貴方はチュパちゃんを否定するの?」
「何で既に愛称付けてんスか!?」
「気に入らなかった? じゃあ、チュッパチャプス?」
「おいしそうな名前ッスね!」
「三十円よ」
「四十二円になったのは随分前の話だ!」
話が見事に脱線してしまっている。
話と言う名の列車を元の路線に戻すため、俺は問うた。
「じゃあ、アンタは何を根拠にチュパカブラの存在を肯定するんですか?」
「ここが――――蝶上町だからよ」
答えになっていない。が、ふざけている訳ではないらしい。女性の表情は真剣だった。
「貴方も少しは聞いたことあるでしょうけど、この町――――蝶上町では超常現象が異常な程頻繁に起こるわ。そんな町で家畜が血を吸われて殺されているとすれば……チュパカブラを肯定するには十分な根拠になるわ」
確かに彼女の言う通り、この町――――蝶上町では超常現象が頻繁に起こるらしい。俺はまだ一度も出くわしたことがないが、クラスでもそういう話はよく聞く。未確認飛行物体の観測なんてしょっちゅう聞く話だ。俺はまだ一度も見たことがないが……。
「それでも俺は……自分の目で見ていない物は信じません」
「貴方からすれば……チュパカブラでさえプラズマなのね」
「違いますよ!? 何でもプラズマの仕業にするどこかの教授と一緒にしないで下さい!」
「プラズマの仕業……ゴルゴムの仕業?」
「今『仕業』って言葉だけに反応したでしょう!?」
「そんなことないわ。か、勘違いしないでよねっ!」
「突然のツンデレ反応!?」
「とまあ冗談はさておき」
「やはり冗談か!」
度重なるツッコミによる疲労で息を切らす俺とは対照的に、目の前の女性は澄ました顔で俺を見ている。
「そういえばまだ貴方の名前を聞いてなかったわね? 私は藤堂鞘子、ボスで良いわ」
「……久々津弘人です」
何故ボスなのかは不明だが、とりあえず今は聞かないでおく。
「君は?」
俺は少女の方へ視線を移し、問いかけた。彼女の名前も聞いておきたい。
「私? 私は……エンポリオです……エンポリオ。ぼくの名前は…………エンポリオです」
「違うだろどう考えても! 世界が一巡でもしたのか!?」
「私の名前はキム・サムスン」
「どこの韓国ドラマのタイトルだ!?」
「韓国ドラマの需要は日本でも高いわ」
「それは今関係ねえ!」
「韓国ドラマと言えば冬のソナタが思い浮かぶわね。そういえば冬のソナタ主演のペ・ヨンジュンとBLEACHの藍染惣右介って似てると思わない?」
「似てるかどうかは別として、お前の名前と関係ねえ!」
「私の名前が聞きたかったの? しょうがないわね……。私は……エンポ――――」
「それはもうさっきやっただろ!」
会話を十一行続けても名前が聞き出せないという快挙を成し遂げてしまった。
先程からフル放置なせいで山中さんが困った顔で俺に助けを求めている。すまん、助けられない。
「私は河瀬詩安。制服から察するに、同じ高校みたいね。久々津君」
「ああ、そうみたいだな」
「誠に不本意だけど」
「何で!?」
「だって久々津君、エロそうだし」
「俺のどこにエロ要素が!? オーラか!? エロオーラが俺から滲み出てるのか!?」
「エローラね」
「カローラみたいに言うな!」
「まあ冗談なのだけれど」
「良かった! 冗談で本当に良かった!」
歓喜に打ち震える俺の隣で、相変わらず山中さんが助けを求めている。いや、助けられませんって。
「詩安、この家から一番近い家畜のいる家ってどこかしら?」
不意に、藤堂鞘子――――ボスが詩安に問う。
「えっと……。既に被害のあった日比野さんの家を除けば、秋山さんの家が一番近いです」
「そう。じゃあ今晩二十一時に秋山さんの家畜小屋に集合ね」
「え……」
ボスの言葉に、先程までの澄ました表情を一変させ、詩安が青ざめている。
「久々津君、チュパカブラの正体……確かめたいと思わない?」
コクリと。ボスの問いに俺は頷いた。
「なら貴方も今晩、秋山さんの家畜小屋に来ると良いわ。チュパカブラの正体、一緒に確かめましょう」
俺が頷いたのを確かめると、ボスはニコリと微笑んだ。
かくして俺は、若干怪しい二人組と共に、チュパカブラの調査へ向かうことになった。
調査編へ続く。