おかえり
蝶上町。
超常現象と呼ばれる、常軌を逸した現象が起こる不思議な町。
無意味に閉鎖的なため、この町でどんな超常現象が起きようとも、ローカルなニュースにしかならない。それ故、この町で超常現象が頻繁に起こるってことは、町民くらいしか知らない。
花子さんにネッシー、吸血鬼等、訳のわからない生き物がウロウロするこの町。しかし、噂じみた内容で警察が動く訳にもいかず……。
そんな超常現象を解決するため、組織された非公式の団体が存在する。
それが、超常現象解決委員会。通称――――超会。
ドアを開け、中へ入ると鼻の中へ広がる畳の匂い。かぐと同時に、本部へ来たんだな、としみじみと感じることが出来た。
ほんの一週間来ていなかっただけなのに、なんだか数年ぶりに来たみたいに感じられてしまった。
小さく溜息を吐き、靴を脱いでゆっくりと畳の上へ上がる。
部屋の最奥にある、ほとんど使わない台所の傍、資料の置いてある本棚によりかかりつつ、何かの資料を、ボスはパラパラとめくっていた。
その表情はいつものような、どこか真剣な表情ではなく、何か軽い読み物でもするかのような……そんな表情だった。
やがてボスは、俺が中に入ったことに気が付いたのか、ゆっくりと顔を上げてこちらへ視線を向けた。そして、柔和な笑みを浮かべる。
「久しぶりね」
「……そうですね」
ボスと会話するのは、実に一週間ぶりだった。詩安や理安はたまに学校で会うのだが、ボスや美耶さんとは一度も会っていない。何しろ、ボスと美耶さんの俺との接点は超会のみだからだ。
「元気だった?」
「はい」
「便器だった?」
「何が!?」
「電気だった?」
「意味がわかりません!」
「戦記だった?」
「どの戦記!?」
「満期だった?」
「何の!?」
「殺気立った?」
「誰が!?」
「貴方が」
「この意味不明な流れすら懐かしい!」
実に一週間ぶりだった。
「まるで先週のあの日が嘘のようね」
掛け合いの後、一息吐くとボスはそう呟いた。
「そうですね……。そう言えば、真奈美さんは元気ですか?」
俺の問いに、ボスはニコリと微笑んだ。
「ええ。一応。帰ったばかりの時は随分と衰弱していたのだけど、今は歩き回れるくらいには回復しているわ」
そう説明しているボスの表情はとても柔らかで、真奈美さんが失踪してからの五年間、ずっと心の奥でつっかえていた物が、やっとのことで外れたかのようだった。
先週の、あの日。
蝶上町に存在する謎の建造物――――エリア21……。俺達はあの日、エリア21へ侵入した。
相次ぐ不可解な失踪。過去に起きた妖精事件。失踪した、ボスの妹である真奈美さん。そして、UFOの目撃。それら全ての事件は、ある一人の男が原因で引き起こされたのだった。
高木良哉。それが、男の名前だった。
とある大企業の跡取り息子であった高木は、企業を立ち上げるために蝶上町へと現れた。高木は、偶然……いや、これは必然だったのかも知れない。高木は、墜落したUFOを目撃した。そのUFOに搭乗していた、負傷した宇宙人を助けたことから、宇宙人と交友関係を持った高木は、それを利用してある計画を立てた。
蝶上町を、我が物とする。
シロの力により、イメージが具現化するこの蝶上町を、高木は自分だけの物にしようとしていたのだ。
己が孤独を忘れ去り、何かへ没頭するために。
そのために、エリア21は建設されたのだ。宇宙人の、高木の、研究施設であった。
エリア21を拠点に、高木と宇宙人は様々な実験を行った。
チュパカブラ。アブダクション。人面犬。口裂け女……。町民さえ巻き込んだ、卑劣な事件の数々……。いくつかは俺達超会によって解決されたが、中にはきっと、俺達の知らない事件もあったのだろう……。約六年。それだけの長い期間、高木達はそんな実験を続けたのだ。
結局、高木の計画は失敗に終わった。
土地神としてのシロの力で、宇宙人達をこの町から強制退去させることによって。
シロの力により、宇宙人はこの町から消え、失踪していた全ての人々は帰るべき場所へと帰っていった。勿論、真奈美さんもだ。脳内や体内に、宇宙人が埋め込んだのであろう装置が埋め込まれていた人達は、一応病院で検査を受けたみたいなのだが、装置らしき物は見つからなかったという。
宇宙人が消えた後、高木は警察によって逮捕された。事件の後日、ボスが警察へ連絡したらしい。
超常現象関係は警察や法ではどうにも出来ないが、高木は研究のために様々な法を犯していたらしく、エリア21を捜査された際に発覚したらしいのだ。
よく見ると、ボスが読んでいるのは超会の活動報告だった。
柔和な表情で、ゆっくりとページをめくっている。
