和解
鏡に映る自分を見つめる。白を基調としたドレス。普段は下ろしたままの茶髪は一つに丸めてアップにしている。メイドに渡された小振りなアクセサリーを身につけ、顔には薄い化粧を。
「お美しいですわ」
メイドのお世辞に、私は「ありがとう」と固い声で応える。
本日は王宮で夜会が行われる。
……つまり、ラルフォン様と二人きりで会話ができる…基、謝罪し、尚且つ誤解を解く絶好のチャンスである。
彼と何度か踊ったことはあるが、その際はいつも当たり障りない話をしていた。
その上、彼のエスコートによってすぐ友人たちと合流できるようになっていたから気まずさは抱かなかった。……まあ、記憶を取り戻していない間は、『そうやって厄介払いしてアンダーソン嬢の元に行きたいんでしょう、最低』とか思ってたけど。せっかくの気遣いを前に最低はお前だ。恩を仇で返すにも程がある。
………いや、今は自己嫌悪に陥っている場合じゃない。誤解を解かないと。
馬車に乗り込み、一人になると自分の頬を軽く叩いて気合いを入れた。
暖かい光に包まれたダンスホールには、様々な人間で溢れている。ひとまず、両親と共に馴染みの貴族たちに挨拶に回る。今日の私は余裕なんて皆無なので上手く笑顔を作れているか心配だが、それでも何とか乗り切った。
そうしているうちに、楽団の優雅な音楽が響く。ダンスの時間だ。行っておいで、と笑顔の両親の傍を離れ、いつもの集合場所へと向かう。
立ったままシャンパングラスを持つ、濃紺の正装に身を包むラルフォン様を見つけた。……なんでこの人攻略キャラじゃないんだろう、という程にほどに様になっている。
その隣には、金色の癖っ毛を持つ男性…あの日、ラルフォン様と手合わせをしていた人。そして、燃えるような赤毛に赤いドレスに身を包む、強気そうな美人な女性がいた。
私に先に気付いたのは男性の方で、にやりと笑ってラルフォン様をはやし立てる。
「ラルフ、お前の可愛い婚約者が来たぜ」
その声にこちらを向いたラルフォン様は、柔らかく目を細める。
……しかし、その隣にいる女性は私の顔を見るなり思い切り眉間にしわを寄せた。
「ほら、エイラ、俺たちも踊ろう」
「そうね、ちょっとよそ見をしただけで他の男性にうつつを抜かす可愛い婚約者様だもの、いつまでも女の私が傍にいたんじゃラルフが可哀想だわ」
ぐさり。
思い切り嫌みを飛ばされてその言葉が胸に刺さる。うんうんそうだよね!!やっぱ気に喰わないよね!!
「エイラ、あれは誤解をを招くような真似をした俺が悪かったんだ。以前にもそう言っただろう?」
ラルフォン様がやんわりと私とエイラ様の間に立ち、フォローを入れてくれる。
すみません、その優しさが今は痛いです。
「そうやってラルフが甘やかすから、一時期貴方に悪評が立ったんじゃない!」
「いや、だからそれは俺の自業自得だと…」
「エーイーラー…ほら、いいから踊るぞ」
「ちょっと、ダグラス引っ張らないでよ!」
金髪の人…ダグラス様に引きずられていったエイラ様は、人混みに隠れる最後まで私を睨みつけていた。
「……踊ろうか」
気まずさを感じていると、ラルフォン様が手を差し出してくる。本当に気遣いのできる出来た人だ。
その手に自分の手を乗せ、ゆったりした音楽に合わせて踊る。その間に会話を楽しみ親交を深めるのが貴族同士のダンスの基本だ。
「……先程は友人が失礼した」
そう、静かに切り出したのはラルフォン様だ。本来謝るのは私だった為、慌てて首を左右に振る。
「い、いいえ!私こそ、不貞を疑われるような真似をしてしまって…!」
「それは俺の方だろう。…アンダーソン嬢は何かと苦労が多いだろうから、つい世話を焼いてしまったが…先日、友人に恋慕の情があるように見えると注意されてな。貴女が愛想を尽かすのも無理はない」
「そんな…!とんでもございません!…その、私も言ってしまえば、ラルフォン様はアンダーソン嬢のことを好いていらっしゃるのかと思いました。で、ですが…カンダーレ様やナイトローン様、ましてや殿下に心変わりし色目を使うなど、恥知らずもいいところな真似は決して致しません!」
勢いのまま捲くし立てる私に、彼は目を丸くさせた。
「いや……そこまでは……ただ、女性には大変魅力的な男性たちだから憧れは抱くだろうと……」
「憧れどころか烏滸がましくて近寄れませんわ!…見てたのは、なんというか…あ、アンダーソン嬢を取り巻く関係が壮絶で……つまり!そういうことです!」
そういうことってどういうことだ自分。でもまさか、『転生性悪ヒロインが男侍らせてるんで気になりました』とは言えないし。
「…そうか」
ぽつりと呟いたラルフォン様の顔をおずおずと見ると…意外や意外。彼は笑っていたのだ。
瞬きを繰り返す私に、彼はわかったと小さく頷いた。
「君があの方々を何とも思っていないのはわかった。……正直、ほとんど俺が悪いと思うが、」
「いえですから…!」
「わかっている。……俺たちはどうやらそれぞれへの理解が浅かったようだな」
……それはたしかに。
私はラルフォン様がアンダーソン嬢のことが好き、ということを前提としていたし、ラルフォン様は私が彼がアンダーソン嬢に親身に接していることでどう考えているか考えていなかった。
「……貴女のような若い女性が、家の都合で俺のような凡庸な男と婚約を結ぶなど苦痛だろうが――貴女と親しくなりたいと願うことを許していただけるだろうか」
ダンスの振りというだけだが、腰を引き寄せられて耳元で囁かれた。…控えめにいって、顔が爆発する!
「――ね、がうというより、…そうしていただけたらありがたいです。私も、貴方のことをもっと知りたいし、…仲良くなりたい。と、思いますわ」
叫ぶのをぐっと堪えて噛みながらもなんとかそう言い切れば、柔らかい笑顔を向けられた。……だから、なんでこの人モブなんかやってんだ!!!