鬼が来る(後編)
「帰れよ」
ピシャリと。花霧家の玄関で、少年――――花霧は俺達に言い放った。
俺は嘆息し、美耶は隣であたふたしている。何で中学生相手にあたふたしてんだろうねお前は。
正に不良。といった風貌の少年だった。髪質の悪い、黒の混じった金髪。耳にはピアスが数個。ポケットに手を突っ込んだまま、火の付いた煙草を咥え、花霧はこちらをギロリと睨みつけている。
「こ、こら! ちゅ、中学生が……た、煙草なんてっ!」
明らかに震えながら、美耶は花霧の煙草を指差す。が、花霧はこちらを睨むだけで、煙草を取ろうとはしない。
「ほ、ほら……弘明さんも何か言って下さいよ……!」
いや、何を言えと。
この類の不良は、どの道何を言っても聞きやしない。前に一度、コンビニの前にたむろしている高校生達に注意したところ、アンタには関係ねえだろとボコられる寸前まで迫られたことがある。無論、逃げたが。
「煙草は、ともかく。この家に、般若の面は置かれていたんだな?」
俺が問うと、花霧はぶっきらぼうにああ、と答えた。
「関係ねえよ。お袋はビビっちまって、今サツ呼んでるけどな」
「……何で、今なんですか? 呼ぶなら、面を見つけてすぐに呼ぶべきです」
訝しげに美耶が問う。
「お袋、看護師とバイトを掛け持ちでやってんだよ。昨日は夜勤で、その後そのままバイトに出たからな、帰ったのはついさっきなんだ……っつか」
嘆息し、花霧は俺達の持っている荷物へ視線を移す。
「何で泊まる気満々なんだよアンタら!」
「般若さんはいつ現れるかわかりません! 貴方を守るためには、泊まり込むのが一番です!」
「いや、サツ来っから! アンタらいなくても大丈夫だから!」
「警察は信用出来ません」
「何を根拠に!?」
「私の友達の美香ちゃんより信用出来ません!」
「知らねえよ! 誰だよ美香ちゃんって!」
「私の高校時代の友達で、貸したお金を返さないことで有名です。でも、根は良い子ですよ」
「アンタの友達の話なんて聞いたとこでどうしようもねえよ! いいから帰ってくれ!」
「お断りします! 花霧君は、私が必ず守って見せます! この鬼の手で!」
「ないだろ鬼の手! そういう嘘吐くならせめて左手に黒い手袋はめてくるぐらいしろよ!」
「霊障で、私の左手は見えないんですよ」
「見えてるよ! 左手が見えないんじゃなくて、お前が周りを見れてねえよ!」
「さあ、私を信じて!」
「信じれるかー!」
花霧、優秀なツッコミ御苦労。
美耶と花霧が阿呆な掛け合いをしている間に、花霧の母が登場。こちらの事情を話したところ、快く了承してくれた。花霧は不服そうだったが、不良の割には母の言葉に反論はしなかった。
俺と美耶が花霧家にあがるとほぼ同時に、花霧家に警察が到着。花霧と花霧の母はしばらく事情聴取を受け、警察は花霧家の周囲で警備を始めた。
その後、俺と美耶は花霧家で夕食を振舞われた。とは言っても、スーパーで買った総菜ばかりだったが……。仕事で忙しいため、夕食を作っている余裕などないのだろう。申し訳なさを感じているらしく、花霧の母は俺達に対して頻りに謝っていた。
一応持ってきていた差し入れを花霧母へ渡し、俺と美耶、そして花霧は花霧の部屋へと向かった。
花霧の部屋は意外に整理整頓されていた。部屋の中で最も幅を取っているであろうベッドの上は、物が散乱している訳でもシーツが乱れている訳でもない。それどころか、まるでホテルか何かのベッドじゃないかと思う程、綺麗にベッドメイクされている。
