15話 神原伊万里と師匠
「……良く気付ききましたね、こんなの」
「加古が教えてくれた事だもの。あのひねくれ者からの手紙なら絶対入ってるを思ってたわ。あと、この『ねこ大好き』っていうのは有名なこぴぺ? らしいわよ」
『マジかよ、母さんそんな事まで覚えてたの……』
なんだただの自爆か。
「それで、伊万里へ手紙を持ってきたのが択斗君ということは、択斗君が加古の弟子という事でいいのかしら」
「あ、はい」
俺が師匠のお母さんにそう答えると、伊万里さんはそう言って俺を恨めしそうに見た。
「葉庭君、なんでそれを最初から言ってくれなかったの……」
「信じてもらえないかと思って」
「……そうね、今もまだ少し疑ってるわ。さっきの5巻のことといい……でも、本気で驚いてたみたいだし、知らずに偶然仕込めるものじゃないわ。でも、なんでお姉ちゃんが死んでから1年もしてからだったのよ」
「それは……いや、俺にもわからんけど」
「ああ、いい、やっぱいいわ言わなくて。そういう遺言だったんでしょ。メールとか、タイマーで時間差で送れる設定ができるっていうし……お姉ちゃん、そういうところあるから。本当に、いつも自分勝手で……」
と、伊万里さんは自分が師匠から受け取った方の手紙を見て、先頭の文字をつなげる他に何かないかを探していた。師匠曰く仕込んでないそうだが……何ともどう伝えるかに困る。
伝えてしまうとどうして知ってるのかと説明が大変になるので、結局俺は何も伝えずにおくことにした。
後、地味に師匠のことを「姉」じゃなくて「お姉ちゃん」と呼んでいたけど、生前師匠は伊万里さんにそう呼ばれてたそうな。『これフラグたったんじゃない?』とか師匠が言ってるけど何それ。何のフラグだよ。
「ふふ。加古の弟子なら、私から見ても子や孫みたいなものね。いつでも遊びに来てね、択斗君」
「あー、はい……? そうなるんですかね?」
師匠のお母さんは、そういってにっこりと落ち着いた笑顔を浮かべた。目元はまだ少し赤いけど。
「そうだ葉庭君。お姉ちゃんの弟子ってことは……その、小説について、教わっていたってことで、いいのかしら?」
「……ああ。そうだよ」
「なら、ちょっと相談したいのだけれど……時間ある?」
というわけで、俺は再び伊万里さんの部屋に連れてこられた。
再びのクラスメイトの女子の部屋。と、伊万里さんは机の引き出しからA4用紙を取り出して、机に置いた。
「これを見て欲しいのだけど」
~・~・~
元鑑定士が鑑定スキルなしに活躍する話。
剣と魔法とモンスター、そしてスキルが存在する世界。
安全に暮らすなら職人か商人になるのが良い。
だが主人公は手先は不器用だし、商人に必須の『鑑定』スキルも持っていない。
主人公が手にしたのは『鑑定』ではなく、ハズレとされる『解析』スキルだった。
だが主人公の知識と経験で、それは『鑑定』を超えた究極の鑑定スキルに!
「これは偽物だな」
「は? だが鑑定で出たステータスでは……」
「お前、鑑定のレベルは?」
「2だぞ」
「4以上のヤツに見せてみろ。偽装だぞこれ」
その主人公の経験が、あらゆる偽装を見破る!
「偽装スキルって、Lv1でも自分のスキル表示を偽装しているから
誰が偽装スキルもちか分からないんですよ」
「偽装スキルがかけられていると外見も変わるのか?」
…………
……
~・~・~
そこには、小説のネタが書かれていた。アイディアが短く纏められ、あらすじやカギとなるアイテム、出てくるセリフ、主人公たちの設定やステータスが書かれていた。鉛筆書きで色々と線が引かれてたり補足が追加されていたりもした。
『へぇ、元鑑定士が異世界転生する、ねぇ。中々面白そうなアイディアじゃない』
「面白そうなアイディアだね」
「そ、そう? ちょっと照れるわね。それ、私が書いたのよ」
ん?
「前に俺、神原さんって小説を書いてる人が嫌いだ、とか噂で聞いたんだけど」
「ええ。嫌いよ? 大嫌い」
んん??
