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超会!  作者: シクル
19/30

私、キレイ?(調査編)

「ねえボス……。大丈夫かな……」

 不安げに、理安が問う。

「あの二人のこと?」

 資料から目を離さず、ボスがそう答えると、理安は小さく、うんと答えた。

「『口裂け女』って、襲い掛かってくるハズだし……殺されちゃうかも知れないよ……?」

 いつもの陽気な姿からは想像出来ない程、理安は不安げな様子だった。

「なんだかんだで、貴女と詩安、似てるわね」

「……え?」

「心配性なのよ。貴女も詩安も」

 そう言い、ボスはクスリと笑った。

「大丈夫よ。今回は」



 夕方の真っ赤に染まっている。夕日に照らされ、真っ赤に染まった蝶上町――――美しくもあり、怖くもある。

 そんな真っ赤な蝶上町をゆっくりと歩きつつ、俺達は蝶上第一公園へと向かっていた。

 蝶上第三公園、そここそが現在流行中の「口裂け女」多発地帯らしいのだ。

 資料によれば、「口裂け女」は三という数字を好む、という噂があるらしい。蝶上第三公園に多発するのはそれが理由……かも知れない。

「なあ、詩安」

 歩きつつ、詩安に言う。

「なぁに久々津君」

「歩きにくいから、いい加減離れてくれ」

 ベッタリだった。

 それはもうベッタリで、まるでカップルなんじゃないかと勘違いされてしまう程に、詩安はベッタリと俺にくっついていた。若干震えつつ。

 最初の内は大目に見ていたのだが、流石にいい加減歩き辛い。

「えー」

「えー、じゃねえよ!」

「だって怖いじゃない。空飛ぶ傘」

「あくまでそっちが怖いのか!」

「傘飛ぶ空」

「入れ替わってる入れ替わってる!」

「カトラブサソ」

「最早何だよそれは!」



 謎の呪文はさておき、俺達は蝶上第三公園へと到着。「口裂け女」の噂のせいか、公園には俺達しかいなかった。

 何も作られていない砂場は、灰色の砂漠のようで、どこか物寂しかった。ブランコや滑り台も、遊ぶ者がおらず空しく放置されている。

「ここが『口裂け女』多発地帯……か」

 呟き、ベンチの上へゆっくりと座る。するとその隣へ寄り添うように、詩安がベンチへ座った。

「出るの……かな。ホントに」

 不安げに、詩安はそう問うた。

 出ないから安心しろ、そう言ってやりたいのは山々なのだが、そういう訳にはいかない。そもそも、俺達はここへ「口裂け女」を調査するために来た訳だし。

「……さあな。でもこの町は――――」

「蝶上町、よね」

 そう呟き、詩安は嘆息する。

「それにしてもお前、ホントに怖がりだな……」

「……悪かったわね」

 ムッと顔をしかめ、詩安はプイッとそっぽを向く。

「いや、別に悪いとかじゃないんだが……」

「久々津君は……強い人の方が、好き?」

「……え?」

 上手く聞き取れず、俺は聞き返したが、詩安は何でもない、と答えるとまたそっぽを向いてしまった。俺、何か悪いことしたっけ……。

「なあ詩安、お前はどうして超会に?」

「……私が、超会に入った理由?」

 コクリと。詩安の問いに俺は頷いて答える。

「超常現象なんて、基本的に怖いことばっかだってのに……怖がりのお前が超会に入った理由って、一体何なんだ?」

 それは、前から気になっていたことだった。

 極度の怖がりである詩安が、何故超会なんかに入ろうと思ったのか……。俺が詩安なら、超会に入ろうなんて絶対に考えない。怖い思いをするのが目に見えているのに、わざわざ超常現象に関わろうなんて……。

 故に、何か理由があるのだと思う。超常現象へ関わろうとする、その理由が。

「ねえ久々津君。『妖精事件』って知ってる?」

「『妖精事件』……?」

 詩安の言葉を繰り返した俺に、詩安は小さく頷いた。

 ――――妖精事件。聞いたことがない訳ではない。

 今から五年程前に起きた事件で、小学生五人が突如として姿を消し、五日後、一斉に帰って来るという奇妙な事件だ。ニュースで随分と騒がれていたし、彼らが消えていた五日間の新聞は「妖精事件」のことばかり書かれていた。

