4話 文字数の稼ぎ方 ☆
『さて。先ほどのは文章力でもいわば描写力というものだな。物事を詳しく書く力だ』
「詳しく書く」
『そうだ。気付きさえすれば、コップの色や材質やらはするする出てくるだろう? だって目の前にあるんだから。見たまま詳しく書けばいい。感じた事を素直に言葉にして書く。それだけ言うと難しいが、書く内容がそういう情報や項目だと知ってしまえば簡単なものさ』
言われてみれば、ただのコップですらそれが持つ情報はたくさんあった。
気付いてしまえば、それらは本当に見たまま書ける。文字にできる内容だった。
『こうして少しの文字を修飾でふんだんに膨らませるんだ。……まるでイースト菌のような存在だな、小説家とは。小説という名のパンがふっくらおいしくなるぞ?』
「というか、師匠はよくそうポンポン言葉が出てきますね……」
『それは語彙力というものだ。こういう場面にはこういう言葉、パズルみたいなもんだな。場面に合わせた言葉を知っているかどうか、それを適切に出せるかだ』
それは結構難しいのではないだろうか。
『そういう時にはまずすぐ出てくる言葉で書いて、類語辞典でも使え。似た意味の言葉が引っ張ってこれるから適切なヤツを選べばいい。最近はネットにも無料の類語辞典があってすぐ引けるから便利だぞ』
「あ、そういうの使っていいんですか?」
『むしろ辞書や辞典は小説で使うためにあると言っても過言ではない。使ってるうちに地力も上がるしガンガン使えってなもんだ』
と、俺は師匠に類語辞典のHPをお気に入り登録させられた。わぁい。
『でだ。表現の修飾には、応用として比喩や暗喩がある。小学校で習っただろ? 何々のような、とか、まるでナントカだ、とか。暗喩では唐突に牡丹の花がポトリと落ちるシーンが入ったりするとかだな』
先ほどのイースト菌も、この比喩である。
『比喩というのは実に便利だ。要は連想。そう、知らないものを別の観点から連想させ、読者に分からせることができるからな。あと文字数も稼げる』
師匠はふよんと浮かび上がる。
これも比喩を使うなら、空に浮かぶ雲のように浮いている、とでも言うところか。
『「万物は万物に喩えられる」と言えるだろう。探せば何かしらの共通点があるから、組み合わせは無限大だ。たとえば人の頭が道端の石ころに喩えられることもある』
「いやいやさすがにそれは無理でしょ」
『「石頭」とかいうだろう。「硬い」という共通点を喩えた言葉だな』
あ、言われてみれば、そういう言葉もあった。
『本来、人の頭の硬さはその人の頭を実際に触ってみないとわからないところだが、石なら触ったことあるだろう? 石の硬さなら分かる。あの人の頭はそれくらい硬い。そう言えば、硬さの度合いを想像できる、という具合だな』
ちなみに頑固者という意味での石頭も、それくらい思考が固いという比喩である。
「じゃ、じゃあ……このノートパソコンとコップにも共通点があるんですかね」
『「このノートパソコンは俺のコップのように可愛らしい!」とかどうだい?』
「え、それはずるくないっすか!?」
『はっはっは! ずるくなんてないさ! ちゃんと喩えてはいるだろ? 読者には通じないだろうがね』
だがノートパソコンに可愛らしいという表現は……あ、アリ、なのか? アリなのか。
『あと「比較」する、といった手法もあるぞ。比喩や暗喩はほぼ等価のものに対する「比較」ともいえるな。「比較」では、共通するパラメータを比べて、度合いを示すのさ』
「度合いを?」
『そうだ。えーっと、例を挙げてみようか……』
と、師匠はちらりと俺の持ってるゲームソフトに目を向けた。
『ゲームやってるなら戦闘力とか分かりやすい。「ドラゴンよりも強い勇者」とか』
「あっ、強そう」
『より具体的に、「ドラゴンの3倍の攻撃力を持つ剣」とかね』
「強い、間違いない」
『「やくそう3個分の値段のポーション。なお回復力はやくそうの5倍」』
「お買い得ですねぇ」
『と、こんな感じに比較することで情報が分かりやすくなり、ついでに文字数も増える』
「じゃあ、『魔王を倒せる唯一の剣』とかどうですか?」
