湖に潜む者(会議編)
今作で6作目(外伝と短編を除く)となりました。
シクルです。
「超会!」は、今までの作品と比べて非常にローペースな更新になりますが、その分一回一回の文字数が多い(無駄に)です。
ジャンルは一応ファンタジーに設定しましたが、どちらかというとコメディ寄りです^^;
超常現象解決委員会活動記録No.032
記録者:久々津弘人
どうも、久々津弘人です……。未だにこの活動記録というものには慣れないけど、まあなんとか書いてみる。
えぇと今回の件、蝶上湖に現れた巨大水生生物、通称「ネッシー」に関する報告。
とりあえず、無害です。詩安なんか「かわいー」とか言いながら頭撫でてたぞ。俺も撫でたけど……。
近隣の人やガキ共から親しく「ネッシー」なんて呼ばれてるけど、俺はアイツを「ネッシー」って呼ぶのは間違いだと思う。
資料で確認したんだが、「ネッシー」ってのはネス湖にいるから「ネッシー」なんだ。でもアイツがいるのは蝶上湖。「ネッシー」と呼ぶのはちょっとおかしいんじゃないか?
理安、「ネッシーはネッシーだもん」って理由になってないぞ。とりあえず記録書いてる時は俺の傍で騒がないでくれ。
とにかく、アイツを「ネッシー」って呼ぶのは間違ってる。
蝶上湖にいるんだから……チョウジ? 詩安、それじゃデブ呼ばわりされるとキレるタイプの忍者だ。
名前は……駄目だ、思いつかねえ……。
というわけで随時募集中だ! 思いついたら俺に教えてくれ!
これにて、活動報告を終わります。
俺の住む町、蝶上町には、現実では起こり得ない現象――――超常現象が頻繁に起きる。
頻繁、と言う程でもないかも知れないが、少なくとも他の町や地域に比べれば、この町の超常現象発生数は異常だろう。
この町、やたらと閉鎖的なせいでどれだけ超常現象が起きようが外に漏れることは少ない。流石に死亡事故にまでなるとニュースくらいにはなるが、それも所詮はローカル的なニュースなため、知名度もせいぜい県単位だ。
故に、UFOが飛来しようがチュパカブラが出没しようが宇宙の管理人が地球に現れようが、この町での超常現象の情報は、基本的に外部に漏れない。
一口に超常現象と言っても、種類は様々な訳で、明らかに安全な物から比較的危険な物まで多種多様である。例えば、ミステリーサークルなんかは何もしなければ安全(何かすれば危険とも言い切れないが)だし、口裂け女とかは襲われるからかなり危険だ。
噂じみた物が多いため、ガセネタで動く訳にいかない警察は死亡事故でも起きなければ基本的には役に立たない。では、この溢れんばかりの超常現象の数々を誰が捜査、解決しているのか……。
蝶上町で起こる超常現象、その数々を捜査、解決するために有志によって立ち上げられた非公式団体がある。
その名も、超常現象解決委員会。通称――――超会。
蝶上町第三集会所。
町民が集会等を開くために作られた小さな建物で、玄関の先はすぐ八畳一間の部屋で、中心には大きな机が置かれている。部屋の隅には大き目の本棚があり、様々な資料が置かれている。部屋の奥には台所があり、その中で調理等が可能。
ちなみに、押し入れの中には毛布等が入っており、宿泊も可能(ただし風呂やシャワーはないため、宿泊の際は我慢するか近くの銭湯へ)である。
そんな蝶上町第三集会所は、ある怪しげな団体の住処となっている。迷惑……かも知れないが、集会所は基本的に誰も使わないので、大丈夫だと思う。
怪しげな団体、超常現象解決委員会――――通称超会は、この俺、久々津弘人の所属する団体のことだ。
この町、蝶上町にはやたらと超常現象が多い。が、警察は簡単には動かない。そこで、代わりに非公式故フリーダムな捜査が可能な俺達超会が超常現象を捜査、解決しているという訳だ。
活動時間はほぼ毎日、午後4時から大体7時くらい(場合によっては延びるし、夜中の活動なんてしょっちゅうだが)まで。まあ部活動みたいなもんだ。大会もないし成績も上がらないけど……。