机の上も同様で、勉強しているような気配はないものの、ガラス製の机は綺麗に磨かれており、顔が映る程だった。部屋の中に余分な物はなく、前述したベッドとガラス、新品同様の教科書やノート(使っていないためだろう)と漫画や雑誌(大半を占めている)が収められた本棚、そして本棚の上にはコンポが設置されている。制服等は恐らくベッドの横のクローゼットに収められているのだろう。
「うわぁ、綺麗ですねえ……」
部屋を見渡し、美耶が驚嘆の声を上げると、花霧は照れくさそうにまあな、と答えた。
「散らかってんのは嫌いなんだ……。別に大したことじゃねえよ」
「いいや、大したことだ」
俺がそう言うと、花霧はそうか? と首を傾げた。
「ああ。美耶の部屋なんか酷いぞ。そこら中に服や雑誌が散乱している上、こないだなんてゴキブ――――」
後頭部を思い切りどつかれた。
物理的な頭痛に、頭をさすりつつ俺は机の傍に座る。その横にちょこんと美耶が座り、花霧はベッドの上に腰掛けた。
時刻はまだ十九時七分。何十回もUNOが出来る程持て余している。
「っつか、アンタらどこで寝るんだ? ベッドには入れねえぞ」
「ああ、その点は心配ない。寝袋を用意している」
そう言い、俺と美耶はバッグから折り畳まれた寝袋を取り出し、花霧に見せる。花霧は嘆息し、用意周到だな、と呟いた。
「あの、一応聞くんですけど……花霧君って、不良ですよね?」
美耶が問うと、花霧は小さく頷いた。
「それがどうかしたかよ?」
「不良っぽくないです」
「何そのダメ出し!」
「もっとこう……不良ならリーゼントとスタンドでしょう」
「東方仗助!?」
「もしくは帽子と一体化した髪型とスタンドです」
「空条承太郎!?」
「もういっそギャングスターとか目指せば良いです。チョココロネみたいな髪型で」
「ジョルノ・ジョバーナ!?」
「あ、一回死んで生き返る、霊丸撃てるタイプの不良もアリです」
「浦飯幽助!? 何で作品変わんだよ! ジョジョで通せよ最後まで!」
ああ、俺いないくても安心だぁ。
花霧の優秀なツッコミスキルに驚かされつつ、俺達は無駄に余っている時間を三人で過ごした。最初の内はぶっきらぼうだった花霧も、次第に俺達と打ち解けていった。花霧の母は、花霧のことが相当心配らしく、三十分おきくらいで様子を見に来る。
「お前、大事にされてるんだな」
「……別に。アイツは心配し過ぎなだけだ」
俺の言葉に、花霧はそっぽを向いてそう答えた。
「でも、私が花霧君のお母さんなら、同じようにしたと思います……。だって、自分の息子が殺人鬼に狙われてるんですよ?」
「サツも来てるし、アンタらも来てる。安心して良いと思うんだがな」
そう言った花霧に、俺はニコリと微笑みかけた。
「やっと俺達を信じてくれる気になったか」
「な……!」
花霧はしまった! といった様子で顔をしかめたが、すぐに表情を緩めると、そうかもな、と呟いた。
「それにしても……誰だよ、勝手にアンタらのとこへ般若さんのこと報告したのは……」
「確かにそうですね……。花霧君本人ではなさそうですし、お母さんはさっき帰って来たんですよね?」
美耶の問いに、花霧がコクリと頷いた時だった。
ガチャリと。ドアが開かれる。
「超常現象解決委員会に連絡して下さったのは、隣の佐藤さんよ」
現れたのは、花霧の母だった。どうやら俺達に差し入れを持ってきてくれたらしく、お盆にお茶と饅頭を人数分乗せている。恐らく、スーパーで買った物。
「佐藤おばさんか……。何で勝手に……」
「みんな、貴方を心配してくれているのよ」
そう言って、花霧の母はお盆を机の上に置いた。
「だから不良なんてやめて、真っ当に暮らしなさい」
真っ直ぐに、花霧の目を見て花霧の母はそう告げた。花霧はやりにくそうな表情で、考えとくよ、と答えた。それを聞き、満足したのか花霧の母はニコリと微笑み、俺達に今晩はよろしくお願いします、と告げて部屋を後にした。