「嫌いなのに、自分では書くんだ?」
「……仕方ないじゃない。お姉ちゃんは、それしか遺してくれなかったんだもの……」
『え、私?』
「これを見てくれるかしら」
と、伊万里さんはノートを取り出した。こちらは普通に学校で使う、手書きのノートだ。
中を見ると、そこには――『ウミガメのスープ』の問題と解説が、1ページに1問、書かれていた。
「これって……『ウミガメのスープ』?」
「ええ。お姉ちゃんが唯一私に教えてくれた、小説の作り方よ」
『ん? あれ、そうだっけ?』
おい師匠?
「お姉ちゃんは、私に色々な問題を出してくれたわ。それが小説家として発想力を鍛えるトレーニングになる、って言ったのは、私が……私から初めてお姉ちゃんに問題を出した時の事だった。お姉ちゃんは、私に才能があるって言ったのよ」
『そんなこと言ったっけ? ……うん、多分言ったな!』
師匠、多分とか言わないであげてください。そういや師匠俺にも最初才能があるとか言ってたっけ。絶対言ってるわこの人。
「その時の解答を元に、お姉ちゃんは小説を書いてくれたわ。嬉しかった……何度も読み返した。私の作った問題が、物語になったのよ」
『あー、そんなこともあったっけねぇ。あのころの伊万里は超絶可愛かった』
「なんかここまで聞いてて小説を嫌いになる要素が分からないんだけど」
「ここからよ。話は最後まで聞きなさい」
こほん、と伊万里さんは咳払いをして話を続ける。
「それを切っ掛けに、お姉ちゃんは本格的に小説を書き始めたわ。……それで、それからはあまり相手してくれなくなった。お姉ちゃんは、小説に夢中になったの」
『え?』
……え、って何ですか師匠?
「……お姉ちゃんの書いた小説は本になったわ。初めは嬉しかった。けど、ますますお姉ちゃんは私の事を相手してくれなくなった。私も、ちょっと思うところがあって距離をとってたけれど……」
『あー、パンツの件かな?』
あの、師匠。今って割とシリアスなシーンだと思うんですけど。気の抜ける合いの手入れないでくれませんか?
「そうこうしているうちに……お姉ちゃんは……小説に殺されたわ。過労死だった。きっと、出版社から無理な〆切を言い渡され、それに間に合わせるために三日三晩、寝ずに書いていたのよ」
『あー……』
師匠は、思い返すように伊万里さんの言葉を聞いていた。
だがこの声の感覚。俺には分かる、『そんなんじゃないんだけどなー』って声だ。
「だから、私は小説が嫌い。大好きなお姉ちゃんを奪った小説が嫌い。大好きなお姉ちゃんを殺した小説が憎い。……でも、お姉ちゃんは小説を愛していたの。それこそ、命を懸けるほどに。……だから、そんなお姉ちゃんに近づきたくて、私も小説を書いているのよ」
『えっ、あ、ちょ、ちょとまって。心の整理が』
あれ。師匠? 伊万里さん師匠の事全然嫌ってない感じですよ? むしろ大好きって言ってますけど? やっぱりさっき言ってた通りツンデレなのでは?
「分かった? これが私が小説が嫌いで、それでも小説を書く理由。……お姉ちゃんの弟子っていう葉庭君だから、特別に話したのよ」
「伊万里さんは、師匠の事が好きだったんだな」
「……当然でしょ。自慢のお姉ちゃんよ」
ふん、と鼻を鳴らして恥ずかしそうにそっぽを向く伊万里さん。
『ねぇ弟子、死後発覚した妹のガチなツンデレに萌え死にそう。ちょっと私の代わりに妹と結婚してくれない?』
だから師匠、あんたもう死んでるやろがい。
『……私の死因かぁ。いやそのね? ちょっと執筆の息抜きにゲームしてたら、気が付けばつい寝食を忘れちゃっただけなんだよ。やっべそろそろ小説書かなきゃってゲーム閉じて、先ちょっとトイレ行こうかなーって立ち上がったところでふらりと来たから多分それで死んだんだね私。あっはっは、今思い返せばエコノミー症候群っぽいな、うん』
「おい師匠」
『弟子……いいことを教えてあげよう。自分の体を過信しちゃだめだぞ、てへぺろー☆』
「わー、説得力あるなー」
長時間ゲームや執筆をするときはせめてストレッチとかしようね!




