血に飢えた者(会議編)
超常現象解決委員会活動報告№036
記録者:久々津弘人
どうも、弘人です。
今回の事件、「吸血鬼事件」についての報告。
未確認生物、未確認飛行物体、怪しい建物、花子さん……今日まで様々な超常現象を、超会に入ってから見てきたが、流石に漫画やアニメで見たような妖怪が、この蝶上町に現れるとは思っていなかった。
この前の「鈴鳴らし」の際に出会った、あのインキュバスとか言う怪しい男も妖怪らしいが……。
いや、妄想じゃないです。見ましたマジで。だから後ろから、ひろっちまさか麻薬に手を染めたの……!? とか真顔で言うな理安。幻覚じゃねえから。
とにかく、町の人間の血を吸う吸血鬼は実際にいた。まあその吸血鬼はルナって言う別の吸血鬼に始末されたが……。
ああもううっせえな! 誰だよ俺がこれ書いてる間ずっと後ろでWRYYYYY! って叫んでんのは!
これにて、活動報告を終わります。
真夜中の蝶上町を、一人の少女が歩いていた。
美しい金色の髪をなびかせ、全身を覆い隠すようなマントをし、ゆっくりと真夜中の蝶上町を歩いていた。
「……現れない……か」
ボソリと。少女は呟き、不意にピタリと足を止めた。電灯に照らされた、一人の男の陰が少女の目の前にあったからだ。スタイルの良い長身のその男は、少女と同じ金色の髪をしていた。
「インキュバスか……」
呟くように少女は言うと、目の前の男へ何故この町にいる? と問うた。
「いえ、別に大した用はありませんよ。ただ客として……この町に呼ばれただけです」
そう言って男は微笑すると、少女の横をゆっくりと通り過ぎて行く。
「客……か」
ボソリと呟き、少女は再度歩き始めた。
「今だっ! ミッドナイトブリスっ!!」
素早く理安の指が、PSPのボタンを叩く音が聞こえる。
「――――しまった!」
俺がその言葉を発した時には既に遅く、俺のPSPの画面内で理安の使用するデ○トリの攻撃が、俺の使用するジ○ダへと直撃していた。白い煙と共に、ジェ○の姿が一瞬にして変化する。
「○ェダァァァァッ!」
俺の叫びも空しく、妖艶な美女へと姿を変えられたジ○ダの首を○ミトリがガッシリと掴み、豪快にジェ○の生き血を絞り、飲んでいる。技が決まると同時に○ェダの体力ゲージは〇となる。つまり、俺の負けだ。
「よっし! 理安の勝ち!」
机を隔てた目の前で、理安が嬉し気にガッツポーズをする。
「こ、このゲーマーめ……ッ! やり始めたばっかの俺に本気出してんじゃねえ!」
「ひろっち……まさか今のが理安の本気だとでも?」
「まさか……お前、本気を出していないのか……?」
「理安は更に強くなる変身を、後二回残してるんだよ!」
「フリーザ!?」
「その上レベルアップで『ふぶき』を覚えるよ!」
「フリーザー!?」
「でも強さは現代社会で生きていくのにあんまり関係ないから、就職出来ないでいるんだ……。とりあえず今はバイトで生計立ててます」
「フリーター!?」
「それとね、本当は彼氏がいるんだけど……バイト先で、バイト仲間と恋仲になってます」
「不純だー!」
ボスに睨まれたのでここで一旦会話中止。
ちなみに彼氏がいると言うのは嘘らしい。見栄を張るな見栄を。
会話中にボスに睨まれたということは、今日はどうやら何か話があるらしい。また何か妙なことでも起きたのだろうか……。
いつもならミーティングには参加せず、押し入れ付近でボーっとしているシロだが、今回は何故か俺の隣でボスの方をジッと見ている。
