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憎いアイツ

 蝉の一生はほぼ土の中で、地上に出てからは一週間……というのは飼育した場合で野外では1ヶ月だそうだ。どちらにしても土の中で過ごす期間に比べて短い。その短い間で蝉の雄は声高に雌へ求愛する。


 私は雄じゃなくって雌なんだけどさ。


 新学期も始まって二週目の土曜日、今日は他校を招いての練習試合だ。


 セッターがふわりと絶妙な角度で上げたトスに合わせて1、2、3のステップを踏んで助走し腕を振り上げる。キュキュッと鳴る体育館の床、しなった自分の体の感覚と、ぐわっと視界が開ける爽快感に身を委ねるのは、ほんの僅かな滞空時間のみ。

 伸び上がるブロックの手と手の間に見えた隙間へ、私は手首のスナップを使い存分にボールを叩き付けた。


 ダダンッ!


 ボールが床を強打する小気味よい音と遅れて着地した私、笛の音が鳴り響いて観客と選手が沸く。

 ああ、この快感に浸れるなら、鬼のような練習メニューだって苦じゃない。


「凛センパーイ!ナイスキーッ!」

 一年生の黄色い声援を受けて、スパイクを決めた私はアドレナリン全開のまま、握った拳を高く上げた。



※※※※※※※


「練習試合後の一杯は格別ですなあっ」

 帰り道、同じ2年の智美がスポーツドリンク片手にプハーッと息を吐いた。

 新学期も始まって二週目の土曜日、他校を招いての練習試合だった。


「親父臭いよ、智美」

「わっはっは。今さら何を言う。これが私のキャラなのだよ。そういう凛はほんっと男前よのう」

 半眼でたしなめる私へ、智美に同意した2年も1年たちも頷いてみせた。


「あの場面であそこにスパイク決めるのも超格好いいけどさ、最後の決めポーズ!」

「そうそう、こう、拳を振り上げてさ」

「あれで一気に流れが来たよね」

「痺れるわー。凛が男だったら惚れてた」

「女でも惚れちゃいますよ。ね?」


 ショートカットに現在171センチの高身長、キリッとした眉に切れ長の目に薄い唇。子供の頃から性別を間違われるなんてしょっちゅうで、ちょっと体の線が出ない格好をすれば、未だに男の子だと勘違いされる。


 きゃあきゃあと騒ぐチームメイトと後輩たちへ向かって、私はニヤリと笑いわざと低い声を出した。

「しょうがねえな。黙って俺に付いてきな。勝利をプレゼントしてやるよ」

 芝居がかった臭いセリフだというのに、キャーと黄色い声が上がる。


「先輩、格好いいー!」

「その辺の男子より男だよ、凛」

「一生付いていっちゃう」


 はしゃぐ皆の顔が見たくなくて、一歩前へ出た。


 誉めるんじゃなくて、ちょっとは突っ込めよ。ちくしょう。

 自分からノッかったのに、否定して欲しかったなんて超カッコ悪い。


 何でもないふりをして、私はそれきり後ろを見ずに早足で歩いた。



 しばらくして早足になった私の足の速度がふと緩む。背後に追いついてきた皆の気配を感じながら、グラウンドの横をゆっくりと歩いた。


 グラウンドでは部活終わりのサッカー部員たちが、帰り支度をしていた。


 さらりとした綺麗な黒髪に一際小さな女子マネが、頬をほんのり桃色に染めて颯真となにやら話している。

 颯真も少し緊張した顔で喋っていた。


 ばっか。あんたにそんな顔似合わないっての。


 あのデリカシーのない幼馴染みでも緊張するんだなって思うと、胸がチクリと痛んだ。


 真っ赤になってアワアワとしているサッカー部女子マネの優花は、小動物みたいで仕草もかわいらしい。らしくもなく真剣な顔で何か言ってる颯真は、知らない男の子みたいで悔しいけどイケメンだった。こういうことに疎い私から見ても、初々しくって絵に描いたみたいにお似合いの二人。


 そっか、そうだよね。私とじゃ緊張なんてしないし、あんな真剣な顔もしない。

 相手が優花だから緊張するんだ。あんなに、男の子の顔をするんだ。


 気分がずんと沈んで、ぎゅっと心臓を何かに掴まれているような気分になった。


 いつの間にか校門前にたどり着いていて、私の足が完全に止まった。


「じゃあ、凛。また明日ね」

「先輩、お先に失礼しまあす」

 親友の優花といつも一緒に帰ることを知っている皆は、立ち止まった私を追い越し手を振って帰っていく。私も挨拶を返して、また二人を眺めた。


 私もさっさと帰ろうかな。


 視線を前へ戻して歩みを再開した時、颯真が私に気付いて手を上げた。


「よお。今帰りか?」

「そうよ。悪い?」


 私に話しかけた途端、いつものニヤニヤとした子憎たらしい表情になったアイツへ、私はつっけんどんでかわいくない返事をする。


「凛ちゃん、お疲れ様」

 颯真の声かけで私に気付いた優花がふわりと微笑んだ。花が咲いたみたいに周りが明るくなるような笑顔。この子はいつもそう。なんだかあったかい気持ちにさせてくれる。私の頬も自然と弛んだ。


