10話 橋本エーデルガルド (2)
『まず前提条件を確定させるのが鉄則だ。事故か故意かをハッキリさせたいな』
「えーっと。聖剣を折ったのは事故ですか?」
「NO。勇者は自らの意思で聖剣を折ったんだよ」
俺は師匠の質問をそのまま橋本さんに尋ねる。
『故意なら、それが強いられての事かどうかを確定させておこう。人質を助けたくばー、みたいな状況だったかどうかだ。前向きか、後ろ向きかというのは問題の方向性を探るうえで大きなヒントになるぞ』
「えーっと。聖剣を折ったのは何かに強いられて、嫌々でしたか?」
「NO。勇者は自分で決めて、聖剣を折ったよ」
ふむふむ、と師匠は楽しそうに笑う。見えないが。
『折ることで利点があったのかどうかだな、パワーアップするギミックがあるとか。例として剣より矢の方が退魔の力が強いとかあるし』
「聖剣は折ることでパワーアップしますか?」
「NOだよ! 聖剣は折れた時点で使い物にならなくなるんだよ!」
どやぁ! と橋本さんが力いっぱいに答える。……み、見える。ドヤ顔で調子にのってるhakuちゃんが見えるぞ! 配信だとこの後大体崩れるフラグなんだけども。
『おっと、今の質問は利点があるかどうかを確認していないぞ弟子よ。……まぁいい。勇者が自分で決めたなら少なくとも勇者にとって利点はあったはず。では、何が目的なのかだ。再び前提条件を固めるとしよう。聖剣を折ったのは、聖剣を使えなくするためかどうかだな?』
「聖剣を使えなくするために、聖剣を折りましたか?」
「YES。その通りだよ」
ともあれ引き続き師匠の質問を横流しする。いや、よく考えたら2対1とか卑怯だしね。俺が手を出さなきゃ実質1対1だもんね。
『魔王を倒すために必要なことだったのかな?』
「聖剣を折ったのは、勇者にとって魔王を倒すために必要なことでしたか?」
「……YES。少なくとも勇者はそう判断したんだよ」
少し言い淀んで答える橋本さん。
さて、ここで一旦状況を整理しよう。まとめると……
・勇者は自分の意思で、魔王を倒すために聖剣を折った。
・折ったのは、聖剣を使い物にならなくするのが目的だった。
さて……? これはつまり……どういうことだ?
『弟子。師匠はピンと来たぞ。ふふん、ニヤニヤ』
こ、この! 師匠め、顔が見えないから言わなきゃわからないのにわざわざ自分でニヤニヤとか口に出して言うとは……! おかげで師匠のにやけ笑いが頭に浮かんでしまったじゃないか! 分かったならサッサと回答しちゃってくださいよ!
『聖剣は実は敵だった?』
「……聖剣は実は敵だった?」
「いっ!? ……YES……だよ……っ」
あからさまに目が泳ぐ橋本さん。
『ほぼ確定だな。――聖剣は、監視する機能がついていた?』
「聖剣は、監視する機能がついていた?」
「ほぐっ!? い、YESだよぉぉ……!」
『聖剣は、魔王が用意した?』
「聖剣は、魔王が用意した?」
「みゃぉんッ!? YESだよ……っ」
何者からか殴られたかのように崩れ落ちる橋本さん。あ、片膝立ちするとモロ見えだな。
そして、師匠のトドメが入った。
『回答だ! 聖剣は実は魔王の手先で、勇者を監視する役割を担っていたのだ! 監視を逃れるために勇者は聖剣を折ったのだ!』
「回答。聖剣は実は魔王の手先で、勇者を監視する役割を担っていた。監視を逃れるために勇者は聖剣を折った?」
「正解……だよぉおおーーー!」
カンカンカン! ノックアウト! と試合終了のゴングを空耳せんばかりに見事に崩れ落ちる橋本さん。教壇の上で。いや危ないって。そろそろ降りなって。
『フッ……勝った!』
「くっ……わ、私の負けだよ……!」
「うんうん、それじゃ教壇から降りたほうが良いと思うんだ、危ないし」
「そ、それじゃあ約束通り、私がなんでもひとつ言う事を言聞いてあげる……んだよ?」
と言っても、特にこれと言って何か要求する気は……勝ったのも師匠の力だし。
あ。そうだ。
「それならサイン貰える? hakuちゃんのサインが欲しいって頼まれてたんだよ」
俺は手に持っていたカバンから、昼休みに購買で買っておいたサイン色紙とペンを取り出し、橋本さんに手渡した。
「んよ? ……さ、サイン、だよ?」
「うん。知り合いがhakuちゃんのファンでね」
「……なんでもひとつ言う事を聞いてあげるって言ってるのにサイン……パンツあんなに見てきてたのに……しかも当人じゃなくて知り合いの頼み……あんなにパンツちらちら見てたのに……」
おい。わざとか。わざと見せてたのか縞パンツ。
「あの、さ、葉庭くん……ひとつ聞いていいかな」
「ん? 何かな橋本さん」
「……わ、私って、そんなに魅力ない……かなぁ?」
涙を浮かべる橋本さん…………いやまぁ、その。俺はその質問に、思わずちらりと平たい胸を見てしまう。見てしまった。――そういえば聞いたことがある。女性は、自分の胸に注がれた視線を感知できる存在であると。そして橋本さんも女性である――すなわち、
「……ッ! や、やっぱり、おっぱいか、おっぱいが好きなのかだよぉーーッ!?」
目は口ほどにものを言ってしまった。
「い、いや、橋本さんに魅力がないわけじゃない! 声が可愛いし、髪と目も綺麗だし、それにそのフトモモとかお尻とか、たまらない人には本当にたまらない存在だと思う。身長が小さくてたとえ胸がスットンでもそれはそれで需要はあるし! 一部の人間に!」
「一部ってそんなの、それじゃ意味ないんだよ――っ、て、ひゃっ!?」
「! 危ない!」
教壇の上、橋本さんがぐらりとふらついた。
俺は、とっさに橋本さんを助けようと駆け寄り――
――どたんっ、ずしん!
