聖女として召喚されて、魔王を倒したら婚約破棄されました……って、私既婚者です! 夫が迎えに来てくれるのを待ってるので話を進めないで!
初投稿です。よろしくお願いします。
「偽聖女シャノア! お前はこのリリーの功績を横取りし、聖女を騙って王族に取り入ろうとしたな! よってお前との婚約を破棄し、大逆罪で処刑とする!」
「何度も言ってますが聖女として召喚したのはそっちですし騙ってないですし婚約破棄以前に私は既婚者です! 婚約を了承していません!」
言いたいことを言いきってドヤ顔のラルフ王子にシャノアは淀みなく言葉をぶつけた。
婚約者扱いされるたびに言っていれば慣れるというものである。
ちなみにラルフ王子の後ろで小動物のようにふるまうリリーと呼ばれた少女についてシャノアはスルーした。特に奪われたという意識もないので彼女に対して何か感情を抱いているわけでもない。
シャノアが聖女召喚されて異世界であるここに来たのは1年前のことだ。
呆然とするシャノアはその場に集っていた王族や大臣たちに『魔王を倒してこの世界を救ってほしい』と言われ、この世界に来て初めて授かった聖女の力を慣れないながらも使って魔王討伐の旅に出た。
たくさんの仲間と手を取り合いながら、ついでにラルフ王子の求婚をかわしつつ、紆余曲折を経てようやく魔王を倒せたのが数か月前。
王都に帰ってからも実は元の世界に戻せないとカミングアウトされたり聖女は王族と結婚するのが習わしと外堀を埋められつつ、何とかかわしてこの魔王討伐記念パーティを迎えた。その結果がこれだ。
自称婚約破棄については諸手を挙げて歓迎したいのだが、それにくっついてきた死刑がまずい。
奴らはどうせ異界にまで助けに来れる者などないと高をくくっているようだが、シャノアは夫ならやってくれると信じている。
だったら何とかしてそれまで生きていないといけない。
ちなみに、他の魔王討伐メンバーたちは不自然にシャノアたちから遠いところに離されていて、抗議の声を上げようとするのを警備の兵たちに止められている。
ここに呼ばれたのは見せしめのためだろう。あまり反抗するようなら処分するぞと暗に警告しているのだ。
姑息なやり方だが、仲間と離されたことだけはよかった。何の罪もない彼らがここで王族に物言いをして連座で罰を受けることは避けられる。
仲間たちの様子にほっと息をついてから死刑回避のために考えを巡らせていると、リリーがおずおずといった様子で話しかけてくる。
「シャノア様、ラルフ様と結婚したかったのはわかりますが潔く諦めて罪を認めてください。」
「いやだから結婚したくないし何もしてないんですって……。」
勘弁してくれという気持ちを込めながら返答するが、シャノアもその裏にはうすうす気づいている。
ラルフ王子たちもシャノアが本当の聖女だと知っているのだ。それでもシャノアが一向に靡かないのでシャノアが偽聖女だということにして真の聖女リリーと結婚するつもりなのだろう。
反抗的なシャノアを将来の王妃にするのはよくないと判断されたのだ。
もう王族や高位貴族たちの中では取引が済んでいるのか、彼らから反対意見や疑問の声が上がることもない。
リリーは侯爵令嬢だし、ピンクブロンドの髪も可愛らしい顔立ちによく似合っている。髪も目も茶色でいかにも庶民なシャノアとは大違いだ。
地位の高さと可愛さもラルフ王子の相手に選ばれた理由なのだろう。
そんなことを考えているとラルフ王子が顔を歪めて笑みを作った。
「ここまで追い詰められても罪を認めないというのか? 今のうちに認めれば死刑は取り消し、私の愛人にしてやろうというのに。」
「こんなことをした以上ラルフ殿下からの寵愛は受けられないと思いますけど、それでも唯一の助かる道なんですよ?」
「ええ……。」
もうツッコミどころが多すぎてどうすればいいのかわからない。というかリリーさん、愛されない私を見て悦に入るつもりなんでしょうけど隣の男は私を手籠めにする気満々の顔ですよ。
そこまで考えた瞬間、召喚された時からずっとつけていた指輪がふいに光を放ち始めた。
それに気づいたシャノアの心臓が驚きと歓喜で飛び跳ねる。
「あ……。き、来たっ!」
「は? いったい何を……。な、なんだその光は!?」
