消失した者(調査編)
蝶上町郊外の森。滅多なことがなければ、好んでこの森へ訪れようとするものはあまりいない。この森、意外に入り組んでいるために中で迷いやすいのだ。それ故か、この森の奥で首吊り死体が発見されることだって、そんなに珍しいことじゃない。
首吊り自殺した男性(もしくは女性)の霊が現れると噂されており、尚更人が寄りつかない。が、今のところ超会へ「郊外の森で霊が出た」という報告は来ていないため、霊が出ると言うのは単なる噂だろう。
超会本部からボスのバイクの後ろへ乗せてもらって数十分。適当な位置にバイクを停め、俺とボスは森の中へと入って行く。
「……半漁人とか出そうね」
「出ませんよ! 何で森の中で半漁人なんですか!?」
「じゃあ、タールマンかしら」
「それも出ませんよ! 何で森の中でコールタール漬けのゾンビが出て来るんですか!?」
「久々津君は本当にゾンビが好きなのね」
「ゾンビの話をしたのはアンタだー!」
バタ○アンの話はさておき、俺とボスは清盛が消えた場所――――大自然同好会の儀式が行われようとしていた場所へと、俺の携帯に送られてきている、儀式の準備が行われた場所の画像を頼りに歩いて行く。結構奥の方で実行しようとしていたらしく、画像の場所まで辿り着くには時間がかかりそうだった。
視界に入るのは木、木、木。沢山の木が立ち並んでいる。足元へ視線を移せば、忙しなく地面を駆け巡る虫の姿も見える。
確かに大自然だ。大自然同好会からすれば、儀式をするにはもってこいの場所かも知れない。
「……相当奥みたいね」
「そうッスね……。思ったより時間かかるかも知れません」
そう答え、俺は携帯の画面に映っている画像へ視線を移す。
二本の大木の間に描かれた円、その中には星のマークが描かれており、その星のマークを縁取るように、訳のわからない文字っぽい物がまるで呪文のように描かれている。
「大自然同好会って……ホントなんなんでしょうね……」
そう言って俺が嘆息すると、ボスはこちらを振り返って、俺の携帯の画面を覗き込む。
「何か宗教的な物を感じるわね……。キャラメル教みたいな」
「キャラメル教!? お菓子を崇拝するんですか!?」
「ええ。飴なのかガムなのかわからない存在を崇拝するなんて……信じられないわ。舐めて食べるのか噛んで食べるのかわからなくて、腹が立つわね」
「いや、キャラメルはそういうお菓子ですよ! 舐めて良し、噛んで良しで良いじゃないですか!」
「フフ……。貴方はキャラメルの秘密を知らないからそんなことが言えるのよ」
「キャラメルの……秘密!?」
「キャラメルはね、死体の脳みそから生成されているのよ!」
「んな訳あるか! キャラメルに謝れー!」
それは流石にキャラメルに対して失礼だ。
訳のわからないやり取りを繰り返しつつも、俺とボスは森の奥へと進んで行く。どこまで言っても同じ景色ばかりで、本当に迷ってしまいそうだった。
ボスによれば、道は大体覚えているらしく、帰ろうと思えばすぐにでも帰れるらしい。
「ちゃんと、パンの屑を歩いて来た道に落としてあるから」
「小鳥が啄ばみますよ! 浅はか過ぎます!」
「あのパン、食べられないから。さてここで問題。パンはパンでも食べられないパンは何でしょう?」
「……フライパン?」
「不正解! 正解はフライパンよ」
「合ってるじゃないですか!」
「視野が狭いわね」
「いや、だから俺の解答で合ってるじゃないですか!」
「そのフライパンを、千切って落としてきてるわ」
「どんな握力ですか!」
「花山クラスね」
「握力×体重×スピード=破壊力!?」
「まだやるかい?」
「やりませんよ!」
最早何の話だったかすら不明だ。
森の中を歩き始めてどれくらいが経っただろうか。携帯で時間を確認すると、既に一時間近く経過していることが判明した。こんな森の中を、三浦と清盛は根気よく歩き続けたのかと思えば、中々の体力と忍耐の持ち主なのだろうと推察出来る。
「……そう言えばボス。一つ聞いても良いですか?」
「駄目よ」
「即答ッスか!」
「冗談よ。それで、何?」
クスリと。ボスは微笑した。
「今回の事件……いつもなら、俺と他のメンバーに行かせるのに、何で今回はボス自らが……?」
「そう言えば、久々津君にはまだ話してなかったわね?」
そう言ってボスは、近くの大木の幹に腰掛けると、貴方も座りなさい、と手招きをする。俺はそれに頷き、ボスの隣へゆっくりと腰掛ける。
「超常現象解決委員会、通称超会を、私が立ち上げた理由」
「――――ッ!?」
考えてもみなかった。この団体――――超会が、何を理由に立ち上げられたのか。何がきっかけで出来たのか。