体勢を崩して倒れた。その直後、顔を、何か甘ったるくてすっぱい、でもすごく良い匂いがする柔らかいモノに押さえつけられた。……お香、いや、濃厚パイナップルって感じの匂い。だが息苦しい。そして頭が持ち上がらない程度に重い。
なんだこれ、と、どけようと手で持ち上げようとすると、ぷにゅっと指が埋まる感触があった。すべすべですごく気持ちがいい。
「……ぁひっ!?」
『ほぉ。生ラッキースケベ』
師匠の一言で察してしまった。橋本エーデルガルド。その身体に、これほど肉付きのいい二つのお肉は、あの、はい。お尻ですねわかります。
どうやら俺は、橋本さんを助けようとしてなんやかんや尻の下敷きになったらしい。どこのラブコメ主人公だ。伝説のあの人なら指が入ってた所だ。
「ひみゃぁあああああ!? ご、ごめんなさい葉庭くん!?」
「あの、どいて……」
「はっ! こ、腰が抜けて動けないのでもう少しこのままでいいですかだよ!?」
「息、息苦し……しぬ……」
「ひゃいっ! ごめんなさいっ!」
ぴょいん、と飛び跳ねるように退く橋本さん。腰が抜けたとは何だったのか。
うぁー、いてて……。後頭部打った……あー。まだ鼻に匂いが残ってる……なにこれ、先日の伊万里さんといい女の子ってこんないい匂いするもんなの? あ、これも師匠の呪いか何かなんだろう。最近の俺は明らかにおかしいもの。
『弟子、弟子。良い匂いだったって顔してるな。いいことを教えてあげよう。体臭を良い匂いと感じるのは、相性が良い証拠だぞ?……ふふふ、どう見てもこの子、弟子に気があるようだしいう事を聞かせる権利で彼女になってもらうのもいいじゃないか?』
「……」
『おっと、ここは鈍感系主人公のようにすっとぼけておくところだったか!?』
いやまぁ、確かに良い匂いでしたけど。せめておっぱいさえあれば……師匠のおっぱいって橋本さんにあげたりはできないんですかね? ハハッ無理か。
とはいえ、手に残る感触はとてもその、とても、悪くはなかったというか……お尻にも目覚めてしまいそうだ……くっ、なんということだ。
「だ、大丈夫!? 葉庭くんっ!」
「あー、まぁ、たんこぶできてるかもだけど……」
「ごめんなさいごめんなさいっ! 私が調子にのったせいでっ!」
体を起こすと、床に座り込んだままぺこぺこと頭を下げる橋本さんが居た。
何度も頭を下げて橋本さんの天然金髪がふぁっさふぁっさと風を送ってくる……
「あー、いや、いいよ。うん、そんな重くなかったし……」
『むしろご褒美だな。羨ましいぞ!』
「その、ぉ、お詫びに! 今はいてるパンツあげるんだよ! 包帯に使って欲しいよ! 他の用途に使うも良しだよ! ご自由に活用ください!」
そう言って、橋本さんはささっと縞パンを脱ぎ、そっと俺に握らせてきた。橋本さんの体温が残っていてホカホカぬくい。
「……んん?」
「それじゃごめんなさいでしたよぉぉぉぉっ!」
パンツを返す間もなく、橋本さんは上履きを履いて教室から走り去っていった。
「……えーっと。どうしましょう師匠。パンツ貰っちゃいました」
『羨ましい。とりあえず包帯代わりに頭に被ったらどうだ? 怪我したところに紙おむつや生理用品を当てて血を吸わせるってのはあるんだ、今は別に出血もしてないしパンツはただの布だが、遠慮することはない。被れ』
「それ普通に変態だよね!?」
こうして俺は、hakuちゃんのサインは貰えなかったが橋本さんのパンツを手に入れた。
……いや、なんで?