ラルフ王子たちが慌てている間にも光は強さを増し、やがてシャノアの足元に巨大な魔法陣が現れた。
強い光と吹き荒れる突風にみんなが顔を伏せ、それが止むころには一人の男が立っていた。
黒髪と黒い瞳を持ち、魔術師と思しき服装のその男はあたりを興味深そうに見まわすと満足げに頷く。
「うむ、世界を超えるのは初めてだったが無事に成功したようだな! この経験は忘れぬうちに記録しておかねば。」
「クラウス!」
「む?」
声をかけられたクラウスはそれがシャノアだとわかるとパッと輝くような笑顔になって両腕を広げる。
「おお! 愛しの我が妻、シャノアではないか! 無事だったか!」
「クラウス! 会いたかった!」
シャノアがクラウスの胸の中に飛び込む。クラウスは彼女をしっかり抱きとめて、お互いに再会を喜び合った。
「一年も待たせてしまってすまない。結婚指輪に付与した追跡魔術のわずかな反応だけで何とかここを探し当てたが、まさか異世界に飛ばされていたとはな。帰った後は次元移動と召喚術への対策もせねば。」
「もう、こんな時まで魔術のことなんだから。まあそんな魔術バカを好きになっちゃった私も私だけど……。
ところでどうやってここまで来れたの? 元の世界に異世界に行く術なんてなかったはずだけど。」
「方法なら実にシンプルだ。なければ作ればいい! まあ急いで開発したので我以外には起動すらできぬ代物ではあるがな。」
当然のことだと言わんばかりに頷くクラウスにシャノアは「だと思った」と苦笑する。
「一年で全く新しい術を開発したのね……。相変わらず規格外というかなんというか。」
「シャノアに会いたいという気持ちが我の頭を冴えわたらせたのだ。まさに愛のなせる業だな! まあ、もう二度とシャノアを手放すのはごめんだが。」
「クラウス……。」
見つめあうシャノアとクラウス。すっかり二人の世界に入っていたが、そこへ声が割って入った。
「な、なんだお前は! どうやって侵入した!」
ラルフ王子たちがようやく復活したらしい。
先ほどまでの歪んだ笑みは消え、焦った表情でクラウスを指さす。
「うむ。そういえば自己紹介を忘れていたな。我はスレイド王国所属の特級魔術師、クラウス・デンゼル。こちらは我が愛しの妻シャノア・デンゼルだ。侵入方法は先ほど開発したばかりの次元移動魔術だ。転移魔術を応用したのだがどうやって座標を次元の向こうへ設定するかというのが難問でな……。」
「はいはい、バカ真面目に答えなくていいの。あと開発秘話は帰ってから他の魔術師たちに話してちょうだい。」
長くなりそうなのを察したシャノアが止めるとクラウスは「それもそうか」と頷く。
「ふざけるな! シャノアは私のものにするのだぞ!」
「ラルフ様!?」
つい本音が出たラルフ王子と驚いて声を上げるリリー。
それを聞いたクラウスの纏う気配が剣呑なものになってシャノアは慌てた。
クラウスが本気を出せば城どころか国が丸ごと壊滅してもおかしくない。
矛を収めさせるためにシャノアは袖を引っ張った。
「何度結婚してるって説明してもこの調子なのよ。たぶん私が帰ればこのおかしな行動も治ると思うから、早いところ帰りましょう。」
「ふむ……捻り潰してやりたい気持ちもあるが、帰路を安全なものにするためにもここで魔力を浪費するのは得策ではないな。では帰るとしよう。皆心配していたぞ。」
「させるか! この二人を捕縛しろ!」
どうしても逃がしたくないらしいラルフ王子が命令すると、会場の外から兵士たちがなだれ込んできた。
あっという間に取り囲まれて武器を突き付けられるが、クラウスは涼しい顔をしている。
「我に挑むか。なるだけ魔力は節約したかったが、仕方ない。」
お互い無言の一瞬、ふとクラウスの目つきが鋭くなった。次の瞬間、轟音とともに兵士たちが見えない何かに吹きとばされる。
「ぎゃああああ!」
「きゃあっ!」
後ろでニヤついていたラルフ王子とリリーも巻き込まれて吹っ飛んでいくのを見たクラウスが嘲笑とともに息を吐く。
「ふん。魔術ですらない、魔力をぶつけるだけの攻撃でこうなるとは。王族を守る兵士が聞いてあきれる。」
「……ここでも向こうでも、普通の人は魔力をぶつけてもせいぜい一人を転ばせるくらいよ?」
