旅立ち
「図に乗るなよ偽イルカがぁぁぁ!」
叫ぶ灰色のイルカは大砲を真上へ放り投げると目前のカードを床へと叩きつける。
「レスポンス発動、『トロイボム』! やつのムネチカを破壊しろ!」
発動したカードは相手のターンでのみ発動できる特殊なカード、レスポンス。
叩きつけられたカードから、大きな爆弾が飛び出す。灰色のイルカは尾ビレでそれをリフティングをするかのように大砲の穴へと蹴り飛ばした。
弾の込められた大砲をキャッチし、遠心力のまま、シャチに標準を合わせる。
「はぁぁぁなぁぁぁてぇぇぇぇ!」
灰色イルカの放つ爆弾が、ムネチカを破壊しようと迫ってきた。
しかし、シャチは動じなかった。
まっすぐに相手を見据えて、爆弾を迎え撃つ。首を捻り、刃の芯で爆弾を捉えるとそれを渾身のスイングで打ち返した。
「何ィ!?」
「効かない! ムネチカは1ターンに1度破壊されない効果がある!」
ムネチカを咥えたシャチが灰色イルカに飛びかかる。
それを拒むように放たれた、無数の砲弾も、全て切り伏せ、ただ進む。
体を大きく捻らせて、その切っ先を相手に向ける、そして、振り下ろす!
「甘い! たかがレベル4のなまくらで、断てると思うな!」
捻りを加えた一撃が砲頭に打ち当たり、激しい金属音を響かせた。反動が口へと流れ込む。
耐えきれない衝撃に、シャチの体が弾き飛ばされる。
「だからどうした! 僕様の答えはもう決まってる。 例え、仲間といえども容赦はしない! 僕様はシャチだ、シャチなんだ!」
「デタラメだ! お前がシャチなはずが無いだろう? そんなこと認めない、絶対にだ!」
「ならば、力でねじ伏せよう……ミカヅキムネチカの効果発動!『クレセント』!」
シャチがその言葉を発した瞬間。
周辺の影がゆらめき、シャチのくわえる刀へと吸収されていった。
「なっ……これは?!」
影だけではない、回路だ。灰色のイルカは自分の組んだ精霊回路のエネルギーが、ムネチカへと流れ込んでいることに気がついた。
「まさか、俺の回路を利用しているのか!?」
「その通り! ムネチカは周囲の回路に使われたカードの数だけレベルが上がる!」
「はっ、なにかと思えばそんなもの! お前の場にある回路は3枚、俺の回路を含めてもレベル11にしかならないぞ! 次は俺のターンだ、俺の回路はリセットされ、レベルは7にまで低下する。 バトルで破壊してしまえば勝ったも同然!」
その言葉を聞いて、シャチは口角を僅かに上げた。
「それはどうかな?」
シャチのくわえるムネチカに集まった影が刃を巨大化させる。大型の刀と化したそれを振りかざし、一直線に灰色イルカへと飛びかかる!
「何度やっても同じこと! みんな、打て!」
灰色のイルカ達は一斉にシャチを狙って砲弾を放とうとした。
空砲。
砲頭からはぽすん、と音をたてて気泡が上がるだけたった。
「リーダー! 精霊回路がやられてます! 打てません!」
「なにぃ!?」
灰色のイルカ達は慌てふためいたが、何度やっても打てないものはどうやっても打てない。
「言ったはずだ! 周囲の回路の数を利用すると!」
「11匹、全員分の回路を喰らった……だと!?」
その合計レベル51!!
「くらえ! これが僕様というものだ! さぁ、16分の1の夜が貴様を滅ぼすぞ!」
精霊による防御結界は、レベル20の武器を防げない。それが、精霊が生き物達に与えた命題だ。
灰色イルカは振り落ろされた刀をもう一度砲身で防御しようと身構えたが、シャチは止まらなかった。
刀が、大砲を切り裂いて、そのまま灰色のイルカの身へと命中する。
「くくく……あーっははははは!」
シャチは笑った。響く笑い声が、シャチの勝利を表していた。
「ぐっーー。 ぐはっ!」
吐き出した血がもやになって浮かぶ。
「無様! 無様だなぁ! 傷が深いか? あの世に向かう手助けが必要かぁ?」
「誰が……お前の手なんか……!」
「聞いちゃいない、僕様が止めをさしてやろう」
ムネチカをくわえ直して、もう一度灰色のイルカを睨む。
「とんだ親不孝め、育ての恩すら忘れたか」
「拾い物だと蔑んだのはどこの誰だったかな? あぁ、貴様じゃなかったのか?」
「…………」
「答えられないだろう? 言い訳を聞く理由なんてない。 さぁ、死ぬがよい!」
ムネチカの刃が灰色イルカの心臓を貫いた。灰色イルカの瞳から光が失われる。
「ーーーーっ! ぃよっしゃぁぁ! さぁさぁさぁ! 次に斬られたいのはどいつだ!?」
シャチは興奮した様子で、周囲の灰色イルカを見渡した。敵は後10匹いる!
