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名称不明の大草原(3)

 次の瞬間だった。

 ウルフの横っ腹が真っ二つに割れ、その中から這い出るかのように触手の塊のような物体が現れた。


「なんだ、こいつは」

 図らずもそう声を漏らした。


 身体自体が恐怖を感じているのか、心が命ずるまでもなく足がずるずると後ろに下がった。


 その物体は、塊のあらゆるところから液体をしたたらせ触手を揺らめかせながら、こちらへじりじりと近づいてきた。

 斬りつけなければ、と反射的に思いはしたが、俺はこれを躊躇した。

 じめじめとした物体の漆黒の身体に触れた瞬間、猛毒に冒されてしまうような気がしたからだ。


「ならば私が」

 という声と共に、トラビスが俺と物体の間に割って入ってきた。

 

 仲間の危機に駆けつけるとは、さすが我らがEXP団のリーダー。出会って間もないのに……

 俺は感謝の言葉を脳裏で吐いた。


 これにより間合いに入ったと物体は認識したのか、声を発する様子もなく――口がないから当然かもしれない――トラビスに襲いかかった。


「おお」

 次の瞬間、俺はうめいた。


 不意に攻撃をされたにもかかわらず、トラビスは鋭利に尖りナイフと化した物体の触手を器用に避けたからだ。

 そして、瞬く間もなく剣で効果的に物体の図体へと攻撃を加えていく。

 これは――トラビスが強いだけなのかもしれないが、どうやらこの物体は戦えない程やばいというわけではないらしい。


 触手の動きはほぼ見えないが、慣れれば俺でも戦えそうだ。

 根拠は通常のゲームの仕様であればというだけだが、俺には確信があった。

 よく考えなくとも、こんな序盤といっていい街の近くで、ユーザーを死亡させるほど強力なモンスターを出現させるはずがない。しかも、チュートリアルと名のつく街の周辺だ。俺たちにこの世界の何かしらの仕組みを学ばせようとしているだけだろう。


「お、おい、ハヤト。この黒いの。こいつの名前、なんていうんだ?  一向に頭に入ってこないぞ」

 スノハラが声を震わせながら言う。


 確かに彼の述べた通りだった。ウルフやウリボリアンとは違い、体を表す名称の文字は一向に俺の脳裏に再生されなかった。


「ウルフの内部からこいつは出現しただろ? だから、名前はないんじゃないのか。ほら、第二形態みたいな感じで」

 俺は考えうる中で、もっともありえそうな考えを返した。

「ハヤト、それにしてはおかしい。HP情報はすでに頭から消えているだろ? 普通第二形態とかになったら、HPがまた満タンになったりするんじゃないのか」

 スノハラは首を横に振りながら言った。


「それも、そうだな。ウルフをすでに死んでいて、だからHPが表示されない。ということは、こいつはウルフが進化した姿ではない……ということか?」

「ハヤト、今もっともおかしいのは、それじゃない。こいつのHPがわからないことだ。これでは、いつこいつを殺せるのか見積もることができない。それに、トラビスの戦闘をよく見ろ。あれってHPが削れているのか?」


 その物体は顔がないせいで表情が見えなかった。さらにその漆黒の――ゴキブリ色の身体のせいか、斬りつけられた箇所から血を垂らしているかどうかさえわからない。

 いや、それどころかトラビスの攻撃は効いてるのかどうかさえ――


 スノハラの言う通りだ、このまま情報もなくこいつと戦い続けるのは危険だ。

 そして、そう思った俺がトラビスへそれを伝えようとした矢先のことだった。


 物体の触手がトラビスの太い首をあっさりと刎ねた。


「え……」

 俺は自分の目を疑った。

「何だよ、これ……」

 足元へ転がってきたトラビスの首を見て、スノハラが呻く。


 切り落とされながらもトラビスの身体はしばらく動き続けていたが、最終的にはタコ踊りを終えた後、力尽きて芝生の上にパタリと倒れ込んだ。


 俺も口を開け悲鳴を上げようとしたがその暇はなかった。

 物体は有無も言わさず、トラビスの左右にいたEXPハント団ふたりの首を刈り取ったからだ。


 俺は呆気にとられた。

 何を考えるでもなく、何を思うでもなく。

 

「逃げろ!」

 目の前で三人が惨殺される光景を見て腹の底まで青ざめた俺だが、微弱になった勇気を振り絞り力の限りそう叫んだ。

 それ以上のことなんて、俺にできるはずもない。


 こんなのがなんで……こんなのがなんで、こんなチュートリアルなんてビギナーが多数いる場所の程近くに――

 俺たちの装備や実力でこんなのに勝てるはずがない。今、戦っても簡単に狩られるだけだ。それはトラビスたち、頭が無くなった死体の数々が証明している。

 だが、今しなければならいことは、恐怖に怯えてこの場に留まることではない。


 EXPハント団は、俺のひと言を起因として一斉にダコタ・チュートリアルの城壁がある方角へと走り出した。

 だが、物体の触手は次々と逃げ出した彼らの背中を斬りつけていく。

 触手が振り下ろされる度に、真っ赤な血しぶきが桜吹雪の如く舞い踊った。


 阿鼻叫喚が至る所から発生し、それはあたかもクレア・ザ・ファミリアが、現実と同じ痛みがあることを俺たちに教えているかのようだった。

 要はいくら仮想空間といえど、身体を傷づけられたら誰でも痛いということだ。


 そうして、さらに数人がその物体に惨殺された後のことだった。

 この凄惨な現場に似つかわしくない妙な雰囲気が、俺たちの周りに漂った。

 物体に追いつめられ逃げ切れないと見るや、へらへらとせせら笑う者たちが現れ始めたのだ。

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