17話 遭遇
「書ける……これなら書けるわ!」
伊万里さんは、新たに書きあがったプロットを前に震えていた。
「すごい……こんなやり方があったんだ……」
『ちなみに私の、加古式プロット作成術は、やりたいことをとりあえず書いて、それを詳細にしたり、謎な部分を解説するように発展させたり、とにかくネタを書き連ねる感じかな!』
うーんざっくり。
『でもまぁ、私のはプロット作成というよりネタ作りの話かなぁ。また今度にまとめて話したほうが良いな、うん』
と、師匠は俺の肩に手を置いたままうんうんと頷いた。了解っす師匠。と、俺も軽く頷いて答える。……あれ?
師匠? なんか姿が見えてますよ? まぁ半透明ですけど。どうなってるの?
「ありがとう、これでようやく一歩、近づけたと思うわ」
「ああうん、どういたしまして神原さん」
「……伊万里でいいわよ。お姉ちゃんの弟子、なんでしょ?」
『まぁ私も神原で神原が被ってしまうもんね』
「分かった。伊万里さん」
そんなことより師匠の姿が見えてる件。どうしてだ? ここは俺の部屋じゃないのに。
反応からして、伊万里さんには師匠が見えていないようだが……ううん?
と、その時「ピンポーン」とチャイムが鳴る。人の家のチャイムってなんか新鮮だなぁ、という考えが頭をよぎると同時に、伊万里さんがピキッとひきつった笑みを浮かべた。
「……忘れてた! 隠れて葉庭君!」
「え? 隠れろって、どこに」
「あーー、ベ、ベッド、いや、クローゼットの中! 出てきちゃダメよ!」
そう言って、俺は制服が吊るしてあるクローゼットの中に隠れることになった。バタンと閉められるクローゼットの戸。……え、何なの? あ、伊万里さんの匂いがやばいこれ。
『なんかムラムラ……もとい、ワクワクしてきたな! もしや伊万里の彼氏か? 妹の濡れ場を目撃してしまうことになるのか!? 弟子、すまん! 伊万里は可愛いから彼氏がいないわけがなかった!』
と言いつつ、師匠は俺の肩に触れたままクローゼットの中から部屋の中を伺っていた。
と、クローゼットの扉は換気を行う都合上、外が見える程度にスリットがある。そこから伊万里さんの部屋の中が観察できるわけだ。
……師匠は律義にクローゼットの中に入ってるけど、幽霊なんだしクローゼットすり抜けて外見れるのでは? それとも俺と同じ空間にいないとダメ縛りでもあるんだろうか。
バタバタと部屋を片付けたところで、客が入ってきた。
「伊万里ー、あそびにきたよぉー!」
「こ、こんにちわ、伊万里ちゃん」
「いらっしゃい、エーデル、汐里。よく来たわね」
『なんだhakuちゃんの中の人とメカクレ図書委員ちゃんじゃないか。……いや、まだ彼女と言う線が。しかしそれだと二股? いや、いっそ3人でくんずほぐれつ!?』
橋本エーデルガルド、本庄汐里。なぜこの2人がここに? と、そういえば友達だと言っていたっけ。あと黙れ師匠。お願いします。
「いやー、昨日は驚いたよぉ。葉庭くんが私の正体に気付くなんて」
「そっ、そうね。でも、肉声そのままで演ると決めたからには、身バレはいずれある事態だとは思ってたわ」
「えっ、私、それしらない、んですけど? バレたんですか?」
どうやらhakuちゃんのことを言っている様子。それと俺の事も。
口ぶりからすると、伊万里さんだけでなく本庄さんもhakuちゃんの関係者のようだ。
「あれ、言ってなかったっけ? でも今言った通りだよ。葉庭くんにhakuちゃんの正体がバレたんだよぉ」
「えっ、ど、どうしよう……? どうしたらいい? 口封じ? 処す? 理科準備室からクロロホルム、貰ってきたらいいですか?」
「落ち着きなさい汐里。勝手に貰ってきたら泥棒だしクロロホルムは実際マンガとかで言われてる程効果は無いわ」
「わ、わかってます伊万里ちゃん。冗談、冗談です」
本庄さん、本当に冗談だよね? いや、クロロホルムをチョイスしたことじゃなくて処すとか口封じとかの方が。
「迂闊だったわねエーデ。……でも葉庭君が信用できる人で良かったわ。彼なら秘密は秘密のままにしてくれると思う」
「うっ、うっ、面目次第もございませんだよぉ……あ、それで葉庭くんからサイン頼まれたんだよ! だから今日はhakuちゃんのサインをみんなで考えようかと思って!」
「あ、そういう、集合だったんですね、今日は」
「だよぉ!」
と、橋本さんはテーブルにサイン色紙とペンを置いた。多分俺が買ったヤツ。
『おお、そうか。hakuちゃんのサインはまだ無かったんだな。いやぁ私も初めてデビューした時に編集から「サイン本作るんでサイン考えといてください」って言われて、友達とサインを作ったもんだ。サインの練習もしたもんさ』
「……え、師匠って友達居たんすか?」
『居たわ! 葬式にも来てくれたわ! ……いいことを教えてあげよう、サインは書きやすいデザインがいいぞ。普通に数十冊とかサインするからな』
中には凝り過ぎて御札のようになってる作家もいるらしい。それを何冊も手書きでサインするのは中々に骨が折れそうだ……
というか思わず声に出して聞いてしまったが、師匠にも友達はいたらしい。
「それにしても、葉庭先輩がhakuちゃんのファン、だったなんて……エーデちゃん、よかったですね?」
「や、ぅ、その……う、うーん? まぁ、ファン、でいいのかなぁ……?」
本庄さんの発言に言葉を濁す橋本さん。確かにファンなのは師匠であって、俺は頼まれてサインを貰いに行っただけみたいなところあるもんな。
『ん? なんか今の口ぶり、メカクレ図書委員ちゃんは弟子の事を前から知ってたような感じじゃなかったか?』
なのだろうか? ……何故に?
