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超会!  作者: シクル
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湖に潜む者(調査編)

 蝶上湖。蝶上町内にあるそこそこ大きな湖である。

 水深は二十メートル程。直径は三十メートル程度の、何だか大きいのか小さいのか判断し難い湖だ。わりと子供でもほいほい近づける位置にあるので、湖の周りにはフェンスが設置してある。一応フェンスには扉が付いているが、当然鍵がかかっている。

 蝶上湖の周囲は木で囲まれている。蝶上湖は雑木林の中にあるからだ。これまた雑木林の付近に小学校があるものだから、蝶上湖ではよく小学生が溺れる。基本的には近所の大人に救助されるのだが、死亡することも稀にある……という話を昼間詩安にしてやり、止めとばかりに「小学生の霊が出るかも知れない」と囁いてやると、悲鳴を上げながら回し蹴りを喰らわせてくれた。

 それにしても詩安が遅い。ポケットから携帯を取り出し、時刻を確認する。

 集合時間は二十時ピッタリ。俺は五分前に到着しているのだが、現在の時刻は二十時五分。俺が涼宮さんなら詩安は罰金である。

「お、お待たせ!」

 携帯を眺めながらボーっとしていると不意に、少女の声が辺りに響く。詩安の声だ。

「おう。遅かっ――――」

 声のした方向に視線を移し、言いかけ……俺は口を開けたまま絶句した。

「こ、これで悪霊対策は……完璧ねっ!」

 白い小袖に赤い袴。長い髪はゴムで一つに縛られている。

 詩安の今の姿は、紛うことなき巫女スタイルであった。

「いや、それ色々おかしいから。別に巫女は霊を祓う役職じゃないから」

「……マジで!?」

 先行き不安である。



 何故巫女装束を詩安が所持しているのかとか、まず発想が謎だとか、ツッコミたいところは多々あったのだが、それでは話が進まないので一旦スルー。

「私、勘違いしてた」

「ああ、大いにな」

「巫女さんって霊を祓う仕事だと思ってた」

 明らかに漫画やラノベの読み過ぎである。

「霊滅師の詩祢とか」

「ごめん。誰だか全然わからない」

 話が完全に脱線してしまっているが、俺と詩安が蝶上湖に来たのはネッシーの調査のためであり、巫女コスの詩安のボケに的確なツッコミを入れに来た訳ではない。

 さて、今回俺達が蝶上湖へ調査しに来たネッシーだが、未確認生物系の超常現象の中では最も有名である。

 そんなネッシーだからこそ、資料も多い。写真もたっぷりと流れており、明らかに作り物なネッシーから作り物とは言い難いネッシーの写真まで様々なものがある。

「ねえ久々津君」

「ん?」

 隣で辺りを見回しながら震えていた詩安が、不意に俺に声をかける。

「最初にネス湖で撮られたネッシーの写真って、偽物だったわよね?」

「ああ、確かな」

 そうなのだ。ネス湖にネッシーがいるなどと言う噂が世間に広まった原因である最初のネッシーの写真、湖面から頭を出したあのネッシーの写真、通称外科医の写真(撮影者のロバート・K・ウィルソン氏が外科医であったためそう呼ばれている)は模型を使った偽のネッシーだったらしいのだ。

 撮影者であるロバート・K・ウィルソン氏の知人が、あのネッシーはヘビの模型を付けた玩具の潜水艦だったと告白したらしい。その告白が何らかの圧力をかけられて無理矢理させられたものだと考える学者もいるらしいが、一応ネッシーに関しては「存在しない」ということになっている。

「そう考えるとやっぱりネッシーは実在しないって仮定した方が良いんじゃないかしら? 証言だって子供の言う事だし……。弘人君(仮)が何かと見間違えたってこともあり得ると思うの」

 まだその子を弘人君(仮)と呼ぶか。一々つっこんでいては切りがないのでスル―する。

「確かにそうだが……。ネッシーと見間違える程巨大な生物なんて湖にいるか? それにこの湖は……」

「蝶上町内……よね」

 蝶上町。超常現象が頻繁に起こる町。

 これまで出くわしてきた様々な超常現象のことを思えば、ネッシーくらいいても不思議ではない。

「仮にネッシーじゃないにしても、ネッシー並みに巨大な生物がこの湖にいるとしたら、そいつが新種だったとしても突然変異だったとしても調査するだけの価値はあると思うぜ」

「そう……よね」

「お前、ネッシーをいないことにして調査を切り上げて帰ろうとしてないか?」

 ビクンと。俺の問いに詩安が肩をびくつかせた。

 どうやら図星らしい。

「だ、だってココ……。暗いし、誰もいないし……」

 この時間帯で、それも室外となると詩安はいつもの「冷静な女の子」から「怖がりな女の子」へと変貌する。普段とのギャップが激しいため、見ていて面白い。

 詩安は俺の傍へギリギリまで近寄り、肩を抱いて震えながら辺りを見回している。

「お前一人って訳じゃないんだから、もう少し俺を頼って安心してくれても良いんじゃねえか?」

「嫌よ。久々津君、頼りないもの」

 即答である。

 こうも率直に頼りないなどと言われると、男として結構傷つく。

 ……そんなに頼りないか?

