素直になれない私
「優花、颯真に大っ嫌いなんて言って良かったの?」
ずんずん進む優花の背中はいかにも私、怒ってますと言っていて、私は声をかけられなかった。サッカー部の部室までやって来て、自分の荷物を取るために優花が足を止めたから、ようやく私は口を開いたのだ。
「いいの。颯真くんが悪いんだもの」
振り向いた優花の目にはうっすらと涙が溜まっていて、桜色の唇は小さくへの字、上気した頬は膨らんでいる。怒り方が、ぷんぷんって感じだ。
「でも、優花」
「私は颯真くんのことが好きだよ。でも凛ちゃんのことも大好きなの。友達のために怒るのは当たり前でしょ?」
好きな人に大っ嫌いなんて言うのは、きっととても勇気がいる。嫌いと言ったことで、自分の好きな人に嫌われるかもしれない。
それでも優花は親友の為に怒ってくれたんだ。
そういうことが自然に出来ちゃう子なんだって私は知ってたけど、現在進行形で優花の怒りが嬉しくて、胸にじわっときた。
大人しくて人見知りで、なんでも許してくれそうな印象だけど、優花の芯は私なんかよりよっぽど強い。
「皆が凛ちゃんのこと格好いい、男前だって言うけど、私は凛ちゃんが誰よりも女の子なの知ってるよ」
「優花……」
「ほんとは小さくてかわいいもの大好きだし、オバケやジェットコースターは怖いし、お菓子は作らなくてもお弁当は作れるじゃない。凛ちゃんは凛ちゃんが思ってるよりずっと女の子らしいし、スカートとか似合わないって諦めてるけど絶対似合うと思う!」
「ゆ、優花?」
ちょっと待って。急に恥ずかしい内容になったんだけど。
あとスカートは本気で似合わないと思う。こっそり試着したとき死ぬほど似合わないって思ったから……って、優花、恐い、恐い。なんでそんなにグイグイ近付いてくるの?
両手をぐっと握って力説する優花の勢いに押されて、私はタジタジと後ろに下がった。
「好きな人に男女なんて言われて傷付かないわけないよ」
えっ?
「私が気付いてないって思ってた? 凛ちゃん自分が思ってるより顔に出るんだから」
驚きに目を開いて優花をまじまじと見つめると、優花の表情がいつも通りに柔らかくなって、ふふふと笑った。
「凛ちゃんってリーダータイプでグイグイ行きそうに見えるけど、意外に怖がりで人に譲っちゃうでしょ。凛ちゃんのそういうところも私は好きだけど」
優花はちょっと恥ずかしそうに右手を差し出した。
そう言う優花は意外にグイグイ行くよね。
「自分の気持ちに素直になって、凛ちゃん。私たち親友でライバル。素敵でしょう?」
「優花……うん、素敵だね」
私は優花の小さくて柔らかい手を握った。
でもね、優花。私と優花はライバルなんかにならない。
ライバル争いなんてする前から、勝負はついてるから。
「凛!」
「颯真……」
颯真の背後で腕組みした小林が、小さく片手を上げた。今頃来たってことは、コイツらはコイツらで男同士の話し合いってやつをやってたんだろう。
「不細工とか、男女なんて言ってごめん! 悪かった」
「いいよ。私も態度悪かったし」
勢いよく頭を下げる颯真を見たら、なんだか馬鹿らしくなって私はふっと笑った。
しょうがないな。隣を譲る時がきちゃったわけだ。
私はスウッと一つ、深呼吸をしてから言った。
「私さ、颯真のことがずっと好きだったんだ。いつから好きなのか分かんないくらい前から」
「えっ?」
颯真の顔ときたら、鳩が豆鉄砲でも食らったみたいだ。妙におかしくて、私の心は澄んだ秋空みたいに爽やかだった。
変だな、フラれる時ってもっと悲しくてドロドロするかと思ってた。
「ほら、告白されたら返事!」
「えっ、いや、その」
よっぽど私の告白に動揺してるのか、颯真はしどろもどろだ。優花は胸の前で手を組んで、ハラハラと私たちを見守ってる。
「悪い、凛。俺、他に好きな人がいるんだ」
颯真のせわしなく泳いでいた目が止まって、真っ直ぐに私を射ぬいた。知ってたよ。好きな人が誰なのかも。
「そっか。ああ、スッキリした!」
私は大きく伸びをして、くるりと颯真と優花に背を向けた。
「じゃ、邪魔物は消えてあげるから、あとは上手くやんなよ? 私が勇気出したんだから、アンタだって出来るよね?」
肩ごしに振り返ってウィンクしてやる。颯真はあっけにとられた顔をしてから、いつものようにニヤリと笑い親指を立てた。
「おう、当たり前だ」
私はもう後ろを見ずにヒラヒラと手だけを振って、そこにいた小林の腕を掴んで歩き出す。
「えっ? 凛ちゃん?」
焦ったような優花の声が私を追っかけてきたけど、私は聞こえないふりをした。
明日も20時ごろ更新です。
明日の更新でラスト。最後までお付き合いよろしくお願いします。