人の面せし犬(会議編)
超常現象解決委員会活動報告№039
記録者:河瀬理安
やっほー! 理安だよー!
それじゃあ今回の事件、人面犬事件について……。
人面犬って、すっごく有名でベタな都市伝説だから、今までの超常現象とあまり変わんない存在だと思ってたんだけど……。なんか、違う。
ひろっちが超会に入った時の活動報告……チュパカブラに関する報告をお姉ちゃんがしてて、お姉ちゃんはチュパカブラについて「今までの超常現象とは何か違う」って書いてるんだけど、今回の人面犬事件も……お姉ちゃんの言う今までのと違う超常現象……かも知れない。
理安には難しいことはわかんないけど、何だか最近、この蝶上町のことが怪しくなってきた気がするんだ……。
あ、これって人面犬と関係ないね。ごめんなさい。
これにて、活動報告を終わります!
人面犬。その名の通り、人の面をした犬。要は犬の身体に人間の顔が付いてる生物のことを指す。
怖いとも感じられるし、えらく滑稽だとも感じられる。なんともよくわからない存在だ。
そんなよくわからない人面犬が、この蝶上町に出没するらしいのだ。どうもこの蝶上町、花子さんと言いネッシーと言い、ベタな超常現象が好きらしい。そう言えばもう一週間程ネッシーの所に行ってないな……。今関係ないけど。
「人面犬……ねえ」
ゆったりとした動作で、詩安は持っていた一枚の用紙を机の上に置いた。用紙には、人面犬のイラストがプリントアウトしてあり、昨晩理安が用意したものらしい。
「詩安……お前、怖くないのか?」
俺の問いに、詩安は平然と何が? と問うてくる。
「いや、何がって……人面犬だよ」
「犬の身体に人間の顔が付いてるだけじゃない。何も怖くないわ」
「お前の基準がわからねえ!」
「基準はかわいいかどうかよ」
「人面犬はかわいいのか!?」
「かわいくない。むしろ気持ち悪いわ」
「基準から外れてんじゃねえか!」
結局謎のままだった。
いつもの超会本部。今回の議題は、最近頻繁に出没している人面犬についてだった。
最初は噂程度だったのだが、次第に目撃情報が増えていき、ついに写真まで撮られ、新聞に掲載される程になってしまっている。
出現場所は特に定まっておらず、様々な場所に出没しているらしい。コンビニ周辺でゴミ箱を漁っているという目撃証言もあれば、他の犬と喧嘩している所を見た等、様々なものがある。
「今回、理安達が動く必要あるのかなぁ」
呟くように、理安が言う。
「あら、どうしてそう思うの?」
静かに、ボスが理安へ問うた。
「だって人面犬ってさ、別に悪いことしてる訳じゃないじゃん」
言われてみれば、そうだ。
今回の人面犬、目撃証言は大量にあるのだが、被害があった等の報告は一切ない。ただ単に見た目が気持ち悪い、という報告ならあるが、だからと言って何も悪事を働いていない珍生物を駆除するのは、少しどうかと思う。その理屈で駆除しなければならないのなら、遠の昔に蚯蚓やゴキブリは絶滅しているハズだ。
「それもそうね……。これだけ目撃証言があるのに、一度も襲われたとかいう報告はない訳だし……」
動く必要はないかしら、とボスは呟く。
「人面弘人」
隣でボリボリとポッキーをかじりつつ、シロが呟く。
「意味がわからない上に何の脈絡もねえな!」
「人の顔した弘人」
「まるでオリジナルの俺が人の顔してねえみたいじゃねえか!」
「オリジナルの弘人は、カビ顔」
「どんな顔の奴を指す言葉だよカビ顔って!」
「顔中にカビがビッシリ」
「気持ち悪ッ!」
「自分のこと、気持ち悪いなんて言っちゃ駄目」
「何て酷いこと言うんだこの幼女は!」
結構傷付いた。
精神内傷心旅行と言う名の、果てなき精神世界への旅に出る俺をよそに、人面犬に関する会議は進んでいく。
「でもボス。わざわざ議題にしたってことは、何かあるんですよね?」
詩安の問いに、ボスは小さく頷く。
「ええ、一応……ね」
そう答えると、ボスはバッグから一枚の用紙を取り出すと、机の中心に置いた。
「久々津君、いい加減帰って来なさい」
「いえ、もう少し……アイルランド共和国(精神世界内の)に辿り着くまでは……」
「貴方がボケてどうするの! ツッコミ続けなさい!」
キレられた。
どういう訳か俺だけボケ禁止。理不尽だこれ。
まあ今に始まったことじゃないし、俺がツッコミポジションであることは重々承知してるので、とりあえず会議に復帰する。
「これって、最近撮られた写真ですよね?」
机の上にある用紙を指差し、俺が問うと、ボスはコクリと頷く。
