2話 冥府からの手紙?
朝、起きる。
日差しがまぶしい、今日は晴れだな。俺は寝ぼけた頭を振って、目を覚ます。
「いやぁ、妙な夢だった……」
『おはよう、いい夢は見れた?』
「小説家の幽霊に弟子にされる夢を見たんですが、夢じゃなかったんですかねぇ……?」
『夢だけど夢じゃなかったー! あっはっは!』
ここは俺の部屋。ベッドとテレビと勉強机、あと小さいテーブルとゲームとかが置いてある普通の部屋なのだが、そこにただ1点普通じゃない存在があった。
そう、小説家の幽霊である。(女教師バージョン)
「えーっと……お名前なんでしたっけ?」
『神原加古だよ! でも師匠と呼んでね、弟子』
「あぁ……はい。はい。ちょっと待ってください……頭整理するんで……」
夢の中の記憶は朧気だが、確かにこの人の弟子になるといった記憶はある……うん。
……というか、やっぱり綺麗だな。まだ顔を見ると胸がドキッとする。
半透明で浮いてる当たり幽霊なのは間違いないんだろうけど……はぁ、ホントこれで死んでさえいなかったら。
目を逸らすように時計を見ると、普段起きる時間よりだいぶ早かった。
……普段なら二度寝するところだが、折角だ。もっとよく話をしてみよう。
「なんで部屋にいるんですか?」
『師匠だからねぇ。君にとり憑いたのさ。おっと、通報はしないほうが良いぞ。私はたぶん君にしか見えてないだろうから』
「あぁ、じゃあお寺にしますか、前法寺って友人がいまして」
『私は悪霊じゃないからノーセンキューだ。それにほら、夢の外だから君には触れられもしないだろう?』
と、神原さん……師匠は俺の胸に向かって手を差し出す。またすこしドキッとしたが、その手はするんと俺の体をすり抜けていた。
「な、なんかぞわってするんですけど」
『おや、弟子には霊感があるのか?』
「そもそもあるから師匠が見えてるんじゃないでしょうか……」
他の幽霊は見たことないけれど。
『一理あるな。あ、それと安心したまえ、君がこっしょりするときは私もちゃんと部屋の外に出ていようじゃないか。いや、まぁ家主を尊重ってやつだな』
「こっしょりってなんすか! ああ、やべぇ本当に取り憑かれたのか俺……こんなことが現実にあるだなんて……」
『貴重な経験だなぁ弟子ぃ! いいことを教えてあげよう。経験に勝る資料はあんまりないぞ! この状況を堪能したまえ!』
言いつつ、師匠は俺の体にまとわりつくように腕を回す。近い近い! 堪能と言われても困る……! ああもう、この人自分がどんだけ美人なのか分かってんの!?
『ほれほれ、美女の幽霊に取りつかれるとか一部の業界では垂涎ものだぞ? ン?』
「どこの業界ですかって、そ、そうだ、師匠。確か妹さんが居るって言ってましたよね、メッセージとか届けなくていいんですか?」
『お、いいのかい?』
強引に話を変えると、師匠は俺の体からするりと離れていった。ホッとしたような残念なような。
『じゃあ頼もうかな。ウチの妹は伊万里って言うの。神原伊万里。知り合いだったりする?』
「……あ、多分クラスメイトです」
『茶色っぽい髪色で、後ろ真ん中ひと房だけロングに伸ばしてて、猫っぽくて可愛い目つきの、どちらかと言えば優等生。そしておっぱい私よりちょい小さい超絶キュートな女の子かい?』
「……まぁ、言われてみればそんな感じも」
『おおお! こいつぁ運がいいや! 本人かどうか確認してきてよ』
早くも師匠の妹が判明した。というか、クラスメイトだとは。
……なんでこの人、自分の妹のクラスメイト男子にとり憑いてるんだろう。
「というか、俺にとり憑いてるってことは直接本人確認できるじゃないですか」
『お、頭いいねぇ弟子! じゃあ私が隣でしゃべるからそれを伝えておくれよ』
「分かりました。っと、んじゃ着替えるんで」
『あ、うん。出ていよ……はぐっ!』
ごん、と師匠は部屋の外へ出ようとして扉にぶつかった。
「幽霊なのに扉すり抜けたりはしないんですね」
『い、いやちがう。これ、私部屋から出られないっぽいぞ?』
「えっ」
改めて扉を開けてみるが、見えない壁でもあるように。いや実際師匠にはあるのだろう、ペタペタと手で触っている。
俺だけ外に出ても師匠は部屋の中から出られないようだった。なぜに。俺にとり憑いてるってのに不思議な話だなぁオイ。
『弟子の部屋ってことで、弟子の気配が充満してるからじゃないか? しかし、ふむ……これは弟子の着替えを観察せよという神の思し召しだな?』
「いやいやいや、後ろ向いててくださいよ」
『ちっ、仕方ないな……だが困った。これではカンニングを手伝えないぞ?』
「手伝わんでいい!」
というわけで、師匠には後ろを向いてもらいつつ、制服に着替えた。
……ついでに師匠の手紙を代筆することになった。『部屋から出られないなら手紙でいいじゃない!』ということで。
『それじゃ私の言う通りに書いてくれ』
「はい」
『神原伊万里様。一目見たその時から貴女の事が忘れられず、僕の心には貴女という女神が住み着きました。好きです。アイ・ラブ・ユー、付き合ってください――』
「はい、メッセージはなし、と。お疲れ様でしたー」
『冗談冗談。今度は真面目にやるよ。えーっと……何伝えよう。死んじゃってごめーん☆とか書いとく?』
「それのどこが真面目なんですか?」
そうして、ノートの1ページを切り取って手紙を書きあげた。
文字がそろってないと美しくないとかいう小説家らしいよく分からないこだわりで一回書き上げてからきっちり改行させられて書き直したため、気が付けばいつも起きるくらいの時間になっていた。
手紙の内容は『私は死んだけど、伊万里は長生きしてね! お母さんたちをよろしく。ねこ大好き』という感じの手紙が完成した。最後の『ねこ大好き』ってなんだろ。ペットかな?
