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豹変する騎士

あれから月日は流れ、この世界は前世でプレイした乙女ゲームの内容を辿っていると思い出してから1ヶ月が経過したわけだが、私はとある違いに気付いた。


この世界は乙女ゲーム。当然、ゲームに出て来た攻略キャラも存在する。

だが、そのキャラたちがゲーム内と少し違う気がする。


例えば、



「シェリー、どこに行く気だ」


「きゃっ、カイル?ちょっとアシスのとこに…」



たった今、アンダーソン嬢を背後から抱き締めたカイル殿下。俺様王子な攻略キャラな訳だが……ゲームとちょっと髪型が違ったような?

いや、長髪が短髪に、金髪が黒髪に、とかそういうびっくりするほどの違いじゃないんだけど……。

そう、敢えて言えば髪質。ゲームではさらさらとした指通りの良さそうなミディアムショートの金髪ストレート。

ただ、今私が見ている殿下は僅かにウェーブがかかっているようにも見える。……まあ、画面越しに見るのと実際に見るのじゃ、多少違って見えるってことだろう。



「カイル、あまり彼女を困らせないでください」


「ロイズ、私は大丈夫よ」




そんな至近距離でのやりとりを繰り広げる二人を前に、線の細いイケメンが現れる。彼はロイズ・カンダーレ。カイル殿下の友人であり、宰相の息子で、眼鏡がよく似合う腹黒敬語キャラ。……なんだけど。今の彼は、その眼鏡をキャストオフにしている。

前世を思い出す以前の記憶を照らし合わせても、すれ違った彼が眼鏡をしているところなんて見たことがない。

……まあ、あれだ。漫画やゲームでのキャラクターは眼鏡は身体の一部といっていいくらい重要なものだけど、実際はそんなことはない。実際、勉強や仕事、運転する時にしかかけないって人も多いんだし、カンダーレ様だって外したりしたくなる時はあるだろう。



「二人共、廊下で騒ぐな。それにシェリーもびっくりしているだろう。…大丈夫か?」


「アシス…うん!ありがとうっ」



そして美少女を間に挟んで火花を飛ばす王子と宰相の息子に割り込んだのは、騎士団長子息のアシス・ナイトローン。赤みのかかった茶色のベリーショートに、鋭い目つき。ストイックな雰囲気を纏う彼が唯一身に付けるペンダントが、胸元を飾る。あれは妹が御守りにとプレゼントしてくれたんだそうだ。後の攻略で欠かせない話題になるんだけど……あのペンダント、サファイアじゃなかったっけ?なんでルビーになってんの?


……まあ、そんなに大した違いじゃない。違いじゃない、よね?


あの性悪さからして、そして攻略のスピードからして、ヒロインも恐らく転生者だ。きっとその違いに気付いているだろうに、幸せそうに笑って彼らに囲まれている。……何度も言うが、大した違いではない。殿下の髪質が僅かに異なろうが、カンダーレ様が眼鏡をかけていなかろうが、ナイトローン様の持つペンダントの宝石の種類が違かろうが、他の箇所に変わったところはない。立ち絵が用意されたゲームと違って彼らは生きているのだし、そんなこともあるかな、と、私はそう思っていた。





「……シェリー?」


「あ…っ」




…まじか。

教室の扉の前で、私は固まる。

放課後、私は忘れ物を取る為に教室に戻った。

そこで遭遇した先客が、騎士団長子息であるナイトローン様と、アンダーソン嬢。しかもアンダーソン嬢は泣いていて、それを目撃したナイトローン様が背後から声をかける。それが先程のやりとりだ。

慌てたようにごしごし、と目元を拭うアンダーソン嬢のか細い手首を掴むナイトローン様。その表情は酷く真剣で、瞳もいつもより鋭さを増している。



「な、なんでも……なんでもないの」


「嘘を吐くな、こんなところで一人で泣いて何もないはずがない。――一体何があった?」



何度も「何でもない」と告げるアンダーソン嬢を、「そんなはずがない」と否定しては根気強く答えを待つナイトローン様。


そうしてるうちにアンダーソン嬢の否定は弱くなり、声も震えていく。――まあ、ちょっとだけ唇が上がってるけど。これが演技なんだからすごいわ。


恐らく、これはゲームのイベントの再現だ。

悪役令嬢の取り巻きの一人に母の形見であるブローチを踏みつけられ、夕方、誰もいない教室で一人泣いていたヒロインを、ナイトローン様が見つける。その後は根負けしたヒロインがナイトローン様に打ち明け、なんかいい雰囲気になりつつ励まされ、後日談としてそのいじめっ子に対してはナイトローン様が圧力をもってして黙らせる、と――たしかそんな内容だったかな。


