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5話 コップが割れてもストーリー(☆)


 とりあえず一週間ほど文字数を膨らませる練習をしていたが、そろそろ飽きてきた。


「師匠、飽きました」

『いや、うん。むしろ一週間もよくやったと思うよ、私なら初日で飽きると思う』

「いやなんか夢の中ですごい楽しい特訓をしたような気がして、その影響ですかね」

『あー、あれか……あれは夢の中限定だな。はっはっは』

「え、夢の中で何やってんですか師匠」

『なに、デッサンの小説版さ。夢の中だと想像力次第でなんでもモノが出せるからね』


 画家はデッサンで画力の底上げをする。なら、小説家も似たようなトレーニングで文章力を底上げできる、と、そいう感じらしい。夢の中なら現実では用意するのも大変ないろんなものを用意し放題、ということなのだろう。


 ……あれ、師匠の足や腋に目が行くな。なんでだろう? めっちゃドキドキする。



『さて。では文字数を稼げるようになった弟子に問題だ。小説には、「セリフ」や「地の文」に加えて絶対に必要なものがある。分かるか?』

「え、タイトルとか?」

『そう、物語。ストーリーだね!』


 間違えた。けど師匠は気にせず先を言う。


『物語がなければ小説とは言えない。文章力のうち、構成力とか言われる類のものだね』

「構成力ですか」

『まぁこれについては突き詰めれば難しいが、基本は簡単だ。「〇〇ならどうするか」っていうのを考えろ。例えば……君は手にガラスのコップを持っている。コップを手放すと、どうなる?』

「……床に落ちて割れる。ですかね」

『よし次だ。君はコップが割れたらどうする?』

「えっと……片付けます」

『ガラスのコップを落とした。コップは割れた。君はそれを片付けた――と、何のひねりも山場もないが、これが物語だ』


 うん? これが物語でいいのか?


『おっと弟子ぃ、顔に出てるぞ? 「めちゃくちゃツマラナイ話だ」って』

「いやまぁ、はい」

『面白いかどうかは別の話として、これは立派に物語だ。シーンとシーンの連続。そのつながり。これこそが物語さ』

「ああ、そういう定義みたいな話なわけですね」

『だが今の君ならちょっとの文を存分に膨らませられる。これも十分小説にできるはずだぞ? どれ、師匠がお手本を見せてあげよう』


 ▼・▼・▼



 つるり。


 ひょんな拍子に手からコップが滑り落ちた。ガラス製のコップだ。床はフローリングの木の板で、この高さから落ちたら確実に割れる――割れた。パリン、と軽い音をたてて、コップは破片をまき散らして割れてしまった。

 なんということだ。悲しみがこみあげてくる。これは両親から買ってもらった安物のコップだが、5年も使っていたのだ。愛着のあるコップだった。このコップとはこれからも長い付き合いをするものだと思っていたのに、どうしてこんなことに。

 涙が溢れそうになるが、ぐっとこらえる。コップの破片を片付けなければならない。片付けなければ怪我をしてしまうからな。コップも自身の破片で誰かを傷つけることは望まないだろう。コップの欠片をひとつひとつ丁寧に指でつまみ上げ、見えない破片もガムテープにくっつけて片付けた。コップがあった形跡は、もうどこにもない。


 ……新しいコップ、買わなきゃな。



 ▲・▲・▲


『セリフはないが、こんなところだ。どうだ?』

「えぇ……コップ割って片付けただけなのに、本当に物語っぽい……」

『だから立派に物語だと言ってるだろ。行動を詳しく書き、登場人物の心情をプラスするとそれらしくなるのさ』

「相棒みたいに大切にしてたって感じが出てますね」

『うむ、細かい解説はさておくが、主人公の気持ちが伝わってくれたらそれは私の言葉選びや擬人化などの(テクニック)が良かったという事だ。崇め奉れよ』


 どやぁ、と得意げな顔の師匠。うん、崇め奉るのはやり過ぎかな。


『さて、こんな風に「〇〇ならどうするか」を考えて、それを連続させれば物語はできる。だがこの「〇〇ならどうするか」、というのが割とミソでな。例えば、勇者と魔王がいる世界で、「勇者は魔王を倒すために旅立った」となったら、普通どうする? と言われても、何をすればいいか分からない、という事に陥るわけだ』

「なるほど?」

『弟子はゲームを嗜んでるから「Lv上げをする」「近くの村で情報を集める」「装備を強化する」「仲間を集める」といった選択肢が色々思い浮かぶだろう。が、そういう選択肢はそういう「お約束」な行動のパターンを知っているからこそパッと思いつく』

「『お約束』ですか」

『そうだ。言い換えれば、知ってる話だと大体こうなる(・・・・・・)、ってヤツだ。で、この「お約束」を知る方法だが――』


 そう言って、師匠は指を突き付けるポーズをとる。


『―― 本 を 読 め !!』


 むふー、と師匠は満足げに鼻息を吐いた。

 ……可愛さに少しだけ見惚れつつ、ざっくりしすぎた言葉の詳細を聞いてみることにした。


「えーっと、つまり?」

『物語の展開に選択肢を増やすだけならゲームでも漫画でもいいが、小説ならついでに表現も色々学べる。自分の書きたいジャンルの小説を読み漁るのがオススメだぞ、書きたいシーンと似たシーンも出てくるだろうし、そこで他の作者ならどういう表現をするのかという参考にもなるという寸法さ』

「なるほど、一石二鳥なわけですね」

『だがここでひとつ気を付ける点として、サンプルが少なすぎると「これアレのパクリじゃね?」という展開にしか発展できないから注意、というところだな』

「色んな選択肢を覚えて、独自の展開をさせろってことですね。……そんなに本買うお金がないんですけど?」

『そのための図書館、そして学校の図書室だよ弟子! 施設は活用すべきだ。というわけで明日は図書室にいこう! 私もついていくぞ!』

「了解で……え?」


 今、師匠がなんかとんでもないことを言った気がした。


「今、師匠もついていくって言いました?」

『ああ、というか気付いてなかったのか? 昨日弟子が夜中トイレに起きたとき、私もくっついて部屋の外に出れたのだ。まぁ、弟子から1cmも離れられなかったのでカンニングの手伝いはまだできそうにないが』

「そ、そうだったんですか……」


 ん?


