6話 図書室にて。
『むにゃ……はっ! 放課後のニオイ!』
「どんなニオイですかそれ。まぁ確かに丁度放課後で図書室ついてどうやって起こしたらいいのかと思案してたところですけど」
いままで静かに寝ていたらしい師匠の声がする。
『おー、愛しの図書室よ。私は帰ってきた!』
「師匠、もしや図書委員でしたか」
『その通りだよ弟子! しかも副委員長だったのさ!』
声だけだが、心なしか嬉しそうだ。小説家になるだけあって、やはり本が好きなのだろう。
「あ、そういえばうちのクラスの伊万里さん、本当に師匠の妹なのか確認しておいて欲しかったんですが。なんか小説書く人は嫌いとか聞いたんですけど」
『……あー、まぁ、うん。間違いなく私の妹だね。私めっぽう嫌われてたから合ってると思うよ。昔は可愛かったんだけど……今も見た目は可愛いんだけどねぇ。洗濯物の下着のニオイを嗅いでるところを見られてそれきり話してもくれなくなってさ』
「おい痴女霊」
そりゃそんな姉からの手紙となったらビリビリに破かれるわ。
「え、師匠、そっち系だったんですか?」
『小説でヒロインの使用済みの下着を書くシーンがあってね、そこのディティールを高めるために致し方なく突撃した次第だよ。自分のだとどうにも分からなかったけど、妹のはばっちりだったさ。やはり実物に勝る資料はないね!』
そりゃそんな変態が居たら小説書く人も嫌いになるわ。
ともあれ、図書室で本を探すことになった。
「とはいっても、なにから調べたらいいんでしょう?」
『弟子よ。ここは図書委員におススメを聞くが良い。ただ流されて図書委員をやってるだけの人もいるが、私が図書委員だったときは自分のおススメを紹介したくて仕方なかったもんさ。というわけで、一度聞いてみるのが手であるぞ。ああいうメカクレ少女の図書委員とか「当たり」の可能性が高いとみた。定番だね』
「師匠の個人的見解ってやつですね」
見ると、図書室に入ってすぐ横にある貸し出し手続きを行うカウンターには、黒く艶のあるさらりとした長い前髪で目を隠した小柄な少女が座っていた。
折角なのでカウンターにいる図書委員の人に話を聞いてみることにした。
「すいません」
「……あっ、ひゃ、い、な、なんでしょうか」
『さりげなくカウンター裏で読んでいたのはハードカバーの翻訳ファンタジー本か……胸は控えめでおどおどした態度。ふむふむこれは素晴らしい、磨けば光る原石だ。お手本のようなメカクレ少女だな、これは期待が持てるぞ弟子!』
師匠、黙っていてください。と、念じてみる。通じてるかは分からない。
「えーっと、本を探してるんだけど……その、特定の本を探してるわけじゃなくて」
「あ、はい! おススメをお探しということですね? どのような本をご所望ですか?」
と、話しかけたときにどもっていたのがウソのように、嬉しそうに口元に笑みを浮かべてすらすらと喋る図書委員さん。
俺は察した。あ、これ師匠の言う当たりってやつだ。と。
「えーっと、小説を書きたくて。参考になりそうなのを」
「参考資料ですか? それでしたらあちらの棚にある背表紙の青い本のシリーズがおススメです。自然科学について専門外の方にも非常に分かりやすくかみ砕いて教えてくれるいい本ですね。こちらの本を押さえておきたいところです。世界に深みが出ますよ」
やべぇこの人アタリどころかガチだった。
「また、武器などの資料であれば、歴史系の辞典などもございます。生物系の百科事典なんかもいいですよ。奥の棚、あちらの大きい本は貸し出しが禁止ではありますが、図書室内であれば自由に閲覧することができます。カラー写真やイラストの入った資料で、とても参考になると思います。海外風景を集めた写真集というのもありまして、これもイメージを固めるのにも役立ちますよ」
「えーっと、表現の」
「文章の書き方でしたら、小論文の書き方が充実していますね。やはり高校の図書室ということで。ただ小説と小論文は別物ですからこれはあまり参考になりません。私としては、たくさんの本を読まれて勉強するのが良いと思いますがどのような小説を書きたいとのことでしょうか? 流行の異世界ファンタジーものですか? 主人公が現地の人間、日本からの異世界転移者、色々あります。近年ライトノベルでそういうものが増えましたが、この図書室にもちゃんと入荷してあります」
「ファンタジーの」
