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かわいい親友

 朝っぱらからうっとうしいほどの蝉の声と、この時間にしては強い日差しのシャワーに私はうんざりしながら、昇降口に着いた。


 ったく9月になったんだから、もうちょっと控えなさいよ。


 恨みがましく、蝉たちがいると思われる木々を私は睨む。こんなことをしたって蝉の大音量と、ジリジリと肌を焼く太陽光が緩むわけでもないのに。


「おっはよー」

「おはよう」


 そこかしこから飛び交う朝の挨拶を返し返されしつつ、靴を履き替えていると、ふと視線に入る見知った人物に手が止まった。


 私と同じように靴を履き替える男子生徒の後ろ姿を、じっと見つめる女子生徒が一人。


 さらさらと音を立てそうな長い黒髪をハーフアップにしていて、制服から覗く手足は細く白い。顔立ちは優しいし背だって小っちゃくて、女の私だって守ってあげたくなるくらい華奢で可憐だ。

 私とは正反対に、小さくてかわいくて女の子らしい、大事な親友の高橋優花たかはしゆうか


 横顔しか見えない優花の、汗でつぶれた前髪と火照った頬が恋する乙女そのもので、私でもなんだかドキッとする。優花は声をかけようか迷いに少し体を揺らしてから、動きを止めて祈るように男子生徒の後ろ姿に視線を送っていた。


 すごく人見知りの優花は、同級生の男子に自分から声をかけるなんてこと出来ない。そこがまたいいんだけどさ。


 優花の目線をたどって、私はふーんと目を細める。


 あんな可愛い子の視線に気付かない鈍感な男子生徒は、後ろからかけられた声に振り返った。

 背中しか見せていなかった男子生徒の、サッカー焼けした顔が優花の方を向く。


 格好いいからとか、モテたいからとかの理由でサッカーを始めたチャラい同級生、藤井颯真ふじいそうまだ。実際にモテるもんだからムカつく。


 颯真の視界から逃れようと、優花はハッと慌てて靴箱の陰に隠れた。


 思いっきりカバンが靴箱からはみ出てるし、スカートとか足とか、顔だって半分見えてるけど。


 ああ、もう。そんな所もイチイチかわいい。


 ふう、と息を吐いて、私は親友の肩を叩く。靴箱に隠れ熱い視線を注いでいた親友は、「ひゃあ」とかわいい声を上げた。


 なにその声。私だったら、「ぎゃあ」とか「うわっ」とかだよ。しかもワントーン低くなるね。


「おはよう」

 声をかける私に、はにかんだ笑みで「おはよう」と答える。


 ああ、かわいいな、こんちくしょう。


 バレー部主将、タッパはお察しの私は、そんな私の肩ほどしかない親友の頭をくしゃくしゃと撫でる。


 控えめな抗議の声を無視して、私、橘凛たちばなりんは廊下をみやった。


 颯真はクラスメイトと小突き合いながら、日差しの外から薄暗い廊下へと遠ざかっていく。少し背が伸びたんだな、と訳もなく思った。


 遠ざかる憎い背中に、ふんと鼻息を吹いてやる。

 今、わざとゆっくり靴を履き替えてただろ。あと分かった上で声かけて邪魔したあいつ、グッジョブ。


 この子の隣はまだ私の位置だ。

 奪うんなら覚悟しとけよ。


 小さくてかわいい親友。男勝りでがさつな私。

 どっちを好きになるかなんて、分かりきってる。


 幼馴染みの腐れ縁なアイツへ、悪態をついて胸の疼きを誤魔化す。


 窓の外からはうるさいほどの蝉の声。日差しに目を細めながら、思う。


 あんたたちみたいに素直な求愛が、人間も出来ればいいのにね。



※※※※※※※※※


 優花と知り合ったのは高校になってからだった。


 近隣の中学校から上がってきた新しいクラスメイトたちは、ほとんどが知らない顔だ。そわそわと落ち着かない空気の中、私はいつも通りに持ち物の片付けを終えて、早々に自分の席へ腰かけた。


 どうせ一週間もすれば、自然といくつかの気の合うグループに分かれるんだから、今無理して友達を作る必要もない。


 机に頬杖をついて新しいクラスを眺める。緊張した顔でぎこちなく挨拶をかわす女子、私みたいに一人でさっさと片付けを終え暇そうな男子、さっそくお喋りが盛り上がっている女子もいれば、顔見知りと話す男子もいる。


 隣に目を落とすと、バタバタ、ワタワタとパニクってる女子がいた。下を向いているから、ツヤツヤとした綺麗に真っ直ぐな髪が、白くて小さな頬にかかっている。配布物や自分の持ち物と一生懸命に格闘している様は、なんだかリスやハムスターみたい。


「これはこっち、それはこっちだよ」

 つい見かねて口出し世話焼きをしてしまった。突然かけた私の声に驚いたのか、びくりと手を止めて勢いよく顔を上げ、私の顔を見た。


 うわ、大きくてキラキラした目。顔、ちっちゃ。


「教えてくれてありがとう」

 ビックリするほど黒目がちの目が綺麗に弧を描き、頬を薔薇色に染めて桜色の唇がほころんだ。


「私、トロくさいから早くしようと思って余計に慌てちゃうの」

 恥ずかしそうに付け加えた言葉と、ペロッと小さくピンクの舌を出した仕草がかわいい。


「私、橘凛。凛って呼んで」

「あっ、私は高橋優花。橘さ……じゃない、ええと、凛ってなんか呼び捨てはちょっと……だから、凛ちゃんって呼んでいいかな?」


 上目遣いにお願いされて、私は苦笑した。この子は私とは正反対の、天然の女の子だと直感したのだ。


「ちゃんってキャラじゃないけど。ま、いいか。優花って呼んでいい?」

「うん。じゃあ、あらためて凛ちゃん。よろしくね」

「よろしく優花」


 これが私と優花のありふれた出会い。高橋と橘という出席番号の並びが結び付けたお隣同士のなれ初めだった。


 私と優花は不思議なほどに馬が合った。互いに全く違う性格なのが良かったのかもしれない。気が付くと親友と呼べるような関係で、他にも友達は何人かいるが、優花ほど気の合う子はいない。


 大人しくて控えめで、ちょっとおっちょこちょいだけど、何にでも一生懸命な優花。色が白くて身長も体のパーツも小さいけれど、目鼻立ちとこっそり胸も大きい。趣味はお菓子作りで気配り上手とくればもう、ザ・女の子って感じだ。


 そんな優花が無意識に目で追うのは、私の幼馴染みの腐れ縁だ。ふとすれ違う廊下で、靴を履き替える昇降口で、アイツと出会った時の優花のおろおろした様子や潤んだ目、ほんのり上気した頬はすごく綺麗でかわいい。

 アイツの遠ざかる背中や横顔へ向ける視線は、見ているこっちも切なくてキュンとくる。


 こんなかわいい子がよりによってあのバカに恋だなんて、世の中間違ってる。

 けど、しょうがないよね。恋心ってやつは自分でもどうにもならなくて、相手は理想のタイプとは限らない。


 優花、かわいいあんたの恋は応援してあげる。ただアイツの顔を見ると腹が立つから、簡単に優花の一番近くは譲ってあげないけどね。


 こんなこと思う自分はやっぱりかわいくない。チクチクと胸が痛むのは、いつかはかわいい親友をアイツに取られちゃうからだ。

 決してアイツのことが好きだからなんかじゃない。……そうやって私は自分の想いに蓋をした。

明日も同じく20時ごろ更新です。

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