さて、本日も俺、久々津弘人は超常現象解決委員会のメンバーとして、学校帰りに制服のまま蝶上町第三集会所へと足を運ぶのであった。
蝶上町第三集会所(以下超会本部)のドアを開けた瞬間、畳の匂いが鼻の中に広がった。個人的には嫌いな匂いではないので、気にせずに靴を脱ぎ、中へと入る。
「あら、今日は早いのね」
「今週は掃除当番じゃないんスよ」
部屋の奥にある台所のすぐ傍、資料の置いてある本棚によりかかりながら何かの資料をパラパラとめくっている女性に、俺は笑って答えた。
藤堂鞘子。通称――――ボス。
通称の通りこの超常現象解決委員会の長だ。
真っ赤に染めたシャギーボブの髪型が特徴的な、大人の雰囲気漂う女性である。長身で、身長は170近くある。っつか俺より高い。俺の身長で168くらいだから、ほぼ確実に170越えてますこの女。
サバサバとしているが、決して大雑把という訳ではない。事実、資料等の整理は全てボスがやっている。
ちなみに年齢は不明。ただし、「ババア」や「生き遅れ」、「三十路岬」や「三十路ボンバイエ」等と言った単語に対して過敏に反応し、恐ろしい形相で睨みつけてくるので禁句である。
「詩安達は?」
「さあ、まだ来ていないけれど」
大して詩安達のことを気にした風もなく、ボスは変わらず資料をめくっている。
とりあえず、俺は部屋の中心に置かれた机を挟んでボスの正面に座ると、押し入れの方へ視線を移した。
「…………」
幼い女の子が、体育座りでじーっとこちらを見ている。
肩まで伸びた老人のような真っ白な髪の毛。光のない瞳。どこか不思議さと儚さを感じさせる女の子である。年齢は……小学校低学年くらいだろうか? 無口で、謎の多い少女……というか幼女である。見た目と言いキャラと言いロリコンのオタクが見ればすぐさまお持ち帰りしそうな娘である。守らねば。
「シロ? どうかしたか?」
シロ……というのは理安が勝手に付けた名前で、本名は不明。どこの子かも不明。とにかく不明。今俺の中で最も謎な存在は? と問われたら迷わずに「シロ」と答えられるくらい謎だ。
「……匂いがする」
ボソリと。シロが呟いた。
「匂い? 畳のか?」
シロは首を横に振ると、俺の方を指差した。
「弘人のポケットの中」
「俺の?」
まず何の匂いなのかわからない。が、とりあえず制服の上着のポケットの中を探ってみる。と、中からコンビニで購入したガムが出て来た。退屈な授業中にでも噛んでやろうと今朝買ったのだが、忘れていた。開封すらしていない。
「ああ、これのことか……ってこれそんなに匂い発するようなガムじゃねえぞ……?」
っていうか未開封のガムの匂いがわかるってどんな嗅覚だ。
「…………」
シロは何も言わず、俺の持っているガムをジッと見つめている。
「ああ、欲しいのか? ちょっと待ってろ」
ガムを開封し、中から一枚取り出してシロの方へ放ってやった。
自分の目の前に放られたガムをしばらく見つめると、シロは素早くガムを手に取り、包み紙を剥いで中のガムを口に入れた。クチャクチャと噛みながら微笑むシロを見ていると、もう一枚あげたい気分になってしまうのだが、詩安にあまり甘やかすと虫歯になるからと止められているのでやめておく。
微笑むシロを眺めていると、ガチャリと音がして、俺の背後でドアが開いた。
「やっほー! 今日も理安ちゃんの参上なのだー!」
相変わらず高いテンションである。
「あれ? 今日はひろっち早いね? いつもなら情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそしてなによりも速さが足りないのに」
「どこの兄貴だお前は。それと、超会本部に来るのに速さは必須条件じゃねえ!」
「そうだね。弘君」
「弘人だ!」