「な、なんだあの男は……。あの数の兵を一瞬で無力化しただと……?」
呆れた様子で額に手を当てるシャノアと怯えて起き上がることもできないラルフ王子をよそに、クラウスが今度は右手をかざして魔法陣を展開した。
兵士たちの下から茨が生えて彼らを転がったままの姿勢で拘束する。
ちなみに、他の王族や高位貴族たちは先ほどの余波で壁に押し付けられていた。皆怯えた様子で、クラウスに目を付けられまいと息をひそめている。
まあ、少し考えればこの国でも原理不明な次元移動魔術を1年で開発し、数十人の魔力を注ぎ込んで行われる術の起動をたった一人でこなして全く疲れる様子のないクラウスを相手にしようとは思わない。
「さすがに次元移動魔術の発動中に邪魔されると面倒なのでな。我が移動すればその術は解けるので安心するといい。では改めて……。」
「お、お待ちになって!」
またも遮られたクラウスが面倒そうな表情を隠しもせずにそちらを見ると、茨に巻き付かれながらもどうにか上半身だけ持ち上げたリリーがこちらに手を伸ばしていた。
「わたくしはラルフ様に騙されたのです! わたくしと結婚したままもう一人を愛人に据えようとするような方と一緒にはいられませんわ! わたくしも連れて行ってください!」
「なっ!? シャノアを愛人にするのはリリーも了承していたじゃないか!」
「シャノアからラルフ様を奪えたと思ったから了承したのです! 誰からも相手にされないシャノアを見て溜飲を下げようと思ったのに!」
「リリー!? お前はそんな女だったのか!」
「ラルフ様には言われたくありません!」
目の前のやり取りに頭痛を覚えながらシャノアはひとまずクラウスに尋ねた。
「ねえクラウス。何か本音を我慢できなくなる術とか使ってる?」
「我は兵士を吹き飛ばして拘束しただけだ。というか何が起こってるのかよくわからんのだが。」
「あーうん、たぶん追い詰められて素が出たのね。そこの女の人は私に想いを寄せる人を奪うのが好きみたいだから付いていきたいみたい。」
「なんと。我が愛する人間はシャノアだけだというのに無駄なことを。それ以前に次元移動魔術はとりあえず成功するようになっただけで不安定な部分が多い。余計な物を連れて行くリスクを冒す必要はないな。」
「なんですって!?」
余計な物扱いされたリリーが憤慨しているが、クラウスはお構いなしにもう一度右手をかざした。
クラウスが来た時と同じ魔法陣が展開されて光が二人を包み込む。
それと同時にクラウスはシャノアをしっかり抱きしめた。
「さて、今度こそ帰るか。術の制御に集中したいのでしっかり掴まっていてくれるか。」
「わかったわ。」
シャノアが頷いて抱き着いたところで今度はリリーでもラルフ王子でもない声が届いた。
「シャノア! 突然だけど今までありがとう!」
シャノアがそちらに顔を向けると、魔王討伐の仲間たちが拘束された兵士を乗り越えながら笑顔で手を振っていた。
「今しかなさそうだから言うわ! この世界を救ってくれて本当にありがとう! あなたのこと、忘れないわ!」
「何も恩返しできないのは心苦しいが、心から感謝している!」
「素敵な旦那さんね! 向こうの世界でもお幸せに!」
「俺らのことは心配すんなよ! これからのこの世界は俺らで守っていくからな!」
前線を張っていた騎士が、いつも魔力切れまで頑張っていた魔術師が、シャノアとともに治療に奔走していた治癒術師が、危険を承知で物資提供を続けていた商人が、この世界で出会った仲間たちが別れの挨拶を叫んでいる。
本当はもっとしっかり別れを惜しみたかったと心のどこかで思いながら、心からの笑顔で対応した所で視界が完全に光に包まれ、どこかへ吸い込まれる感覚がした。
――――――――――――
無事に元の世界への帰還を果たしたシャノアとクラウスは心配していた家族や友人との再会を泣きながら喜んだり、次元移動魔術や異世界に興味を持った魔術師や研究者たちに取り囲まれて質問攻めに遭ったりと忙しい日々を送っていた。
その合間に訪れた貴重な休日に、シャノアは自宅兼研究所の一室でお茶を飲みながら手紙を読んでいた。
その向かいの椅子に突然魔法陣が出現したかと思えばクラウスが現れて、慌てたシャノアがカップを落としそうになった。
