24.坊主は屏風に上手にジョーズの絵を描くか?
(今回のタイトル、特に意味はないです)
あくる日。俺は「空飛ぶスニーカー」と題したウミガメのスープ問題を伊万里さんに渡した。
「もう新しいの作ってくるなんて、やるじゃない」
「出来についてはあんまり自信ないけどね」
さすがお姉ちゃんの弟子といったところかしら、と受け取る伊万里さん。
その顔は、まるでライバルに送る笑顔のようで、さながらMSゴシックの太文字で『私も負けてられないわね』とくっきり書いてあるようであった。
「なら早速今日の放課後も集まろうと思うのだけれど」
「あ、ごめん。今日はちょっと用事があるんだ」
「そうなの? 残念ね」
というわけで、伊万里さんのお誘いを断って席に着く。
ちなみに用事というのは『師匠について徹さんに相談する』というものだ。昨日メールした後、すぐに返事が来ていたのだ。
流石に昨日の今日というのは早い気もしたのだが『こういうのは早い方が良い。ちょうど予定が空いてる』と言われてしまったら仕方ない。
そんな俺に、少し申し訳なさそうな後ろの席の男、光円が話しかけてきた。
「なぁ択斗。なんか神原さんと約束があったのか? 別に今度の休みでもよかったと思うんだけど」
「なに、別段大した用じゃないからな」
『女子高校生の誘いを大した用じゃないとか……罰が当たりそうなもんだね』
生憎こちらだって男子高校生なので。高校生という部分では対等ですぜ師匠。
「……まぁ、確かに何か憑いてるんじゃ安心して放課後デートもできないもんな」
「そういうんじゃないぞ」
「どうだか」
とにもかくにも、放課後には徹さんが迎えに来てくれるそうな。
* * *
『おーし、坊主だかなんだかしらないけど、かかってこいやぁ!』
というわけで放課後になった。師匠もなぜかやる気十分だ。
光円は光円で部活があるとかで、俺と師匠だけで会いに行くことになった。
徹さんとは校門のすぐ近くで待ち合わせだ。
「よっ。久しぶりだな択斗」
……と思っていたのだが、正門を出るとすぐに声を掛けられる。
振り向くと作務衣に身を包み、坊主頭にタオルを巻いた細マッチョが仁王立ちしていた。我らが兄貴こと、徹さんその人である。イケメンすぎる坊主だ。
「すんません徹さん。わざわざ迎えに来てもらっちゃって」
「はっはっは! いいって、可愛い弟分の頼みとあっちゃぁ断れねぇしな!」
相変わらずの快活とした姿。昔とちっとも変わらず、頼れる兄貴がそこにいた。
「で、なんだって択斗? 憑かれてるんだって? 気合が足りねぇぞ気合が。悪霊なんてのはな、大抵は筋肉と清めの塩で吹っ飛ばせるもんだ。なんならここで除霊するか?」
「ああいや、悪霊じゃないんで」
腕をぐるぐる回してやる気満々の徹さんを止める俺。
と、ここでそういえば話の中心でもある俺にとり憑いた幽霊こと師匠がちっとも口を開いてないことに気が付いた。さっきまであんなに威勢が良かったのに。
頭だけを向けて師匠を見ようとするが、見えない。あれ、どこ行った? と俺が振り向くと、師匠は俺の真正面に現れた。まるで、俺を盾にして徹さんから隠れているようだ。
「……師匠?」
『なんだ?』
「除霊が目的じゃないから大丈夫ですよ?」
『ちがう、そうじゃない』
師匠はぷるぷると首を振った。
「なんだ? そこに居るのか?」
『ひぃ!?』
覗き込んでくる徹さんの視線を徹底的に避け、俺の陰に隠れる師匠。霊と坊主はどうあっても相性が悪いということなのだろうか。
「すいません、なんか見られたくないみたいで隠れてます」
「というか択斗。お前霊が見えてるし話せてるんだな?」
徹さんが真剣な顔で俺の目を覗き込む。
「えっと、まぁ、他は一切見えないですけど。マズいんですか?」
「マズいに決まってるだろ! どうしてこうなる前に俺を呼ばなかった!」
ドン! と威圧が飛んできたような錯覚。
「その霊だけが見えるということは、そいつとお前が同調しているってことだ。霊がお前の体を乗っ取って現世に戻ろうとしているってことだ!」
「えっ、そうなんですか!?」
なんという事だ。師匠が俺の体を乗っ取ろうと!?
「お前はさっき霊の事を師匠って呼んだな。それは、霊からモノを教わってるってことだろう?」
「え、ええ。まあ」
「霊が自分の得意なことを教えることで、憑かれた側も霊と同じことが得意になる。それにより、更に同調が進んでるんだ」
なん……だと……?
「でも、まさか。師匠がそんな」
「人間霊ってのは元々人間。それもこの現世に強い執着を持っていて、何でもしてくるって連中だ。騙されるなよ? 奴らは狡猾だ」
「そ、そうなんですか!?」
「現にその幽霊は俺から隠れているだろう。坊主から逃げようって霊なんざ、やましいことがあるって白状してるようなもんだ! おらっ! とっとと顔出せやゴルァア! 霊キャッチハンドォオオ!」
『ひぃい!? ちょ、やめっ!? 痴漢ー!』
徹さんは俺の陰に手を伸ばし、むんずと何かを捕まえた。いや、何かではない。師匠だ。ってまずい、このままでは師匠が除霊されてしまう!?
「ま、待ってください徹さん!」
「なんだ、このまま引っぺがすぞ? くっ、なんて抵抗だ」
「おっぱい掴んでます!」
徹さんがピタッと止まった。その手に師匠の胸をむんずと鷲掴みしたまま。
「お、おおお、おっぱいがなんだ! 俺にはモヤにしか見えないしっ! 幽霊の、お、おっぱいなんて、その……ぐっ! 集中が!」
『うぉぉ、危なっ! ばーかばーか、変態痴漢坊主! 社会的に死ね!』
「むぐっ! れ、霊から攻撃を受けている……ッ!? なんて悪霊だ!」
つるんと徹さんの手からすり抜けて俺に抱き着く師匠。げしげしと徹さんに蹴りを入れる師匠。すり抜けてるけどなんかダメージにはなってるらしい。
『なんだ。こいつ私の顔は見えてないのか、ビックリさせやがって。あと胸触りやがってこの変態坊主っ』
「……おい択斗。霊はなんて言ってる? 何か言ってるのは分かるんだが」
「変態、痴漢、社会的に死ねとか言ってます」
「な、なんて悪霊だ……」
「いやでも全面的に今のは徹さんが悪いですよ。特に絵面がヤバい」
「そ、そうまで言うか!?」
だって、俺から見たら、師匠のおっぱい掴み上げてる人だったもんな。完全に痴漢。イケメンでも許されざるよ。