みんなと騒ぎながら、超常現象に巻き込まれていく毎日の中、俺は一度もこの団体そのものへの疑問を感じなかった。ただ毎日が楽しくて、気にしていなかった。
超会の立ち上げられた理由……それが今、ボスの口から語られようとしている。
「私には、妹がいたわ」
「妹……?」
コクリと。俺の問いにボスは頷いた。
「名前は真奈美。年齢は、私より三つ下よ」
ボスの年齢がわからない(というか聞けない)ため、真奈美さんの年齢はわからないが、恐らく二十七歳くら――――何でもないです。
「優しくて、家族思いの良い妹だったわ……。ガサツな私と違って、女の子らしくて繊細だった……」
まるで、遠くを見ているような目だった。妹と過ごした日々を、遠い過去を、大切に、丁寧に……思い出しているようにも見えた。
「私がまだ、作家としてデビューしてなかった時期だったかしら……。真奈美は、UFOを見たって、私に報告してきたの」
「……UFO」
未確認飛行物体。俺はまだ見たことがないが、蝶上町ではよく見かけるらしい。
「勿論、そんな物はこの蝶上町では当然に等しいわ。でも、真奈美がUFOを見たのはその時が初めてだった」
ゆっくりと。ボスは言葉を続ける。
「真奈美は言ったわ。『もう一度、そのUFOを見に行ってくる』って」
「ちなみに、どこへ見に行ったんですか?」
俺の問いに、ボスはわからないわと答えた。
「その時の私は、あまり相手にしなかったもの。真奈美は、私にUFOを信じさせようとして、写真を取って来ると言って出て行ったわ……」
そう言って、何故かボスは俯いた。赤い髪がボスの顔を隠した。
「その日、真奈美は帰って来なかったわ」
はらりと。木の葉が一枚、俺とボスの足元へ落ちた。
「それって――――」
俺が言葉を言い切る前に、ボスはコクリと頷く。
「誘拐よ」
――――アブダクション。未確認飛行物体や宇宙人による誘拐事件のことだ。研究のためなのか、彼らは時折俺達を……地球人を唐突に誘拐する。誘拐された人間は、体内に謎の金属や発信器を埋め込まれて返されることが多いが、帰って来ない例もある。
ボスの妹、真奈美さんは、正にそのアブダクションに巻き込まれたと、ボスは言っているのだ。
「門限を必ず守る真奈美が、何時間経っても帰って来なかった。勿論、すぐに私と両親は警察へ連絡したわ。でも、まだ真奈美は見つからない……」
「宇宙人の……仕業?」
顔を俯かせたまま、ボスは小さく首を縦に振った。
「そうじゃなければ、あり得ない。真奈美が私に何も言わずに消えるハズがない……っ! だから……だから私は……っ!」
いつも冷静なボスが、俯いたまま今にも泣き出しそうな声で、言葉を紡いでいる。
「超会を……立ち上げたんですね」
「……ええ」
妹を――――真奈美さんを見つけ出すために。
超常現象へ関わっていれば、必ずどこかでアブダクションに関連する事件に遭遇すると信じて。奴らから、真奈美さんを取り返すために。
超会発足の理由は――――俺が思っていたよりも、ずっとずっと重かった。
「だからこの事件にも……」
「ええ。そうよ……」
ゆっくりと顔を上げ、ボスは立ち上がる。
「清盛君も、アブダクションされた可能性が高いわ。だから……」
この事件で、真奈美を見つけるための糸口を見つける。そう、ボスは言い放った。
顔を上げて、晒されたボスの表情は決意と悲しみに満ちていた。
ゆっくりと。俺は立ち上がる。
「一人で背負いこんでる……って顔してますよ。ボス」
「……え?」
一人で背負いこむ。それは凄いことだし、間違っているとも思えない。でも俺には、正しいことだとも思えない。
「そんなに重いなら、俺が手を貸します。俺だけじゃない、詩安も理安もシロも、きっと喜んで手を貸します」
どんなに重くても、みんなで持てば、負担は減る。
「力になりますよ。そのための、超会でしょう?」
一瞬、ボスは目を丸くしたまま俺を凝視していた。だがすぐにクスリと微笑する。
「――――ありがとう。久々津君」
そう言って、ボスは俺に屈託のない笑顔を向けた。
あれから数十分。俺とボスはひたすら目的地を目指して歩き続けた。
時間が経てば経つ程、森の中は闇に包まれていく。視界が悪くなったため、予めボスが持ってきていた懐中電灯で辺りを照らしながら進んで行く。
「この様子じゃ、目的地に着いてもわかんないですね……」
「そうね。もしかしたらもう通り過ぎて――――」
ピタリと。言葉を言い切らない内にボスは足を止めた。
「どうかしたんですか?」
「……着いたわ」
そう言って、ボスは懐中電灯を下へ傾けた。暗くてよく見えなかった地面が、懐中電灯に照らされる。
「これは……」
大自然同好会が、儀式のために作り上げた魔方陣だった。
中心に描かれた星のマーク。それを縁取るように書かれた呪文のような、理解不能な文字の数々。間違いなく、俺の携帯に送られて来た画像のものと同じだ。
