旧校舎の花子さん(後日編)
超常現象解決委員会活動記録No.27
記録者:久々津弘人
どうも、久々津弘人です。
今回の件、蝶上小学校旧校舎に出没する「トイレの花子さん」についての報告。
色々と危険だったが、なんとか解決。ええ、とても危険でしたとも。
ぶっちゃけ今回の件で超会やめようかと思ったくらい危険だったともさ。
出会う直前までは「トイレの花子さん」なんてメジャー過ぎる怪談、大したことはないだろうと高をくくってたが、実際はマジヤバい。
正直な話シロが一緒じゃなきゃ確実に俺は浮遊霊の仲間入りするところだった。
まあその代わりに今月の小遣いが高級菓子によって消し飛ぶことが決定してしまったが……。
まあ命と比べれば小遣いくらい安いものだ……と思いたい。
後さっきから後ろでうるさい理安、お前は別に何もしてないんだから俺にお菓子ねだっても無駄だぞ。
トリックオアトリート? いや、時期ズレてるから。
あ、でも悪戯は勘弁して下さい。
これにて、活動報告を終わります。
「いや、それ絶対おかしいから」
蝶上町第三集会所――――超会本部に俺が今日来てから数分、宿題をしていた俺に、シロがシャーペンと紙を貸してくれというので、貸してやると、珍しく何やら一所懸命に書き始めた。
書き終わり、滅多に感情を浮かべない顔に、シロは珍しく少し満足気な表情を浮かべると、俺の渡したノートの切れ端には丁寧な字でふざけたことが書かれていた。
以下、シロの記述。
請求書
駅前のスイーツ専門店の高級ワッフル(六百八十円)四個
同じく駅前のスイーツ専門店の高級エクレア(九百八十円)三個
計五千四百六十円
今回の仕事の給与
「いや、それ絶対おかしいから」
五千四百六十円というバイトをしていない高校生としては十分に厳しい額の書かれた請求書(?)を見て、俺はもう一度同じことを言った。
「買って」
シロはジッと俺の顔を見つめながら、受け取ろうとしない俺にぐいぐいと請求書(?)を押しつけて来る。勘弁してほしい。
「久々津君、約束は守らなきゃダメよ?」
「いや、まず約束してないから」
他人事だと思って(実際そうだが)澄ました顔で言いやがったのは詩安だった。
「嘘吐きは泥棒の始まり。契約は新世界の始まり」
「前者はともかく後者はなんだ!?」
「武装騎士レイマールと堕天使ビブリオの血の契約により、新たな世界――――新世界が始まりを告げるわ。レイマールの生まれ変わりである久々津君と、ビブリオの生まれ変わりである私はこれより血の契約を交わし、新世界の始まりを告げなければならないわ」
「痛々しい中学生かお前は! 騎士と堕天使の名前も今即興で考えただろ!?」
「ええ、即興よ。でも私と久々津君が血の契約を交わさなければならないのは本当よ」
「マジで!?」
「嘘よ」
「泥棒の始まりだー!」
話題が脱線事故を起こした。
「買って」
シロはシロで先程からずっと真剣な眼差しで俺の顔を見つめながら、「買って」と、一定間隔で繰り返している。ロリコンなら喜んで買って来るのだろうが、残念ながら俺はロリコンでもなんでもなく、やや年上のお姉さんタイプが好みなのだが……それはまた別の話だ。
「ひろっちー、良いじゃん買ってあげればー。ひろっちシロがいないと昨日死んでたんでしょ?」
イヤホンでやや音漏れしつつ音楽を聴いている理安の言っていることは確かに本当だ。
本当に俺は昨夜死にかけたのだ。もしシロがあの時一緒にいなければ、俺は今ここにはいないだろう。
「それに、理安もお菓子食べたい」
「いや、お前は別に何もしてないだろ」
「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!」
「時期ズレてるから……ってそれはもう冒頭部分でやっただろ!」
最早時系列すらグチャグチャである。
こちらが脱線している間も、シロの方は「買って」と繰り返すばかりで、諦める気配は全くと言って良い程ない。
ここで断れば確実にシロの機嫌を損ねるだろう。そんなことをすればもう調査には来てくれなくなりそうだし、何より他の三人に「ケチ」と罵倒されるのも怖い。
「買ってあげれば良いじゃない。貴方の小遣いごときで小さな女の子が喜ぶのなら、それで良いじゃないの」
ボスまでもが本を読みながら澄ました顔でそんなことを言っている。
「命を助けられたのなら、恩返しはするべきよ」
「それはまあ……そうなんですけどね」
「私は昔、風邪で学校を休んでいた私のノートを代わりに書いてくれた友達に、お礼として使用済みのゴキブリホイホイをあげたわ」
「恩を仇で返してますよねそれ!?」
「彼女、泣いてたわ」