「お母さんとは、仲が悪い訳じゃないんですね」
美耶がそう言って微笑むと、花霧はコクリと頷いた。
「仲が悪いどころか、俺はお袋に感謝してんだよ。俺のことを考えて、再婚もせずに女手一つでここまで育ててくれてんだ……。いつか、恩返ししねえとな」
「だったら、不良はさっさとやめろよな。お母さん心配させてんじゃねえよ」
「それも、そうなんだけどな……」
花霧はそう言うと、本棚から一冊、コミックスを取り出し、机の上に置いた。
「……ク○―ズ……?」
ああ、なんかオチ見えた。
「俺、こういう風になりたくて……」
「不良やめろ、今すぐに」
「……はい」
馬鹿だこの子。
花霧が不良になったのはつい最近。クロー○を購入してからだと言う。煙草は道端で拾った物を吸っていたようだ。
つまり、花霧は別に生粋の不良って訳じゃない。むしろ、元々真面目な子だそうだ。
「でも、花霧君が不良じゃないなら、どうして般若さんは花霧君を狙ったのでしょう……」
「さあな。資料によると、般若さんもわりと適当に選んでるっぽいぜ。不良って程じゃないのに、ちょっと素行が悪いだけで殺されてる子もいたしな」
俺がそう言うと、美耶は顔をしかめた。般若さんに腹を立てているのだろう。
彼女、美耶は子供が好きだ。それ故、現在は蝶上保育園で保育士として働いている。子供に人気の素敵なお姉さん(自称)らしい。やる気もないのに大学へ通い続ける俺より、よっぽど偉い。
だからだろう。彼女が般若さんへ腹を立てるのは。将来有望な子供を、不良とは言え惨殺する般若さんのことが、許せないのだ。
「美耶、心配するな。般若さんは俺達が捕まえる……そうだろ?」
「……そうですね」
そう言って、美耶はコクリと頷いた。
それからしばらく、俺達を雑談をしながら時を過ごした。これが思いの外盛り上がり、時間も忘れて話し込んでしまっていた。気が付けば日付は変わっており、いつの間にか花霧は眠ってしまっていた。
「おい美耶。花霧、寝ちまったぞ」
隣にいる美耶へそう声をかけたが、返事がない。まさかと思って美耶の方へ視線を移すと……
「……やっぱりか」
俺のかたへもたれかかり、すぅすぅと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「まあ、良いか」
このまま、美耶にもたれかかられているのも悪くはない。
しかし、暇だ。美耶も花霧も眠ってしまっては、話す相手がいない。暇潰し用のゲームをバッグから取り出そうと思ったが、下手に動けば美耶を起こしてしまいかねない。こんなに気持ち良さそうに寝ているのに、起こしてしまうのは何だか忍びない。
特にすることもなく、ボーっとしていると、いつの間にかウトウトしてきた。どうやら昨日深夜までゲームをしていたのが祟ったらしい。
しばらく夢と現の間を行き来し、眠るまいと必死に気張ったが、徐々に俺の意識は薄れていく。
寝てしまっては、般若さんが来ても花霧を守れない。
必死に耐えたが、いつの間にか俺は意識を失っていた。
ゆっくりと。閉じられていた目を開ける。
電気が点いていたハズなのに、花霧の部屋はどういう訳か真っ暗だった。
「花霧!」
すぐに、ベッドに横たわっている(ハズの)花霧へ視線を移す。
「……良かった」
ベッドでは、俺が眠ってしまう前と変わらず花霧が寝息を立てていた。無論、隣では美耶が俺にもたれかかったまま眠っている。
携帯で時刻を確認すると、三時二十分。結構寝てしまっていたらしい。花霧が無事だったことに安堵の溜息を吐き、ふと一つの疑問を感じる。
美耶も花霧も、移動したような様子はない。では誰が電気を消したのか……。
恐らく、花霧の母だろう。
本当に、花霧の母か?