「これ、久々津君ばっかり書いてるわね」
「……皆が押しつけてくるんですよ」
ボスも含めて、な。
「――っ!」
不意に、ボスが表情を驚愕に歪め、すぐに机の上へ活動報告の一ページを広げて見せた。
「これって……」
活動報告の最後のページ。
そこに書いてあるのはシロの文字だった。
――――さよなら。
「なんで……こんな……!」
――――神としての資格を失い、私という存在は、消える。
シロは、確かにそう言った。
個人的な動機で神の力を使ったシロは、神としての資格を失った……。その結果、神という存在は、蝶上町から、消えた。
「起きないわね、超常現象」
静かに、どこか寂しげにボスは呟いた。
「……そうですね」
「起きないわね、性犯罪」
「起きなくて良いですよ!?」
「久々津君、ちょっと幼女殺して段ボール箱に詰めて来なさいよ」
「ヤ○カルロス!?」
「悪魔が落ちて来たのよね?」
「無茶苦茶なアリバイですね!」
「一週間前にこの町で起きた事件なら、信用出来たかも知れないわね」
不意に、ボスの表情に影が差した。
シロの存在が、人々のイメージを……超常現象を具現化させていた。つまり、シロが存在しなければ、超常現象は起きないのだ。
それを確かめるため、俺達超会は一週間活動を停止した。
その間に、一度も超常現象が起きなければ――――
超会は、解散する。
「起きなかったわね……」
ボソリと呟き、ボスはキュッと唇を結んだ。
その言葉に答えられず、俺は静かに黙り込むしかなかった。
怖かった。
何か言えば、決定的な言葉をボスが口にしそうだったから。
超常現象解決委員会。起きない超常現象を、解決する必要はないのだ。この蝶上町で超常現象が起きないということは、超会は事実上、活動理由を失くしたことになる。
「私達……超会は……」
ボスが言いかけた、その瞬間だった。
バタンと。慌しくドアが開かれた。
まるでなだれ込むかのように中へ入って来たのは、詩安と理安だった。
「「ボス!!」」
二人同時に叫び、すぐに俺の方へと視線を向ける。
「あら木下君、来てたのね」
「もしかしなくても俺のこと!?」
「木下秀吉?」
「ファンにボコられるからやめろ!」
「木下藤吉郎?」
「豊臣秀吉!?」
「木下大サーカス?」
「ねえ、そのタイプのボケ流行ってんの!?」
そう言えば詩安とボスって似てるよね。口調とか。
一通り久しぶりの掛け合いを楽しみ(?)、一息吐く。
とりあえず、この二人が何をそんなに焦っているのか確認しなければならない。
「それで、一体何があったの?」
「えっとですね……。あ、美耶さんが到着してからで良いですか?」
詩安の問いに、ボスは小さく頷いた。
それからしばらく待っていると、ガチャリとドアを開く音がした。中に入って来たのは美耶さんで、ゆったりとした動作で、お久しぶりです、と微笑んだ。
「……そろったわね」
静かに、ボスがそう言った。
ボスを見る美耶さんの表情は、どこか沈んでいる。それは勿論俺も同じだ。恐らく、これからボスが話す内容は、超会を……超常現象解決委員会を解散する、という内容のハズだからだ。
「ボス」
真摯な眼差しでボスを見据えつつ、詩安が静かに告げる。
「超会を解散する必要は、ありません」
「「――――!?」」
詩安と理安を除く全員の表情が驚愕に歪む。その様子を見、詩安と理安は嬉しげに微笑んだ。
「これ、見て下さい」
持っていたバッグから、詩安は一枚の写真を取り出した。そこに写されているのは、何だか奇怪な物体だった。ブレているためよく見えないが、紫色で、様々な突起のあるよくわからない物体。得体は知れないが、何か異常な物だということは一目瞭然だった。
「これは……」
「わかりません。でもこの物体が『謎』であることは確かです」
「謎……ね」
クスリと。ボスは笑みをこぼした。それにつられてか、他の超会メンバーもクスリと笑みをこぼす。
「このよくわからない物体、今もどこかにあるんですか?」
美耶さんが問うと、理安は首を左右に振った。
「これを撮ったお姉ちゃんの友達はね、『写真を撮ったらすぐ消えた』って言ってたみたい」
写真を撮ったら消えた……?
「それって、どういう意味での『消えた』だ?」
「勿論、文字通り消えたんだよ。その場から」
理安の言葉に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「消えた……のか」
そう呟きつつ、笑みをこぼしてしまっているのが自分でもわかる。
嬉しいんだ。謎が存在することが。
訳のわからない何かが、この町で起こってるってことが!
