25.坊主と師匠の関係
「というか今更なんですが、徹さんってガチで霊能力あるんですね」
「なんだ、信じてなかったのか? 寺生まれなんだぞ?」
改めて場所を変えようと、徹さんの車を止めている駐車場にまで行く。そこには白いワゴン車があった。
『ハイ〇ース! ハイ〇ースじゃないか! うわぁい本物のハイ〇ース!』
「なぁ択斗。なんか幽霊が喜んでる気配するんだけど」
「なんか車を見て喜んでます」
「……こんなワゴン車のどこに喜ぶ要素があるんだ?」
『知らんのか。純朴なヤツらめ。……まぁいい、それで、私たちをどこに拉致するつもりだい?』
なぜ拉致とかいう言葉がでてくるのだろう。
「とりあえずウチの寺に行くぞ。そこなら色々揃ってるから」
「あ、その。とりあえず除霊とかはしないで欲しいんですけど。悪い幽霊じゃないと思うんで」
『しかし弟子が私の技能を身に着けると同調? 夢が広がるな! え、なになに弟子の体を乗っ取ってケーキバイキング行けたりするの? やってみたい』
「なんかさっきのやり取りで俺の体乗っ取れるかもって知ってはしゃいでますけど、基本的に良い人……良い幽霊なんで?」
「……まぁ、それを確かめる為にもしっかり話をしたいからな」
そんなわけで徹さんの車に乗ってお寺までやってきた。
前法寺。光円や徹さんの苗字にもなっているお寺――の末寺(分家のようなもの)のひとつらしい。徹さんはここの住職を務めているとの事。
郊外の自然豊かな、といえば人聞きは良いが、ぶっちゃけ寂れた小さなお寺である。
「まぁ上がってくれ」
と言ってお寺に入ると、木造のお堂に仏像が並んでいる。そして、特にそれ以外には無いようなシンプルなお堂だった。
『おー、お寺っぽい。いやお寺なのか。弟子、資料写真撮らせてもらいなさい』
「あ、徹さん。写真撮ってもいいですか?」
「いいけど。なんとかグラム?ってのに載せるのか? なんとか映え?」
「まぁ資料に?」
なぜか疑問形ばっかりの会話をしつつ、写真は撮らせてもらった。
そしていよいよ……何するんだろう? 何かガタゴトと徹さんがセッティングしてるのを眺めつつ、ついでに写真も追加で撮らせてもらう。
「よし、準備できたぞ。始めるか」
「何をするんですか?」
「幽霊と話させてもらう」
んん? それは俺が通訳して話すのではダメなのだろうか。
と思ったが、俺が洗脳されてる可能性があるとしたらダメらしい。……確かに師匠は俺の好みドンピシャなので魅了されている可能性は否めない。
俺は細い縄で四角く囲われた場所に師匠と一緒に入る。
「おい、霊が暴れないようにそこを動くなよ?」
『あー、うわー、気まずいなぁー。でもここまで準備されたら仕方ないなぁ』
儀式が始まった。
締め切ったお堂。外はまだ明るいが、今ここにある光源は何本かのろうそくの火だけ。
徹さんは束になっている線香に火をつけ、線香立てにぶっさして俺の手前に置いた。
静かに光る線香の赤い色。……煙いが、我慢しろとの事なのでおとなしく煙を浴びておく。
続いて徹さんは低音のいい声でお経らしきものを唱えつつ、左手に構えた数珠をジャラジャラ鳴らし、右手で木魚をポクポクと叩いている。
線香の煙を浴び、お経と木魚のリズムに身を任せているとなんだか眠くなってくる。
危うく眠りこけそうになった時、徹さんがふと木魚を叩く手を止めた。同時にお経も止まる。
「……加古?」
徹さんの戸惑うような声を聞いたところで、俺の意識はカクンと落ちた。
* * *
「はっ! あ、あれ。ここは……」
「お。目が覚めたか択斗」
『おはよう弟子。よく寝てたね』
気が付けば、儀式は片付けを含めて終わっていたようだ。師匠も座布団を枕に寝ていた俺をのぞき込んでいた。とりあえず成仏させられてはいないようで一安心だ。
「択斗。お前にとり憑いてる幽霊と話をしたんだが……」
「あ、ハイ」
「そいつは悪霊ではないが、悪霊よりタチが悪い何かだからくれぐれも気を付けるように」
ハァ、と疲れ切ったため息を吐く徹さん。一体何があったんだろうかマジで。
『いやぁ、隠すものなんだから言っちゃうと、徹と私は元クラスメイトでね。私の葬式でお経を読んでもらったお坊さんも徹なんだよ』
「えっ」
『葬式までしてもらったのに成仏してないってのが気まずくてね……』
あっさりと話してくれた事情に、なるほどと納得する。
たはは、と頭を掻きつつ気まずそうに眼を逸らす師匠。
「俺が供養したってのに何で幽霊になってんだか……坊主として自信なくすわ」
『さっきも言っただろう、葬式自体は凄く興味深く見させてもらったって。ただうっかり成仏し忘れてただけで』
チッ、と舌打ちする徹さん。
「あれ? 師匠の言葉、徹さんにも聞こえてるんですか?」
「ああ。経路を繋いどいた。今はうっすらだが姿も見えてるぞ」
『服がスケスケで恥ずかしいんだが? 見ないでくれるかなこのセクハラ坊主』
「うるせぇ服以外も全部透けてるわ」
大変仲が宜しいようで。
「でだ、択斗。幽霊を成仏させるにはその幽霊の持つ未練を解消するのが一番穏便に済むってのは知ってるな?」
「え、初耳ですけど」
「……前に言わなかったか? まぁ少なくとも『破ァアア!』って強制成仏させるより穏便だ。分かるな?」
それはまぁなんとなく分かる。
「で、こいつの未練は恐らく自分の小説テクニックを伝えること。……つまり、今のまま択斗がこいつから小説を教わるのが、同調は進むが、未練解消に繋がるって寸法だ」
「……なるほど?」
「保険として俺にも経路を繋いでおいたから、勝手に体を乗っ取られたりはしないだろう」
これで一応安全は確保されたということにしておく、と徹さんは言った。
……どうやって経路ってのを繋いだのかは分からないが、さすが寺生まれである。頼りになる兄貴だぜ。
「あー、そんでな。択斗に手間はかけちまうが、コイツが穏便に成仏できるよう手伝ってやってくれないか? 嫌なら俺が引き取るが」
「……ああ、はい。まぁ、つまり現状のままで問題ないってことですよね?」
「ま、そうだな。うん。このまま弟子ってのを続けてくれ。そのうち成仏するだろう」
ということで、寺生まれの徹さんから師匠は悪霊ではないとお墨付きをいただいた。
ついでに、師匠が未練を解消したら成仏してしまう、というのも教えてもらったわけだが……うーん。どうしたもんかなぁ。
(明日の講座回でまた一旦〆です)