「ひぃっ……! く、来るな!」
「みんな、逃げろー!」
「付き合ってられないよ!」
「話が違うじゃないか!」
灰色のイルカ達が口々に話した。この場から逃げ出そうとする者も現れた。
「うるさい! 滅べ!」
シャチは逃げ出そうとするやつから順番に狙いをつけた。場の回路が減っては困るのだ。弱くなるから。
シャチの一振りが、背を向けた灰色イルカの尾ビレを切断する。
「ぐぁ……!」
「後9匹だな!」
次の敵に狙いを定めようとした時、よく見知った声が轟いた。
「やめて!」
丁度トビウオを押さえていたイルカを切っっていた事に、シャチは気がついた。
「良かった、トビは無事だったんだね」
「よかないわよ! どうしてこんな……」
「もう少し待っていて。 あいつら全員やっつけて来るからさ」
「あたしは、もうやめてって言ってるの!!!」
トビウオは言い放った、ここにいる誰よりも強い声で。表情は固い。
「君が怒ってくれたこと、嬉しいって思ってるわ! でも、もう良いの! もう、この勝負は終わったの! これ以上は望まない! これ以上、他のイルカ達を傷つけるのはあたしの望みじゃない! 世界の理に反しているわ!」
「だって……だって! あいつらは僕様だけじゃない、トビを食おうとした! 僕様はあいつらを許せない!」
「それは! 君がイルカを殺していい理由にはならないでしょーが!!!」
「じゃぁ、どうすれば良いんだよ!」
シャチが尾ビレを地に叩きつける。トビウオはふぅと溜め息をついた。
「どどうしても彼らを追うと言うなら……このあたしを倒しなさい」
「なっ!?」
「どうするの? やるの? 言ったでしょ? あたしはいつでも付き合うよ♪」
できるはずが無いかった。彼女と戦う事はシャチの望みではなかったし、恨みの矛先をトビウオに向けることは間違っていると理性が働いたのだ。
「……ずるいよ、トビ」
シャチは刀を放した。 回路が消滅するのに合わせるように刀はキラキラとした気泡になって消えていく。
辺りにもう他のイルカの姿は無くなっていた。皆、逃げ出したのだ。
「ふふん♪ よろしい!」
トビウオは上機嫌に胸を張って笑顔を浮かべている。
「残った死体を処理しないと」
「食べるの?なにもせず、放っておいちゃ命に失礼だもんね」
「まさか、カードに封じる。命を散らした生き物はその特質をカードとして顕現させられる。バンドウイルカの持つスイライタイホウは強力だ、きっと今後の役に立つさ」
「うーん……まぁ、その方が良いわね、あまり美味しくなさそうだし」
「油のってて美味しいそうだとは思うけど……」
「ちょ、ちょっと! あたしはプランクトン派なの! 肉食の感性はわからないから!」
「トビウオって人間の好物らしいよ」
「それ、次言ったら絶交だからね?」
「あ、ハイ、ゴメンナサイ」
シャチは動かなくなった灰色のイルカへの前へ行く。
「大いなる自然よ! 我が力をここに証明する。 贄をもって、新たなる手段を我らに与えよ!」
シャチがそれを言い終えた時、イルカの下に、亜空間に繋がる漆黒のゲートが開く。
すると、ずぶずぶとイルカが亜空間へ取り込まれて行った。これで、次からはカードとしてスイライタイホウを使える。例えバンドウイルカとしての才能が無いシャチだとしても。
「ねぇ、これからどうするの?」
「うん? 帰るところももう無いしな、のたれ死ぬまで、ゆっくり生きようかな」
「帰る場所がないなら探してみたら?」
「どういうこと?」
「君はシャチなんでしょう? だったらシャチの仲間を探せば良い! 君が本当に帰るべき場所に帰るべきよ!」
「そういうものかな、また、拒絶されたら……」
「大丈夫! だって、このあたしが付いてるんだから!」
全く根拠のない自信を堂々と述べるトビウオに、シャチは目を丸くしていた。
だが、彼女とならもしかしたら、そんな気持ちがシャチに芽生える。
シャチは力強く頷いた。
「うん、わかった。僕様は僕様の仲間を見つける! 旅に出るんだ! トビ、行こう! あまりここに長居は出来ない。血の匂いを嗅ぎ付けたサメが寄ってくるのも時間の問題だ」
「うんうん! 良く言った! これからもよろしくね……シャチさん!」
照れくさそうにトビウオが呼んだ。そういえばシャチと呼ばれるのは初めてだったかも知れないとシャチは思った。
シャチはトビウオと共に旅立った。
揺らめく昆布の森の間を抜けて、新天地を目指した。トビウオがふと疑問を口にした。
「そういえば、君はどこに行こうとしてるの?」
「んん? トビが、向かっている場所に行ってるが」
「え? あたしは君に付いて行ってるんだけど……あれ?ってことはあたし達……」
顔を見合わせる二匹は現実を受け入れた。
「「迷子ーー!?」」
迷子になってしまった。シャチとトビウオはこの先どうするんだろう?
ゲームルールの説明はあくまでもフレーバーです。特に重要な意味はありません。
topic:ゲームルールその2
・ドローステップに行うこと
1.手札を全て捨てる
2.自分フィールドの回路カードを全て捨て札に置く
3.山札を5枚引く