『魔王を倒すというパラメータにおいて、他の物すべてを凌駕するわけだな』
「あ、そういう感じになるんですね」
『どちらかというと役割の説明に近いけど、そういう修飾もアリだ。色々手法はあるから、好きなように文字数を増やしてほしい』
もはやなんでもアリな気がしてきた。
『また、人の行動については5W1H、これのどれかを書き加えるといい。例えば』
と、師匠は右手を挙げた。
『「誰」が「何」を「どう」した、という点で、「私」が「右手」を「挙げた」な』
「はい」
今度は、俺のベッドの上に浮かんだ。
『「どこ」で「どう」した、というので、「弟子のベッドの上」に「浮かんだ」』
「まんまですね」
『まんまでいいんだよ。とりあえず目の前にあるものをそのまんま表現するだけなら簡単だろ? ついでに「誰が」を入れておけば「弟子が」「ベッドの上に浮かんだ」になることもないぞ』
「……いや、俺は浮かべませんから」
『小説ではわからんだろ、そういう超能力を持ってるキャラかもしれん』
「ああ……まぁ、師匠は実際浮いてますしね」
『ちなみに私の得意なテクニックだが、「ふわふわ浮いてる」みたく擬音を入れるのもいいな。少なくとも「シャキッと浮いてる」って感じじゃないだろコレ』
なるほど。というかシャキッと浮いてるってなんだ。
『こういう時に言葉の形や音の印象を意識していれば好き勝手に擬音を作れたりもするが、まぁこれはさらに応用だな』
まだまだ応用もあるらしい。擬音、いや、修飾か……奥が深いな……
* * *
『さて、小説に出てくる、もう一つ文字数をじゃんじゃか使う存在がある。分かるか?』
「え、えーっと……」
『そう。セリフだ。人の発言というものは実に文字数が多い。実際に話しているとそうでもなく感じるんだが、こうしてペラペラしゃべっている会話を文字に起こすだけであっというまに100文字200文字は使ってしまう』
「なるほど」
ちなみに今の師匠のセリフは丁度100文字だった。
『ラノベ作品はキャラクターを魅せる作品だし、特にセリフが多い。掛け合いで話していたら、それだけで作品が埋まってしまう程さ』
「掛け合い、ってのは、2人以上でこうして話し合うやつですか」
『その通り。片方の言葉に、もう片方が反応する。それをただただ続けるだけでいい。中には「キャラクター達が勝手に話をするから、それを飾るのが仕事だ」と言う作家もいるくらいさ』
それも小説の一つの書き方だよ。と師匠は言う。
『でもセリフだけでは小説とは言い難い。そういう形式だと言ってしまえばそれまでだが、やはり地の文がないとそれっぽくないよな』
「地の文?」
『地の文、ってのは、まぁセリフ以外の部分だよ。「セリフ」に「地の文」。この2つがそろっていれば、大体小説の出来上がりさ』
確かにセリフとセリフ以外があったら全部だなぁうん。
『地の文では、セリフにできない光景を解説するように入れるのが良いぞ』
「セリフにできない光景を解説ですか」
『そうだ。例えば――』
そう言いつつ、師匠はテーブルの周りを歩きつつ話を続ける。
『――はい、今こうして私はうろうろ歩きながら、君に歩く姿を見せながら、いわば身振り手振りを交えて話しているね。これが小説なら今頃地の文で「師匠はテーブルの周りを歩きつつ話を続ける」と書けるわけだよ』
「ほほう……これが小説なら『なんとメタな』と言っているところです」
『あっはっは! 弟子も言うじゃないか!』
確かにセリフで一々「いきなりテーブルの周りを歩きだしてどうしたんですか師匠」なんて入れたりは……あ、これはこれでありそうだな。そういう書き方もあるのかな。
『で、地の文の膨らませ方は、さっき説明した通りだよ。光景には人の動作のほか、そこにある物品、動植物、はたまた天気や温度、主人公の心の内なんてものだって書けちゃうから、覚えておくといい』
「いよっ、イースト菌」
『弟子。師匠は弟子のそういうノリのいいところ、大好きだよ!』
にっしっし、と師匠は歯を見せて笑った。
またちょっと惚れそうになった。この人、本当に俺に自分以外を好きにならせる気あるんだろうか?
(以降、21話まで毎日0時更新していきますね)