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翌日目が覚めた私は寝る前と変わらずしがみついているアズを起こし、朝食を食べた後に挨拶を済まし、孤児院を出た。
実にあっさりとした旅立ちだが名残惜しんでくれる友達もいない為仕方がない。
さて、本来一人で旅立つ予定であった私だが隣には荷物を提げたアズがいる。
どうしてこうなった。
最初は近くまで見送りにきてくれているのかと思っていたが、
「そろそろこの辺で。」
と言う私に
「僕も一緒に行く。」
と言い出したのだ。
孤児院には既に伝えているらしい。
手土産でもくれるのかと自惚れていた荷物の中身は、数少ないアズの衣服や所持品だった。
確かに成人前に孤児院を出ることは禁止されていない。
むしろ前倒しで独り立ちしたほうが孤児院側も面倒を看る子供が一人少なくなるので負担も減るだろう。
でも当日に言わなくてもいいじゃない。
昨夜にでも伝えてくれればと言うと
「だって一緒に行くって言ったら昨日一緒に寝てくれなかったでしょ。」
と言われ、まあそうだけどと口籠る。
そもそも小さい頃は毎日一緒に寝ていたのだ。
だがある程度歳を重ねても変わらぬ私達を見てカイルに説教をされたのだ。
姉弟だからいいじゃないと言う私に、姉弟でもいつまでも一緒に寝るのはおかしいとカイルは教えてくれた。
前世で一人っ子だった私は姉弟事情を全く知らず、ましてやそれを教えてくれる友達もいなかったので、そういうものなのかと割とあっさりと納得した。
それからアズとは別の布団で寝るようになったのだが、しばらくは
「寂しい。」
となんとも可愛らしいお願いをされ、絆されそうになっては”姉として”という矜持の元、断固として拒否し続けた。
そんなアズが、昨夜は
「最後だから。」
と昔と変わらぬ可愛いお願いをしてきた為、まあ最後だからと呆気なく絆されてしまったのだ。
なんとも不甲斐ない姉である。
十五歳になったアズは可愛らしい顔を残しつつ、着々と大人に近付いている。
昔は私より背も低かったが、今では頭一つ分追い越されている。
かく謂う私は元々小柄だったが身長が止まるのが早く、今でも同年代より小柄である。
だが身体はきちんと女性らしく凹凸があるので、まあ欲は言うまい。
前世の私は巨漢な上に凹凸が皆無だったので今世の外見にはだいぶ満足している。
だがあまりにも前世と違いすぎて未だに慣れない節も多い。
淡い金髪はふわふわしていて結っていないと風に舞うし、肌は白くてすべすべしている。
空色の瞳は大きくてくりくりしているし、小さめの鼻と口だって気に入っている。
おまけに声は小鳥が啼くような可憐さなのだ。
自分のことを言っていて恥ずかしいが、如何せん前世の自分があまりに対極な人間だった為致し方ない。
元々骨格の太かった私は成長と伴に縦にも横にも大きくなり、同年代の男の子より遥かに大きい図体だった。
歳を重ねれば止まるだろうと予想していた身長はいつまで経っても伸び続け、声まで野太くなっていった。
目は鋭く吊り上がっているし、唇は厚く口角が下がっていた為にいつも不機嫌そうに見られた。
人に声をかける度に怯えられ、目を合わせれば逸らされる。
元々人見知りだった性格は更に内向的になり、極力周囲の人を不快にさせまいと誰とも目を合わさず、声をかけず過ごしていた。
そんな生活で友達ができるはずもなく、いつも独りぼっちだったのだ。
今世の姿を認識した時には思わずほっとしたが、前世の意識が色濃く残っている為、今でも人と目を合わせたり話をするのは苦手なままだ。
このままではだめだと友達作りに励もうとしたのだが、孤児院ではすっかり無口な子という印象がついており、誰も話しかけてくれなくなった。
その為、早々にアズを生贄として話し相手にした。
もちろんそんなことアズは知る由もないが、姉という理由をこじつけ何かと構い、アズも私に懐いてくれたのをいいことに、可愛い天使と姉弟の絆を築き上げたのである。
うっかり私の方が懐いてしまった節もあるが、可愛い弟ができたので私は幸せである。
しかし成人して独り立ちをした今、このままではだめなのだ。
なんとか社交性を身に付け、本当の意味で頼りになる姉を目指さなければ。そして欲を言えば友達もほしい。
人生二回目にして未だに友達ゼロというのはあまりに哀しすぎる。
孤児院のあった山奥から途中で馬車を使って半日、ようやく街が見えてきた。
馬車に揺られ、うとうとしていた私はアズに起こされ早速姉としての不甲斐なさを感じるのであった。