ウミガメのスープ
「あれ? ……ってことはもしかしてあたし達……」
「「迷子ーーー!?」」
二人の声が、海藻の森に響いた。
「お困りのようじゃな?」
シャチ達は突然の声に驚き、辺りを見回した。揺れる海藻の奥にいる何者かの気配を感じる。
「誰だ!」
「わしか? わしゃ、シータートル。どこにでもおる普通のウミガメじゃよ」
海藻を掻き分けて現れたのは、シャチと同じくらい大きい年期の入ったウミガメだった。
「ここらへんは景色が変わらないからの、迷子になる魚が後をたたんのじゃ」
そう言いながらウミガメは年期の入りすぎでヒビの入った甲羅を前ヒレで撫でていた。
シャチとトビウオは辺りを見渡したが、確かに、どこを向いても背丈を遥かに越える海藻が生い茂るばかり、それに日の光が遮られてほんのりと暗い為に視界は最悪だ。
「ふむ、そうかそうか! 確かに!これは来た道を戻ることも出来そうにないな!」
「ちょっと! 笑い事じゃ無いわよ? 下手したらあたし達、海藻の養分になっちゃうかも……」
「良ければお前さん方を案内してやろうか?」
「本当? それは助かる!」
「ただ、条件があるのじゃ」
「その条件とは?」
「近頃、この海藻の森にれすとらん? なるものができたと、潮の噂が流れてきたのじゃ。わしは、どうしてもそこに行きたくてな。探していたのじゃ」
「その、れすとらん……って何だ?」
「どうも美味しい食べ物を恵んでくれるそうじゃ。その場所は見つかったのじゃがな」
「なんだ、それなら良かったじゃないか」
「ただ、問題があってな。そこをサメが居着いていて近づけないのじゃ」
「えぇ!? サメだって!?」
「そうじゃよ、お前さんシャチじゃろ? ほらちょちょいと脅かしてなんとか退かしてはくれんか?」
「えぇ……」
サメといえば、魚の中でもダントツで狂暴だと言われる魚だ。
いくら、腕に自信がある者でも、下手をすれば食われてしまう危険もある。
成体になったイルカは大抵群れで行動するからまず狙われることは少ないが、幼体がサメに食われて命を落とすことは決して珍しい話ではない。
トビウオもいる今、サメにわざわざ自分から近づくのは余りにもリスクが高いのだ。
そう考えたシャチは、ウミガメの提案を断ろうとした。
「えぇっと、折角の申し出は有りがたいが……」
「やりましょう!」
「はぁ!?」
シャチが言い切るその前に、トビウオが元気よく答えた。
「いやいやいや、トビさん!? 何で? 危ないぞ? サメだぞ? 食べられちゃうかも知れないんだぞ」
トビウオはやれやれといいたげに首を振る。
「君こそ、こんなところで立ち止まってて良いの? これから海で最強のシャチの群れに合流しようというのに、サメごときに後れを取るつもりなのかしら?」
「いや、そうかも知れないが、危ないことに変わりは無いだろう」
「あたしの事なら心配要らないわ! あたし、力は弱いけど狩りには強いの、知ってるでしょう?」
やる気満々のトビウオ、こうなってしまったらもう彼女は止められない。
「うー、わかったよ。 やってやる!」
「話はまとまった様じゃな? ついて来るのじゃ」
シャチ達は、ウミガメの案内の元、海藻の森を進んでいった。
それからしばらくウミガメの甲羅を追いかけていると、かさばる海藻を掻き分けた先で開けた場所にたどり着いた。
そこは、周囲を海藻で囲まれた森の中の広場と言った感じの場所になっている。
何より、一際目を引くのは、その広場の中央にある大きな木造の船。
「これは……沈没船か」
シャチは驚いた。そういうものがあると言うことは昔聞かされていたが、実際に見るのは初めてだったからだ。
「ここじゃ、ここがれすとらんと呼ばれている場所じゃよ」
「他の魚の気配が無い、隠れているか、出掛けているかだな」
「近寄ってみましょ! 遠くからじゃ良く分からないわ」
三匹は慎重にその船へと近づいた。ボロボロのマストに、外装は所々穴が空いているが、数10匹のイルカを中に押し込めても余裕そうな位の大きさなので、中がどうなってるかは分からない。
船の甲板には中に入るためだと思われるハッチが開けてあり、中の階段が見えていた。もっとも、今ではその役目も不要であるが。
「どうする? 入る?」
「外には何も居ないみたいだしな。覗いてみるか……」
中は穴だらけの壁や天井からの光でほのかに明るい。
シャチ達が船へと入った時だった。
バタン!