とりあえず封筒みたいな洒落たものもないので、クリアファイルに挟んで鞄に突っ込んだ。
「お兄ちゃーん? 朝ごはんできてるよー、早く降りてきてー」
「おー、今行くー。っと、師匠。んじゃ行ってきます」
『待てぃ弟子! 今、少女の声がした! 妹か、妹なのか!? よし、今日は帰ってきたら妹トークしようぜ! なっ!』
「あーはいはい、そんじゃ行ってきます」
妹に呼ばれて、俺は部屋を出た。
ちなみに妹は中学生で、まだまだ黒髪ツインテが似合うお年頃だぞ、師匠。
* * *
よくよく冷静になって考えてみたら死者からの手紙とかめっちゃホラーな気もする。というか俺はなんであんなに冷静に幽霊と会話して師匠なんて呼んでいたんだろう。惚れた弱みだろうか? うーん……
俺は学校について、早々にこのホラー物品を処分すべく、神原伊万里に接触した。
彼女は早朝で人も増えてきた教室のど真ん中、自分の席に座って文庫本を読んでいた。本屋で買ったときについてくる紙のカバーがついており、タイトルは分からない。ホームルーム前の周囲の喧騒どこ吹く風であるが、友達から挨拶されたときには挨拶を返すくらいのコミュ力はあった。
……えーっと、曰く『茶色っぽい髪色で、後ろ真ん中ひと房だけロングに伸ばしてて、猫っぽくて可愛い目つきの、どちらかと言えば優等生。そしておっぱいが私よりちょい小さい超絶キュートな女の子』……まぁ、大体一致する気がする。
「神原さん、ちょっといいかな、話したいことがあるんだけど」
「……何かしら」
今まで話しかけたことはなかったのだが、一応クラスメイトでもあるので話は聞いてくれるらしい。本は閉じていない。俺は、本当に師匠の妹なのかを確認するべく手紙を渡す前に探りを入れてみることにした。
「実は神原さんのお姉さんから手紙を預かってて」
「姉?」
ギロリ、と言わんばかりに眼差しがきつくなる。
「えーっと、加古さんって言ってたんだけど、その。姉妹で合ってる?」
「……」
パタン、と読んでいた本を閉じる。どことなく、怒っているような気がした。
「手紙ってそれ?」
「え、あ、うん」
「頂戴」
促されて、俺はクリアファイルから手紙を取り出し、手渡す。
伊万里さんは俺から手紙を受け取ると、気怠そうに立ち上がり教室の後ろ――ゴミ箱の前まで歩いていき、
「あっ」
「……タチの悪い冗談ね」
と呟いて、手紙を読まずにビリビリに破き、捨てた。
で、何も言わずに席に戻って読書を再開した。
そ、そりゃそうだよね。俺だって仮に話したことないクラスメイトから死んだじいちゃんからの手紙とか貰っても『何言ってんだコイツ』ってなるもん。普通そうなる。
「……何よ、まだ何か用?」
「あ。いえ。まぁ渡したしいいか別に……」
「罰ゲームか何かだったの? くだらない人間ね」
うん、まぁ、義理は果たしたということで。俺も窓際の後ろから二番目にある自分の席に着いた。
鞄を机の横にひっかけていると、後ろの席の友人が俺に話しかけてくる。
「おい択斗。今の何だったんだよ。ラブレター? 玉砕?」
「えーっと、しいて言えば冥府からの手紙?」
「なんだ、兄貴に連絡入れたほうが良い案件か?」
俺の小学生からの友人、前法寺光円。
こいつの親戚、兄貴こと寺生まれの徹さんには、昔よく遊んでもらった。
そういや幽霊の話もたくさん聞かされたっけ。あれもいくつか本物が混じってたんだろうか?
「……まぁいいか。困ったら相談するよ」
「ああ、そんときは遠慮なく相談しろよ、親友」
「お気遣いどうも、親友」
……待てよ? これもしかして師匠とは俺の見ている幻覚で、実は全く存在しない架空の幽霊である可能性が。というか普通に考えたら幻覚だよな。よし。帰ったら病院いこ。