3話 その3000字の幻想をぶち壊す ☆
かくして部屋に帰ると、幻覚は変わらずそこにいた。うん、幽霊だね。
こりゃ本気で徹さんに一度相談しておいたほうが良いかもしれない……いや、まぁ、除霊されたらおっぱいが拝めなくなるからもうしばらくこのままでいいか。うん。
『どうだ、伊万里は感動にむせび泣いていたか!?』
「渡したけど読まれずにビリビリに破かれて捨てられました」
『はぁああ!? なにしてんのマイシスターぁあ!? もぉーー!』
正直にそう答えると、師匠は頭をバリバリ掻きむしって唸った。
『あー、でもまぁそれも当然かぁ……状況を考えたら当然だったか。そもそもノートの破いたやつとかいう適当な便箋を使ったのが問題だったのかもしれない。封筒もなかったし、手紙っぽくなかったのも要因ではなかろうか』
「そもそも信用されてないんですよ。なんかこう、妹さんを納得させられるような証拠はないんですか?」
『んんー……』
少し考えこむ師匠。考えすぎて浮いてる。あ、パンツ見えそう……見え……って何見てんだ俺。目を逸らす。
『ところで弟子。うちの妹に「結婚してください」とか言ったかい?』
「え? 言うわけないでしょ。なんですか急に」
『私には言ったじゃないか。アレだぞ、遺伝子的には非常に近いんだぞ? なんせ私の妹だからな。……私に言って、なぜ妹に言わんのだ?』
「え、いや、まぁ師匠と妹さんは違うでしょ」
『……そうかい。でも、ちゃんと私じゃない人を好きになってくれよ?』
そう言いつつ、師匠は少し照れて頬を赤くしていた。
……くそ、やっぱりドキッとしてしまう。師匠が生きてさえいたらなぁ……
『まぁいいや、妹のことはしょうがない。それじゃあ弟子。小説を書いてみようか』
「え、いいんですか? 手紙破られっぱなしですけど」
『いいのいいの! どうせ大した内容でもなかったしね。それより弟子、書こうぜ! 小説は書いてナンボだからさ!』
そう言って、師匠は無駄にくるりと一回転して座った。
「はぁ……で、何したらいいんですか? 原稿用紙でも買ってきますか」
『現代の執筆にそんなもん要るかよ、上手い冗談だな。そこにノートパソコンがあるじゃろ? まずはテキストエディタを入れよう』
それは、俺が高校入学祝の時に買ってもらったノートパソコンだった。基本的にゲームと動画とチャット用のそれを起動させる。
「テキストエディタってなんすか?」
『テキストをエディットする、文字通り文章を書くためのソフトだ。私のおすすめは自動保存機能がついてるやつだな。あと文字数がリアルタイムでカウントされるやつだと地味にモチベーションが上がる』
検索すると、色々な種類のテキストエディタが出てきた。師匠のおススメというエディタをダウンロードし、インストール……あっという間に終わった。
『それと、「小説家になろうぜ」ってサイトがあるから登録しとけ。大手Web小説サイトだ』
「あー、アニメ化とかしたやつで『なろう系』とか呼ばれるやつ」
『まぁファンタジー系が多いな。とりあえずはここに登録しとくのが無難だ。次いで「カクヨモ」ってサイトもある。……PNはどうする? 後から変更もできるけど』
ユーザー名がPNになるらしい。……ここは普段ゲームのHNとして使ってる『はにわ』でいいかな。
『ひらがな3文字か? 折角だから漢字も加えておけ。見た目が引き締まるぞ』
「こういう名前って、見た目とかも気にするもんなんですか?」
『文字の持つ印象ってのは結構大事なんだぞ。作品の内容に関係しないから作者名はわりとどうでもいいけど、タイトルなんかだと凝る。ひらがなは柔らかい印象、カタカナはスタイリッシュな印象、漢字は引き締まる感じがするな』
「へー」
『あと一つ重要な点がある。私の知ってる作家の話だ……その作家は食べ物の1単語をひらがなにしただけのシンプルなPNだったんだが、既に活動している完全に同名の作家がいてな。電子書籍サイトで検索したらその作家の作品とデビュー作が横並びで表示されていた。尚、先達はエロ系で』