そこに写っているのは、何かの建物の壁をひたすら引っ掻いている、人面犬らしき生物の写真だった。
後ろを向いているため、顔を見ることは出来ないが、頭の部分だけ毛が黒い。まるで髪の毛のようだった。犬らしい耳は生えておらず、代わりに人間と同じ位置に、人間と同じ耳が付いている。
「見るからに人面犬……って感じだな」
「見るからに人面弘人」
「しつけえよ!」
「弘人、カビ臭い」
「何か今日、俺に対して酷くない!?」
「最近出番少ない」
「時系列的にその発言はおかしいだろー!」
時の運航が乱されてしまった。
全くと言って良い程会議が進まなくなってきたため、ボスが若干苛立ち始めた。他のメンバーも察したらしく、無駄な会話をやめ、ボスの方へ注目する。
机を指でトントンと叩く仕草からは、明らかな苛立ちが感じられた。ごめんなさい。
ジッと。俺達の視線がボスへ集中する。
「……そんなに見つめられると、恥ずかしいわ☆」
「アンタがボケんのかよ! さっきまでの苛立ちはどうしたー!」
っつか☆って何だ☆って。
「さて、それでこの人面犬の話なのだけど……」
「何事もなかったかのように進めた!」
「人面犬が引っ掻いているこの壁……この建物、何だかわかる?」
スルーされた。
「町内……ですよね?」
詩安の問いに、ボスはコクリと頷く。
「ボスがわざわざ聞くってことは、何かがある建物……」
呟き、思索する。
この町内で、何かがあるような建物……。超常現象の発生数を除けば、普通の田舎町とさほど変わらないこの蝶上町。そんな町の中で、何かがあるような建物……。
「エリア21か!」
コクリと。ボスは俺の言葉へ頷いた。
「その通りよ」
エリア21……。蝶上町内にある謎の建物で、名前の由来はアメリカのグレーム・レイク空軍基地――――通称エリア51からだ。
「エリア21の壁……。何で人面犬はそんな所引っ掻いてるの?」
理安の問いに、ボスはわからない、とだけ答えると、もう一枚の用紙をバッグから取り出す。
「チュパカブラ……ですか?」
机の上に置かれたその用紙にプリントアウトされていたのは、チュパカブラのイラストだった。
「随分と前に、チュパカブラについて調査したじゃない?」
コクリと。俺達はボスの問いへ頷く。
「チュパカブラが出現した日比野さん宅の付近に……エリア21があるのよ」
「……!」
日比野さん家の付近、確かにその建物は存在する。どういう訳か地図には記載されていないが、エリア21は確かに存在するのだ。中学生の頃、面白半分で友人達と行ったこともある。
「チュパカブラと言い、この人面犬と言い、怪生物がエリア21付近で二度も現れる……エリア21の怪しさから考えて、偶然とは考えにくいわ」
二度くらいなら、偶然でもあり得る。だが、その偶然が何故、エリア21付近でだけ起こる? 他の超常現象の発生場所はランダムだと言うのに……。
「調査する意味……ありそうだね」
理安は言うと、納得したらしくうんうんと繰り返し頷いている。
「ボス、エリア21に関しては何かわかっていないんですか?」
詩安の問いに、ボスは首を横に振る。
「いいえ。建てられた理由も、中に誰がいるのかもわかっていないわ。ひっそりと建てられたみたいで、いつ頃建てられたのかもわかっていないわ……。私が初めてエリア21を見たのは、六年くらい前だったかしら……」
そこまで言い、ふとボスは何かを考え込み始めた。
「六年前……。真奈美の失踪と、時期が少しだけ被るわね……。エリア21が建てられたのが六年前だと仮定すると、真奈美が失踪したのは五年前だから……」
「エリア21が建てられてから一年後……になりますね」
コクリと。俺の言葉にボスは頷いた。
「関連性があるかどうかはわからないけれど……少し引っかかるわね」
「今回の人面犬……本格的に調査する必要がありそうですね」
「ええ」
エリア21の存在、人面犬の出現、真奈美さんの失踪……。この三つが関連している可能性がない、とは断言出来ない。
「それじゃ、決まりだね」
「ああ」
「調査に行こう! 理安とひろっちで!」
ちょっと待て。
「何で既に決まってんだよ!」
「さっき理安が決めたー」
「勝手だな、おい! 真奈美さんと関連性があるかもだから、ここはボスが――――」
真顔で横に首を振られた。
「これはもうひろっちが行くしかないね! 今日理安すごい暇だから!」
「暇潰しに使われている!?」
どういう訳か、俺と理安で行くことが決定した。
調査編へ続く。