「かわいそうですよそれ! お礼どころか単なるいじめですよ!」
「Sだから私。彼女のこと、Mだと思ってたのよ」
「思い込みでそういうことしちゃダメです!」
「まあ、全て嘘だけれど」
「泥棒の始まりだー!」
どうやら超会には泥棒候補が二人もいるようだ。盗難事故に遭わぬよう、貴重品は持ち込まないのが賢明と思われる。
「そーいえばさー。理安とお姉ちゃん、昨日いなかったから知らないんだけど、昨夜解決しにいった超常現象って何?」
音楽を止めたらしく、イヤホンを外してポケットに収めると、理安は俺に問うた。
「そうね……。少し私も気になるわ」
興味深そうに、詩安も問う。
「昨日解決しに行ったのはな、トイレの花子さんだよ」
ピタリと。詩安が硬直した。
詩安が口パクで「マジですか?」と問うので、俺も口パクで「マジですよ」と答えてやると、途端に詩安は両手で両耳を塞ぎ、「出来るだけ私に聞こえないように説明してね!」と悲痛な声で叫ぶと、その場にうずくまってしまった。無茶苦茶怖いらしい。
まあ、実際怖かったので詩安は聞かない方が良いだろう。
「トイレの花子さんって、あの花子さん?」
理安の問いに、俺はコクリと頷く。
――――トイレの花子さん。歩く人体模型や目が光るベートーベン、夜中に鳴り響くピアノ等と並ぶメジャーな学校の怪談だ。
その知名度は怪談系では最も高いと言っても良い。あの有名な口裂け女よりも有名だと言っても過言ではない。恐らく、「トイレの花子さん」という単語を耳にすれば、誤差はあれど全員が「ああ、あの花子さんね」と納得することだろう。
その、花子さんである。
「ああ、学校の女子トイレの三番目に出現するあの花子さんだ」
「じゃあ、ひろっち女子トイレ入ったんだ!」
「論点はそこじゃねえ!」
「変態! 変質者! 変態仮面! パピヨン!」
「調査目的で入っただけなのにそこまで言うのは酷くない!?」
「女の敵! どうせ毎晩『それは私のおいなりさんだ』とかやってるんでしょ!」
「やってねえよ! PTAに怒られるわ! さっきも言ったが、俺は『トイレの花子さん』について調査しに行っただけであって、他意は全くない!」
「え……ホント?」
しばらく口をポカンと開けたまま俺の方をじっと見ていたが、すぐに理安は我に帰り、微笑んだ。
「理安、ひろっちのこと……信じてたよ?」
「泥棒の始まりだー!」
かれこれ三人目である。まるで泥棒候補者のバーゲンセールだな。
ちなみに話題の脱線事故もこれで三度目である。
「それで、花子さんがどうしたの?」
お前が脱線させたんだろ。と、ツッコミを入れたいところだが、話が進まないのでスル―だ。
昨夜、俺とシロが調査に向かったのは蝶上小学校の旧校舎に、トイレの花子さんと思しき霊が現れるとの報告を受けたからだ。
蝶上小学校では昔から「トイレの花子さん」の噂は流れており、女子トイレの三番目を三回叩いて「はーなこさん」と呼ぶと出て来るというのが一般的な花子さんの噂(ボスの持っている資料で調べた結果、そうらしいのだ)で、蝶上小学校でも同じ内容で噂になっていたらしい。が、出て来た後のことは詳しく判明していない。返事をするだけだとか、一緒に遊ぼうと誘ってくるのだとか、これと言って確定した情報はない。恐らく、確定した情報がない故に今も昔も(今はあまり聞かないが)子供達を怖がらせているのだろう。
蝶上小学校の数人の生徒が、肝試し気分で蝶上小学校の旧校舎に入り、三階の女子トイレの三番目の個室で、どうも花子さんを呼んだらしいのだ。すると、噂通り返事をしたらしいのだ。
生徒達はまさか本当に花子さんが返事をするとは思っていなかったらしく、全速力でその場から逃げ出したらしい。
今思えば、俺もあの時全速力で逃げ出せば良かった。
「なるほどね……。それで調査しに行ったんだぁ」
腕を組み、理安はフムフムと頷いた。
「で、調査中に何があったの?」
「弘人」
ボソリと。先程まで黙っていたシロが、不意に口を開いた。
「弘人が、襲った」
「誰を?」
理安が問うと、シロは右手の人差指で自分を指差した……っておい。
「ひろっち……! 酷いよ!」
「いや、してねえからな!? シロ、嘘を吐くな!」
俺の言葉に、シロはしばらく黙りこんで俺の方をジッと見つめると
「うん、嘘」
「泥棒の始まりだー!」
どうやら善人は俺だけらしい。
超会は既に泥棒の巣窟と化しているようだ。本格的に貴重品の管理に気を付けなければ……。
「で、結局何があったの?」
「あ、ああ……」
脱線を繰り返しつつもやっとのことで本題へ。
詩安、もうちょい耳塞いでてくれ。
調査編へ続く。