「わっ! ……ちょっと! 突然目の前に転移してこないでって言ってるでしょ!」
「ふむ、それは向こうの世界でもらってきた手紙か。もし返事を書いたなら我に預けるがいい。性能テストも兼ねて持っていこう。」
「興味がある事の話しかしないのは相変わらずねえ……。」
諦めまじりのため息をつくシャノアを前にクラウスはいつもの様子でカップにお茶を注いでいる。
あのあと、クラウスは次元移動魔術の改良を続け、ある日『改良型の性能テストをする』と告げて転移していった。
止める間もなく行ってしまってシャノアがやきもきしながら待つこと数日、クラウスは魔王討伐メンバーたちの中からシャノアと仲の良かった者に接触したらしく、手紙やお土産を抱えて戻ってきた。
心配させて怒りたい気持ちと仲間たちの近況が知れて嬉しい気持ちで何とも言えない表情になってしまったことはいまだ記憶に新しい。
そんな彼が預かってきた手紙には、仲間たちは英雄扱いを受けながらも相変わらず元気でやっていること、魔王の影響がなくなって聖女なしでもなんとかやっていけていることと、あの後のラルフ王子とリリーのことが書かれていた。
ラルフ王子は聖女を逃してしまったことの責任を取らされてこれまでの功績やそれに伴う肩書を剥奪されて謹慎処分。そして謹慎が明けてからも彼が王位を継ぐ可能性は絶望的になったとのことだ。
もし彼が将来臣籍降下を受け入れず、再び何かをやらかせばその時は命がないかもしれないらしい。
リリーはこのままラルフ王子と結婚することになった。ただまあ、シャノアが帰る直前にあんなやり取りをしていた二人だし、その関係がどうなっているかは推して知るべしだ。
二人的には別れたかっただろうが、そうした所で他に結婚相手が現れるとも思えない。
だったらあの厄介者はくっつけたままにしておこうというのが上の判断のようだ。
ちなみにその国王たちはどうしているのかというと……。
仲間の一人が『そういえばあの魔術師の旦那さん、時々ここを訪ねてくるって言ってましたよ。』と言ってみたところ、驚くほど大人しくなったという。
人の夫を魔王か何かかと思っているのだろうか。いやでもクラウスなら魔王より強いのであながち間違いでもないのかもしれない。
まああの二人は自業自得ね、と思いながらシャノアがお茶を飲んでいると、クラウスがお茶菓子に手を伸ばしながら何でもないことのように言った。
「ああそうだ。あの世界で聖女召喚に用いられていた魔法陣だが、城の地下室の床に書かれていたのを床ごと剥がして持ってきた。」
「んぐうっ!?」
クラウスの顔にお茶を噴き出さなかったことを褒めてほしい。
必死の思いでお茶を飲みこみ、少々荒っぽい動作でカップをソーサーに戻しながら愕然とした気持ちで口を開いた。
「な、何やってんの……?」
「魔王は完全に消滅したのだろう? ならあれはなくとも問題ないはずだ。それに魔王関係なく呼び出してシャノアのような被害者がまた出ないとも限らん。
あと異界から人を呼びつつ聖女の力を付与するその魔術に興味があったのも少しある。」
こんなことを言っているが、主たる目的は確実に後者のほうだろう。
城には警備の兵がいるはずだが、クラウスの前には無力だったようだ。
もう怒る気力もなくしてがっくり項垂れていると、クラウスが苦笑してシャノアの隣までやってきた。
「まあ、愛しの我が妻を連れていかれて腹に据えかねていたのも事実だ。一部の魔術師と王族を除けばシャノアくらいしかまともに話せる相手もいないしな。」
「……私としてはなぜみんながあなたを怖がるのかよくわからないわ。少しでも機嫌を損ねれば皆殺しにされるとかならともかく。」
「自分よりはるかに強い相手を恐れるのが大多数の人間らしいからな。」
「クラウス……。」
笑顔にふと寂しさがよぎったことに気づいたシャノアはクラウスの頬に手を伸ばした。
クラウスはその手に導かれるように顔を近づける。
「『人の皮をかぶった怪物』と呼ばれた我を『ただの魔術バカ』と笑い飛ばしてくれたのはシャノアだ。一生手放すつもりはないからそのつもりでいるがいい。」
「……こちらからもお願いするわ。ずっと一緒にいましょうね。」
お互いに言い合ってクスリと笑い、どちらからともなく唇を重ねた。