大きな音を立てて、ハッチが閉じる。
「え?」
まだ、ウミガメが入ってきていない。はぐれてしまった。
「ちょっと! ウミガメさん? 何してるの!」
トビウオはハッチの向こう側へと呼び掛けた。
「これで、わしは助かるんじゃ……許せ」
「えっ? ど、どういうことよ! ウミガメさん!? ウミガメさーん!」
トビウオはウミガメを何度か呼んだが、答えは返って来なかった。
一方シャチはそれどころでは無かった。あまりにも強烈な匂いを感じてしまっていたからだ。
「なんだこの匂い……魚の死骸?」
良く見ると、船内には魚の死骸が散乱していた。それぞれが強烈な匂いを放っており、鼻がもげそうだ。
シャチは頭をブンブンふった。多少は気が紛れると思ったからだ。
「トビ、この部屋。なんか嫌な予感がする」
「……どういうこと?」
「辺りに、散乱してる死骸は最近の物だ。近くにこれを食べ散らかしたやつがいる」
二匹は警戒して身を寄せあった。二匹のヒレとヒレが触れる。
その時だった。
「ぃよぉーこそぉーー! 沈没船レストランへぇぇ!」
薄暗い船内に野太い声が轟いた。
そのあまりの大声に、二匹は体をビクつかせる。
「なっなんだぁ!?」
「噂を聞いてやって来たお客さんに美味しくて美味しくてついつい天地を全うしてしまうと大評判のディナーをお届けしましょう!」
仰々しい言い回しで、船内の奥から現れたのは大きな大きなホオジロザメ! ギラリと光る歯に尖った顔が特徴的だ。イルカと違い哺乳類ではなく魚に大別され、海のギャング、海の荒し屋等と悪名高い。
その昔、地上の人間を食い荒らしたと言う逸話は余りにも有名である。
そんなサメが、どういうわけか白いノッポの帽子を被り、怪しい笑みでこちらを見下ろし話しかけて来た。
「フカヒレいるぅ?」
「い、いい、いえ! 大丈夫です! 結構です! 間違って入っちゃっただけなので!」
「そ、そうよね! あぁー! しまった!もうこんな時間! ほら早く、帰りましょう! あぁー! ハッチが開いてないじゃん! 他の出口を探さなきゃー!」
なんとかこの場をしのごうと、わざとらしく声を出してみたが、サメに行く手を阻まれてしまった。
「慌てない、慌てないっ! さぁさぁ、席について! 準備、準備!」
サメに背中を押されて完全に固まった二人の体はテーブルの前に着かされる。
「ライトアップ!」
サメがパンパンとヒレを叩くと、一斉に部屋のあちこちにに青白い光が灯り、視界が良くなった。
「これはホタルイカ? わざわざ集めてグラスに詰めたのか……?」
「そう! 素敵でしょう! 大変だったんですよぅ!」
「とってもぶき……ぃいえ、幻想的ね!」
トビウオの思った通り、色とりどりの魚の死骸が青白い光で照らし出される様は、さながらホラーハウスか何かである。
「お気に召して頂けて何よりですー! では料理の方準備させて頂きますので、少々お待ち下さいっっ!」
サメはそういうと船の奥の方へと泳いで言った。
すぐさまシャチとトビウオは顔を見合わせた。
「どどどどうする? サメが、何か持ってくるって?」
シャチは小声でトビウオに話しかける。
「お、落ち着きなさい! 君はシャチでしょうが! なんとかしなさいよ!」
「船の出口はしまってるし、逃げられないし、なぜかもてなされてるし訳が分からないよ!」
「食べられないよう逃げる準備はしておくわね」
「今の内に何処かに隠れられないかな」
「無理よ、机とホタルイカランプに魚の死骸しか無いもの」
「……そうだ! 死んだ振りでもしてみたら、死骸に紛れてばれないかもよ?」
今までで一番トビウオが目を輝かせている。顔がそれだぁ!と訴えていた。
そうと決まれば話は早い。
サメが帰って来る前に、トビウオを仰向けで寝かせる。後は死骸をある程度集めておけば……これで良し。
「じゃじゃーーん! 帰って来ました! お待たせしましたー!……ってあれ? 一匹足りなくない?」
サメが戻ってきた。
「あっれ? おっかしーなー? さっきまでここに居たんだけどなぁー? 綺麗なグラスに見とれていて気づかなかったなー」
「ふーん? まぁいいですけど。 ふんふん。 こっちの方?」
サメが鼻をひくつかせる。
「わたくし、鼻が効きますの。 何処に隠れたって逃しませんよ?」
(ま、まずい!)
シャチの背筋が凍る。だが、動けない! 今、動けば全ては水の泡だ! ギリギリまで待たねばならない。
「ふんふんふん。こっちかなー?」
(頼む! 見つからないでくれ!)
だが、祈りは虚しく、サメはトビウオが隠れた方へと向かって行った。
「ふんふん。 これかな? この辺だね! えいっ! えいっ!」
ビンゴ! サメはトビウオ含む死骸の山を鼻先で突っついた。それでもトビウオは口をぽっかりと開けたままピクリとも動かない。
(シャチさん、あたし、頑張ったよ……)
「隠れちゃう悪い子にはお仕置きをしなきゃね~」
「ト……トビーーーー!」
叫んだ時には遅かった。
細い棒状の何かが、トビウオの口へと突っ込まれる。
「もんぐぅ!」
「んぐっ、んぐっ。ぷはぁ。 何……?これ、このもちもちしてて、美味しい……何?」
「ト……トビ!! 良かった!」
「何ー? やーっぱり、知っていらしたのね? お客さん」
「トビに……トビに何をした!」
シャチはサメを睨みつける。だが、その言葉を聞いてサメは嬉しそうに話始めた。
「よくぞ聞いて下さいました! これこそが、当店自慢の自信作!」
サメは新たに細いピンクの棒状の何かを取り出してそれを掲げる。
「海の魚肉ソーセージです!!」
「魚肉……ソーセージ……?!」
「そうです! 魚の肉を剥いで叩いてグチャグチャにしてあれこれ混ぜて固めたものです。 ペーストが元なのでプランクトン主食の魚も楽に食べられる優れものなの
ですよ!」
えっへんと自信満々に胸を張り上げるサメ。
「これが魚の肉だと……? いったい何の魚だ?」
「えっ、それ聞くぅ? ……今回のはですねぇ、最近見かけたトビウオの群れですね」
その瞬間、トビウオの顔が青ざめた。
「へ?」
「お父さん……? お母さん……?」
「トビ!? まさか……」
「シャチさんどうしよう」
「あたし、トビウオ、食べちゃった」
場所の都合でスープが出せませんでした。海水に混ざっちゃうからね。しょうがないよね。