8話 ウミガメのスープ (☆)
「師匠って犬派なんですか?」
『なんだい藪からスティックに。まぁ何を隠そう私は犬好きだが?』
俺は師匠に今日の昼休みにあった出来事を話した。
「で、最後に伊万里さんが師匠は犬派だって教えてくれたんですよ」
『ははぁ。……あ、そーかそーか。なんだ伊万里、ちゃんとあの手紙を読んでくれてたってことじゃないか』
うん? と、俺は再び首をかしげる。
『ほら、弟子に渡してもらった手紙の内容、覚えてるかい?』
「忘れましたが、確か下書きが……お、あったあった」
と、ノートに書いた手紙の下書きを取り出す。
~・~・~
さびしい思いをさせてごめんね? 私、死んじゃった。
色々とやり残したこともあるけど、後悔はしてないよ。ほんと
姉としては不出来だったし、伊万里はしっかりしてるから私が
いなくても、きっと大丈夫。長生きして、お母さんたちの老後
の面倒をみてあげて。
あと最後に一つだけ言わせてほしいの。
ねこ大好き。
神原 加古
~・~・~
「あー、そういえばこんなこと書いてましたね。え、やっぱり猫派なんですか?」
『猫も好きだが?』
なんなんだよもう。訳が分からないよ。
『あれ。手紙って読まれないでビリビリに破かれて捨てたって話じゃなかったっけ?』
「そこは俺も気になりましたけど」
『ふーん……まぁいいや。伊万里には私の手紙が届いてたんならそれでいいか』
と、師匠はふよりと浮かび上がる。黒ストッキングに包まれた足についつい目が……いやいやいや。
「って、あれ? 師匠微妙に服変わってないですか?」
『ん? ああ、弟子は黒ストッキング好きだろ? 変えてみた』
「……変えられるんですか、服」
『そりゃ私も女だからな、お洒落くらいするさ。夢の中で弟子に妄想して出してもらってね。弟子に憑いてる私は弟子が出した服に好き勝手着替えられるって寸法さ。金がかからないから、むしろ生前よりお洒落さんかもしれないね』
え、じゃあ夢の中で俺が出したのかその黒ストッキング。
「そういうシステムだったんですが。……ん? 最初のバニースーツはどうしたんですか? まさかバニーガールの姿で死んだわけじゃないですよね?」
『あれは私が頑張って作ったんだが、死んでるせいか凄い時間かかってな。今は弟子が色々出してくれるおかげで随分着替えが増えたよ。ありがとな、弟子』
「あ、はい? お役に立てて何よりです?」
というか何させてんですか師匠。まさか下着とかも妄想させたり……? え?
『それにしても「YESかNOで回答して」、ねぇ。まるで「ウミガメのスープ」だな』
「『ウミガメのスープ』? なんですかそれ」
『弟子は知らないやつか。水平思考ゲームっていってね……あ、今日のレッスンはこれにしようか!』
* * *
というわけで、師匠の思い付きで急遽『ウミガメのスープ』についての授業となった。
『ウミガメのスープ』。それは一種の推理ゲームの名前である。
出題者が出した謎に対し、回答者が「YES」「NO」の2択で答えられる質問を行い、出題者は真実に基づきそれを「YES」「NO」「関係ない」を返す。
それヒントに、隠された謎を解き明かせたら回答者の勝ち、というゲームだ。
「へー。で、水平思考ゲームってなんですか?」
『簡単に言ってしまえば、柔軟な発想を養うやつだ。小説のアイディアを練るためには柔軟な発想が必要だ。これはいいトレーニングになるぞ。例題を出してみよう』
例題:とある弓矢の大会で、その男は誰よりも遠くへ矢を飛ばして見せた。
しかし、一番遠くへ矢を飛ばした彼は優勝することができなかった。なぜ?