「エーデ! 汐里! 今は葉庭君のことはどうでもいいわ。hakuちゃんのサインを考えましょう!」
「お、おうっ? そうだよ、サインを決めるよ!」
「はーい」
と、ここで伊万里さんが強引に話を戻した。
『何か聞かれたくないことでもあったのかな?』
ならむしろ聞かないでおくのがマナーなのではないだろうか。師匠は好奇心旺盛すぎるからなぁ……
それから俺の事はすっかり話題から消え、hakuちゃんのサインについての話し合いが繰り広げられていた。
ああでもない、こうでもない、とノートにシャーペンでサインを書いては消し、書いては消し、参考になりそうなサイトを調べたり、プロに頼んでみるかの話し合いをしてやっぱり自分たちで考えようという話になったりしていた。
ワイワイと楽しそうだ。これだけ騒がしかったら小声で質問してもバレないだろう。
「あの、さっき気になったんですがサインを考えるプロとかいるんですか?」
『お? おお。いるぞ。デザイナーだな。私は友達が一緒に考えてくれたから不要だったが。なにせ友達がいたからな私には』
「そこも気になったんですが、その友達は架空の存在だったりしませんか?」
『実在の人物だもん!』
意外だよな。師匠って絶対ボッチだと思ってた。
『というか、弟子、さっきから私の事もしかして見えてるのか?』
「ええ、まぁ。なんでか」
『……ほむ。さてはプロットを教えたことにより弟子の小説力が上がったからかな? あるいは私の教えを受けて私とのシンクロ率が向上したとか。うーん、どっちもあり得るな!』
師匠が納得する回答を考えてくれたので、俺はこれ以上あまり気にしないことにしよう。
……というか伊万里さん俺の事すっかり忘れてるよね……どうしよ、トイレ行きたくなってきた。ここで漏らすわけにもいかないしどうしたものか……
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「伊万里ー、ジュース持ってきたわよ。あとお茶菓子」
「あ、お母さんありがとう」
師匠のお母さんがお盆にジュースとお茶菓子を持って入ってきた。
……
あ、コップが4個ある。
「あれ? お母さん、コップひとつ多いわよ」
「え? 葉庭君の分いらなかった?」
ピシィ! と伊万里さんの表情筋がひきつった。
分かる。アレはすっかり忘れてたって顔だ。師匠もたまにあんな顔をする。
「おっ、おおお、お母さん! いやぁおっちょこちょいね!」
「え、でも靴まだあったから帰ってないわよね?」
「ななななんのっ、なんのことぉ!?」
伊万里さんは誤魔化そうとしたが、師匠のお母さんは空気を読まなかった。もっとも、初手で俺の名前が出ている以上、すでに手遅れ……!
『いともたやすく行われるえげつない行為……! さすがお母さんッ! 私たちにできないことを平然とやってのける、そこに痺れる憧れるッ!』
師匠、素数でも数えて落ち着いてください。というか、そもそもなんで俺は隠れることになったんだろうか。今更だが、隠れなかった方が良かった気もする……
「それじゃあごゆっくり。うふふ」
そう微笑んで、師匠のお母さんは部屋から出て行った。
……残された伊万里さんは、ひきつった笑みを浮かべたまま2人に向き直る。
「違うの」
「え。何が? 何が違うんだよぉ、伊万里ぃ?」
「あ、ベッドの中には、誰もいませんね? となるとクローゼット、ですか?」
「だよだよ。ちょっと失礼するよぉー」
ベッドをぽすぽす叩いて確認した本庄さんが、クローゼットを見る。橋本さんが立ち上がり、クローゼットを確認しようと手を伸ば――そこに伊万里さんがすっと流れるような動きでクローゼットの前に回り込み、扉を背にして庇うように立つ。
「伊万里?」
「なんにもいないわ。……なんにもいないったら!」
うん。これはもう無理があると思うな。完全にクローゼットになんか居ますと言っているようなものだ。
「あー、その、これもう俺出たほうが良いよね?」
「出てきちゃだめぇ!?」
「今、葉庭くんの声がしたよ!?」
「伊万里ちゃんどいて、そこ、開けられない」
『あっはっはっはっは! なにこれ楽しぃーー! あっはっはっはっはっは!』
師匠、笑わないであげてください妹でしょ。
というかトイレ行きたいので出ていいですよね? あ、トイレ貸してください。