花霧を心配している花霧の母なら、眠ってしまっている俺と美耶を何故起こさない? 起こさないにしても、彼女ならこの部屋で、俺と美耶の代わりに花霧を守ろうとするハズだ。どちらにせよ、花霧の母が、俺と美耶が眠っていることを気にしないのはおかしい。
じゃあ、誰が――――
そこまで考えた時だった。
ギシリと。階段の軋む音がする。
「――――ッ!?」
もう一つ、ギシリ。階段の軋む音。ゆっくりと、誰かが、階段を上っている。
花霧の母か? それとも警察? 否、ゆっくりと階段を上る必要性が皆無だ。普通に上れば良い。
ギシリ。また一段、階段を上る音。
侵入者? それも否、警察は家の周囲を警備しているのだ。そう簡単に侵入出来るハズがない。
ギシリ。更にもう一段。
『……が……に…………か』
下から、低い声が聞こえる。上手く聞き取れない。
ギシリ。もう一段。
『き……な…………に……のか』
そしてギシリ。階段を上る音。
胸に手を当てると、これでもかと言う程脈打っている心臓の鼓動。バクバクと、まるで長距離そうでもした後かのように、激しく脈打っている。
『…………かお……………………のか』
低い、まるで地の底から這い上がるような声。そしてさらに、ギシリ。
「嘘……だろ……」
ギシリ。今度は、声は聞こえない。
ここの階段が、何段だったかなんて覚えていない。しかし既に八段、ソレは階段を上っている。
ギシリ。九段目。
ギシリ。十段目。
ギシリ。十一段目。
ギシリ。十二段目。
そして、ギシリ。十三段目。
そこでピタリと。階段の軋む音は止まった。
気が付けば俺は目を閉じてしまっていた。
心配はない。花霧の母が来ただけだ。と、そう何度も言い聞かせる。だが本当はわかっている。花霧の母ではないと。
先程から、音が一切聞こえない。階段の軋む音も、地の底から這い上がるような声も、先程から聞こえてこない。
幻聴だったのだろうか。
嘆息し、ゆっくりと目を開ける。
「綺麗な顔がそんなに偉いのかッ!」
俺の目の前に、そいつは立っていた。
般若の面で顔を隠し、和服を着た男性。手には――――鉈。
「般……若……さ、ん……?」
まるで般若の面が、暗闇の中で浮いているかのようだった。暗闇に浮いた般若の面が、こちらをジッと見ているのだ。
驚愕と恐怖で声も出せない。手足はガクガクと震え、額にはジットリと厭な汗が浮かんでいる。
家の周囲は警察が警備している。そう簡単に入れるハズがないし、入ったとすれば警察も気付くハズだ。一体コイツは、どうやって家の中に入ったんだ……?
答えは簡単。コイツが――――超常現象だからだ。
そこまで考え、ハッと花霧のことを思い出す。まずい、般若さんの狙いは花霧だ。
般若さんは、ゆっくりとベッドに横たわる花霧の方を向く。
「花霧ッ!」
咄嗟に俺が叫ぶと、花霧はビクンと身体をびくつかせて目を覚ます。隣で美耶も、同じように目を覚ました。
「え、工藤さん……一体……?」
そこまで言いかけ、美耶は目の前に立っている般若さんの存在に気が付き、息を飲んだ。
花霧の方も般若さんに気が付いたらしく、般若さんの方を凝視して震えている。
「美耶! 花霧を連れて逃げろ!」
「え……でも……!」
美耶が躊躇している内に、般若さんは鉈を振り上げてゆっくりと花霧の方へ歩いて行く。
「う、うわ……!」
花霧は完全に怯えきっており、ベッドの上で後退りする。が、すぐにドンと壁にぶつかる。
「美耶!」
俺が再度名を叫ぶと、美耶は意を決したかのようにコクリと頷き、すぐに立ち上がって花霧の方へ駆け寄って行く。しかし、般若さんは既に目の前まで来ている。
「……クソッ」
悪態を吐き、俺は素早く横から般若さんへ突進する。
「――――ッ」
不意打ちだったらしく、般若さんはその場でよろめいた。
「美耶ッ! 早く!」
「で、でも……工藤さんはっ!」
こんな状況で、俺の心配なんかしてんじゃねえ!
「俺はコイツを何とかしてから行く! お前は早く、花霧と花霧の母さん連れて外へ逃げろ! 警察に保護してもらえばなんとかなる!」
俺が語気を荒げると、美耶は泣きそうな表情でコクリと頷き、花霧を連れて部屋の外へと飛び出した。
それに気が付き、般若さんは美耶達を追いかけようとしたが、すぐに俺は般若さんを突き飛ばし、それを阻止する。
「行かせねえ!」
突き飛ばしたところで、般若さんは別に倒れた訳ではない。般若さんは鉈を振り上げたまま、こちらへと身体を向けた。どうやら、今度の標的は俺らしい。
「……そうだよ。お前の相手は俺だ」
ああ、死んだな。と、理解した。
コイツ相手に、俺なんかが勝てる訳がねえ。惰性で続けてた空手なんざ、コイツに通用するハズがねえ。
――――ねえ、そういえば、美耶さんとは付き合ってるの?