「五年前に起きた、児童集団失踪事件、それが『妖精事件』」

 そこで一瞬、彼女は険しい表情を見せたが、すぐに言葉を続ける。

「久々津君、この事件が『妖精事件』と呼ばれている理由、わかる?」

「……いや。覚えてない」

 何か理由があったのは覚えているのだが、もう五年も前のことだし、当時の俺は世間を騒がせている事件よりも、テレビゲームに夢中だった。なんて子供らしい。

「何をしていたのかと問うと、帰って来た児童が全員、『妖精と遊んでいた』と答えたことから、この事件は『妖精事件』と呼ばれているの」

「妖精と遊んでいた……って……」

 俺が怪訝そうな表情を見せると、詩安はかぶりを振る。

「結局、原因はわからず仕舞いだったわ。失踪中に見た白昼夢か何かなんじゃないかって、ニュースでは報道されてた」

 でも、と詩安は付け足して、言葉を続ける。

「絶対におかしい。失踪した五人が、五人共同じ白昼夢を見るなんて、絶対にあり得ない。けど、だからって妖精と遊んでいたなんて突飛な話が、真実だとも思えないの」

「その五人の中に、詩安の知り合いでもいるのか?」

 俺がそう問うと、詩安はコクリと頷いた。


「理安よ。あの子は、『妖精事件』の被害者なの」


「――――ッ!?」

 動揺を隠せなかった。

 あの理安が、そんな事件に巻き込まれていたなんて、想像もつかなかった。ただ驚愕に表情を歪める俺の隣で、詩安は嘆息する。

「私が超会にいる理由は、理安が消えた理由を――――『妖精事件』の真相を突き止めるため。理安が超会に入ったのは、面白半分みたいだけどね」

 そう言って、詩安はクスリと笑う。

 ボスと、似ている。勿論、状況は違うのだろうけど、詩安の理由とボスの理由は、よく似ていた。

 失踪した妹。わからない原因。無力への苛立ち。

「詩安、俺で良ければ力に――――」

 言いかけた、その時だった。

 そっと。俺の唇へ詩安の人差し指が乗せられる。

「え……?」

 間抜けな声を上げた俺の顔を真っ直ぐに見、詩安は微笑んだ。

「ありがとう久々津君。気持ちだけで嬉しい……。でもこれは、私が……私の力で解決したいの。どうしても私だけじゃダメそうなら、その時は久々津君の力を貸してくれると嬉しい」

 そう言い、ゆっくりと俺の唇から指を離す。

「……ああ」

 短く答えつつ、唇に残る詩安の指の感触を反芻し、恐らく俺は赤面していた。



 しばしの沈黙の後、俺と詩安は他愛もない雑談で暇を潰した。「口裂け女」が現れる気配はなく、夕日に染まった真っ赤な景色を眺めつつ、俺と詩安は雑談を楽しんだ。

「にしても、現れねえな……『口裂け女』……」

「そうね。爆死したんじゃないかしら」

「何故に爆死!?」

「ライダーキックでもモロに喰らったんじゃないかしら」

「確かにそれだと爆死するだろうけども!」

「仮面ライダー……良い仕事したわね」

「さらっと帰ろうとすんな!」

 ベンチから腰を上げ、帰ろうとする詩安の腕を引っ張る。

「まだ時間もあるし、もう少し待って――――」

 詩安の腕が、小刻みに震えている。冗談などではなく、正真正銘恐怖による震え。

「……詩安?」

 立ち上がり、詩安が凝視する方向へ、俺も視線を向ける。

「――――!」

 と同時に、絶句。

 その視線の先にいるのは、一人の女だった。

 詩安程の長さではないが、長い黒髪。赤いロングコート。そして口元を覆う――――白いマスク。

 直感的に理解する、「口裂け女」が現れたのだ、と。

 ゆっくりと。「口裂け女」は俺と詩安の方へと歩み寄って来る。

 掴んだままの詩安の右腕から伝わる震え。それに呼応するかのように、俺自身も震えていた。あまりの恐怖に、動くことすら出来ずに硬直してしまっている。

 逃げなければならない。彼女の容姿を見れば、「口裂け女」であることは明白。逃げなければならないハズだというのに、恐怖に震える俺と詩安の足は、一向に動き出そうとしない。

 気が付けば、彼女は俺達の目の前まで来ていた。

「あ……あ……」

 言葉にならない声を上げ、詩安はより一層激しく震える。

 彼女の方は、マスクで口元が隠れているため、一切表情が読めない。瞳からも表情を察することが出来ないが、確かに俺達を真っ直ぐに見つめている。

「ねえ」

 マスクの奥から聞こえる、彼女のくぐもった声。

 次の言葉は聞かなくてもわかる。


「私、キレイ?」


 そこで、詩安が声にならない悲鳴を上げた。

「……?」

 だが、俺は、目の前の「口裂け女」に対し、違和感を抱いていた。

 どういうことだ?

