真紅な静寂のイブに
夜は静寂へと溶けていった。
それぞれがそれぞれの想いを抱えて、ある者たちは眠り、ある者たちは彷徨い、ある者たちは祈る。
少女はひとり特別な人の帰りをまどろみの中で待っていた。部屋には秒針の規則正しい音だけが響いていた。十歳の彼女には眠気に負けてしまいそうな時間だった。うつらうつらしては目を開けてみると、ケーキの上で笑うサンタの砂糖飾りが目に入る。クリームの間からのぞくサンタの笑顔が虚しくさえ感じられる。スープとチキンはテーブルに湯気もなく並んでいた。
今日はもう帰ってこないかもしれない。だから諦めよう、と彼女は幾度となく思った。しかしあと五分待とう、十分待とう、と時計とにらめっこしては眠りそうになる。
いい子にしていたらサンタクロースがやって来てプレゼントをくれるのよ。少女の両親は電話越しに明るい声で話した。
でもほんとうに欲しかったのはサンタの来訪でも素敵なプレゼントでもなく、両親との時間だったのだ。
「わたしは悪い子なのかな」
少女がつぶやいた言葉が静寂に溶けて消えた。
「おとうさんと、おかあさんが帰ってきてくれないのは、わたしが悪い子だったからなの?」と声を震わせ、けれども泣かないように必死で力を込めていた。
まぶたはもうあかなかった。もうケーキの砂糖飾りをみることも、時間をたしかめることもなかった。大きな眠りの波が少女を包んで夢の中へと誘っていった。
時計の音に混じって遠くから金属の音色が響いた。鈴を転がすような優しく慎ましい音だった。
「おやおや、こんなところで眠っていては風邪をひいてしまうよ」
真紅の毛布をそっと少女の背にかける、これまた赤い服の姿がひとつあった。
「健気なキミに良いことを教えてあげよう」
耳元でささやいた。
「もうすぐお父さんとお母さんが海を越えた国からキミの元へ急いで帰ってくるからね」
そう言って彼女の頭をなでる。
「おと、う……さん………?」
少女が身じろぎして眠い目を細くあけた。けれども眠気には勝てずまたまぶたがさがってきた。
「わしはね、いい子のところに訪れる者だよ」
口ひげをゆらし、ほっほっほっ、と笑い声がした。
「サンタさん……?」
ねごとのようにその名をこぼした。
「メリークリスマス、小さな女の子」
そう聞こえたあとには少女しか部屋にいなかった。
扉が開いた時、彼女は深い眠りのなかだった。分厚い赤の毛布に包まれて小さな寝息を立てていた。
「もう寝てしまったのね」
「日本に着くのが夜中になってしまったからな。悪いことをしてしまったよ」
「えぇほんとうに……。寂しい思いをさせてしまってごめんなさい」
両親は寝顔をみながら小声で話した。父親がそっと少女を抱え、寝室へと運んだ。ベッドに寝かせると母親が娘の頬に口づけをした。
明日はとびっきり甘えさせてあげよう。なんといってもクリスマスなのだから。
二人は微笑んで眠る我が子を見つめた。
(おわり)
最後までお読みくださりありがとうございます。
少しでもお愉しみいただければ幸いです。