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狂気と狂喜

さて、前世の記憶が戻る前の自分のアホっぷりを思い出して悶絶しつつ、ラルフォン様…否、ラルフ様と仲を深めたあの日から、三週間が経過した。

あのやりとりの後、呼び方はラルフ様、に定着した。本当は呼び捨てでいいって言われたんだけど年上だし…あといきなりハードルが高すぎるっていうかね…。



本日返ってきたテスト結果は、なかなかに上々だ。なんていったって学年の10位以内に入って居るのだから。

……うん、本当にびっくりした。

約100人の生徒のうち、中間にいた私が、まさかの10位以内。たしかに勉強を教えてくれているラルフ様に応えたくて家に帰ってからも勉強漬けで頑張ったけど、まさかここまで上がるなんて。


張り出された順位表に書かれた私の名に、私の一つ上の順位であるセイラが笑顔で手を握った。




「すごいわ、リーリエ。本当に頑張ったのね」


「ありがとう、セイラ」



でも、それもこれもあの時、セイラがラルフ様との勉強会を強く推してくれたおかげだ。…ちょっっと強引だったけど、あそこまで言われなきゃぐずぐずして結局流してただろうしなあ。

そのことについてお礼を言おうと口を開いた時。



「カンニングじゃないの」



酷く冷めた声が聞こえ、振り返るとアンダーソン嬢が目を細めて私を見つめて嘲笑っていた。


……ええ……?


いや、たしかに喧嘩を売られたのは何度かあったけど…ここまで悪意を隠さない態度じゃなかったぞ。

あくまでも、『男子に大人気であるにも関わらず、驕らず清らかな心の持ち主の美少女で素晴らしすぎる存在であるが故に、凡人な女子生徒たちの劣等感を刺激してしまう罪づくりな私』ってスタンスを崩さなかったし。

ほら、こっちを振り向く生徒が何人かいるよ、「アンダーソン嬢ってあんな性格だったのか?」「もっと清楚で可愛い子だと思ったのに…ショックだなあ」とか男子が囁きあってるし。

苛立ちなどよりも驚きが勝り、固まる私とは対称的に、セイラは囁きが聞こえなかったかのようにアンダーソン嬢をスルーして笑顔で言葉を続けた。



「ザラフィーニ様の教え方は、よっぽどお上手だったのかしら」


「え?ええ…ラルフ様は本当に懇切丁寧に教えてくださったわ」



なんとかフリーズから立ち直った私の返事に、セイラは目を輝かせる。その奥にいるアンダーソン嬢は眉間にしわを刻んだ。

え?ええ?



「ラルフ様…?今はそのように呼んでいるの?」


「あ………っ」



あああ…そういうことか!

何となく恥ずかしくなり口元を押さえつつ、親友の興味津々な表情に耐えきれずに頷いた。



「……そう呼んでいいと、ご本人が仰有ってくださったから…その、私のこともリーリエ、と呼んでくださったし」


「あらあら…まあまあ…」



にこにこ笑うセイラさんは上機嫌だ。その笑顔は本当に美しいのだが…なんだろう、このパワフルさ。



「随分仲良くなったのね」


「ええ、今日も放課後に会う約束をしているの。セイラのおかげよ、ありがとう」


「私は別になにもしていないわ」



バタバタ!と激しい足音が聞こえ、そちらを見ればアンダーソン嬢が走り去っていくのが見えた。

セイラはそちらを見て、勝ち誇った笑みを浮かべる。



「……耐えきれずに行ったみたいね。彼女のことは気にしなくていいわよ、リーリエ。最近は機嫌が悪いらしくて、あちこちに当たり散らしてるみたいだから」


「ええ…?そうなの?」



知らなかった…最近は忙しくてアンダーソン嬢や攻略キャラのこと、全然意識してなかったからなあ。



「特に婚約者がいて関係が順調な女子生徒にね。私も『どうせ遊ばれてる』とか、『遠征先で素敵な女性と浮気してるに違いない』とか言われたもの」


「……何を言ってらっしゃるのかしら」



セイラの婚約者は騎士団の小隊長だ。たしかに年上で、その立場から遠征は多いが、浮気なんて縁のない誠実なお方だし、セイラと婚約する前までは女嫌いで有名な方だった。

最初は年下の婚約者だなんて、とうんざりしていたらしいが、セイラの知的で落ち着いた性格が肌にあったらしく、今ではその溺愛ぶりは女嫌いという噂以上に有名なものだ。

…つまり、アンダーソン嬢の完璧な言い掛かりだ。



「一応聞くけれど、婚約者の方とアンダーソン嬢との関わりは?」


「あの人、昨日半年ぶりに帰ったばかりよ。ちなみにアンダーソン嬢に言われたのは三日前」


つまり、接点があるなんてありえない。

言い掛かりっていうか、最早妄想じゃないか?