「えーっと、これはその男が優勝できなかった理由を答えよ、ってことですね?」
『そうだ。試しに解いてみたまえ』
「いくつ質問してもいいんですか?」
『ああ。質問数の制限はないぞ』
師匠が得意顔で言う。うーん、じゃあ何を聞こう。
「その大会はどこでやっていましたか?」
『それはYESかNOでは答えられないな』
「あ、そっか。じゃあ屋外でやっていましたか? ならどうでしょう」
『うむ。それなら答えられる。答えはYES、屋外でやっていた』
こうやって状況を絞り込んでいくらしい。
「じゃあ……その男は、エントリーしていなかった、とか?」
『鋭い質問だね。確かにエントリーしていなかったらいくら好成績でも優勝者に選ばれることはない。だが今回はNOだ。その男は大会にエントリーしていた』
「……矢を遠くまで飛ばしたのは本番でですか?」
『YES。一発勝負の本番でこそ一番遠くに飛ばしたのがこの男だったよ』
「うーん、女性の大会に出てて、女装がばれて失格になった」
『あはは! いい発想だ。正解にしてもいいくらいだが、これもNOだ』
「不正がばれて失格になったわけではない?」
『YES。男は大会のルールを一切破っていない』
「ルールに則った上で、ほかの参加者に負けた?」
『YES! そのとおりさ』
……あ、ということは。
「もしかして、得点を競う大会でしたか? 的当てみたいな」
『正解! そう。男は誰よりも遠くへ矢を飛ばした。それはつまり、的に当たらず明後日の方向へ飛んで行っただけだったのさ』
なるほど。この出題に隠された謎とは、『弓矢の大会だけど、実は的当てで競う大会だった』ということ。矢を飛ばす方が優秀と見せかけた叙述トリックである。
「おー、頭使いますねこれ」
『ああ。そして途中で弟子の言った「女装して女性の大会に出た」はいい発想だった。こういうのが出るからこのゲームは面白いんだ』
弟子が出題するときは矢の飛距離を競う大会だったことにして、これを答えにするのも面白いな。と師匠は笑った。
『「ウミガメのスープ」では、「条件を満たす状況」をひねり出すための「発想力」が鍛えられる』
「発想、小説には大事なところですね」
『ああ。これを使うとだな……前に出した「コップを落とした、コップが割れた。君はそれを片付けた」これにひとつ謎を混ぜてみよう』
例:コップを落とした、コップが割れた。割れたコップが元に戻った。なぜ?
『こういう風に、強引に不思議な状況をつくったとする。で、「ウミガメのスープ」をやり込んでる人間は、これを満たす「辻褄の合う答え」をひねり出せるのさ』
「へー……えーっと、割れたコップが元に戻るとかあるんですか?」
『「魔法使いが魔法でコップを割れる状態の前に戻してくれた」なんてどうだい?』
「……ずるくないですか?」
『気まぐれな魔法使いが居れば、十分辻褄が合う話さ』
確かに魔法がないとは言ってなかった……そういうのもあるのか。
『これをもとに、魔法使いがコップを直してくれるお話を書いてもいい』
「タダで直してくれるんですかね?」
『お、いいね。魔法使いが対価を求めるのは「お約束」だもんな。というわけで、タダじゃないなら「魔法使いに対価を求められた」なんてシーンを加えようか。そうやって話を発展させれば、君も物語を紡げるわけだ』
あ、これ前の「〇〇ならどうするか」とつながるわけか。
『いいことを教えてあげよう。実際、辻褄合わせができると超便利だぞ? 設定に矛盾が出たときにそれの辻褄を合わせる見事な理由を捻り出すと、ミスだったはずの矛盾が伏線となって昇華されるんだ』
「……えーっとつまり?」
『読者から「ここ設定おかしくないですか?」って突っ込まれても「あ、それは伏線だったんですよー、あー気づいちゃったかー」と言いつつ辻褄をあわせることで、さも最初から狙い通りだった風を装える。しかもネタにもなる』
「……ずるくないですか?!」
『これが大人なのさ。あ、これ私のテクの奥義のひとつだからね。皆には内緒だよ』
大人ってずるい……!