理安はゲームがやりたりないのか、先程から一所懸命にPSPのボタンを連打している。さっきのゲームとは違うようだし、リズムに乗っているところから察するに太古の達人(とあるゲーム会社から発売されている、俗に言う音ゲーと呼ばれるゲームで、原始人を操作して音楽に合わせて石器を鳴らすゲームらしい。何だかコンセプトがよくわからないゲームだ)だろう。
詩安の方は何やらブツブツと文句を言いながら携帯をつついている。どうもメールの相手が鬱陶しいらしく、先程から死ねば良いのにと繰り返している。……誰とメールしてんだよ。
「詩安は携帯を、理安はゲームをやめなさい。さもなくば久々津君を社会的に殺すわよ」
「何で俺なんスか!? 俺が何したって言うんですか!?」
「存在そのものが罪よ」
「死でしか償いようがないんですか俺の罪!」
「たった一つだけ、方法があるわ。それは貴方が第二十七話で手に入れた古びた剣に秘密が――――」
「超会! はそんなに進んでません!」
「では、第三百七十八話で出会ったあの少女が――――」
「何で話数増えてんスか!? 今回は第十話ですし、三百七十八話には程遠いですよ!?」
「捨てて下さい。偏見と言う名の眼鏡を」
「偏見とかそういう問題じゃねえ!」
やっぱり敬語は崩れた。
話題は随分と逸れてしまったが、なんとかミーティングは開始された。詩安は携帯を放置し、理安はPSPを没収されている。
「本題に入るわよ」
腕を組み、良いわね? とボスは俺達に確認を取る。いいえと答える必要もないし、俺達はコクリと頷いた。ふと横を見ると、珍しくシロはミーティング入る気満々らしく、ガムを噛みながらコクリと頷いている。
……ガム?
誰かにシロがガムを与えているところを見ていないし、シロが自分でガムを買いに行くとは思えない(というかシロは金持ってないと思う)ので、不審に思った俺は自分のポケットに手を入れ、今朝コンビニで買ったガムを探した。が、やはり見つからない。よく見ればシロの手には、今朝俺がコンビニで買ったガムが……
「って何で勝手に食ってんだ!?」
「シロ、ガム好き」
「片言で喋んな! お前ホントはハッキリ喋れるだろ!」
ってか本人公認だったのかシロって名前。
「ポニョ、ガム好き」
「お前はポニョじゃねえ!」
「崖の上のシロ」
「だから何だ!?」
「シーロ、シーロシロ、魚の子」
「お前から魚要素が微塵も感じられねえ!」
「足があるところとか」
「どこが魚だよ!? 基本的に魚には足がねえ!」
「すけとうだらとかいるじゃん」
「アレは魚カウントして良いのか!?」
「オルバスは?」
「半漁人だ!」
「魚ギョ戦士」
「そんなカード誰も覚えてねえよ!」
「弘人」
「俺は人間だー!」
もう何の話だよこれ。
ボスに黙れと怒られたのでいい加減黙って聞くことにする。
「こ・ん・ど・こ・そ、本題に入るわよ? 邪魔したら無条件で穴に放ります。特に久々津君」
どこの穴にだ。と、ツッコミを入れたいとこなのだがキリがないのでスルー。
「みんなもう知ってると思うけど、最近変な殺人事件が起きてるわね」
ボスの言葉に、コクリと俺達は頷く。
「……四十代前半の女性が相次いで殺害される事件のことですよね?」
詩安の問いに、ボスは小さく頷いた。
いつもならこんな恐ろしい事件の話に、詩安が参加するとは思えないのだが、今回は何故か平然とミーティングに加わっている。
「詩安、お前大丈夫なのか? この事件、結構怖いぞ?」
「三件中三件の被害者が四十代前半の女性なのよ。私は対象外だから、怯える必要はないわ」
「まあそれもそうなんだが……」
基準がわからん。
「じゃあ、犯人は熟女好きってこと?」
