鬼が来る(前編)
超常現象解決委員会活動報告№
記録者: ここから先は破り取られていて、読むことが出来ない。
超常現象解決委員会――――通称、超会。蝶上町で頻繁に起こる超常現象を解決するために発足した会で、その主な活動は文字通り、超常現象の解決。
どういう訳か、ここ蝶上町では超常現象が頻繁に起こるのだ。
ボスである藤堂鞘子を中心に、この超会という団体は、日々超常現象の解決のため、蝶上町内を走り回っているのだ……と言いたいところなのだが、実際のところ、本部に集まってグダグダと駄弁ってばかりだ。まあ、平和なのは良い事なんだけどな。
「こんちわー」
ガチャリと。超会本部のドアを開ける。いつものように、畳の臭いが鼻の中へと広がっていく。別に良い臭いって訳じゃないが、悪い臭いでもないので、あまり気にせず中へと入って行き、いつもの位置へゆっくりと座る。
既に詩安と理安は到着しており、詩安は鏡を見ながら髪の手入れ、理安は携帯ゲーム機で何やらガチャガチャとやっている。新しいゲームでも買ったのだろうか。
「あ、ひろっち」
俺の視線に気づいたのか、理安は一旦ゲームをやめ、こちらへ視線を移す。
「よぅ理安。今日もゲームか?」
「うん。理安は果てなき夢を追う探究者だからね!」
「ただのゲーマーだろそれは!」
「理安の指さばきはきっと社会で役に立つよ!」
「立たねえよ! せいぜい役に立ってもテストプレイくらいのモンだ!」
「役に立つじゃん!」
「屁理屈だー!」
ニコリと。理安は笑って見せた。やっぱり理安、俺につっこませて楽しんでるだけだ……。
「あら、今日は早いのね」
髪を整えながら、チラリとこちらを詩安が見る。
「ああ。まあな」
「まあ、当然ね。貴方は私の次の次の次の次の次の(以下略)次に早い人間だものね」
「お前どんだけ早いんだよ!」
「約十六時間で地球を一周出来るわ」
「カイリュー!?」
「ああ、私のタイプ、ドラゴンとひこうだから、こおりタイプの技はやめてね」
「嘘吐け! お前にはドラゴン要素もひこう要素もねえ!」
「空くらい飛べるわよ。一秒未満だけど」
「それジャンプしてるだけじゃねえか!」
「私、年が明ける時空中にいたのよ」
「しょうもないな! ジャンプしてただけだろ!」
「これで風のレガリアは私の物ね!」
「んな訳ねーだろ!」
相変わらずの訳のわからないやり取り。まあ楽しいんだけどな……。
「あれ、そう言えばボスは?」
部屋の中にボスの姿が見えず、問うてみる。
「まだ」
すると、隣でシロが呟くようにそう言った。
「珍しいな。ボスがまだ到着してないなんて」
「〆切」
シロの言葉にだろうな、と答え微笑む。
「女としての〆切も、近い」
「言うな!」
「三十路まっしぐら」
「怒られるぞ!」
「猫まっしぐら」
「カルカン!?」
ボスがいなくて本当に良かった。もしいれば、確実にボスは俺とシロを殺しにかかってきただろう(拳銃で)。
今日は今のところ、事件も何も報告されていないらしく、全員ゆったりと、まるで自宅かのごとく過ごしている。随分と平和だな、今日も。
「ひろっち、今日は美耶さん来てないの?」
「いや、ちょっと遅れて来るってよ」
俺がそう答えると、理安はふぅん、とつまらなさそうに言い、視線をゲームに戻した。この間美耶にゲームで負けたことをまだ根に持っているらしい。美耶に勝つつもりなら、後一年程修行が必要だろうな……。
しかし、これ程までに暇で良いのだろうか……。ここまで暇だと、俺も何かゲームや本を持ってくれば良かったと後悔してしまう。
「ねえ、そういえば、美耶さんとは付き合ってるの?」
唐突に、詩安が俺に問う。詩安は興味津津、といった様子で、期待に満ちた瞳でこちらをジッと見ている。お前も好きだな、こういう話……。
「いいや、付き合ってねえよ。それがどうかしたか?」
「いえ、美耶さんと既に行為に及んだかと思って」
「及んでねえよ! 何でそうなる!?」
「性欲を持て余してそうだもの」
「別に持て余してねえよ! そういう目で見んな!」
「では、毎日のように解放していると言うの? 電車の中で」
「しねえよ! やるにしても自宅でやるわ!」