「ねえ、キレイ?」

 そう問うてくる彼女――――「口裂け女」の声は、どうしようもなく不安げだったのだ。

 いつの間にか、俺の震えは止まっていた。

「アンタ……」

 彼女に声をかけ、そっとそのマスクへ手をかける。

「く、久々津君っ!?」

 隣で、詩安は素っ頓狂な声を上げる。それには答えず、俺はそのまま一気にマスクを引き剥がす。

「あ――――」

 短く、彼女は声を上げた。


 彼女の口は、耳まで裂けていた。


 紛れもない、「口裂け女」だ。しかし、彼女の様子はおかしかった。

「あ、ああ……」

 今にも泣き出しそうな表情で、彼女は懸命に両手で裂けた口を隠す。しかし、彼女の小さな両手で、耳まで裂けた口が隠れ切る訳もなく。

「返……して」

 泣きそうな声で、俺の右手にあるマスクへ、彼女は右手を伸ばす。

「え……?」

 先程まで震えていた詩安も、彼女の異変に気づいたらしく、短く驚愕の声を上げる。

「そういうことか」

 人の思いは、存在を変質させる力がある。

 前に、インキュバスと名乗る男が言った言葉。

 彼女――――「口裂け女」もそういうパターンだ。

「アンタは、『口裂け女』なんかじゃない」

 そう、俺は言い放った。

「久々津君、それって……どういうこと?」

 落ち着きを取り戻した詩安が、俺に問う。

「彼女は多分、普通の……女性の霊だ。ただマスクを付けているだけのね」

「それじゃあ、何で口が裂けて……」

「人の思いは、存在を変質させる。彼女もその一例ってことだ」

 ただ、マスクを付けているだけの女性の霊。その姿はあまりに「口裂け女」にそっくりで、たまたま「口裂け女」の噂が広まっているこの時期に目撃され、彼女の存在は「口裂け女」として広まった。それ故に、彼女という存在は変質した。「口裂け女」として、口が耳まで裂けた化け物として、変質したのだ。

 ――――私、キレイ?

 どうしようもなく不安げなあの言葉。

「綺麗だよ」

 優しく、そう告げた。

「口元を隠す必要なんてない。アンタの口は、裂けてなんかないんだ」

「裂けて……ない……?」

 呆気に取られたような表情で、彼女は問うた。それに、俺はコクリと頷く。

 恐る恐る、彼女は自分の頬へ手をやった。彼女が触れたのは、口ではなく、「頬」。


 ――――彼女の口は、裂けていない。


「あ……」

 驚嘆の声を上げ、彼女は俺を凝視する。

「ありがとう」

 そう一言告げ、彼女は俺へ抱き付いた。けれど彼女の両腕が、俺の背中に回されることはなかった。まるで霧のように、彼女の姿は消えて行く。

 消える寸前、彼女が俺に見せた表情は――――


 驚く程に、キレイだった。



 あれから、「口裂け女」の噂を聞くことはなかった。

 彼女が成仏したためか、それとも、単に飽きてしまったのか。それを判断する術はないが、あんな噂はもう、広まらなくて良い。

「で、ボスはわかってて俺と詩安を行かせたんですね?」

 俺の問いに、ボスは微笑する。

「少し前に……蝶上町である女優がなくなったわ。マスクを付けた状態でね」

 そう言って、ボスは俺へ昔の新聞記事を手渡す。掲載されている写真に写っているのは、紛れもなく彼女だった。

「彼女、初主演のドラマの撮影日の前日に亡くなったのよ。ドラマの撮影のために、マスクを付けて風邪対策、ロングコートで防寒対策をして、ね。でも、彼女は交通事故で運悪く命を落とした……」

「その女優の霊が、彼女だった訳ですね」

 コクリと。ボスは頷く。

「それにしても抱き付かれるなんて……。久々津君はモテまくりね」

「モテまくりって……。彼女一人に抱き付かれただけですし……」

 そう言った俺を見、ボスは含み笑いをすると、詩安と理安の方へ視線を向ける。

「お姉ちゃんこれ見てー!」

 理安が詩安に差し出したのは、ホラー映画のDVDのパッケージ。

「ちょっと! やめてよ理安!」

 それに怯え、詩安は机の下へ潜り込んだ。

 克服……出来てないな結局。

「いいえ、久々津君はモテまくりよ。気付かない方が面白いかも知れないわね」

 クスリと。ボスは再度微笑した。



 口裂け女事件、解決。

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