21.そしてラブコメが始まらない。
(書き貯め5話分。今日から26話まで放出予定です)
月曜日。部活で使われていない例の空き教室に、俺たちチーム『hakuちゃん』は集まっていた。
「……ボツね。ちょっと難しすぎてどう問題にしたら適切か分からない……」
「さすがに『カレー食べたい』から『日本に帰った』のは難解ずぎだよぅ……」
「ブッ飛んだ難易度ですね、先輩」
そして師匠と作った異世界でカレーを食べたい『ウミガメのスープ』問題は、あっさりと却下された。しかし、
「でも解答、というか短編の方は面白いわ。……さすがお姉ちゃんの弟子といったところかしら」
「動く野菜とか異世界らしさが出てていいと思うよ!」
「間のとり方や、展開、オチの締め方等、要所要所にばっこ先生の匂いを感じます」
と、短編の方は好評だった。汐里さんもすらすらと感想を述べてくれるあたり、だいぶ気に入ったのだろう。
それはたぶん師匠に『ここに改行入れたほうが読みやすいぞ』『異世界食材らしさを出そう。動かそう』『ツッコミや勢いは大事だ』『良いオチだな! ついでにチャンチャンと締めておいたらより味が出るぞ』等々、かなり意見を貰ったからだと思われる。
もっとも、それでも自分で初めて書き上げた物語だ。ちゃんと面白いと言ってもらえたのは嬉しい。喜びもひとしお、っていうやつだ。
と、汐里さんが小さく首を傾げた。
「そういえば主人公に名前がないのですが、なぜですか?」
「あー、その、短編だし考えるのが面倒くさかった……からかな。なくてもいけるし」
単なる手抜きである。しかし、それを告げたとたん汐里さんはにっこりと笑顔を浮かべた。
「素晴らしい! ばっこ先生も人物名を考えるのが苦手で、10面ダイス3つ振って決めたりしてたそうです。523でイツミとか、069でオーロックとか。そのあたりも先生の弟子らしさが滲み出ていますね! あ、揉みますか? いいですよ揉んでも。短編1つなのでひと揉みどうぞ、タッチしてふに、までOKです」
師匠、そんな風にしてたのか……あと揉むのは師匠の手前、遠慮しておいた。いやその、師匠が見てるし。そうでなくても伊万里さんとエーデルガルドさんの視線がね?
『私なら揉むけど』
師匠は女性だからいけるんですよ。男がやったら事案ですからね。
「ちなみに凸マジ2巻に出てくる賞金稼ぎのキィカは、英単語のGETをキーボードで打った時のひらがな文字からつけられた名前だったりします。雑誌のインタビュー記事で見ましたが、考えるのが面倒だそうで。でも逆に暗号みたいになってるのがたまらないですね。そそります。あ、やっぱり2揉みいいですよ。タッチしてふにふに、まで可」
『よくそんなの覚えてるなメカクレちゃん。すげぇや』
そして揉むのは遠慮しておいた。理由は同上である。
「というか、汐里のおっぱい揉むと親が怖いわよ」
「そうそう! 汐里はお金持ちのお嬢様だから責任とか重大みゃん! 揉んだら婿にされるから葉庭くんは絶対揉んじゃダメ!」
「そ、そんな。ばっこ先生の弟子を婿にだなんて………………たぶんしないですよ?」
ふふっ、と笑う汐里さん。今すごい間があったぞ?