「わかりました、1単語のみはやめて漢字でもつけときます」
というわけで、いつも使っているHNの「はにわ」、を少し捻って「はにわ式」。
これが俺のPNとなった。
『サイトの方は置いといて、さっき入れたエディタで軽くなんか書いてみようか』
「『軽くなんか』とか言われても、何を? 俺、小説なんて書いたことないんですけど」
俺はエディタを立ち上げる。真っ白なウィンドウが画面に表示された。
『そうだなぁ……ま、今日は軽く弟子がどれくらい書ける人間か、というのを確認しておこうか』
「どれくらい書ける、ですか?」
『ああ。私は生前すっごく驚いたんだが、普通の人間にとって3000文字とか普通に書く人は凄いらしい。3000字だぞ3000字!』
「……あの、想像つかないですけど」
『だろぉ? たった3000字とか、Web小説でも1話分だもんなぁ』
「あ、いや、そっちじゃなくて。3000字の方がです。めっちゃ多くないですか?」
『え!? あ、そっち!? あぁ……弟子君はまだそっち側だったんだね』
本気で驚いた、と言う顔をするのはやめてほしい。俺は普通の人間なんだ。
というか3000字、といえばかなりの量である。
原稿用紙1枚が『400字詰め』の名前の通りびっしり書いて400字。読書感想文で原稿用紙3枚は最大でも1200字。3000字はこれの2.5倍、つまり原稿用紙7枚半もの量になるのだ。改行とかで空白が入れば、枚数はさらに増える。
大学入試とかの小論文だって、精々400字とかそんなもんだ。
『じゃあ、最初のレッスンだ。弟子のその幻想をぶち壊してあげよう。小説において、3000字はそんな多い文字数じゃないんだ』
「そうなん、ですか?」
『なんだいその疑いの眼差しは。いいだろう証拠を見せてやる。そうだねぇ……弟子はコレを文字で書くとしたらどうする?』
と、師匠はテーブルに置いてあった俺のコップを指さした。
「……『俺のコップ』、ですかね」
『なるほど、5文字だな。だがよく見てくれ。そのコップ、何色をしている? 素材は何だ? 絵が入っているな、どんな絵だ? 汚れはあるか?』
「……『青色の』『ガラス製の』『猫の絵が描かれた』『少し汚れた』『俺のコップ』ですね」
師匠に言われるまま、それをテキストエディタに打ち込んでみる。
3+5+8+5+5、21文字だ。
『どこで買った? それとも貰い物か? 使い心地は? どのくらい使ってる? どうしてここにある? 思い入れはあるか?』
「『どこで買ったかは知らない』『親からもらった』……使い心地、特に思い浮かばない場合は?」
『手になじんだ、とかあるだろ。普段意識してないってだけで案外言葉があるもんさ』
「あ、じゃあそれで……あとは『5年くらい使ってる』『部屋で水を飲むため』『少し愛着がある』……と」
12+7+6+9+9+7……さっきの21と合わせて、71字。
『つまりまとめると、『青色でガラス製の、猫の絵が描かれた、少し汚れた俺のコップ。どこで買ったかは知らないが、親からもらった、5年くらい使っていて手になじんだモノで、部屋で水を飲むために使っている。少し愛着があるので、割れたら悲しいと思う』……っと、句読点や接続詞いれたらこれで何文字だ?』
なんか追加で増えているがそのまま入力して――合計で、107字になっていた。
『たった5文字の『俺のコップ』が、詳しく書けば107字か。21倍だな!』
「え、なにこれ」
『分かったか? これが文章力というものだよ、弟子』
にしし、と悪戯っ子のように笑う師匠。
『5文字が21倍になるなら、3000字なんて実質142文字くらいってことだぞ? たったそれだけしかないんだ。小説において、3000字がいかに少ないかってことがよーく分かるだろう?』
とてつもなく暴論なようにも思えたが、少し納得もしてしまう自分が居た。
(ちなみに私はTATEditorってのを横書きモードで使ってます。
自動セーブ、文字数カウント、ルビもなろう形式の設定にすることが可能なのが便利)