このやたらハイな少女は、河瀬理安。現在中学一年生。ちょっとたれ目で、優しそうな顔つきをしている。染めているらしく(校則に引っかからないように学校では地毛で通している)茶色い髪を高い位置で左右に縛っている。いわゆるツインテールというやつだ。ちなみに怪獣ではない。
天真爛漫で、いつも笑顔で元気な彼女と一緒にいれば退屈することはまずない。が、とにかく騒がしい。相手が聞いていようがいまいが、お構いなしに喋り続けるのはある種の才能かもしれない。こうしている今でも訳のわからないことをハイテンションで口走っている。
「理安。人間が最も欲する物は?」
「富と権力!」
「よし、本物の理安ね」
「嫌な合言葉だ!」
つっこむ俺をよそに、理安の後ろでうんうんと満足気に頷いているのは河瀬詩安。名字から察することが出来る通り、理安の姉である。俺と同じく高二。学校は同じだがクラスは違う。その上、詩安はいつも理安を迎えに行き、その後一緒に超会本部へ来るため、今日俺より遅かったのは当然である。
詩安は、妹とは違って落ち着いた外見で、どこか大人びている。身長は俺とあまり変わらない。美しい黒髪が背中辺りまで延ばされ、彼女が動く度にさらさらと揺れる。妹とは反対に、詩安はちょっとつり目である。
気丈に振舞ってはいるが、本当は臆病で怖がり、ホラー映画すらまともに見れないらしい……というのは理安の弁である。が、本当に怖がりらしく、超会で夜間の活動をする度にビビりまくっている。
「この合言葉で私は芥川賞を受賞したわ」
「うそだろ詩安!」
「ええ、うそよ! でも……マヌケは見つかったようね」
「それはお前だー!」
全くおたくシブイぜ……。
と、馬鹿な会話をしている間にボスは資料をめくっていた手を止め、俺と河瀬姉妹の方へ視線を移すと、パンパンと手を叩いた。
「はい、そこまで。全員揃ったし、ミーティング始めるわよ」
各々が適当に返事をすると、全員(シロを除く)が机の前に座った。
俺から見て机の右側には詩安が、その詩安と向かい合うように左側には理安が座った。俺とボスの位置は変わっていない。
ちなみにシロはガムを噛みながら相変わらず押し入れ付近で体育座りをしている。
「ミーティングがあるってことは……今日は何かあるんですね?」
詩安が問うと、ボスは「ええ」と答え、手に持っていた資料をパラパラとめくり始めた。
そして目的のページを見つけると、俺達に見えるよう、机の中心へと滑らせた。
「この写真って……」
古いものらしく、その写真は白黒であった。写真……というか印刷された画像なのだが……
湖の中から爬虫類らしき生物の長い首が飛び出ている。
有名な写真だ。恐らくこれを見せれば十人中最低でも五人くらいは同じ名前を口にするだろう。
「そう。お察しの通り、ネッシーよ」
ネッシー。
イギリスのネス湖で目撃された……恐らく最も有名な未確認生物である。水生であるところや見た目から、プレシオサウルスという恐竜の生き残りである可能性が高い……らしい。
「この間から、蝶上湖でネッシーを見たという報告が何件か来ているわ。何かの見間違いだろうと思って気にしていなかったのだけれど、昨日ネッシーが子供に襲いかかったとの報告があったわ」
「ネッシーが、子供を襲った?」
俺が訝しげに問うと、ボスはコクリと頷いた。
「ええ。噂を確かめようと夜間に家をこっそり抜け出したその子……ここでは弘人君と仮定するわね」
何で俺の名前で仮定するんですか。
「弘人君は蝶上湖にこっそりと近づき、ネッシーの出現を待っていたらしいわ。しばらくすると、弘人君の思惑通りネッシーは現れた……。怯えつつも弘人君がネッシーを見つめていると、ネッシーは突然弘人君に襲いかかった……という話よ。まあ子供の話だから、本当に襲いかかったかは定かではないけれど。ちなみに、弘人君が夜間を選んだのは、ネッシーの出没時刻が基本的に夜間だからだそうよ」
その子の名前が俺の名前で仮定されていたせいで、無駄な臨場感があった。
「駄目じゃない弘人君! 夜間にお出かけなんて!」
俺の方へ視線を移して理安が言う。