「ありがとう、優花。優花もお疲れ」

「おいこら。俺の時と態度が全然ちげーじゃねえかよ」

「そりゃしゃあないわー。優花ちゃんかわいいし。かわいくない颯真の野郎とじゃ態度も変わるってえ。な? 凛ちゃん」


 横合いから颯真の肩へ手を回し、ニコニコとこっちへ愛想を振りまいたのは、颯真の悪友である小林拓也だ。この間朝の昇降口で、颯真の作戦を邪魔して小突かれていた確信犯でもある。


「優花がかわいいのと、颯真がかわいくないのは認めるけど、小林が私を凛ちゃんって呼ぶのは馴れ馴れしい」

「ええー、だってかわいい女の子はやっぱりちゃん付けっしょ?」

「その理屈は知らないし、私はかわいくない」


 へらへら笑って言うな。小林はいっつもこんな態度で女の子に接するもんだから信用出来ない。


「拓也、凛がかわいいってお前、節操なさすぎ」

 おい、颯真。そいつは言いすぎだろ。

 殺意を込めて睨んでやったのに、慣れてる颯真は素知らぬ顔だ。


「ええ~、凛ちゃんかわいいっしょ」


「「目ぇ悪いんじゃないの?」」

 颯真と私のセリフが見事にかぶった。



 颯真と私は家も隣で母親同士も仲がいい。いわゆる幼馴染みの腐れ縁ってやつだ。一緒にいるのが当たり前で、気がねなんてしなくていい空気みたいな存在。

 昔っから男勝りな私は、女の子と遊ぶよりも男の子と遊ぶ方が楽しかった。一緒になって走り回って泥だらけになって遊んでた。


 ずっとそうしていられれば良かったのに。


 同じ年頃の女子は、だれだれ君が好きだのとキャアキャア言うようになる。体つきが違ってくる、声だって変わる、顔立ちだってなんだか大人びてくる。

 颯真が男の子なんだって思ったのは、いつだったんだろう。


 でも男の子なんだって意識するのは私だけで、颯真の態度は昔のまんま。女の子の扱いなんてされたことがない。分かってるよ、そんなこと。


「こいつのどこがかわいいってんだよ、拓也。背だって俺らと変わんねえし、こいつに叩かれたらすげえ痛えんだぜ。力強すぎ。女じゃねえよ、男女おとこおんなだよ、男女!」


 男女、という言葉が私を殴り付けた。身長が高くて、男の子に混じって遊ぶ私はしょっちゅう男女とからかわれたものだ。言われ慣れてる言葉じゃないか。どうしてこんなにざっくりと刺さるんだ。


「悪かったね、男女で!」

 私は眉を吊り上げて颯真を睨んだ。


 ここで傷付いた顔して涙の一つでも流せればいいのに。出てくるのはフンという鼻息と、腕組みをして仁王立ちという態度だった。

 私は、そんな私自身にムカつく。


「ほら不細工なこの顔! そういう態度がかわいくねえんだよ」


 ああ、ムカつく。ムカつく。ムカつく。


「颯真のばかやろう!」

 悲しくなんかない。颯真が私のことをどう思ってるかくらい、分かってた。分かってたんだから、傷付くなよ、私。


 だって惨めすぎる。

 よりによって颯真に、好きな人に男女と言われるなんてさ。


「うん、そうだね。今のは颯真君がばかだったし、凛ちゃんに向かって男女おとこおんなや不細工はないと思う」

 静かだけど、怒りを含んだ声が私と颯真の間からした。


 そうそう。言ってやってよ、優花……って、え?


「凛ちゃんはかわいいよ。格好よくってかわいい、私の憧れ」

 優花はぷうっと頬を膨らませて颯真を精一杯睨んでいた。そんな顔もやっぱりかわいいなと、ぼんやり思う。


 って、ちょっといいの? 優花。あなた颯真のことが好きなんでしょ?


「大事な友達のことを悪く言う颯真くんなんて、大っ嫌い!」

 優花はべっと舌をだして、目を丸くして固まった私の手を引っ張った。


「行こっ! 凛ちゃん」

「へっ? うん」

 私は慌てて鞄を肩に引っかけ、優花に手を引かれるままその場を後にした。

明日も20時ごろ更新です。

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