理安の問いに、ボスはええ、と答える。
「全くと言って良い程熟女に該当しない私は関係ないのだけれど、まあそういうことになるわね」
ボス必死だな。
吹き出しそうになる俺をよそに、ボスは今回の事件に関する説明を始めた。
「詩安の言う通り、今回の事件は四十代の女性ばかりが狙われているわ。私は全く関係ないけど」
そこまで強調すると、逆にボスは四十代なのではないかと疑ってしまうが、言えば殺人事件が起こるので、何も言わないでおく。
「これだけなら犯人が異常なだけで、まだ普通の殺人事件よ。問題なのは、その殺され方」
そう言いながらボスは、一枚の新聞記事を取り出し、机の上に置いた。
新聞には大きく「猟奇殺人、現代に吸血鬼復活か?」と書かれている。
「血を……抜かれてるんだよね」
ボソリと呟いた理安に、ボスはコクリと頷く。
「ええ。それも一滴も残さず……ね」
血を吸う……。その行為に、どこか既視感がある。
「ボス、それってチュパカブラ……じゃないですか?」
詩安の問いに、ボスは静かに首を振る。
「いいえ。チュパカブラが人間を襲う例は幾つか聞いたことがあるけれど、過去、蝶上町で出現したチュパカブラは家畜の血しか吸わなかったわ」
ボスの言葉に、詩安は考え込むような仕草を見せる。
「犯人は――――バンパニーズ」
「何でだよ! 吸血鬼って言えよ! 何で児童向けファンタジー小説に出てくるバンパイアの敵対種族なんだよ!?」
「私はデモナータも好きよ」
「聞いてねえよ!」
「でも一番好きなのは、『撲殺天使ドクロちゃん』」
「ジャンルが随分とかけ離れたな!」
「あー、やっぱり『灼眼のシャナ』ね」
「電撃文庫好きだな!」
「でも結局一番は『私の彼は機動戦士』ね」
「どこが良いんだー!?」
ボスにゲンコツ喰らわされた。
「この事件のことをここで紹介したのは、この事件が吸血鬼と呼ばれる、妖怪の類の仕業である可能性が高いからよ」
ゲンコツのせいで頭が物理的に痛い。
「じゃあその吸血鬼は、やっぱり熟女好きってことになるよね?」
理安の問いに、ボスは頷いて肯定した。
「ええ。そうなるでしょうね。この事件、超常現象っぽいから調査しておきたいのだけれど……流石に危険過ぎるわね」
アンタがな。と言いたいのを、ここはなんとか堪えておく。
「やっぱり今回はやめ――――」
ボスが言いかけたその時だった。
ゆっくりと、シロの右手が上げられた。
「……シロ?」
意外な挙手に、ボスはキョトンとしている。
「行く」
「行くって……調査にか?」
俺が問うと、シロは小さく頷いた。
「弘人と」
「俺かよ!」
と言ったものの、シロがこんな風に自主的に超会の活動に参加することは稀だ。ここはその意志を汲んでやりたい。
少々危険だが……付き合ってやるかな。どうせ詩安は行きたがらないだろうし、理安もめんどくさがるだろう。
何より、「妖怪」という存在に、俺自身が興味を持っている。
この間起きた「鈴鳴らし」の事件……その際に現れたインキュバスと名乗る謎の男。
――――我々のような妖怪と呼ばれる存在も、この世にはいるのですよ。
確かにアイツはそう言った。
確かめてみたい。この目で、妖怪の存在を。
「ボス。俺、行きます」
「久々津君……」
「ちょい危険ですが、ヤバかったら逃げますんで」
俺の言葉に、ボスは考え込むような仕草を見せたが、すぐに嘆息する。
「仕方ないわね。でもヤバい時は本当にすぐ逃げるのよ?」
コクリと。俺とシロは頷いた。
「弘人。ありがとう」
小さくそう言ったシロの表情は、心なしか微笑んでいるように見えた。
調査編へ続く。