「ということは師匠、トイレの中にまでついてきたってことですか?」

『……まぁ私は生娘だったのでああいうものを生で見るのは初めてだったのだ。無論ネットでは無修正の画像とかも落ちてたので知識としてはあったのだが……きゃっ』

「何言ってんだこの痴女幽霊……ッ」


 ともかく、俺の知らない間に師匠の行動範囲が広がっていた。



  * * *



 翌朝。師匠の姿は、部屋の外に出ると全く見えなくなった。


「あれ、師匠?」

『ここにいるよ。そうか。部屋の外だと弟子からは姿が見えなくなるのか……よし。私は眠ってるから、図書室にいったら起こしてくれたまえ』

「えっ」


 しかも眠ったらしく、完全に声も聞こえなくなった。



 学校について、教室に入る。師匠の妹、神原伊万里は今朝も文庫本を読んでいた。

 師匠に憑かれてからどうにも気になって目で追ってしまうんだよな……はっ、なぜ俺は伊万里さんの上履き半脱ぎの足に目線を!? 俺はハッとして少女のニオイがたっぷり染み込んでおいしそうな黒靴下から目を逸らす――って俺、なんだこの修飾文はぁ!?


 俺は、頭に思い浮かんだ足を讃える修飾文句を振り払うため、ゴツ、ゴツと机に頭突きした。ちくしょう、ちくしょう。絶対師匠のせいだ。


「よっ! 択斗、今日の放課後カラオケ行こうぜ――って、なにやってんの?」

「ああ光円か……いや、ちょっと呪いを祓ってたところだよ。あとごめん、今日は放課後図書室に行く先約があってね」

「なんだよ最近付き合い悪いな。つか、最近は授業も真剣に受けてる感じあるよな?」

「あー、それは――」


 ――師匠が『いいことを教えてあげよう。学校の授業はネタの宝庫だ。満喫しろ!』と言っていたので。


「……いやなんでもない。ちょとした心境の変化だよ」

「ふーん。ま、いいけどよ。『何か打ち込めるもんがあったら、それは幸せなことだ』って兄貴も言ってたし。何してるか知らないけど応援するぜ」

「おう、ありがと」


 ちなみに、実際、学校の授業は「小説のネタ」という観点で見て、すごくためになることが多かった。国語は言うに及ばず、歴史、地理、化学。全部ネタの塊だ。

 音楽や体育等の実技なんかは『実際の経験に勝る資料はそんなない!』だし、数学すらも公式を使って解くパズルみたいなもので、頭の体操に丁度いいらしい。それに、その数式で何ができるか、何に使えるかを想像するのが楽しいんだそうだ。


 試しに「例えば三角錐の体積を求めて何が楽しいんですかね?」と尋ねると、『ドリルを作る時にどのくらい金属を集めればいいか分かるだろ!』と返された。馬鹿だ。馬鹿だけど、すごく楽しそうに笑っていた。


「それと、神原さんの事気になってる感じ?」


 俺が伊万里さんをぼけっと眺めつつ師匠のことを思い返していると、光円がニヤニヤと俺に向かって下世話な笑みを浮かべて言った。


「ん? あー、まぁ、ちょっとね」

「だろうと思った! 択斗が調子いいのって先週恋文を渡してからだし」

「恋文じゃないんだけど……」

「神原さんに釣り合うために色々頑張ってるってトコ? 成績優秀、品行方正。部活は入っていないが運動もできてスタイルもいい。あといつも本を読んでるけどあれラノベだって話だぜ? つまりそっち系にも理解があるってことだ。これはもう男子で人気投票すれば絶対上位間違いなしだよな」


 わーお、高嶺の花っぽい。


「あ、でも神原さん狙うなら、一つだけ気を付けたほうが良い情報がある」

「ん? 何?」

「択斗には関係ないだろうけど……」


 折角なので聞いておこう、と耳を傾ける。そしてそれは、結構な爆弾情報だった。



「小説を書く人は嫌い、らしいぞ?」



 ……師匠の妹、だよなぁ? あ、いや。師匠の妹だからか?






ガラスのコップを落とした。コップは割れた。私はそれを片付けた。


面白味追加バージョン→https://ncode.syosetu.com/n9452fu/



他の人も書いてくれたのがこちら。


↓他の人の↓

弟子(たけのこ先生) https://ncode.syosetu.com/n8753fu/

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星空ゆうさんの https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11867844

静寂@しじまさんの https://ncode.syosetu.com/n8546fv/


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― 新着の感想 ―
[一言] 『ガラスのコップを落とした。コップは割れた。私はそれを片付けた。』から着想をいただき、少し筆を走らせて頂きました。 作者 :ラズライト 作品名:激戦誕生日!コイン落としの悲劇! という形…
[一言] 理科から 主人公に水たまりの水を原子レベルで熱膨張させたら、強敵でも倒すことが出来るのではないかと試させたことがありましたね。 複雑すぎて上手く『小説の文章』として表わせなかったです。結…
[一言] コップがまた割れた。 小説で性癖がゆがむのはよくあること
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