26.基準の物差しと応用 ☆
俺を家まで送ってくれた後、「困ったらいつでも連絡してくれよ」と徹さんは去っていった。
『ただいま我が家!』
「俺んちですけどね。まぁいいですけど」
というわけで、今日も師匠から小説について教わることにした。
……
「未練を解消したら師匠は成仏するそうですが、いいんですかね?」
『良いも悪いも、私はしたいようにやるだけさ。それに、未練を解消したら成仏するってんなら、成仏した時には文字通り未練はないんだろうしいいんじゃないの』
「まぁ、師匠はそれでいいと思うんですけど」
『なんだい、弟子は私が居ないと寂しくて夜も眠れない身体になっちゃったかい?』
「……」
『……え、マジで?』
「そんなことはどうでもいいんで、とりあえず今日は何をやるんです?」
『おっと! そうだね』
こほん、と師匠は咳払いをして仕切り直した。
『今日は「観点」についての話をしようか』
「観点ですか? っていうと、一人称とか三人称とかいう?」
『それは書く時の視点だ。それはそれで色々あるんだけど、今日は小説を読み書きするにあたっての「観点」……「物差し」についての話をしようと思うから全く関係ないね』
一人称視点、三人称視点といった、書く時の視点についてはまた今度、らしい。
『独自の「物差し」を持つと、その他の人と異なる小説が書けるようになるぞ。この物差しは多ければ多いほど強い』
「独自の物差し、ですか」
『俗に「こだわり」とも呼ばれるものでもあるな』
師匠はちらりと棚を見る。そこにはゲームソフトが並んでいた。
『物差しの一例としては……そうだな。「ヘイト管理」という言葉を聞いたことがあるか?』
「ああ、ゲームとかで敵がだれを厄介に思っているかってのを管理して、誰を狙うかを誘導するってやつですよね」
『これを小説に取り入れて、「ヘイト管理」をしている小説とかがある。これが独自の視点というものだ』
いわゆる、読者のヘイトを悪役に集める、ということをきっちり意識している小説のことらしい。
『なんとなくでやっているのと、きっちり「ヘイト管理」として意識しているのとでは、当然ながら意識してやっている方が上手だ。技術があるとも言えよう』
「でも、なんとなくでも上手くやってる人はいますよね?」
『それを言ったらなんとなくで傑作小説をかく天才だっているだろって話だ。弟子がそうならこの話はここでおしまいだが?』
「そうですね、意識してできるに越したことはないですね」
『だろ』
なるほど。つまり天才たちが無意識でやるようなことを、意識的にやろうってことか。
『いいことを教えてやろう。そもそも技術ってのは、きちんとやれば誰にでもできるってモノを指すんだぞ』
多少は習得難度があったりするが、と師匠は小声で追加する。
『んじゃ話を戻すが、小説を読んでいて「このキャラむかつくな」って単に思うのと「このキャラにだいぶヘイト溜まってるな」って思うのだと、どっちが正確に分析できてると思う?』
「まぁ、後者ですかね……そっか、そういう「物差し」ですか」
『ああ。逆に書く時は「このキャラにヘイトが溜まってるからざまぁしてスッキリさせよう」とか判断できる。ヘイトの量を考えて、丁度いいざまぁを用意もできるな』
「足らなくてもやり過ぎてもスッキリしなくなりますもんね」
『具体的なヘイト管理のやり方は省くが、だいたいこんな感じだ』
確かに「観点」の話だ。
『こんな感じで、小説以外の「観点」を小説に持ち込む、ということが可能なわけだ。実はこれ小説に限らずいろんなことに使えるんだ』
「例えば?」
『「○○も△△と同じようなものだ」って感じでやる事、全部』
「師匠、広すぎです」
俺が本当は思いつかなかっただけじゃないのかって顔で言うと、師匠は『やれやれこれだから弟子は』と鼻で笑う。
『万物は万物に例えられるって話しただろぅ? というか大人になると気付くんだが、ぶっちゃけ一つの事をしっかり学んでたらその時の経験を生かして他の事の習得が早くできたりするんだよ。だから大人は強いんだ。……というわけで、○○と△△には好きなもの2つ入れておきなさい』
なんてこった。丸投げじゃないか。
「じゃあ、小説も料理と同じようなものだ、って観点だったらどうなんですか?」
『材料を用意して、調理して出来上がりさ。通じるところも多かろうて。おいしい材料ならあまり調理しなくてもおいしいとかな』
「小説は車と同じようなものだ、だったら?」
『速度を上げるためには燃料が要るし、走るときは脱線に気を付けて、ってな。舗装されてない道を行くなら相応に大変だ、とか?』
クスクス笑って軽く答える師匠。
無論、それすら一例に過ぎず、もっと別の回答だってあるのだろう。
『ま、そんな感じでな。例えば絵画における色使いの観点を小説に使ったり、料理の盛り付けの観点を意識して小説を書いたりすることができれば、それを使わずに書くよりも一歩有利な小説が書けるだろうね』
「師匠はそういうの、何か意識してたんですか?」
『私は昔楽器を嗜んでいたこともあってね。文や言葉のリズムとかに気を付けて書いたりとかもしていたな。楽譜で言うなら言葉が音符で、「、」が八分休符、「。」や改行が四分休符、「……」が二分休符、みたいな感じで間を計ったりな』
読みやすさ重視で、句読点とか含めて読みやすいテンポを心掛けていたそうな。
師匠の作品では他にも音楽的な演出テクがいくつか取り入れられているとのこと。
『まぁそんなわけで、色んな「観点」で小説ってのは見れるわけだよ』
「はぁ……なんかもう、色々意識しすぎたら逆に書けなくなりそうですね」
『そこは「物差し」さ。道具に過ぎないんだから、使っても使わなくてもいいんだ』
ただ、「使えない」のと「いつでも使えるけど使わない」では大違いなので、やはり独自の物差しは多く持っていた方が強い、らしい。
小説以外の経験値も小説に使えるのは凄いなぁ……
(今回で一区切り。また書き貯めができたら投稿しますのん)