「ボス、やっぱりこの物体って……」
俺の言葉を最後まで聞かず、ボスはゆっくりと頷いた。
「超常現象よっ!」
間違いなかった。
これは超常現象だ。
俺達が、超会が、解決しなければならない、「超常現象」だ。こんな訳のわからない物体が、あること自体謎だしその上、写真を撮ったらすぐに姿を消したというのだ。
これは間違いなく、超常現象だ!
「調査する必要があるわね」
コクリと。ボスの言葉に俺達は頷いた。それぞれ、満足げな表情で。
「蝶上町の超常現象って、シロの力が起こしてたのよね?」
「ああ。アイツの神としての力が、アイツの意思とは無関係に人々の思いを超常現象として具現化させてたんだ」
だが、既にシロは神としての資格を失い……消えている。超常現象が起こる訳がないのだ。
「異次元」
ボソリと聞こえた、聞き慣れた声。
感情の汲み取れない、無機質な喋り方。聞こえたのは、俺の隣からだった。
「異次元の、物質」
小さな体躯、長く伸びた髪は、真っ白だけど艶のある髪。
光のなかった瞳には、微かだが光が宿っているようにも見えた。
どこか不思議さと儚さを感じさせる、無口で、謎の多い少女。
「「シロ!」」
一斉に、声を合わせてその名を呼んだ。
シロは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに元の無表情へと戻る。
「お前……何で……」
よくわからない、そう呟くように言い、シロは言葉を続ける。
「どういう訳か、失ったのは、神としての資格だけ」
「じゃあ、今のお前は……」
「ただの、身元不明の幼女」
いや、身元不明はまずいだろ。
感動よりも驚きの方が大きくて、詩安や理安は絶句したままシロを見つめている。美耶さんとボスは、柔和な表情で俺とシロのやり取りを見ている。
そんな皆を意に介さぬ様子で、シロは無表情なまま言葉を続ける。
「今の土地神は、私とは違う。無意識に、超常現象を引き起こしたりはしない」
「それじゃあ、これは一体何なんだよ?」
わからない、とシロは首を小さく左右に振った。
「……面白いじゃない」
先程まで黙って聞いていたボスが、腕を組んでニヤリと微笑んだ。
「超常現象は、原因がわからないからこそ超常現象よ。それに、原因がわかるなら調査する必要ないじゃない」
心底嬉しそうに、ボスはそう言った。
ああ、そうか。俺達、解散する必要ないんだ。
シロの力がなくたって、世界はこんなにも不思議で溢れてる。きっと、全てが解き明かされることなんてないと思う。
それでも、人は……俺達は答えを求め続ける。謎の解答を、求めて研究を続ける。
世界に、謎と不思議はつきものだ。だから……
世界が世界である限り、俺達は解散しない――――出来ないんだ。
「調査対象は決まったし、メンバーも揃ったわね」
ボスの言葉に、一同はコクリと頷いた。
ボス、詩安、理安、美耶さん、シロ、そして、俺。メンバーは揃った。
「シロ」
全員の視線が、シロへ集中する。それに対して、シロは少しだけ戸惑うような仕草を見せた。
「「おかえり」」
その言葉を聞いた瞬間、シロはキョトンとした表情を見せたが、やがてニコリと微笑んだ。
「ただいま」
そう言ったシロの表情は、今までのような無表情ではなく、シロが俺達に出会ってから見せた中でも最高の――――笑顔だった。
超常現象、未解決。
週一更新という、シクルの中では初の試みだった「超会!」も、今週で最終回です。
連載を始めてから今日まで、一度も逃すことなく毎週更新出来た(ギリギリな日もありますが)ことを、本当に嬉しく思います。
今作ですが、色々と意識したものがありまして……。
キャラ同士の掛け合いと、ジワジワと展開するストーリーです。
キャラ同士の掛け合いは過去に「ぐらとぐら」でもやりましたが、地の分でつっこむぐらよりも、会話でつっこむ超会の方がしっくりきました^^:
今度から掛け合いはこの方法でやります^^
そしてストーリー。
序盤から伏線を張りつつ、ジワジワと展開していく……というのを意識したつもりです。
そんなことないとかそういうツッコミは、感想欄に是非。
私的には、「霊滅師」や「落ちていた魔導書。」等とは違った雰囲気の世界観を作ることが出来たと思い込んでいます。
約八カ月間、弘人達の掛け合いを書くのがすごく楽しかったです。
ここまで続けてこられたのも、こんなアホみたいな掛け合いとトンデモ展開で構成された作品を読んで下さった方々のおかげです。
本当に、ありがとうございましたm(__)m