「自室に、毎晩別の女を連れ込んで?」
「だから行為に及んでねえよ! 今のところは一人でやってるよ!」
「寂しい人」
「放っとけ!」
「しょうがないわね、じゃあ私とやる? あ、初めてだから優しくしてね……」
「何でそんな簡単にカミングアウトすんだよ! っつか下ネタはいい加減にしろー!」
下ネタラッシュはさておき、ボスが来るまでは全くと言って良い程することがない。どうしたものかと退屈していると、トントンと、シロが俺の肩を叩いてくる。
「どうした?」
見ると、隣でシロが一冊のノートを抱えてジッとこちらを見ている。
「活動報告」
「ああ、今回は俺の当番だったな……。でも、今日何かあるのか?」
「多分ある。きっと」
「随分とアバウトだな」
「勘だから」
勘……か。しかしシロの勘は恐ろしい程によく当たる。そこらのインチキ占い師よりはよっぽど正確なことを言うだろう。
そう思い、俺はシロが差し出してきたノートを受け取り、中を開いた。
超常現象解決委員会活動報告書。とは言ってもただのノートだし、どこかに提出しなければならない訳でもない。ただ、どんなことがあったのか記述しておくだけのものだ。そんなに大きな意味はない。
そう言えば活動報告を書きたいと言ってこのノートを持って来たのは、美耶だった。めんどくさがるボスを必死に説得し、何とかみんなで書くようにしたものだが……。ボスはあんまり書いてないな、やっぱり。
こうして記録をみていくと、思っていたよりも解決した超常現象の数が多いことに気が付く。活動報告を書き始める前の超常現象のことも考えれば、結構な数の超常現象を解決している。こんな非公式の、それもグダグダのメンバーしかいない団体で、よくもまあこれだけの数を解決出来たものだと、心底思ってしまう。
「シロは、書かないのか?」
コクリと。俺の問いにシロは頷いた。全員に当番が回っているハズなのだが、何故かシロだけは一度も書いていない。字が書けないという訳でもないし、何故だろう。
「字が書けない」
「嘘吐け! お前こないだ俺のノートに『ばか』って丁寧な字で書いただろ!」
それも油性ペンで。
「気のせい」
「気のせいな訳あるか! お前は俺の目の前で書いただろ!」
「ワームの仕業」
「いくらなんでもそれはいねえよ! いたとすれば大問題だよ! 今の人類の技術じゃ高速移動は出来ねえ!」
「ドッペルゲンガー」
「それなら蝶上町にも現れそうなのが逆に嫌だよ!」
「攻撃力650、守備力900」
「それはカードだろ!」
「フィールド上にセットされている魔法または罠――――」
「良いよカードの説明はしなくて!」
「とろける赤き影」
「色違い!?」
見事なまでの脱線ぶりだ。流石シロ、ここでカードの話を持って来る辺りが謎だ。
そう言えば、元々シロは謎が多い。いつの間にかこの超会本部に現れ、よくわからない内にメンバーとして定着してしまっている。この「シロ」という名前も、理安が勝手に付けた名前、彼女自身の本名はわからず仕舞いなのだ。まあ彼女も「シロ」で良いらしく、「シロ」と呼べばちゃんと反応してくれる。野原家で飼われてる犬みたいな名前だが、良いのか?
そんなことを考えていると、ガチャリと音がして超会本部のドアが開かれる。そちらへ視線を向けると、そこにはボスが立っていた。
「おはよう」
「昼だよ今!」
「こんばんは」
「それは夜だろ! さっきからボケがやたらシンプルだな!」
「おはこんばんちは」
「ペンギン村から!?」
それはさておき、と、ボスは靴を脱いで中に入るといつもの位置、俺の真正面へと座る。
「あら、工藤君、美耶ちゃんはまだ来ていないの?」
「いえ、遅れてくるそうですよ」
ボスはそう、と短く答え、持っていたバッグから数枚の用紙を取り出した。
「私が今日遅れたのは、ある事件の聞き込みをしていたからよ。決して〆切のせいではないわ」
……俺とシロの会話を聞いていたかのような口振りだ……怖い。もし三十路だのなんだの言ってたのがバレてたら……。
「ちなみに私は三十路でないわ」
バレてる!?
「それはさておき、始めましょうか。般若さんについての会議を……」
中編へ続く。