「どのくらい頼りないかを簡単に例えるなら……そうね、初期のレオリオくらい頼りないわ」

「レオリオなめんな! 初期の時点でもアイツは結構頼もしいぞ!?」

「失敬。じゃあイマジンがバックについていない野上良太郎くらい頼りないわ」

「すごく心配だ!」

「その上変身も出来ないわ」

「それじゃ運が悪いただのイケメンだ!」

「それでもいざという時には頼りになる……。そんな良太郎が私は大好きよ。あくまで、良太郎がね」

「言い換えるとあくまで俺ではない!?」

 酷い扱いである。

 このまま放置して帰ってやろうかと思ったが、やっぱり報復が怖いのでやめておく。



 一向に調査が進まないので、いい加減フェンスを越えて蝶上湖に近づこうと思う。

 フェンスと湖の間にはわりと余裕があり、フェンスを越えても湖に落ちることはない。

 まあ当然といえば当然だ。何故ならこの湖にはブラックバスなどが多く生息しているため、釣り好きがよく蝶上湖で釣りをしているからだ。彼らはわざわざ役場まで行き、フェンスについている扉の鍵を借りてまでフェンスの内側へ入り、蝶上湖で釣りをしている。何が彼らをそうさせているのか……釣り好きではない俺にはよくわからない。

「そろそろフェンスの内側に行くぞ」

「え? 何で?」

 本気で不思議そうに小首を傾げるから困る。

「俺達は蝶上湖に出るネッシーの調査をしに来たんだぞ?」

「フェンスの外からで良いじゃない」

「いや、仮にネッシーが人を襲うとすれば、フェンスの外側からじゃ襲ってこないだろ。内側に入ればネッシーは俺達を襲うかも知れない。届く範囲だからな。フェンスの外からじゃ、ネッシーが人を襲うかどうかが確かめられないんだよ」

 ボスの指示が毎回アバウトなため、目的以外は大抵行き当たりばったりである。

「ネッシーが現れないようなら、ネッシーはいない。現れても無害なら、それで良い」

「襲ってきたらどうするのよ? 逃げるの?」

「そん時は……そん時だ」

「どんだけアバウトなのよ」

 苦笑しつつ、俺はフェンスに足をかけた。

「とにかく、行くぞ。さっさと終わらせてお前も帰りたいだろ?」

 渋ったが、詩安はコクリと頷き、フェンスに足をかけようとしたが、すぐにやめた。

「どうした?」

「この恰好じゃ上り辛いんだけど……」

 そういえば巫女コスでしたね貴女。



 結局、フェンスの内側へは俺だけで行くことになった。というか俺しか行けない。

 どうも詩安の来ている巫女装束、理安から借りた物らしく(何故理安が持っているのかは不明)、汚したり破いたりすると弁償しなければならないらしい。

 流石に弁償はまずいだろうし、「もし弁償することになったら久々津君にも半分払ってもらうから」などと言われ、俺もそんなことに金を使いたくはなかったので、フェンスの内側へは俺だけで行くことにした。

「久々津君頑張ってー」

 フェンスの向こうからは詩安の棒読み応援が聞こえて来る。棒読みなため、何の励みにもならない。

「さて……と」

 一息吐き、そこそこ広い蝶上湖の湖面を見渡す。半端に欠けた月が、湖面に映っている。今のところ、ネッシーらしき生物はいない。むしろ生き物すらいないんじゃないかと思うくらい何も見えない。

 少し屈んで見てみたが、湖の中は暗くてよく見えない。

「しょうがない。しばらく待つか」

 何歩か下がり、フェンスにもたれかかると、俺はその場に腰を下ろした。

「ネッシー、出て来るかしら」

「さあな。出現条件とかわかんねえし、とりあえずここで待ってみるよ」

「そうね。コマンドだって入力してないし」

「何のコマンド!?」

「タイトル画面で上上下下左右左右BAよ。これで条件を満たさずとも全てのイベントが発生するわ」

「それはコナミコマンドだ!」

「あら、久々津君はエロイベントが見たくないの?」

 すごく……見たいです……。



 しばらく詩安と談笑し、ひたすらにネッシーを待ち続けた。が、一向にネッシーは現れない。携帯で確認すると、時刻は既に二十一時を過ぎていた。かれこれ一時間近く蝶上湖にいることになる。

 段々と瞼が重くなり、意識も薄れていく……。まるで日本史の授業中である。

 カクンカクンと頭を振りながら、必死に精神世界で睡魔とガチバトルを繰り広げている時だった。

「久々津君! 見て!」

 ガシャン! と勢いよくフェンスの叩かれる音がして、ハッと我に返り、しっかりと目を開くと、湖面が波立っている。

「ネッシーか!?」

 ザバァン! と波の音がし、湖面にネッシーと思しき生物が顔を出した。

 爬虫類のような頭に、長い首。小さい頃に恐竜図鑑で見たプレシオサウルスにそっくりなそいつは口を大きく開けると「グォォ」と小さく声を上げた。

「ネッ……シー?」

 振り向くと、フェンスの向こうで唖然としている詩安が見えた。

「グォォォォ……!」

「――――ッ!?」

 ネッシーと思しきそいつは、唸り声を上げると、こちらへ首を伸ばして来た。

 コイツ、まさか本当に人間を襲うのか!?