セイラの婚約者は攻略キャラじゃない。なのに断片的な情報でなんでそんなこと言ったんだろう。



「なんだか最近追い詰められてるみたいよ。どういう訳か、ナイトローン様やカンダーレ様と距離を置こうとしていらっしゃるし」



………………あーー。


なんとなく、アンダーソン嬢の暴走理由がわかった。


当初は逆ハーレムを築けたことに大満足していたアンダーソン嬢。

だがしかし、ナイトローン様の許容範囲を軽く飛び越えたドSっぷりと、カンダーレ様のストーカーっぷりが発覚。イケメンでも許されないレベルなために何とか二人を剥がそうとするが、もう攻略しちゃった為に剥がしても剥がしても付いて来る。

周囲に相談するにも、二人の外面は完璧で誰も疑わないし、そもそも女子からは嫌われている。男子を頼ろうにも、あの三人のスペックが高すぎて、近寄れる男子がいない。

ヒロインである自分はストーカーやDV疑惑のある男性に悩んでいるのに、周囲のモブは婚約者と順調に恋愛し、穏やかで楽しそうな学園生活を送っている。それが許せない。

……そんなところか。うん、絡まれた人からすると、知らんがな、って感じだよね。

でも、そう考えると、アンダーソン嬢には悪いことしちゃったかもしれない。

だって、アンダーソン嬢にとってはお気に入りのモブであるラルフ様が最近彼女に近付かないの、完全に私のせいだし。

だからって八つ当たりされても困るけど。むしろ今の私は『人の婚約者何だと思ってんだ』って怒るくらいにはラルフ様への好感度高いよ。




―――――――



放課後、私は廊下を早歩きで移動し、目的の図書館に辿り着くといつもの席に座った。

そこはラルフ様との待ち合わせ場所だ。


テスト結果の報告とお礼を伝えなければ。ついでに次にお茶でもできないか誘えたら最高だ。



そんな私の浮かれた気持ちは、聞き覚えのある女子生徒の声に突き落とされた。



「カイル…私、もう嫌…もう嫌なの…!」


「シェリー…一体どうした?」



天井にぴたりと着く高さの本棚の裏から聞こえたその声に、ぎこちなく振り返る。

本棚の隙間から見えたそこにはカイル殿下に抱き付く、アンダーソン嬢がいた。


…えええ…嘘でしょ!?図書館で何やってんの!?



「この学園は怖い…女の子はみんな、私を親の仇みたいに見て来る。男の子はみんな、私を変な目つきで見て来る…私、私もう…!」



……これは……カイル殿下ルートのイベントだったかな?

たしか、悪役令嬢含め、様々な女子生徒に嫌がらせをされて、その日偶々体調が悪いヒロインが、異変に気付いたカイル殿下に弱みを零してしまう。…ただ、このイベントを発生させちゃうと逆ハーレムエンドには行かなくなっちゃうんだよね。まだ魔術学園からの転校生とか、呪いを抱えた臨時教師とか登場してないけどいいのかな?

…まあ、でもカイル殿下なら権力使ってナイトローン様やカンダーレ様を遠ざけてくれそうだし、欲は言ってられないのかな。



そんな考察を脳内で繰り広げていると、パアン!と乾いた打撃音が響いた。


赤くなった頬を押さえ、呆然としたアンダーソン嬢。

振り下ろした手をそのままに、無表情で彼女を見下ろす殿下。


――殿下が、アンダーソン嬢に平手打ちをした。




……うん、なんとなく予想してた。だってこれで三回目だもん。ただ、流石に手を上げるとは思わなかった。ナイトローン様だって少し痛い目に合わせたけど、ここまでわかりやすい暴力じゃなかった。



