乙女達の座談会
あれから三日。
今までの業務的で最低限のやりとりと違って、心から楽しんで会話する私とラルフォン様の姿に、なんとかあの噂はデマだったと広まりつつある。……ラルフォン様が友人たちに私の長所を惚気として語ってくださって、きちんと関係を築いているというアピールをしてくれたことが一番の原因だけど。
ちなみに、それを知ったのはラルフォン様のご友人、ダグラス様にこっそり教えてもらったからだ。私の知らないところで助けてくださってたとか、なんだあのイケメン。嫁ぐのが申し訳なくなってきた。
そんな訳で、私は現在カフェテラスにて平和に友人たちとお話している。噂はデマだったと知って、みんなほっとした表情を浮かべていた。友人が男好きでめんどくさい性格とか勘弁だもんね、ごめんよ。
「でも正直羨ましいわ、ザラフィーニ様の婚約者って」
友人の一人の言葉に、他のメンバーも各々頷く。
「ザラフィーニ様だものね」
「ええ、一見ちょっと無愛想ですけど、誰にでも優しいですし、紳士的ですし」
「剣術も学力もトップクラス。それに、凛々しいあのご容貌…完璧ですわあ」
うっとりと語る友人たちに、思わず黙り込んだ。…本当にすごい人気だなあ、ラルフォン様。なんで本編に出てこなかったんだろ?…あ、学年が違うから、とか?
っていうか、アンダーソン嬢に気がなくとも、こんなに人気なら選り取り見取りなんじゃ…いやいやいや!この間反省したばっかりなのに、浮気を疑うとかないだろ!
「あら、どうしたの?」
首を横にぶんぶんと振る私を、セイラが心配してくれた。顔をのぞき込まれ、慌てて答える。
「い、いいえ。ただその…ラルフォン様って本当に人気なのね」
本当に私が婚約者で良いのかな、とか思っちゃうよね。いや、家柄的には同じくらいのはずだし、釣り合いは取れてるはずだけど、私個人がね?そう考えると、原作のアンダーソン嬢ってすごいな…あんなに色んなイケメンに囲まれても自然体なんだもん。流石ヒロイン。
「あら…」
「まあ」
そんなことを考えていると、友人たちは顔を見合わせてくすくすと笑い出す。
…え?なに?
「心配しなくても、私たちは貴女の婚約者をとったりしないわ」
「!!…ご、ごめんなさい、そういうつもりじゃ…!」
せっかく彼氏誉めてくれたのに、それに嫉妬する面倒で感じ悪い子に受け取られたか!と、焦った私が慌てて弁解すると、セイラはにこやかに答える。
「別に私たち怒ってないわよ。むしろ前の貴女よりずっといいと思うわ」
「……そ、う?」
「ええ、セイラさんのおっしゃる通り」
「ザラフィーニ様には何の興味もありません、って以前の貴女の態度、正直どうかと思っていたの」
「ちょっとしたことでヤキモチを妬いてしまう今のリーリエさんの方が可愛らしくて、ずっと素敵ですわ」
………そ、そういうもの、だろうか。
っていうか私、そんなにラルフォン様に無関心に見えてたのか。
イケメン男子を婚約者に持ちながらその態度はたしかに、今までの噂とは違った方向で女子に悪印象を与えそう。
「まあ、ザラフィーニ様にまったくの非がないとは私たちも思いませんけれど」
「アンダーソンさんにあそこまで親身になってはねえ…疑うな、とおっしゃる方が無理がありますわ」
ああ、やっぱりそこはみんなそう思うんだ。まあ、記憶を思い出す前の私も『他の女に色目を使うなんて』とか考えてたもんな。…我ながら、もうちょっと対話を試みりゃいいのに。…あー、でもプライド高かったからな…無理だろうなあ…婚約者がよその女ばっか見てるか腹立つって気持ちはわからんでもないけど。
そんな、過去の自分をどこか他人のように思い出しつつ、私は注文したケーキを一口食べた。
生クリームは柔らかくて品のいい甘さだし、スポンジもしっとりしていて美味しい。間に挟んである木苺の酸味がいい仕事をしている。
うん、美味しい。流石、元・王宮勤めのシェフが作っただけのことはある。
そんなケーキに舌鼓を打ちつつ、私は口の中を空にしてから言葉を発した。
「今まで庶民として暮らしてきたが故に、何もかもが変わってしまったアンダーソン嬢を気遣ってのことですもの、ラルフォン様の優しさだったんでしょうね。なのに私ったらその優しさを色眼鏡で見てしまって……でも、前回の夜会でそれについてじっくり話し合いましたわ。私が謝罪するのは勿論のことですが、ラルフォン様も今後は誤解されるようなことがないように、と謝ってくださいました」
友人たちは安心し、そして微笑ましいと言わんばかりににっこりと笑った。
「まあ、それは良かった」
「これからは仲睦まじくお過ごしくださいね」
「ありがとうございます」
そこで私の話はお終いとなり、話題は今後の授業やら、流行のドレスやらに移っていく。女の子の話題は尽きない。
…そろそろテスト期間に突入だ。
科目は一般教養、礼儀作法、魔法学の3つ。
ちなみに前回の私の成績は学年で中の上だ。…今回はできればもうちょっと上にいきたい。
単純に成績を上げたいというのもあるけれど、ラルフォン様が学年トップだからね……張り合うなんて身の程知らずな真似はしないけれど、婚約者として少しでも相応しくなりたいと言いますか。
ハイスペックな婚約者持ちって大変だな。本日二度目になるけど、原作のアンダーソン嬢ってすごい。
皆と解散し馬車を待っている間、隣で同じように迎えを待つセイラにそのことをぼやいたところ、笑顔でこんな提案をされた。
「だったらリーリエ、貴女の婚約者に先生をお願いしたら?成績も上がって交流も出来るチャンスじゃない」
…まじですかセイラさん。
にっこりと、まるで聖母か何かのように美しく慈悲深い笑顔を浮かべる親友は、私の手を握る。その力は優しくて品があるのにも関わらず、何故か退路を塞がれた気がした。
「……学年が違うし…」
「学年一位の上級生ですもの、きっとお力になってくださるわ」
「で、でも、突然失礼じゃないかしら」
「そうね。では早いところお伺いしましょうか」
「……あ、厚かましいんじゃ……」
「あら、婚約者同士で勉強に励むことは珍しいことじゃないわよ。とりあえず、お声をかけてみてはいかが?」
「で、でも、」
「リーリエ」
にこー、と笑顔を深めるセイラの迫力に、完全に言葉に詰まった。
「……ザラフィーニ様とは、今までの誤解も埋めるために仲良くしたいのよね?」
「…………はい」
有無を言わせぬその言葉により、でもでもだって攻撃は終了させられた。
強い。強すぎるよセイラ。