『また、とある漫画家の話だが、倒し方の分からない「超強い能力のボス敵」を連載に出しちゃったらしい。で、連載しながら「どうやってコイツ倒すんだ……」って編集と頭を抱えつつ、なんとかそいつの倒し方を捻り出したそうだ』
「あはは、なんですかそれ」
『某週刊誌の超大御所作家だぞ? まぁ、こうやって設定ありき、後から攻略法を考える、って書き方も一つの手ということだ。こういった書き方をする場合、「ウミガメのスープ」で鍛えた発想力が大活躍してくれるだろうさ』
他にもミステリー作家が密室殺人の現場を作ってからトリックを考える、というのもあるらしい。下手すれば犯人すら決まっていないとか……殺された人はいるのに犯人が決まっていないなんて、小説の世界は何でもありだなぁホント。
* * *
『ちなみに、「ウミガメのスープ配信」をしているVtuberなんてのもいてな!』
「へぇ?」
Vtuber。それは、某巨大動画サイトで活躍する配信者、の中でも、バーチャルな立ち絵や3Dモデルを使った存在の事を指す。
『「hakuちゃん」というやつで、可愛いんだこれが。あ! そうだよここ1年程浮遊霊してたから見れてなかったんだよね。配信のアーカイブ見よう、見せて。検索検索』
「はいはい」
師匠におねだりされ、俺はVtuberの「hakuちゃん」を検索する。……ほう、いいおっぱいだ。デカい。いや、まぁ、作り物の3Dモデルだとは分かってるけど。
白い髪に赤い瞳。師匠が言うだけあって可愛いもんだ。猫耳のようなメカが頭についているのもまた……人を小馬鹿にしたようなニヤニヤ顔はデフォルトなのだろうか?
『hakuちゃんはなぁ、声も可愛いんだ。いつかアニメ化したら声優としてオファーしたいと思ってたんだよなぁ……』
「あ、作家ってそういうオファーもできるんですか?」
『いや知らんよ。私アニメ化とかする前に死んじゃったし。けど編集さんに言うだけなら自由ってやつだろ?』
なるほど。と、配信記録、アーカイブを開く。
アーカイブでは配信していた内容がそのまま記録されており、hakuちゃんが出題者、視聴者が回答者となって『ウミガメのスープ』が行われていた。
『はーい! hakuちゃんだよぉ! 今日も視聴者のみんなにウミガメのスープをご馳走してやるんよぉ! 覚悟はできてるかー!?』
ハイテンションなhakuちゃん。ニヤニヤした笑みをうかべつつ適度にぴょんぴょんしており、3Dモデルの胸がたぷたぷ揺れていた。いやぁ技術の進歩ってすごい。電子おっぱいもここまできたかと感心せざるを得ない。揺れるおっぱいとか一日中見ていられるよな……
「……ん?」
『どうした弟子?』
「いや、この声どこかで聞いたことがあるような……うーん、どこだったっけかな」
『なっ!? は、hakuちゃんの中の人を!? 思い出せ、思い出すんだ頑張れ頑張れ! やればできる気持ちの問題!』
応援してるのか妨害してるのか分からないが、師匠の声援を受けつつhakuちゃんの特徴的なアニメっぽい声に耳を傾ける……あっ。
「橋本エーデルガルド。去年同じクラスだった橋本エーデルガルドさんだ」
『何ぃ! は、hakuちゃんの中の人は弟子の同級生!? 現役JKキタコレ!』
去年のクラスメイトで、変わった名前が印象的な同級生。確か北欧ハーフだとか。改めて声を聴いてみれば、間違いない。「だよ」の発音が俺の脳内で完全一致していた。
……尚、この「hakuちゃん」のアバターとは似ても似つかないちんちくりんな体形だった。