20.5話 短編:異世界でカレーが食べたくなった話
(はにわ式先生の短編です!)
カレーが食べたい。
俺は日本から異世界に召喚された勇者だ。
そんな俺のソウルフード、それはカレー。カレーライスだった。もう俺は、カレーが食べたくて食べたくて仕方ない。
もう今日はカレー以外食べたくない。カレーの口になってしまった。そこで俺は、俺を召喚した城のメイドさんに晩御飯のリクエストをすることにした。
「今日の晩御飯、カレーが食べたいんだけど」
「勇者様、カレーとはなんですか?」
迂闊だった。
そういえば俺は召喚されてから一度もカレーを見たことがない。
そもそもこの世界にインドは無い。カレーが存在しない世界だったのだ。
「カレーっていうのは……その、茶色くて、ドロッとしていて、辛くておいしくてだな……ええと」
「?」
カレーを、言葉で説明するのは難しかった。
そもそも見た目だけ考えたらアレは最悪な部類に入るのかもしれない。なにせ茶色でドロドロなのだ。食べればおいしいんだけど。くっ、実物さえあれば……
「米、そう、ごはんにかけて食べるソースみたいなもんだ。肉や野菜がゴロゴロはいっててな……」
「ゴハン、コメ? とは? お肉とお野菜は分かるのですが……」
迂闊だった。
まさかこの世界にはお米もないのか。いや、まだだ。まだ望みはある。だってこの世界にきて俺は料理を食べている。ということは、料理する文化や材料があるということ。
それはすなわち、自分でカレーを作ってしまえば良いという事ではないだろうか!
そういうわけで、俺はカレーの材料を探すことにした。
まずは……手に入りやすそうな野菜を確保しておこう。
俺は勇者として働いて得た給金を手に、この国一番の市場へ向かった。そこでは野菜や穀物が売られていた。八百屋っぽいところを見つけて顔を出す。
「すみません。野菜を買いたいのですが」
「おお、これはこれは勇者様。どうぞご覧ください、ウチの野菜はどれも新鮮でおいしいですよ」
どれどれ、と見ると、顔のついたジャガイモが目に入る。
……モアイ?
「あの、凄い形のジャガイモですね」
「ジャガイモ? これはモアイモと言う野菜ですが」
モアイの形の芋だからモアイモなのか? いや、この世界にモアイがあるのか?
「えーっと、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン……とかありますか?」
「はて、聞いたことありませんな……」
そんなばかな。俺は城でどれも食べた記憶があるぞ。俺がそのことを必死で伝えると、店主はふむふむと頷いた。
「勇者様。それはモアイモに、スラネギ、キャボルでしょう」
店主は店頭にあった商品を見せてくれた。……それは、俺が知っているジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンとは大違いの代物だった。
モアイの芋はまだかわいい方、スラネギは形は玉ねぎだが青くて飛び跳ねるので檻に入っていたし、キャボルに至ってはもじゃもじゃの丸い形だった。しかももじゃもじゃがピクピクと痙攣して動いていた。わぁ新鮮。
調理されると、俺の知ってるあのジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンのようになるらしい。
青いスラネギだけど、熱を加えると白くなるのか……へぇ、青いままだと毒なの。
というわけで、とりあえず俺はモアイモ、スラネギ、キャボルという3つの野菜について知ることができた。……うん。
異世界に、日本と同じ野菜がそもそもあると思ってはいけなかったようだ。
っていうか野菜が動くんじゃねぇよ! 植物系モンスターかよ!
とりあえずこの3つは市場に行けばいつでも買えるので、今は放置だ。
それよりも重大なことに気づいてしまった。
……米、なくね?
あったとしても、米のような何かの名前、俺、分からなくね?
なんということだ、カレーライスのライス部分がまるっと消えてしまう。だがその、この世界にはパンがある。つまり小麦粉がある、であればナンをつくれば……良いんじゃなかろうか……?
ああ、こうなったら妥協しよう。ナンでもいいから、カレールーだけは――って、そうだよそもそもカレーのルーって売ってるわけないじゃん! スーパーじゃねぇんだぞここは!
うわぁ……カレー粉から作らなきゃだめだ。しかもこの仕事は人任せにできない。
なにせ謎食材あふれるこの世界で、カレーを知る人間は俺しかいないのだから。
……
あー、挫折しそう。
俺は一旦城に戻った。城にある文献で、過去の勇者たちがこの食問題にどう取り組んでいたのかを調べてみることにしたのだ。
なになに……モアイモは勇者が見つけた食材なのか。へぇ……米も見つけてくれてたらよかったのに。
スパイスは……塩はさておき、コショウ的な植物由来の物は別の名前だし外見も違うようで。えーっと、しかも他にどういうスパイスが要るのか、俺にはさっぱり見当がつかない。
なにせカレーの味とニオイは知っていても、そのルーの材料なんて気にしたことすらなかったのだから。薬みたいなモノをいっぱい集めてる、としか知らない。
そうして薬学の文献を読み漁ったりもしたが、当然カレーなんて念頭において書かれてる資料があるはずもなく。
しかし息抜きに読んだ本で、俺は光明を見つけることができたのだ。
~1年後~
――ズシィィン……。俺の目の前に、黄色いドラゴンが倒れこむ。
「見事だ勇者よ……ぐふっ……」
「よし! これで約束通り、アレをくれるんだな!」
「ああ……これが世界の理を超え、願いを叶えるドラゴンの勾玉。その7つ目よ」
俺は黄色いドラゴンから黄色い勾玉を受け取る。
属性を司る7種のドラゴン。そのすべてから、ついにドラゴンの勾玉を手に入れた。
「これで、これでようやく俺の願いが叶う!」
「ククク……さて、異世界の勇者よ。貴様の願いは――欲望は、何だ? 最後の番人であった我が、見届けてやろう……!」
「ああ、俺の願いは――!」
こうして俺は、カレーを食べたい一心でドラゴンを倒し、日本からカレーを輸入する能力を得た。
存分にカレーを食べられる生活を手に入れ、その過程でついでに魔王も倒していたので姫を婚約者とし、この国の次期国王となることが決まった。
しかし人間とは欲深いもの。カレーが存分に食べられるようになったが、次はラーメンが食べたくなってきてしまった。
ドラゴンからもらった情報によれば、13柱の悪魔を倒すと願いを叶える石板が手に入るらしいので、次はそっちだな。
……
…………
カレー、ラーメン、アイスクリーム、カップ焼きそば……人の欲望は尽きることがない。
えーっと、次は荒ぶる魔神をボコして涙を……?
そんなある日、俺が婚約者から妻になった姫にアイスクリームをご馳走しつつ、優雅なティータイムを過ごしていた時のことだった。
「……あの、勇者様」
「なんですか姫?」
「……その、いっそ故郷と行き来できる力を求めればよいのでは?」
「あっ」
こうしてなんやかんや世界は平和になったし、国も繁栄した。終わり。
(ストックは……尽きました! 以後、不定期更新となります)




