私、キレイ?(会議編)
超常現象解決委員会活動報告№045
記録者:久々津弘人
どうも、弘人です。
今回の件、「口裂け女」に関する報告。
物騒な情報が大量にあるモンだから、口裂け女自身も相当物騒な奴だと思ってたんだが……。どうやらそれは俺達の偏見だったらしい。
やはり人や物を、偏見で見るのはあまり良いことじゃないらしい。今回の「口裂け女」の件なんか、良い教訓だよ全く……。
とりあえず、一応は解決して良かった。
少し前の「鈴鳴らし」も今回の「口裂け女」と似たようなパターンだったな……。
それにしても、今回の「口裂け女」、どうにも流行った理由がわからない。あまりにも突発的過ぎるし、色々調べたところで要因となったような事件やテレビ番組、小説も漫画も見当たらなかった。
それに、三十年前に流行ったのと全く同じってのも何か引っかかる……。普通、これだけ年数が経てば、追加要素やら忘れられた部分があっても良いハズなんだが……。それに、何故この蝶上町でだけ?
勘繰り過ぎかも知れないが、この「口裂け女」、誰かが意図的に流した噂のような……そんな気もしてしまう。
まあ、気のせいだろうけど。
これにて、今回の活動報告を終わります。
都市伝説。突拍子もない内容の癖に、妙にリアリティを感じる噂。
テケテケだの、紫鏡だの、トイレの花子さんだの、多種多様な都市伝説が存在する。主に恐怖を伴う怪談染みた物が多く、その話を知ってしまったがために一週間程その恐怖に苛まされる羽目になる場合も多い。
そんな都市伝説が、たっぷり詰まった一冊、それが「都市伝説辞典 決定版」……今詩安が机の上に置き、ジッと睨んでいる本である。
「なあ、詩安……何やってんだ?」
いつもの超会本部。理安は楽しそうにゲームを、シロはうまそうにスナック菓子を食べ、ボスはジッと何かの資料を眺めている。そんな中、詩安は「都市伝説辞典 決定版」を机の上に置き、ジッと睨みつけている。正直、何がしたいのかわからない。
「久々津君」
詩安は「都市伝説辞典 決定版」から目を離し、俺の方へと視線を移す。
「私、決めたわ」
「……何を?」
ゆっくりと立ち上がり、詩安は身体を俺の方へ向けると、右人差し指でビシッと俺を指差す。
「私、怖がりを克服するわ!」
いや、無理だろ。
詩安が机の上に置いている本、「都市伝説辞典 決定版」は理安に借りたものらしい。
表紙を見たくないのか、裏返しに置かれている。
「お前が怖がりを克服するなんて、一体どういう吹き回しだよ?」
「とある作品の主人公だって、浮遊霊の男の子と戦いを共にする内、どういう訳か怖がりを克服して、日本刀片手に悪霊とガチバトル出来るようになったんだから、私にも出来るわ!」
「ごめん。俺その作品知らない」
詩安は腰を降ろし、机の上に置いてある「都市伝説辞典 決定版」を手に取ると、おもむろにその本を開く。それから、数十秒。詩安は勢いよく本を閉じると、机の上にそっと置き、机の下に蹲って震え始めた。
「って全然ダメじゃねえか!」
「あら、何を言っているの? 私は少しも怯えていないわ」
「口調だけ平常と同じだな、おい! だが行動が伴ってねえ!」
「南米では、この動作を勇気の印と言うらしいわ」
「言わねえよ! その動作は世界共通で怯えの動作だ!」
「無恥って辛いわね」
「漢字が違うだろそれは! 俺が羞恥心ないみたいになってんじゃねえか!」
「ムヒって辛いわね」
「何が!?」
「ムヒ、ムヒ目ムヒ科の久々津弘人族に分類される昆虫っぽい物体の総称よ。名前の由来は『無知な弘人』、略してムヒとなったそうよ」
「珍生物だな!」
「貴方のことよ」
「失礼にも程があるだろ!」
「ええ、昆虫に失礼ね」
「昆虫にも失礼だが、何より俺に失礼だ!」
「そうなの!?」
「そんなに驚くこと!?」
「スタンドも月までぶっ飛ぶ衝撃ね」
「月までぶっ飛んでんのはお前の頭だー!」
閑話休題。
「それで、何で急に克服する気になったんだ?」
俺が問うと、詩安はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに瞳を輝かせる。机の下で蹲ったまま。
出てこいよ。
「最近、『口裂け女』が噂になってるじゃない?」
「ああ、なってるなそういや」
「ええ、新聞でも隅の方に『競歩の再来』とか書いてあるでしょう?」
「書いてねえよ。別に競歩はブームにもなってねえし衰退もしてねえよ」
恐怖の再来、な。
「にしても、『口裂け女』なんて何年前のブームだよ……。多分俺達が生まれる前のブームだぜ?」
「そうだねー。日本なら三十年前の話だね」
携帯ゲーム機の電源を切り、こちらへ視線を向けて理安が言う。
「日本なら?」
「うん。何も『口裂け女』は日本だけの物じゃないんだよ」
そう言って理安は、机の上に置かれている「都市伝説辞典 決定版」へ手を伸ばす。その際、理安は平然と表紙を表にしたため、それを見た詩安が肩をびくつかせる。
ちなみに表紙に移っているのは不気味なアンティーク人形だ。俺でもちょっと怖い。
理安は「都市伝説辞典 決定版」を開き、パラパラとページをめくり始める。それから数秒と経たない内に、あった! と声を上げ、あるページを俺と詩安に見せた。
「韓国版、『口裂け女』だよ」