「ここ……ね」
懐中電灯で辺りを照らしながら、ボスはキョロキョロと辺りを見回す。
「よし、清盛を探しましょう」
コクリと。ボスは俺の言葉に頷いた。
数分間辺りを探しまわったが、清盛どころか手がかりらしいものも発見されなかった。
魔方陣より数メートル先で、背の高い雑草が夜風に揺られている。
「もしかすると……この魔方陣そのものに意味があるんじゃないのかしら……。この魔方陣で、宇宙人を呼び寄せたとか……」
考え込むように唸りながら、ボスは魔方陣を凝視する。
魔方陣のことはボスに任せ、俺はもう少し先を見てみることにした。
背の高い雑草を掻き分け、なんとか前に進んで行く。
「久々津君。あまり離れないで」
「はい。大丈夫で――――」
言いかけて、俺はピタリと足を止めた。
「何だ……これ……」
雑草が、踏み倒されている。
それも綺麗に、弧を描くようにだ。
この雑草を踏み倒すこと自体は、俺にだって出来る。簡単だ。だけど、ここまで綺麗に踏み倒すことは、ハッキリ言って出来ない。それも周りに、俺以外の足跡が全く見当たらない。
「久々津君、何かあったの!?」
ボスが慌てて俺の方まで駆け寄って来る。そしてこの光景を見、ボスは息を飲んだ。
「ボス。これって……」
ボスの方へ視線を移すと、ボスはコクリと頷いた。
「ええ。ミステリーサークルね」
――――ミステリーサークル。穀物が円形に倒される超常現象だ。
「……待って下さい。ミステリーサークルって、穀物が倒される現象ですよね? この雑草、どうも穀物には見えませんけど……」
「そうね……。でもこの倒され方は、ミステリーサークルに他ならないわ」
そう言って、ボスは雑草を掻き分けながらミステリーサークルの中へと入って行く。慌てて俺もその後を追って行く。
中に入って初めてわかる。やはりこれはミステリーサークルなのだと。
雑草が、まるで模様を描くかのように踏み倒されているのだ。ボスの見解通り、これをミステリーサークルと見て問題ないだろう。
「――――っ!?」
「どうかしたんですか!?」
ピタリと足を止めたボスに、俺は問いかける。
「久々津君、見て」
視界を遮る雑草を掻き分け、ボスが懐中電灯で照らす先を何とか見る。
「な――――ッ!?」
ミステリーサークルの中心と思しきその場所に倒れていたのは、紛れもなく清盛だった。
「清盛ッ!」
すぐに清盛の元へと、ボスと共に駆け寄って行く。
「おい、清盛! しっかりしろ!」
倒れている清盛の身体を、必死に揺り動かす。すると、清盛は小さな呻き声を上げながら、ゆっくりと目を開いた。
「あれ……君は……」
身体を起こし、俺を見つめた後、不思議そうに辺りをキョロキョロと見回す。
「僕は……一体何を……?」
不思議そうに呟く清盛の傍へ、素早くボスは駆け寄ると、清盛の肩を両手で掴んだ。
「清盛君。言いなさい。一体どこで何をしていたの!? 誰に攫われたの!? どんな奴ら!? どんな乗り物!? ねえ!」
語気を荒げ、立て続けにボスは清盛へ質問を繰り返す。
「お、落ち着いて下さいボス!」
慌てて俺はボスを止めるが、ボスの視線は清盛を捕らえて離さない。
「お、覚えてないんだ……。僕は何も」
「……覚えていない?」
やっぱりね……。と、怪訝そうな顔をする俺の隣で、ボスは呟いた。
「ごめんなさい。驚かせて……。本当に何も覚えていないのね?」
ボスが問うと、清盛は静かに頷いた。
「誘拐された後、その時の記憶が残っている例はほとんどないわ。彼も御多分に洩れず……ってところね」
そう言って、ボスは嘆息する。
「とにかく、清盛を連れて帰ろう。清盛の両親や、三浦も心配してる」
俺の言葉にコクリと頷き、俺とボスは清盛を連れてその場を後にした。
結局、詳しいことはわからず仕舞いだった。
清盛は何も思い出さないし、ミステリーサークル以外に発見はなかった。清盛は恐らく、誘拐されていたんだと思う。でなけりゃ、あんな綺麗に記憶が抜けるハズがない。
清盛は、儀式の直前から今までの記憶が全くないのだ。
しばらくは安静のため、清盛は学校を休んでいたが、三日程度で学校に来れるようになっていた。
「それで、これが知り合いの医者から渡された、清盛君のレントゲン写真よ」
清盛が復帰した翌日、ボスは超会本部で俺に一枚の写真を取り出した。
X線に映し出されていたのは、本来なら体内にあるハズのない物体だった。
「清盛君の体内には、奴らが仕込んだ金属片が埋め込まれているようなの」
「ってことはやっぱり……」
コクリと。ボスは頷いた。
「誘拐、されたのでしょうね」
そう言って、ボスはその写真をポケットの中に収めた。
神隠し事件、解決?