「俺に言うな! ネッシーを見に行ったのはあくまで弘人君(仮)だ!」
「勿論だよ? 何言ってんのひろっち」
なら何故俺に視線を向けた。
「まったく、そんなだからモテないのよ弘人君は」
今度は詩安が俺の方へ視線を向け、嘆息する。
「それとこれとは微塵も関係ねえ!」
「あら、何をムキになっているの? 久々津君のことじゃないわ。弘人君(仮)のことよ?」
「ですよね!?」
確かな悪意を、ボスを含む三人全員から感じる。
助けを求めるようにシロの方を移すと、シロは俺の視線に気づき、こちらを向くと立ち上がった。そしてこちらへ歩み寄る。
「シロ……お前だけは俺の味方なんだな……?」
感動を噛みしめつつ俺が微笑むと、シロは無表情のまま手を差し出した。
「弘人、ガム」
まったく……ホントお前らは…………。
何だか泣けた。
シロにガムを渡し、なんだかんだでミーティングが脱線したので、とりあえず仕切り直し。
「で、今回はそのネッシーを調査するって言うんですか?」
俺の問いに、ボスはコクリと頷く。
「その通りよ。ネッシーが人を襲うなんてこと、資料を見る限りでは一度もなかったハズなのだけれど一応、ね」
俺もネッシーが人を襲うとは思えない。が、少しでも人を襲う可能性があるのなら、何らかの対策をしておくのが妥当だろう。仮にも超会は超常現象を解決するための会だ。未確認生物も立派な超常現象(だと俺は思う)だ。解決するのは俺達超会の役目だろう。
「ネッシーの目撃が多い時刻は二十時以降……。必然的に調査は夜間ということになるわね」
ボスの言葉に、詩安がピクリと反応する。
「め、メンバーは、どうやって決めるの?」
多少動揺しているのを隠そうと、必死に詩安は平静を装っている。
この状態の詩安になら、基本いじられ役の俺でも日頃の復讐が可能だ。ネッシーの調査を申し出て、メンバーに詩安を推薦すれば、調査中はいじり放題……なのだが、その後の報復が怖いし、何よりネッシーの調査なんかで時間を潰すのはまっぴらごめんだ。
上がりかけていた手をそっと下し、ボスの方を見る。
「メンバーは……そうね。じゃんけんで二人決めましょう」
至ってシンプルな、何かを決める際によく使われる手段だ。
「じゃんけん……!」
「どうした?」
不意に、理安の表情が一変して真剣になる。
「ぐー、ちょき、ぱー……三つの強大な兵器を手にした人類は、三つに分かれ、互いが互いの兵器を手に入れるため、戦争を始めた……。争いの果てに、人類は何を得るのか? JAN-KEN……近日、全国ロードショー! 貴方は、戦争の重みを知る!」
「ねえよそんな映画! たかがじゃんけんに壮大なキャッチコピーつけんな!」
「貴方は、戦争の重みを知る!」
「しつけえ!」
いつもならこの後詩安が被せボケをかましてくれるのだが、詩安は真剣な表情で右手をぐーにしたりちょきにしたりぱーにしたりしている。じゃんけんのシュミレーションでもやっているのだろうか……? 多分意味ないぞそれ。
「シロはどうする?」
ボスがシロに問いかけると、シロは首を横に振った。どうやら今回の件にはかかわらないつもりらしい。ガムでは足りなかったか……。
「そう。じゃあ、じゃんけんを始めるわよ」
ボスの言葉に、周囲の空気が変わった。どうやら、誰も今回の調査には参加したくないらしい。
詩安はお察しの通り、理安は「テレビ見たい」とのこと。ボスは〆切近くてヤバいとかどうとか……。余談だがボスはホラー作家である。代表作、「鈴川ハルオの憂鬱」はとある人気作品を彷彿とさせるタイトルだが、二万部くらいは突破した。ちなみに俺は読んでない。
「行くわよ? じゃーんけーん!」
「「ほいっ!」」
綺麗に四人の声が揃い、それぞれの思いの込められた右手が机の中心目掛けて突き出された。
ぐー、ぐー、ちょき、ちょき。綺麗に一発で二人負けた。
全員が硬直し、俺が溜息を吐くと同時に詩安の悲鳴が蝶上町第三集会所内に響いた。
調査編に続く。