「大変宜しいかと。であればやはりライトノベルの棚をお勧めします。最近刊行されているライトノベルは元がWeb小説が原作なだけあってとっつきやすさは流石の一言。本でなくてWeb掲載の原作でもいいのですが、自身が書く勉強にというのであれば書籍化して本になっている方が洗練された文章になっていますから、本で読む方がいいですね。おススメとしては鬼影スパナ先生の『絶対に働きたくないダンジョンマスターが惰眠をむさぼるまで』が初心者にもとっつきやすくお勧めです。シンプルで分かりやすい言葉選びは読者の読みやすさを重視しているそうで、参考にするにはもってこいかと。それと忘れてはいけないのが名倉ばっこ先生の『突撃! マジ狩る戦車道!』で」
「じゃ、じゃあそれで」
「はい! こちらの棚になります!」
とんでもないマシンガンセールストークだった。これがおススメしたくてたまらない図書委員の実力か……文字に起こしたら500字は軽く超えてるだろうな。
って、とっさに決めてしまったが、「名倉ばっこ」ってたしか
『おー! 私の本かぁ! 弟子! 弟子! この子はいい子だ、結婚するならこういう子をお勧めするよ!』
師匠のPNだった。自分の本を勧められてめっちゃ喜んでるよこの人。おまかわって言葉知ってますか師匠? お前が可愛いという意味ですが。
と、図書委員さんはライトノベルの集まった棚から1冊の本――名倉ばっこ著、『突撃! マジ狩る戦車道!(1)』を抜き取り、表紙が見えるようにして俺に差し出してきた。表彰状を受け取るかのように両手で受け取る俺。
「図書室が閉まるのは17時です。それではよい読書時間を」
「あ、はい。ありがとうございました」
ちなみに師匠の本『突撃! マジ狩る戦車道!』は、異世界転生した主人公が魔物を狩る辺境騎士団の小隊リーダーとなり、ピーキーな性能ゆえに落ちこぼれていた仲間を拾い上げ、魔法を組み合わせて魔法の戦車を作り、魔物をバッタバッタと薙ぎ払って一躍トップチームに成り上がるというストーリーだ。通称『凸マジ』。
さて、読んでみるか。
ええと、主人公は前世では戦車が好きだったのか。で、岩石魔法が使えて、1兵士として働いていたけど、「連携(小)」のスキルに目覚めたと。ほほう。でもってスキルに目覚めると小隊長となる権利がもらえると。上官、「一応規則だから話したけど期待はしていないぞ」って? 上等だね。
え、メンバーは二軍から探せ? 選んでいいのは総合ランク評価がF(下から2番目)のヤツまでだって? 上等だね!
えっ、なに。この女の子、硬い障壁を作るしか能がない? でも、その障壁を出してる間は本人が動けなくなるから囮にしかならないって、それ絶対戦車の装甲向けじゃん。あーこれ仲間ってかヒロインだわ。もう完全にヒロイン。あ、かわいい。師匠にちょっと似てる。
え、こっちは走ることにしか興味がない男? 駆動系ゲットだぜ! ははっ、いいねいいね。あとは攻撃力が欲しい。え、こっちのムチムチの魔女はどんな魔法も爆発になってしまうんだって? それ火薬の代わりに……
…………
……
「あ、あの……そ、そろそろ、お時間……」
「はっ!」
気が付けば17時まであと10分。普通に面白くて読み込んでしまった……
って、あと10分? くっ、ギリギリ読み切れそうにないぞっ!?
『どうだ、それ私が書いたんだぞ』
ふふん、と自慢げな師匠の声。……くっ、素直にすごいです師匠。
「あ、えーっと。か、貸し出しってできる?」
「はい! あ、2巻もあるのでご一緒にいかがですか?」
ファーストフードのポテトのごとく差し出された2巻。うん、借りよう。
俺が本を受け取ると、メカクレ図書委員さんはぱぁっと嬉しそうに笑った。
「あ、すみません、お名前をお聞きしても? 貸し出し処理に必要なので」
「あ、はい。2年2組、葉庭択斗です」
「葉庭……と、はい、これで貸し出し処理完了です。貸出期間は一週間ですので、早めに返却してください」
本を受け取る。
「ちなみに3巻以降ってあるの?」
「ありますが、図書室には置いてありません。……よ、よければ今度個人的にお貸ししましょうか? 私、名倉ばっこ先生の大ファンなので布教用を持っていましてっ」
『弟子ぃ! この子最高だ! 是非弟子の嫁に……いや! 私の嫁にしたい!』
師匠の冗談なんだろうけど、俺も師匠の嫁になれないもんかと思ってしまった。ヤバい。そろそろいい加減この初恋の未練を本気でどうにかしないとマズいことになりそうだ。
……少し積極的に女性と繋がりを持つようにするべきか。師匠を理由に独身のままとかになったら、師匠が気に病みそうだもんな。
「あー、えっと。じゃあ、これを読んでから貸してもらっても……?」
「はいっ! 存分に語り合いましょう! あ、私、1年1組の本庄汐里と言います。よろしくお願いします先輩」
「え、あ、はい。よ、よろしく?」
握手を求められて本庄さんの手を握る。生身の女の子の、小柄で柔らかい手だった。
こうして、俺は図書委員の本庄さんと知り合いになった。