 反射的に顔を守ろうと右腕で顔を覆う。

「久々津君っ!」

 背後で詩安の悲鳴が聞こえた――――その時だった。

「グォォ……」

 ネッシーは小さく唸ると、俺の目の前で首を止めた。

「え……?」

 噛みつかれるかと思っていたのだが、ネッシーはそのまま何もしようとしない。

「お前……」

 よくよく見れば、ネッシーから敵意や悪意は感じ取れない。俺を食おうという威圧感も感じられない。

「……」

 そっと。ネッシーの頭へ手を伸ばしてみる。後ろで詩安が「久々津君!」と叫んでいるが、既に俺の手はネッシーの頭部へ触れていた。

「グォォ……」

 俺がネッシーの頭部に触れても、ネッシーは俺を食おうとするどころか、どこか嬉しそうに見えた。

「もしかしてコイツ、相手してほしかっただけなんじゃないのか?」

「え……?」

「弘人君(仮)の時も多分そうだったんだよ。弘人君(仮)を食おうとしたんじゃなくて、相手してもらおうと思っただけなんじゃないか……?」

 勝手な仮説だが、恐らくこの蝶上湖にはネッシーと同じ種類の生物は一匹もいない。目の前にいるコイツだけなのだろう。それで寂しくて、こうして俺達の前に顔を出した……それだけなんじゃないだろうか。

「そう……かも。よく見ると……かわいいし」

 無害だと判断したらしく、詩安はフェンス越しにしげしげとネッシーを眺めている。

「わ、私も触ってみたい……!」

 詩安の言葉を理解したのかどうか定かではないが、ネッシーはゆっくりと首をフェンスギリギリまで伸ばした。その距離ならフェンスの隙間から伸ばされた詩安の手でも、ネッシーに触れることが出来る。

 そっと……というより、恐る恐るといった感じで、詩安はネッシーの頭部に触れた。

「この子、結構かわいい……」

 詩安は二コリと微笑むと、ネッシーの頭部を軽く撫でた。撫でられたのが嬉しかったのか、ネッシーは「グォォ」と軽く唸りながら、ヒレ? で湖面をパシャパシャと叩いた。

「やっぱコイツ、寂しかっただけっぽいな」

 俺は微笑むと、詩安と同じようにネッシーの頭部を撫でた。

「そうみたいね」

 俺達の会話に加わるかのように、ネッシーはもう一度「グォォ」と唸った。


 しばらく、俺と詩安とネッシーの微笑ましいやり取りが続いた。





 数分程ネッシーと戯れていると、ネッシーは蝶上湖の底へと帰って行った。

 ついついその場の勢いで「また来てやるぞ」と約束してしまったが、まあ週一くらいでなら良いだろう。ついでに餌とかも持って行ってやりたい。詩安もネッシーに会いに行く分には別に夜でも構わないとのことなので、また一緒に来ようと思う。

「よいしょっと」

 フェンスを降り、フェンスの外側に戻ると、俺は「ふぅ」と安堵の溜息を吐いた。

「久々津君、お疲れ様」

「おう」

 二コリと微笑む詩安につられて、俺もニッと笑った。

「さて、帰るとするか」

 携帯を取り出し、時刻を確認すると、二十一時三十四分。思ったより時間を食ってしまった。

「んじゃ、また明日な」

 軽く手を振り、詩安に背を向けて岐路に着こうとした時だった。

「ま、待って」

 ギュッと。俺のTシャツの裾が後ろから握られ、引っ張られる。

「ん?」

 振り返ると、頬を真っ赤に染めた詩安が、うつむいたまま俺のTシャツの裾を握っていた。

「その……えっと……」

「どうした?」

「家まで……送って?」

 思いがけない詩安の要求に、一瞬思考がフリーズする。が、すぐに把握し、嘆息する。

「俺じゃ頼りないんじゃなかったのか?」

「いや……その、それはそう……なんだけど……」

 あくまで「頼りない」だけは訂正しないらしい。

「行きは理安が送ってくれたけど、テレビ見るから帰りは迎えに来ないって……」

 要するに、一人で帰るのは怖いから俺に家まで送ってくれと言いたい訳だ。

 素直に言えば良いのに、散々頼りないなどと俺に対して言った後なので頼み辛いのだろう。

 俺はもう一度嘆息すると、「わかった」と呟いた。

「送ってやるよ。家までくらいなら」

 そう言って微笑んだ途端、先程まで不安そうだった詩安の表情がパッと明るくなる。

「あ……ありがと」

「どういたしまして」

 恥ずかしそうにうつむいて呟く詩安に、俺はそう答えてやった。



 ネッシー事件、解決。

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