薔薇園からの追跡者
ダンスを二曲続けて踊ってから、私達は少し散歩をしようとダンスホールを抜け出した。
今は薔薇園を見下ろせる渡り廊下で足を止めている。ここは見回りの兵士が通りかかる程度で、侵入禁止されていないスポットとしては一番静かな場所だ。
「先日、ラルフォン様の剣術を拝見いたしました。物語の騎士のようでしたわ」
率直に誉めてみれば、ラルフォン様は困ったように眉を寄せ、苦笑している。
「そのようなことは…でも、そう言っていただけて光栄だな。……幼い頃はそういった物語をよく読んでいた。“アジェーブル騎士団”という伝記が特にお気に入りでな、憧れていた」
「あら、それなら知っていますわ」
知っている書物の話に思わず食いつく。
「私も何回も読みましたもの。フランク・ヴィンスターの砦攻略戦辺りは特にお気に入りで…」
「…リーリエ嬢はフランク派か?」
「ええ、知的で策で敵を蹂躙する、なんて格好いいではありませんか。あ、ラルフォン様は?」
「俺は…ジャックス・ランダーソンだな。どんな状況下においても諦めずにしがみつく。それでいて考えなしに動くことは決してないあの信念は尊敬に値する」
その後、様々な会話をやりとりした私は、今までの行いを悔いた。
まったく、彼がアンダーソン嬢に好意を寄せていたと思ったからって、遠ざけようとはなんとも愚かな真似をした。
たしかにアンダーソン嬢は性悪な転生者だが、だからといって私を脅かす存在になると決まったわけではない。
たとえそうだとしても、自分が傷付かない為に彼に心を開かないようにしようとするなんて、私の両親にも、二度目の生にも、そして何より彼自身に酷く失礼な話だ。
……よし、決めた。ヒロイン、そして攻略キャラなんか気にしない。私は所詮モブ。そんなモブが自分の人生を楽しんで何が悪い!!
「ロイズ、ねえ!嘘でしょ!?」
――そんな決意を固めた直後、下の薔薇園からヒステリックな悲鳴が聞こえる。聞き覚えのある声に名前。…タイミング考えろよ!出鼻挫かれるとはまさにこのこと!!
――いやいや、私には関係ないことだ。逆ハーだろうがざまあだろうが関係ない。
私は引きつった笑顔で彼の名前を
「――ラル、」
「念写魔法で隠し撮りって…嘘、よね…!?」
……呼びたかったなー。
もはや私の意思とは関係なしに、そちらを向いた。
そこには引きつった表情のアンダーソン嬢と、にこやかな笑顔のロイズ・カンダーレの姿が。
カンダーレ様が一歩近寄ると、アンダーソン嬢が一歩後ずさる。
攻略キャラとヒロイン、というより捕食者と被捕食者だ。
…ちなみに、念写魔法というのは魔法道具を設置し、動画や写真のような形に記録として残す。元の世界ではカメラのような存在だ。
「シェリー…貴女は自分の魅力をわかっていません。貴女の魅力は次から次へと絶え間なく溢れ出る。その魅力一つ一つを記録に残したい…それは間違いですか?」
「で、でも…」
「私は貴女のことなら何でも知っています。その日食べたもの、人間関係、ご実家での様子、黒子の数、皮膚の造形、睡眠時間と寝息の音、歩行速度、生理周期、排泄状況…ああそれから、」
「ひっ……」
――うん。まあつまりあれだよね。
重度なストーカーじゃねえか!!
食べたものとか、人間関係は百歩譲って許すとして!睡眠時間や排泄状況って確実に自宅まで監視されてるパターンじゃないですかぁああ!!
アンダーソン嬢は顔を真っ青にし、時折赤くもしている。うん……排泄状況知られたくないよね。
そのまま得意げに語り、頬を撫でるカンダーレ様の手を払い落とした。
「気持ち悪い!もう顔を見せないで!!」
そう叫んで走り出すアンダーソン嬢。
彼女の背が見えなくなったところで、カンダーレ様は懐中時計を取り出した。
「西塔か…ふふ、あんなに照れなくてもいいのに…」
おーいアンダーソン嬢!あんた絶対GPS的な魔法道具つけられてるよ!!
そのままゆっくりと薔薇園を歩いて立ち去るカンダーレ様は、ちょっとしたホラーだった。…元が美形な分、怖い。
「…凄い会話だったな」
ぼそり、と呟くラルフォン様に、小さく頷く。
「…怖かったです」
いや、かわいこぶってるとかじゃなくて本当に。ラルフォン様はそっと私の手を握ってくれた。
「……今日のことは忘れよう。彼は宰相の御子息だし、他言無用がいい」
それは勿論。
こくり、と頷いて、ダンスホールへと戻った。
…それにしても。
ゲームの中のロイズ・カンダーレは、お約束の人間不信な腹黒キャラだ。常に愛想のいい笑顔を浮かべているけど誰も信用していない。そんな笑顔に直感で違和感を覚えたヒロインに最初は反感を抱き、能天気で頭の悪い庶民の娘、と蔑んでいた。けれど、紆余曲折あってヒロインと結ばれた後は溺愛しまくりのデレデレ。いろんなキャラに過保護、とまで言われるなどツンとデレのギャップが人気なキャラだ。………決して、ストーカー化するわけではない!
いや、二次元においてイケメンのストーカーは稀にあるけど!胸がときめく乙女ゲームにあんなストーカーガチ勢がいて堪るか!
……ああもう、この間のナイトローン様といい、なんだって言うんだ。
「リーリエ嬢?」
「っ…は、はい!」
ってやばい、考えごとしてた。私の顔をじっと見つめたラルフォン様は、困ったように眉を寄せる。
「…今日はゆっくり休むといい、疲れただろう」
柔らかなその声に、私はぶんぶんと首を縦に振った。
…なんかもう、本当に疲れた。