どうやらそのページは、「口裂け女」の話の後の一口コラムみたいなページらしく、見出しには「韓国にもあった! 口裂け女!」と大き目に書かれている。
それによると、「口裂け女」が韓国で流行ったのは、なんと二〇〇四年。二一世紀になってからのようなのだ。
時期が違うだけで、後は特に変わらない。ただ呼称が「赤いマスク」に変わっているくらいのものだ。
「なるほどね……。どこの国にもあるんだな、こういう話は」
「皆好きなんだよ、こういうの」
そう言って笑う理安に目で合図し、二人で詩安の方へ視線を移す。
先程までは机の下に隠れていたのだが、今は押し入れの中に隠れ、戸の隙間からこちらを見ている。お前が怖ぇよ。
「私、おとないさんだから」
「それ、自分で言ってて怖くないか?」
「――――っ!」
怖かったらしい。っつかお前読んでたんだな「ぬ~べ~」。
慌てて押し入れから飛び出た詩安はさておき、俺と理安は「口裂け女」の話を続けることにした。
「『口裂け女』と言えば、マスクを付けたコートの女だよな」
「うーん。その辺はすごく曖昧だからねえ。真っ白な服を着てたり、真っ赤な服だったり、薄汚い格好だったり……。傘をさしてて、その傘で空を飛ぶってのもあるね」
「傘が凄いのか『口裂け女』が凄いのか判断しかねるな」
「噂なんて、いつもこんなだよ」
そう言って、理安は肩をすくめて見せた。そのすぐ傍で、詩安は御多聞に洩れずブルブルと震えている。
「傘で……飛ぶ……!?」
「そこ怖がるとこ!?」
「だって、それ……意味わかんない……」
「いや、まあ意味はわからんが……」
確かに、理解不能の恐怖っていうのはある。
個人的にはコ○ミから発売されているホラーゲーム「SILENT HILL」のクリーチャーなんかがそうだろう。
「対処方法も山程あるよね」
理安の言葉に、俺はコクリと頷く。
「有名なので言えば、『ポマード』と三回唱えるとか、べっこう飴を渡すと足止め出来るとかだよな」
「うんうん。べっこう飴だと、夢中になって食べるから足止め出来るってのもあれば、べっこう飴が嫌いだから投げつけると怯むってのもあるんだよ」
「どっちだよ……」
「まあ、べっこう飴が『口裂け女』の対処法になるってのはどっちも同じだよね」
何でべっこう飴なんだろうな。
「おいしい」
気が付けば、俺の隣でシロがペロペロとべっこう飴を舐めている。何かかわいいな、おい。
「シロちゃん……。べっこう飴、一つくれない?」
対策早ぇな詩安。どんだけ怖いんだよ。
「嫌」
そして即答するシロ。
「ほら、今度シュークリーム買ってきてあげるから」
「……」
しばらく沈黙した後、シロはコクリと頷くと、べっこう飴を詩安へ差し出した。
買収されるの早ッ!
えらく安心した様子で、詩安はシロにもらったべっこう飴をポケットの中に丁寧に入れる。そんなに怖いか……。
「詩安、その様子だと怖がり克服は無理な話だな……」
「そ、そんなことないわ……」
「ポマードポマードポマード」
ダッシュで詩安が押し入れに逃げ込んだ。
いや、何でお前が逃げるんだよ。
「わ、私、キレイ?」
「ボケる元気はあるんだな!」
「うん、綺麗だよ!(裏声)」
「自分で言うなよ!」
「声が、遅れて、聞こえてくるよ」
「聞こえてこねえよ! 至って普通だよ!」
そんなやり取りをしていると、先程まで資料を見ていたボスが、不意にこちらへ視線を移す。
「詩安。怖がりを克服するなら、良い方法があるわよ」
「え……?」
押し入れの中から這い出し、詩安はボスの方へ視線を向ける。
「調査に行けば良いのよ」
「調査って……何の?」
恐る恐る、詩安が問う。流れ的に何の調査かはわかり切ってるんだがな。
「『口裂け女』の調査に行けば良いのよ!」
「嫌です」
即答で断りやがった。
「いいえ、詩安で決まりよ。二人目は適当に決めなさい」
「え、いや、でも……ボスぅ……」
「怖がり、克服するんでしょう?」
弱々しく声を上げる詩安に、ボスは諭すようにそう言った。言い返せず、詩安は黙り込む。
「じゃあ……」
ゆっくりと。詩安は俺へと視線を向ける……って、え? 俺?
「久々津君、特別に付き合わせてあげるわ」
「何で上から目線なんだよ!」
「ごめんなさい付いて来て下さい怖いんです」
「妙に素直だ!」
仕方ない。そう呟き、俺はポリポリと後頭部をかく。
「報告もあったし、『口裂け女』の多発地帯は調査済みよ。行ってらっしゃい。丁度今、蝶上町で目撃証言の多い時刻よ」
そう言われ、窓の外を見てみれば景色は夕日で真っ赤に染まっていた。
赤い時間。「口裂け女」、別名「赤いマスク」ねえ……。ピッタリと言えばピッタリだな。
「さ、さあ……行くわよ、久々津君!」
「……とりあえず、机の下から出てこい。話はそれからだ」
随分と先が思いやられるな……。
詩安と弘人が出て行った後、理安は妙にムスッとした表情で座っていた。
「理安、どうしたの?」
「お姉ちゃんばっかりひろっちと……。こないだも二人だけで何か話してたらしいし……」
そう言ってそっぽを向いた理安を見、鞘子はクスリと笑った。
「そういう時期なのね」
「ボスはもう過ぎたんだよね?」
数秒後、そこには泣いて鞘子へ謝る理安の姿が……。
調査編へ続く。