奪われた“始まり”
この作品は、Twitterで話題となった大学生の現状を描いた漫画に影響を受け、同じく現役大学生である筆者が初めて小説を執筆いたしました。ストーリーや登場人物は、もちろんフィクションですが、一部、オンライン授業におけるトラブルなどは、自身の体験を基にして描いています。その点において、リアリティーを追求しています。より詳しく大学生の現状を知って頂くのと同時に、純粋に作品として楽しんで頂ければ幸いです。また、作中いくつか伏線を張っております。それらも合わせて楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。
私の迎えるはずのキャンパスライフは、やってこなかった。
今日も私は、パソコンと向き合う…。
二〇二〇年一月中旬のある日、今日も志望校合格を目指し、ひたすら机に向かった。
私は、一段落付いたら、気休めにいつもかわいい動物の動画を見て、癒やされるのが日課だった。
そして、今日もいつも通り、動画サイトを開くと、おすすめの一覧にふと目が行った。
「THE BLUE HEARTS「人にやさしく」…。」
何となく、押してみると…
普段、あまりロックを聴かない私だったが、冒頭から何か“グッ”と来るものがあった。
その曲に鼓舞されるかのように、再び机に向かい、夜を明かした。
“ハッ”と目が覚めた。いつの間にか寝ていた。
そして、一階へ降りて洗面所へ向かうと
「萌音、おはよう。昨日は、何時まで勉強していたの?」
母は、洗濯かごから洗濯機に洗い物を入れながら言う。
「わかんない。いつの間にか寝ちゃってさぁ。」
「えー!?そのまま寝ちゃったの。ちゃんとベッドで寝ないと風邪引いちゃうわよ。体調管理も大切だからね。」
「はぁい。」と私は、気のない返事をした。
「お父さん、今ちょうど朝ご飯食べてるから一緒に食べちゃって。」
「はい、はい。」
顔を洗い、ダイニングに向かうと、テレビの声が聞えてきた。
「昨日、日本で初めて感染が確認されました。」
十二月頃から、新型ウイルスについて耳にしていたが、日本でも感染者が出たと聞き、私は少し不安を抱いた。
父は、娘の一瞬の不安げな表情を読み取ったのか「きっと、すぐに収束するさぁ。萌音は気にせず、勉強に集中すればいい。」と声を掛けた。
「うん。」
私は、台所に行き、ご飯と味噌汁をよそい、母が焼いてくれた鮭と玉子焼を食べた。
そして、歯を磨き、顔を洗い、身支度を整える。
今日も机に向かった。
二月の下旬、私は、都内の大学に晴れて合格し、一人暮らしの物件を決め、引っ越しの準備を進めていた。
その頃、クルーズ船が隔離された。マスクが店から消えた。私は、一刻も早く収束することを祈った。
そして、三月の上旬、幸いにも私の住む地域は感染者が出ていなかったこともあり、私たち、先生、親と規模が縮小され、卒業式が行われた。
みんなマスクを付けて、校歌も、卒業の歌も歌わない異様な光景であった。
三月の中旬頃、大学から通知が来た。どうやら、入学式は中止で、四月上旬にガイダンスは行われるようだ。
私の祈りとは裏腹に、さまざまな芸能人の感染が確認され、東京は感染者が増える一方だった。
「こんな状況で、大学は授業を始めるのか。」と疑念の声を父は日に日に漏らす。
三月二十三日、都知事はロックダウン(都市封鎖)の可能性を示唆した。
しかし、大学からはガイダンス中止の通知は来ない。
私は、東京へ行くことにためらいがあり、三月のギリギリまで実家に留まったが、やはり大学から通知は来なかった。
そして、私はやむを得ず、東京へ渡ることを決意した。
東京へ渡る当日、両親は鹿児島空港まで見送ってくれた。
「萌音…体に気を付けるのよ。しっかり、マスクして、手洗いとうがいをして、消毒もするのよ。ご飯もしっかり食べるのよ。あと、…」と心配性の母は、涙ぐみ、次々と気にかけて、言葉を並べた。
「気を付けてな」と父が一言。
最後に、母と抱擁を交わし、鹿児島から東京へ出発した。
東京に到着し、迷路のような駅をスマホのマップ機能を用いて攻略し、何とか一人暮らしをする住居にたどり着いた。
家具が付いている物件を選んだため、後は実家から送った荷物を受け取り、整理するだけであった。
「今日は、もう疲れたから寝よう。」と一人呟く。一人暮らしの家に着いた頃には、夜の十時を回っていた。
そして翌日、実家から送った荷物を受け取り、部屋の整理や近くのスーパーで買い物をしたり、洗濯をしたりして、それなりに一人暮らしを満喫していた。
数日後、全国的な緊急事態宣言が発令された。その影響でオンライン上でガイダンスを行うことになり、授業もオンラインとなり五月上旬から前期が始まるようだ。
その晩、父から連絡があった。
「萌音、大丈夫か。ガイダンス中止だろ?」
「うん。」
「帰ってきても良いんだぞ。」
「もし、移したりしたら悪いから東京に残るよ。」
「そうか。お母さんに変わるよ。」
「うん。」
「萌音!大丈夫?体壊してない?家に帰ってきてもいいのよ。」と、また母の心配性が発動した。
「大丈夫だよ。」
「そう…?家事はちゃんとできてる?何か困ったことはない?」
「何とかやってるよ。」
「学校の授業はどうなるの?」
「五月からオンライン授業が始まるみたい。」
「とりあえず学校には行かなくて済むのね。じゃあ、買い物とか出掛けるときは十分気を付けるのよ。」
「うん。分かってるよ。そろそろお風呂入りたいから切るね。」
「何か、困ったことがあれば電話するのよ。体調管理しっかりしてね。」
「はい、はい。」
「萌音…じゃあね。」
―プツンと電話を私は切った。
そして、帰りたくても帰れない、出掛けるにも出掛けられない、知り合いも近くに居ない。そんな退屈な日々を過ごしていった。
五月上旬、いよいよオンライン授業が始まった…。