しかし、このタイミングでナイトローン様に見つけてもらうとは、すごいタイミングだな。アンダーソン嬢が凄腕のスナイパー並に正確な狙いで行動しているのか、それともヒロイン補正なのか。



しばらくし、アンダーソン嬢は口を開いた。



「…っちょっと、クラスの女の子たちと上手くいかなくて……」



――待て。え?違うでしょ?そこは「母の形見のブローチが壊された」でしょ?



「わ……私が、男性に色目を使う売女だって………!」



おいこらあああああ!!!

それってあれよな!?私が復帰した日のことだよね!?あれはあんたから喧嘩売って自滅したんでしょーが!いやたしかに友達の何人かはそんな悪口言ってましたけど!!



勝手に悪役にされかけ、叫びそうな口元を両手で抑える。


「――そうか。つらかったな」

ナイトローン様の静かで柔らかな声が聞こえる。完全に信じてる………。

やばい。これはモブが悪役をなすりつけられるアレか!?


ナイトローン様は人差し指で彼女の涙を拭う。



「泣かないでくれ。お前の涙は悲しいほどに美しい。そんなものを流されたら………







もっと、泣かせたくなるだろう?」



――へ?



予想外のドS発言に、そちらを見る。

ナイトローン様は……アンダーソン嬢の両頬を片手で掴んでいた。



「い……っ!」


「ああ、やっぱりだ………シェリー、お前の笑顔は常に眩しい。照れた顔は誰よりも愛らしい。だが、やはり俺が一番好きな表情はそれだ。痛み、悲しみ、恐怖………それに染まった涙は本当に美しい」



………え………?


うっとりと恍惚とした笑みを浮かべながら語るナイトローン様を見るアンダーソン嬢の表情は、恐怖と痛みで歪んでいる。やられているのは私ではないのに、背中にぞわりと悪寒が走った。



「い、いた…あしす、やめ、ぐぅっ」



アンダーソン嬢の訴えに、ナイトローン様は意外なほどにあっさりと手を放す。


顔を押さえて後退る彼女に、ナイトローン様は困ったような笑顔を浮かべた。




「ああ、そんな顔しないでくれ。これでも我慢しているんだ」


「ひっ……」



「そう、その怯えた顔。先程の痛がる表情。そんな顔を引き出してくれた、お前に酷いことを言った愚か者たちには感謝してもしたりないな」


「あ…貴方誰よ!アシスは!?本物のアシスはどこ!?」


「おかしなことを言う。本物も何も、アシス・ナイトローンはお前の目の前にいる俺だけだ」


「嘘よ!」



そう。アシス・ナイトローンは“真面目キャラ”だ。真面目で、誠実で、恋に奥手なキャラクター。父親に憧れを抱いていて、自身も立派な騎士になるために騎士道を重んじる。間違っても、女の子の泣き顔に興奮するようなキャラじゃない。



「シェリー、」


「こっち来ないで!」



ナイトローン様の言葉を振り切って背を向け、逃げ出すアンダーソン嬢。やばい鉢合わせる!



そう思った私は、とっさに隣の空き教室に入った。バタバタ、と走り去る足音が一人分響く。………ナイトローン様は追いかけないのか?


こっそりと覗き見れば、ナイトローン様は廊下の真ん中で立ち尽くしていた。

自分の手を…先程アンダーソン嬢の涙を拭った手をじっと見つめ…そのまま、それを唇に運んだ。扇情的に小さく出された舌が動く。



「――甘い」




うぞぞぞぞ!と背中を悪寒が走り抜ける。


いや!別に他人の性癖にケチつけるわけじゃないけど!ダイレクトにマニアックなそれを見てしまうとやっぱね!!


しばらくして去っていくナイトローン様に、深い息を吐く。



…………ナニアレ。



ゲームと違い過ぎるわ。いや、涙に興奮するイケメンとか需要はありそうっちゃありそうだけど、アシス・ナイトローンはそういうキャラではない。

むしろ恋愛に関してはへたれが入っているから、基本的に無害なキャラなのに。



「――どうなってるの?」


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