『逆に言えば、揉んだら婿になれるのでは? よし、揉もう弟子。メカクレちゃんを妻にするんだ! 希望の未来へゴールイン!』
そこまでの覚悟は無いのでやっぱり遠慮しますって。
そして話は(汐里さんをどうにか落ち着かせてから)『ウミガメのスープ』の問題作りに戻った。
「ウミガメ問題は折角だから葉庭君のをベースに考えてみましょうか」
「それなら異世界だから動く野菜が居た、みたいな解答をさせたいんだよ。これは謎解きとして良い解答になると思うんだよ」
「で、では、それにつながる問題の、状況を考えてみれ、ば、良いわけですね?」
「『料理をしようと材料をそろえたけれど、野菜が見当たらなかった。ちゃんと買ってきたはずなのに、なぜ?』ってところかしら」
「それでいいとおもうよ」
「場合、によっては、瞬殺ですけど……ファンタジー要素がある、問題が前後にあったら、良い感じ、ですね」
こうして、ウミガメの問題が作り直された。伊万里さんにとっては手慣れたもので、謎が決まってしまえばさくっと問題ができてしまった。
「誰かの家に集まるのも良いけど、こうして放課後学校でっていうのも……ちょっと部活っぽくていいわね」
「う、ウミガメ部、ですか? ……し、申請して、みますか? たしか、部活動の設立は5人からです、が」
「あと一人足りないんだよ。顧問の先生も探さないといけないでしょ」
「顧問はさておき、部員は俺の友達でよければ一人心当たりは無くは無いけど。名前だけ貸してもらう手もあるぞ?」
『私も幽霊部員ってことにならないかな』
師匠はもう卒業してるしダメでしょ。あとその身体で高校生は無理があるでしょ。自重しろ大人。
「顧問のアテがないから保留ね。Vtuberって秘密も広めたくないし」
伊万里さんがそう締めて、まぁそういうことになった。
* * *
思っていた以上に時間が余ってしまったが、俺は3人とは別れて別の事をすることにした。というか、カラオケにでも行こうかと誘われたが……さすがに女子3人とカラオケは色々とハードルが高すぎるので遠慮させていただいた。
というわけで、サッサと下校すべく下駄箱へ向かう俺。師匠は不満を隠そうともせずにふくれっ面になっていた。
『なんだなんだ、折角JK3人とキャッキャウフフだったのに。ハーレムじゃないか』
「現実ではハーレムとかドロドロでやってられないって聞きますけど?」
『あーあ、夢が無いなぁ弟子は』
「夢を見てて現実を見ずに刺されたりしたくないです」
王様は国民の奴隷と言う言葉があるが、ハーレムの主もメンバーのご機嫌取りに奔走する奴隷なのではなかろうか。
まぁ、ここは正直に気持ちを吐いておこう。
「まぁその、今日、俺が書いた小説について面白いって褒められたじゃないすか」
『ああ』
「また書きたくなるじゃないですか」
『あー。わかるー』
師匠はうってかわってニヨニヨとほくそ笑みつつツンツンと俺をつついてきた。
やはり弟子(俺)が小説を書きたいと自発的に思うのは、師匠的には嬉しいらしい。
『やっぱり誰かが褒めてくれると嬉しいよなぁ。小説を書く時の原動力ってのは、やっぱり自分だけで完結するより他の人に見せて褒められたときの方がデカい』
「師匠もそうだったんですか?」
『当たり前だよ! じゃなきゃ本を出版なんてしないさ。誰にも見てもらわないなら頭の中だけで妄想してるのと変わりない。だから一人でも、誰かに見てもらうのが良い。……それに、読者をもっと楽しませたい、って思うことで、自然と前のめりに上達していくもんなのさ』
最終的に小説と言うのは誰かに読ませるモノ。その相手の姿を想像できるのとできないのでは、書く小説が全然違うものになるのだとか。
『よぉし、それじゃあ今日は帰ったら小説のストーリーの作り方を教えてあげよう』
「ん? 前に教えてもらいましたよね? それに、プロットの時も」
『あれは基礎のさらに基礎だ。今度のはもっと実用的な作り方になるぞ?』
なん……だと? これは急いで帰らねば。
と、俺が下駄箱に到着したところで、一人の男が俺を待ち構えていた。
「よう択斗、待ってたぞ。今日遊び行っていいか?」
後ろの席の親友、光円。
「というか、行かせてもらうぞ。あつめちゃんの誕生日だっただろう」
「あー……」
そういやこいつ、妹の事が好きだったっけ。誕生日のお祝いとか外せないよなそりゃ。