脳裏を過る、詩安の言葉。ああ、お前の言う通りなら良かったなぁ……。
多分俺は、告白出来ないままここで死ぬ。般若さんの手によって。
ごめん、みんな。俺はここで退場だ。
「綺麗な顔がそんなに偉いのかッ!」
相次ぐ般若さん事件。
深夜三時三十三分、蝶上町花野区にある、花霧家にて般若さん(仮)の手によるものと思われる殺人事件が発生。
顔が剥がされ、判断は困難だったが、遺体の身元は工藤弘明十九歳の物であることが判明。
犯行予告を受けていたのは、花霧家に住む少年、花霧啓太だったが、花霧啓太は現場にいた日比野美耶と共に現場から逃走。その後、周囲で警備をしていた警察に連絡し、現在に至る。
今後も般若さん(仮)の被害者を減らすため、警察側は全力で捜査するとのこと。
後日、日比野美耶は超常現象解決委員会を脱会。
語り終えて、詩安は悲しそうな表情をしていた。否、語っている時からだ。
しばしの沈黙。
重苦しい沈黙に耐え切れず、俺は口を開いた。
「その工藤って人は、般若さんに……」
「ええ……」
震えていた。机の上に置かれた詩安の手は、小刻みに震えていた。無理もない。ただでさえ臆病なのに、こんな話を俺にしてくれたのだ。恐怖しないハズがない。
「お前……大丈夫か?」
詩安にこんな思いをさせるくらいなら、聞くんじゃなかった。そう思ってしまう。
そもそも事の発端は、珍しく超会に俺と詩安しか来ていなかったので、暇つぶしに活動報告を見ていた時のことだった。
俺が来る前のページが、一部破り取られていた。そのことについて詩安に質問したところ、この話になったのだ。
これが――――般若さん事件。
ボスも、理安も、シロも、口を閉ざしたあの事件。
「大丈……夫」
「大丈夫じゃなさそうだぞ! 病院、行くか!?」
しかし詩安は、首を横に振った。
「……怖いの」
ああ、怖いだろうな。そんな話、お前じゃなくても怖い。なのに何で……何で無理してまで俺に……。
「般若さんも怖いけど……超常現象で……人が死ぬなんて知ったら……」
顔をうつむかせ、嗚咽混じりに、詩安は言葉を紡いでいく。それを黙って、俺は聞いていた。
「久々津君が……久々津君が、超会からいなくなっちゃうかもって……っ!」
――――理安も、お姉ちゃんも、ボスも……勿論シロだって、ひろっちのこと、大切に思ってる。
理安の言葉が、脳裏を過った。
ああ、そうか。だからみんなは、般若さんの話を俺にしたくなかったんだ。
怖がらせたくない、超会を、抜けてほしくない。そんな思いで、みんなは口を閉ざしていた。
「でも……隠しごとをしてるのは……嫌で……っ」
それで詩安は、俺にこのことを話そうとしてくれていたんだ。仲間だからこそ、知っておいてほしいと、そう思ってくれていたんだ。
「ありがとう、詩安」
ゆっくりと。詩安は顔を上げた。その顔は、普段の彼女からは想像も出来ない程涙に濡れていた。気丈な彼女が、恐怖以外でこんなにも感情を露にしている姿を、俺は初めて見た。
そんなに、大切に思ってくれていた。
俺がみんなを必要としているように、みんなも俺を……必要としてくれている。
「俺は――――どこにもいかない。俺がこの蝶上町にいる限り、俺は超常現象解決委員会……超会の、メンバーだ」
そうだ。どこにもいかない。俺の居場所は、ここだ。ここなんだ。他のどこでもない、超会こそが、俺の居場所なんだ。
だから――――どこにもいかない。
「……て……くれるの?」
涙を拭いながら、詩安は問うた。
「超会に、いてくれるの?」
なんて当たり前のことを聞くんだろう。
答えは、決まっている。
「当然だろ」
俺は、ここにいるから。
「久々津君っ!」
勢いよく、詩安は俺に飛びついて来た。驚いたし、恥ずかしかったが……今は、このままで良い。
俺の胸の中で泣く詩安の後ろ頭を、そっと右手で撫でた。
俺達の悩み、解決。