敢えて言うが、これは本来のイベントではない。



「撤回しろ」


「え…?」


「撤回しろ、お前はそんなこと言わないだろう?」



そう言って微笑む殿下の目には、彼女は映っていない。まるで絵画のような笑みは、寒気がするほどに美しく、異質だった。




「シェリー。お前は俺の心に簡単に入ってきた。笑顔で、無邪気に、まるで鍵のかかっていないドアを開けるように…あの女を、忘れられない俺の心に……!」



夢見心地に語る彼に、アンダーソン嬢は後ずさる。しかし強く手首を掴まれ、逃げることを封じられた。


「ひっ!…い、痛…!」



「ああ、これは運命だ…!あの女では駄目だった、神はお前と結ばれるべきだと、あのようなことにしたんだ!!」



興奮し、顔を赤らめて語気を強める殿下。気性が荒いと有名なお方だけれど、今のそれはそんなものではない。

しかし、痛みに顔を歪めるアンダーソン嬢に、再びす、と表情が消え失せた。

その温度差は狂気に満ちていて、思わず口を両手で覆った。



「………なのに、何なんだ?悪い冗談は止めてくれ」


「ぁ…あぁ…」


「学園がつらい?周囲の目が耐えられない?おまけに成績も20位以下?……なあ、シェリー。お前は俺の運命の相手なんだ。神が下さったチャンスなんだよ。なら、あの女と同じ…否、それ以上に完璧でなくてはならない。そうだろう?」


「な、なに…」


「愛している。美しく清らかで、完璧で女神のようなお前を。…だから悪い冗談は今回だけにしてくれ」



耳元で囁く甘い声に、アンダーソン嬢は目に涙をいっぱい溜めている。


眩暈を覚えたところで、殿下が振り返ってこちらを見る。



「――そこにいるのは誰だ?」


「っ」



全身から血の気が引いた。やばい、逃げなきゃ。でも――。



頭の中が真っ白になる中、不意に口を塞がれ、そのまま抱き締められると手を強く引かれた。




殿下が先程まで私がいた席に来る。周りを見渡し――小さく鼻を鳴らす。



「…気のせいか。…シェリー、そろそろ帰、」


「っ…!」



何事もなかったかのように語りかける殿下の脇をすり抜けて走り去るアンダーソン嬢。それに瞬きを繰り返していたが、悪戯っぽく目を細めた殿下は、すぐに彼女を追いかけた。



誰もいない図書館。


私と――、ラルフ様以外は。




「……来るのが遅くなってすまない。大丈夫か?リーリエ」


「………腰が抜けましたわ」




あの瞬間、図書館に入ってきたラルフ様によって口を塞がれた私は、バルコニーに引き摺り混まれ、そのまま身を隠していた。

まさか窓からバルコニーに出るとは思わなかったけど……本当に、見つかったらどうなっていたか。



「……本当にすまん」


「い、いえ…ありがとう、ございました」



お礼を言えば、彼は小さく苦笑して首を左右に振り、私を解放し――二人が出て行ったドアを、じっと見つめた。



「――拙いな」



ぼそりと呟く彼に、幾つもの疑問が浮上した。



……彼は、どうしてこんなに落ち着いているのだろう。

この国の有力者の、さらには後の国王となる方の豹変ぶりを見たのに。


どうして、彼はいつもアンダーソン嬢を目で追っていたんだろう。いくら彼女が庶民の出で苦労しそうだから、といっても、彼女の周りには常に有力者の男性がいる。だから大抵の男子生徒は彼女に近付くことすらできないのに。


それから、私が学園に復帰したあの日……



『今回は仕方ないか』


殿下に会いに行くと言い捨てた彼女の背中に向かって呟いたあの言葉。

あれは、どういう意味?



「ラルフ様……貴方は、何をご存知なのですか…?」



私の言葉に、じっと黒い瞳で私を見詰める。思わず息を呑むが、すぐに視線は逸らされ、何故かご自分の鞄を漁りはじめた。


そのまま、徐にノートとペンを取り出し、何かを書き込み始める。


…十分が経過した。長くない?え?な、なに?



「ら、ラルフ様?」


「すまない、久々でな」


しびれを切らした私の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。

え?何が?

顔を上げたラルフ様は得意げな顔で笑っている。――その顔可愛いな。これがギャップ萌えか。



「私――こういう者、だった者です」



そう、どこかおどけた口調で私に見せるそのノートには……アンダーソン嬢がカイル殿下、カンダーレ様、ナイトローン様に囲まれている絵だった。模写ではない、完全のゲーム中のイラストだ。ヒロインのアンダーソン嬢はとってもいい笑顔で、「いつも応援ありがとう!」とセリフ付きである。その笑顔は女子向けの小馬鹿にしたようなものでも、男子向けの擦り寄るような笑顔でもなく、無邪気で眩しい、清らかなもの。

 

 

「――ファンです!!!」


「ありがとう」



私はノートを受け取りつつ、ラルフ様の手を握った。完全に先程の疑惑や恐怖が消し飛んだ私を、好きに罵ればいい。

そんなことより今目の前に大好きだったイラストレーター様がいるのだ!サイン!サイン貰わなきゃ!!



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